今夜いかが?
今日の夕飯はおでんにしようと決めていた。
一人暮らしだけど、多めに作れば明日も食べれるし、何より翌日のおでんは味が染みて美味い。
時期的に大根も美味しい季節。
イルカは午前中に仕事をしながらそう決めた。
夕方、イルカは商店街に足を運ぶ。
日が落ちるのも早くなり、自分が着いた頃にはすっかり日も暮れていた。店の明かりと街灯で来る人を出迎えている。
「こんばんは」
「あら先生」
八百屋に顔を出すと、いつものおばさんがイルカに気がつき、嬉しそうな顔をした。
「珍しい。今日はスーパーじゃなかったのかい?」
そんな嫌みに、イルカは眉を下げて苦笑いする。
最近出来たスーパーは安売りもあり、日用品もまとめて買える。一人暮らしで働いているイルカも、たまにスーパーで済ませてしまう事が多くなってきていた。
「ごめんごめん。先生は素直だね。で、今日は何にする?」
素直に申し訳なさそうにするイルカの表情を見て、明るく笑った彼女は、イルカへ歩み寄ってきた。
「えっと、大根と人参と、」
言われる食材を手に取りながら、
「ああ、おでんかい?」
そう言われ、イルカは頷いた。
「ええ」
「いいよね。寒くなってきたし、こんな時期は鍋やおでんが一番いいよ」
野菜の旨みも十分でるしね。と、そこまで言った彼女が、野菜を袋に入れながら、ふと手が止まる。イルカへ顔を向けた。
「いい人でも出来たの?」
「え...。え!?」
イルカの驚いた表情を見て。彼女はまた吹き出した。
「本当、素直だねえ。イルカ先生は。いつもより野菜の数が多かったから聞いただけなんだよ」
間違ってはいない。
だって、明日カカシと一緒に夕飯を家で食べる約束をしたいたのだ。味の染みたおでんを食べて欲しくて。多めに作ろうと思っていた。
顔を赤くして黙ってしまったイルカに、優しい眼差しを向けながら、彼女は袋を差し出して、あ、そうそう。と、後ろを向く。
何だろうと待つイルカに、振り返った八百屋のおばさんは、手に柚を持っていた。
「これ、おまけしとくよ」
そう言いながら、7、8個の柚を大根の袋に詰め始める。
「でも、」
「いいのよ。だって今日は冬至でしょう?」
言われて、そうだったと気がつく。
自分も今日の朝、教壇で生徒にそう伝えたばかりだったのだ。
「これと一緒にお風呂入って元気に年を越してちょうだい」
はい。ずい、と袋を差し出され、ありがとうございます、とお礼を言いながらお金を渡す。札を受け取り、前掛けから取り出したお釣りを、彼女の手から受け取る。
「まいどあり。また来てよ」
愛想のいい笑顔に、イルカは会釈をして店を後にした。
そうそう。今日は冬至。
一年は早いなあ。
イルカは買い物袋を下げながら、気がつけばもう今年も終わりに近づいてきていると、思った。
大根の重みに揺れる袋の中をふと覗けば、そこにあるのはおまけしてくれた柚。
一つ手にとって鼻に寄せれば。
柑橘類のさっぱりとしたいい香りが広がった。
それだけのことなのに。とたん心が幸せに満たされていく。
幸せは様々だが、こんな香りだけで幸せになれるのだから、自分はずいぶんと安上がりな人間なんだろう。
そう思いながら、その柚を手の内に入れたまま、イルカは足を止めた。
暗くなった道で、一人しばらく考える。
そこから、くるりと向きを変え歩き出した。
イルカはアパートの一室の前にいた。
カカシのアパートだ。
まだカカシの部屋には入った事がない。ただ、カカシが会話の中で、上忍アパートに住んでいる事を教えてくれた。
俺もアパートなんですよ。
カカシを自分のアパートに招き入れた時に、そう言った。
汚いところですみません、と卑下するイルカにカカシはそう答えたのだ。
一人暮らしだから、そこまで広さも変わらないし。あとね、イルカ先生と同じ2階の角部屋。201。今度遊びに来てよ。
カカシがそう言ってにっこり笑ったのを思い出す。
だから、ここまで何も考えずに来たけれど。
実際目の前まで来て、チャイムを鳴らす前に、気がつく。
約束もしないで恋人の家に来るって。
迷惑なんじゃないだろうか。
プライベートの時間を邪魔されたくないとか、彼にだって都合があるだろうし。
それ以上に、初めて訪れるのがアポなしって。
迷惑だ。
来てよって言ってくれたのは、こんな風に来て欲しいなんて思って言ったんじゃないはずだ。
自分のあまりな行動に、冷静になって後悔が押し寄せる。
どうしようか考えているイルカの前で、ガチャリとドアが開いた。
驚き固まっていると、カカシがひょこりと顔を出す。カカシの部屋なのだから当たり前なのに。カカシの顔を見て思わず息を詰めた。
ベストと額宛だけ外してる姿で現れたカカシは、不思議そうにイルカを見た。
「先生。どうしたの?」
気配で察知していただろうカカシは、そこまで驚いた様子ではない。
約束って今日だったっけ?
