kokuhaku

数日前に短期任務から帰ってきていた。
その詳細な報告終えたナルトは建物から出て歩いていた。
歩き始めて直ぐに自分の背にかかる声に、ナルトは振り返った。
手を挙げて応えれば喜びに破顔され、微笑みを返す。
それは家路に向かう間何度も繰り返される。
嬉しいのに。
見えない何かに頬が疲れてるのを感じて。そこからナルトは歩いていた身体を飛躍させた。
時間もあるから帰る前にヒナタに何か買って帰ろうかと思ってたのに。
短期任務で訪れた先でお土産ぐらいは、とは思ったのに。すっかり忘れていて、思い出したのは阿吽の門近くになってからで。
自分らしいと言えば自分らしいんだけど。
気がつけば商店街から逸れた道を選んでいた。それに、住み慣れた里の中でわざわざ飛躍する必要なんかないはずなのに。
ナルトは人通り少ない河原近くの場所に降り立って、小さく息を吐き出した。そこからゆっくりと歩き出す。
第四次忍界大戦が終わり、ヒーローと呼ばれるのに違和感を感じると気がついたのは最近だ。今までは戦後のごたごたで、それどころじゃなくて。自分の中で考えないようにしてたのも、ある。
もともとヒーローって柄じゃないし。もっと言えば、ただ単に大勢の人から認められるのに慣れてないからだと、思う。
歩き出すと同時に鳴るのはお腹の音。そう言えば夕方近い時間だ。
正確に鳴った自分の腹時計に1人眉を寄せ、お腹をさすった。
今から商店街に戻ってラーメンでも、と途中まで思ってナルトは首を振った。
もう1つ。考えないようにしていた事をラーメンだけで思い出してしまう。
この情けなさったら。
気がつけば土手まで歩いてきていたその足を止め、草むらの上に胡座をかいて座った。
ぼんやりと、穏やかに流れる川を見つめ、その河原の反対側にいる子供たちを見つめた。無邪気に木の棒を持って遊んでいる。
ふっと目を緩めていた。
まだ小さい。忍びのイロハさえ知らない子供さえも、自分を見て憧れの眼差しを向けてくる。
かつて自分が抱いていたそのものなはずなのに。
危機を救って。ヒーローになれて。
幸せを手に入れて。
それでもその影で切り捨てなきゃいけない事が山ほどあって。
その中の1つがーー。
背後で感じた気配にナルトは顔を向けていた。
火影の姿に内心驚くも、里の長になろうが変わらないカカシに気軽な挨拶と片手を上げられ、自分も同じように変わらない笑顔を返す。
実は。昔から感じていた。
シンパシーのようなものをカカシは持ってるんじゃないかと思った事がある。
それくらい、いつも。いっつも。
タイミングが良いと言うか悪いと言うべきか。
立ち上がってカカシと同じ目線になれば、ニコリと微笑んだ。
「なーに、こんなところで。今日は任務じゃないから準備とかしてるかと思ったんだけど」
言われて気がつき、自分の先に待つ幸せにナルトは恥ずかしそうに微笑みながら頷いて応えた。
ヒナタが探してるんじゃないの、と聞かれまた恥ずかしさを含みながらも、かもな、と応えると、カカシは少しだけ目を細めた。
酷く優しい眼差しに。まだ下忍だった頃の自分の幼い気持ちが湧き上がった。カカシから受けていた優しさが、それだけ自分の身に染み付いてしまっていると言う事で。むず痒くなる。
でもそれすらも刺激する感情は苛立ちで。
陽の光にに柔らかい色を放つ、カカシの銀色の髪を見つめた。
嫌いじゃない、暖かな色。
裏腹な気持ちを悟られたくなくて、視線を外す代わりに、カカシの目を見つめ返した。
この師に出会った頃は。ただ眠そうな目で何を考えているのか分からなくて。
それなのに。今見るカカシの目が語る意味が何なのか。分かってしまいそうで、視線を外そうと思った時、
「ーー先生の事でも考えてた、とか?」
先に言われて、素直に身体が反応していた。
今まで。何年も前から分かってたくせに。今の今まで口にしなかったくせに。
(すっげー今更…)
口から思わず溢れそうになっていた。
今更だ。タイミングを選んだかのような。でも口調はあまりにも自然で。
代わりに口元を緩め、笑う事を選んだ。
だって、可笑しい。
残酷すぎる言葉を、カカシは何て優しそうな声で言うのだろう。
声を立てて笑う自分に、素直に驚くカカシの表情はまた笑いながらも微かに、しかしはっきりと自分を苛立たせた。
カカシにも。自分にも。
だって。切り捨てるべきだって。
何度も言い聞かせたのに。
今会ってたったこれだけの間に、いとも簡単に見抜かれている。
相手がカカシだからと分かっているけど。成長してるはずなのに。変わったと思っていたのに。何にも変わってない自分に気がつかされる。
(でもさ。ずりーよカカシ先生。
石橋叩いてなんたらって言う言葉はさ、きっとこんな時にカカシ先生に使う言葉だろうな)
って言ってやってもいいんだろうけど。
でも、朗らかな笑い声は、自分にしては上出来だ。
それに。自分は選んだ道にいる。
ヒナタの顔を思い出しただけで暖かい気持ちになった。
そこから、一頻り笑ったナルトはカカシの顔へ目を向け、口を開く。
「いつ言ってくんのかって、ずっと思ってたけどさ。こんな時かよ」


