告白②

 小雨が降り出した午後、カカシは待機所にいた。雨は別に苦手でもない。どうせならこの雨を利用して七班の子供達と一緒にやるべき特訓を思い浮かべた時、子供達の笑い声が聞こえた。その笑い声に混じる声に、顔を上げる。それが誰かなんて顔を見なくとも分かる。カカシは読んでいた小冊子を閉じ、窓からそっと顔を覗かせた。
 イルカは、赤い傘を差す女の子に手を引っ張られ歩く。その手にはアカデミーの置き傘なのか、少しだけ日に焼けた古い青い傘を差していた。引っ張られ眉を下げながらも、イルカは笑っている。
 ちょっと、考えさせてください。
 そう言われたのは先週。告白する自分に、イルカがそう口にした。
 耳まで真っ赤にして、動揺や、そこからくる緊張に少しだけ額に汗を滲ませながら、懇願するような目で言われ、分かった、とし返せなかった。
 それからもう一週間が経とうとしている。
 自分は結構我慢強い方だが、ふとした何でもない時にまで思い浮かぶのこはこの事ばかりで。そして今もこうして目で追ってしまっている事実。
 考えさせてとか言っておいて、もしかしてこのまんまとか、あり得なくはない。
(あんな顔して、もしかして・・・・・・たらし?)
 子供達に囲まれながら無邪気に笑うイルカの後ろ姿を、カカシはじっと見つめた。

 あの後直ぐに任務が入り、帰ってきたのは日が暮れてからだった。雨は上がっているものの、水が引いていない道には水たまりが出来たままになっている。執務室で報告を済ませ、夕飯をどうしようかと迷いながら歩くカカシに声をかけてきたのは、昔いた古巣の仲間のくノ一だった。同じように今は暗部を抜け上忍として里にいるのは知っていたが。
 久しぶりね、と口にしたくノ一はカカシに歩み寄る。
「ね、今日は暇?」
 と、カカシの答えを聞く前に、当たり前のように自分の腕を絡ませ、焦げ茶色の目でカカシを覗き込むように見つめた。カカシはぼんやりとその目を見つめ返しながら、昔そんな関係っだった事があった事を思い出す。
 どうしようかと銀色の髪を掻いた時、道の向こうから声が聞こえ、顔を上げる。そこにいたのはイルカと、その同僚らしき中忍二人で。思わず反射的にいつものようにイルカを目で追っていた。その視線の先で、イルカはカカシを一瞬見つめ、そしてすぐにその視線を反らす。
 その一瞬に見せた困惑と、思考が止まった表情。そして、揺れるような寂しさが浮かんだイルカの瞳をカカシは見る。その予想もしていなかった反応に、胸の奥がざわめいた。もっと、その顔が見たくなる。
 でも、イルカは視線を落としたまま、顔を上げなかった。隣にいる同僚と同じように会釈をして通り過ぎる。カカシは、くノ一の腕をふりほどくと、イルカの腕を掴んでいた。
 にゅっと伸び、自分の腕を掴むカカシにイルカは驚きに弾かれたように顔を上げる。まん丸くなった黒い目がカカシを映した。我慢していた分、言いたい事が山ほどあったのに。視線が交わり、そして間近でイルカの顔を見たら。そのままイルカを引き寄せていた。
 突然カカシの胸の内に入れられ驚き、うわ、とイルカが声を出したのが聞こえた。驚き目を白黒させているんだと分かっていた。その通り、イルカへ顔を向けると、間の抜けた顔で、そして、何なんだと言う目を向けている。口布の下でふっと小さく笑いながら、カカシはくノ一へ顔を向けた。
「俺がつき合ってるの、この人だから」
 だから無理。
 言い放つカカシに、くノ一も、中忍も唖然とする中、その沈黙を破ったのはイルカだった。僅かな沈黙の後、は?と声がイルカから漏れる。カカシに腕を掴まれたまま、案の定、イルカの顔がじわじわと赤く染まり始めた。
「なに・・・・・・言ってんですか、あなたは」
 少しだけ声が震えているのは、怒りなのか、恥ずかしさのか、たぶんどっちもだろう、沸き上がる感情を抑えられないイルカの表情に、カカシはすました顔でイルカを見つめ返した。
「だってあんたこうでもしなきゃ返事くれないじゃない」
 平然と言えば、イルカは目を丸くした。答えを引き延ばしてたと認めているんだと言わんばかりに、うっと言葉を呑み、口を一瞬閉じる。そこから眉根を寄せた。
「早く好きだって言わないと、俺をどっかの知らない女に取られちゃうよ?」
 ゆっくりと穏やかな笑みを浮かべるカカシに、イルカはあんぐりと口を開けた。顔は熟れたトマトの様に真っ赤に染まり、イルカの目つきがきつくなる。その表情で何を物語っているかは明白だった。ちょっと意地悪が過ぎたかと、内心反省しながら、カカシはイルカの腕を掴んでいないほうの手で印を切る。
 え、ちょっと待って、と言い掛けるイルカの声が途切れ、そのまま二人は木の葉と共に消えた。
 

<終>
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