と、心配そうに問われ、そこでようやくイルカは慌てて首を横に振った。
「約束は明日です。...急に、..すみません」
やはり、迷惑な行動だったと、思う。
恋人がいたことがない自分の迂闊な行動を悔いながら、言い訳がましく袋から柚を取り出した。
「だた、今日八百屋でこれをおまけしてもらったんです。嬉しくて。それでカカシさんもどうかなって、...それだけなんです」
柚の香りを嗅いだ時。幸せな気持ちになった。
その幸せな気持ちをカカシと分け合いたいと、そう思った。
よくよく考えたら重い行動だったと、今になって気がついたのだけれど。
カカシは、イルカの手から柚を取った。そのまま口布がしてある、鼻先に持って行く。
「うん。いい香り」
にっこり微笑まれ、その優しい微笑みに気持ちが安堵に包まれた。
「ね、良い香りですよね?」
「うん」
カカシが同意してくれた、その一言でイルカは嬉しくなる。
来て良かった。これを半分カカシにあげようと、袋に手を入れた。
「じゃあ入ろう?」
「はい。入ってください」
うきうきしながら答えて、手を止める。
今の会話が変だった気がして、顔を上げると、カカシも、ん?、と首を傾げていた。
「...じゃあ、これで風呂、入ってくださいね」
「うん。入ろうね」
あ、やっぱりおかしい。
「入ろうって...」
「うん?一緒に入るから持ってきたんじゃないの?」
きょとんとして、聞かれた。
その言葉は、イルカの脳天を貫く。
真っ赤になったイルカは大根入った袋を持ったまま手を振った。
「いや!俺はそんな...!」
恋人の部屋に約束なしに、しかも初めて訪れて、それで一緒に風呂に入ろうなんて。
それに一緒に風呂入った事もないのに!
色々一杯一杯な頭になったイルカは、泣きそうになりながら必死に頭を振った。
「ちが、...俺はそんなつもりで、...そんなんじゃ、」
そこまで図々しい男だと思われたのだろうか。
慌てふためくイルカを眺めて、カカシはまた手に持った柚の匂いを嗅ぐ。
カカシはふっと目を細めた。
「良い香り。これを伝えたかったんだよね」
ありがとう。
カカシの言葉に、イルカはまた嬉しさがこみ上げてくる。
カカシは、ちゃんと分かってくれていたんだ。
ただ、それだけの気持ちを。ちゃんと分かってくれていた。
まだ赤い顔のままのイルカは、こくんと頷く。
カカシはドアを大きく開けた。
「入って?」
招き入れようとしてくれる。
でも、入っていいものか。
迷って動けないでいると、カカシはイルカの持っている買い物袋をのぞき込んだ。
「大根に、人参、こんにゃくと、...卵」
ああ、おでん作ろうと思ってたの?
あっさり献立を見抜かれて、またイルカは頷いた。
「じゃあ俺の家で作ってくれる?」
「...いいんですか?急に俺なんかがお邪魔して」
おずおずと問うと、カカシは一瞬目を開いて、すぐに微笑んだ。
イルカの好きな優しい微笑み方。
「イルカ先生だからいいんじゃない。変な事言わせないでよ」
そこから、カカシが頬を少し赤くしたのは、気のせいではない。
カカシのその表情に見とれていると、カカシは恥ずかしいのか、照れた顔で視線を逸らす。入って、と、イルカの背中に手のひらを添えた。
そこから二人は部屋に入って、ドアは静かに閉まる。
暖かいおでんと柚のお風呂。
あなたも今夜いかが?