カカシと別れ、ナルトは走っていた。
さっきより気持ちが清々しい。
赤く染まり始めたそらを見ながら、ナルトは笑いを零し白い歯を見せた。
カカシの前で初めて口にした。本当は、怖かった。
大切な。ずっとずっと大切にしてきた言葉で言い表せない想いを晒すのが怖くて。
でも、全然違った。
いや、違う。きっと今だから。
このタイミングだから。
じゃなかったら、深い傷を負っていたのかもしれない。
それもカカシの優しさだと、気がついて。泣きたくないのに視界がぼやけた。
俺だって人間だもん
面と向かって言われた言葉。カカシのありのままの気持ちに責める言葉は見つからなかった。
ナルトは河原を走る。
結婚を決めて、直ぐに浮かんだ顔はイルカだった。
でも、結局報告は一番にはならず、ようやく言えたのは任務帰りの今日みたいな夕空の日だった。
「先生」
見かけた後ろ姿を走って追って、建物の角を曲がってすぐのイルカに声をかければ、黒い尻尾を揺らして振り返った。
少しだけ驚いた顔をして。直ぐにいつもの笑顔を浮かべた。
「ナルト。久しぶりだな」
うん、と素直に頷いて頭を掻けば、イルカはそうか、と嬉しそうに目を細めた。それだけで、胸が締め付けられた。
単純な自分。
「聞いたぞ。ヒナタとの結婚の事」
先にイルカに言われて、あ、うん。と返事を返すだけになる。
「里全体が祝賀ムードだもんなあ」
そうイルカに言われて、自分の結婚が既にこの里中に知れ渡っている事を、改めて思い出した。
結婚の報告以外に何かを伝えたかったわけじゃないのに。イルカを目の前にして、嬉しそうに感慨深い表情をするイルカをただ見つめた。
「なあナルト」
「ん?」
「前に、お前がもう抱き締めなくていいって言った事。今もそうか?」
最後に抱き締められたのはいつだったろう。
イルカの腕の内の心地よさを、丸で昨日のように思い出した。
それでも、拒否した事もしっかりと覚えている。
「…うん」
「そうか」
ハッキリと言えば、イルカは満足そうに頷いた。
離れたくないのに。
特別な想いを持っているのに。
自分でも、それが何故か分からなくて。
それに満足そうな顔をするイルカに複雑な気持ちになる。ナルトは縋るような眼差しをイルカに向けていた。
そうかあ。イルカは同じ言葉を呟き、眉を下げて笑う仕草が何故かカカシと重なった。
分からない。なのに。
気持ちが追いつかない。呆然とただその姿を見つめるナルトに気がついていないイルカは、教材を抱えたまま。息を吐き出すように微笑んだ。
「知ってるか?」
「何が…?」
「人にはな、バケツがあるんだ」
ナルトは眉を寄せた。
「バケツ?」
昔からそう。他の教師とは違う。イルカらしい会話の始まり。でも意味が分からない。
「そうだ。バケツだ。その大きさは人それぞれで誰かと同じじゃない」
「だから、バケツがなんだってばよ…」
「うん。それはもらった愛情を入れるバケツだ。人は皆愛されたい。すぐにいっぱいになるやつもいれば、どんなにあげても足りないやつ。人は皆バケツ溢れるまでの愛情を欲する」
そこまで言ってイルカは嬉しそうに微笑んだ。
「お前がもう抱き締めなくていいって思ったなら、そのバケツが溢れたって事だ」
溢れる、愛情。
自分でも分かっていた。親がいなくとも、愛されたいと。心の奥深くで欲していた。
それを初めて感じさせてくれたのはイルカだった。
そこで初めて、満たされていた事実に気がつかされる。
違う愛情を、イルカに欲していたのに。
目頭が熱くなった。
「まあ、これは俺の自論なんだがな」
無邪気に見える。恥ずかしそうに鼻頭を掻くイルカを、抱き締めていた。
うお、と驚きにイルカは声を漏らした。
「先生」
「ああ、…なんだ?」
抱き締められたまま、イルカは呼ばれ、戸惑いながら応える。
好きだ。
今まで伝えたかった事。
たった一言で済むはずなのに。
イルカのに温もりを全身で感じたら、出てこない。
満たされている。
俺は、ーーもう、
イルカから離れて、まだ驚いた顔のままのイルカに、
「オヤジくせーって、先生」
言えば、そうかあ?と困った顔をして笑う。
微かに震えたままの身体に力を入れるように、ナルトは拳に力を入れた。
「でもさ。俺、将来子供が出来たら同じようにしよっかな」
歯を見せて微笑めば、イルカは一瞬目を丸くして、自分の事じゃないのに。丸で自分の事のように。
「そうか」
はにかんだ顔で嬉しそうにイルカも笑った。


河原を走りながら、思い出してまたナルトは笑った。
カカシに言ってもよかった。
でも、言わなかったのは最後のーー意地なようなもの。
水溜りを避けるように飛び越えて。
赤く染まり始めた空にイルカを思い。
心に閉じ込めるように、ナルトは微笑みながら瞼を閉じた。

<終>
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