<終>
勿忘草の永作さんへ捧げます。素敵なイラストのお返しと言う事で^^2人の日常をイメージして書いてみました。
この続きをR-18で妄想していますが、いつか書けたらいいなあ。
永作さん、これからもよろしくお願いしますっ。
一人暮らしだけど、多めに作れば明日も食べれるし、何より翌日のおでんは味が染みて美味い。
時期的に大根も美味しい季節。
イルカは午前中に仕事をしながらそう決めた。
夕方、イルカは商店街に足を運ぶ。
日が落ちるのも早くなり、自分が着いた頃にはすっかり日も暮れていた。店の明かりと街灯で来る人を出迎えている。
「こんばんは」
「あら先生」
八百屋に顔を出すと、いつものおばさんがイルカに気がつき、嬉しそうな顔をした。
「珍しい。今日はスーパーじゃなかったのかい?」
そんな嫌みに、イルカは眉を下げて苦笑いする。
最近出来たスーパーは安売りもあり、日用品もまとめて買える。一人暮らしで働いているイルカも、たまにスーパーで済ませてしまう事が多くなってきていた。
「ごめんごめん。先生は素直だね。で、今日は何にする?」
素直に申し訳なさそうにするイルカの表情を見て、明るく笑った彼女は、イルカへ歩み寄ってきた。
「えっと、大根と人参と、」
言われる食材を手に取りながら、
「ああ、おでんかい?」
そう言われ、イルカは頷いた。
「ええ」
「いいよね。寒くなってきたし、こんな時期は鍋やおでんが一番いいよ」
野菜の旨みも十分でるしね。と、そこまで言った彼女が、野菜を袋に入れながら、ふと手が止まる。イルカへ顔を向けた。
「いい人でも出来たの?」
「え...。え!?」
イルカの驚いた表情を見て。彼女はまた吹き出した。
「本当、素直だねえ。イルカ先生は。いつもより野菜の数が多かったから聞いただけなんだよ」
間違ってはいない。
だって、明日カカシと一緒に夕飯を家で食べる約束をしたいたのだ。味の染みたおでんを食べて欲しくて。多めに作ろうと思っていた。
顔を赤くして黙ってしまったイルカに、優しい眼差しを向けながら、彼女は袋を差し出して、あ、そうそう。と、後ろを向く。
何だろうと待つイルカに、振り返った八百屋のおばさんは、手に柚を持っていた。
「これ、おまけしとくよ」
そう言いながら、7、8個の柚を大根の袋に詰め始める。
「でも、」
「いいのよ。だって今日は冬至でしょう?」
言われて、そうだったと気がつく。
自分も今日の朝、教壇で生徒にそう伝えたばかりだったのだ。
「これと一緒にお風呂入って元気に年を越してちょうだい」
はい。ずい、と袋を差し出され、ありがとうございます、とお礼を言いながらお金を渡す。札を受け取り、前掛けから取り出したお釣りを、彼女の手から受け取る。
「まいどあり。また来てよ」
愛想のいい笑顔に、イルカは会釈をして店を後にした。
そうそう。今日は冬至。
一年は早いなあ。
イルカは買い物袋を下げながら、気がつけばもう今年も終わりに近づいてきていると、思った。
大根の重みに揺れる袋の中をふと覗けば、そこにあるのはおまけしてくれた柚。
一つ手にとって鼻に寄せれば。
柑橘類のさっぱりとしたいい香りが広がった。
それだけのことなのに。とたん心が幸せに満たされていく。
幸せは様々だが、こんな香りだけで幸せになれるのだから、自分はずいぶんと安上がりな人間なんだろう。
そう思いながら、その柚を手の内に入れたまま、イルカは足を止めた。
暗くなった道で、一人しばらく考える。
そこから、くるりと向きを変え歩き出した。
イルカはアパートの一室の前にいた。
カカシのアパートだ。
まだカカシの部屋には入った事がない。ただ、カカシが会話の中で、上忍アパートに住んでいる事を教えてくれた。
俺もアパートなんですよ。
カカシを自分のアパートに招き入れた時に、そう言った。
汚いところですみません、と卑下するイルカにカカシはそう答えたのだ。
一人暮らしだから、そこまで広さも変わらないし。あとね、イルカ先生と同じ2階の角部屋。201。今度遊びに来てよ。
カカシがそう言ってにっこり笑ったのを思い出す。
だから、ここまで何も考えずに来たけれど。
実際目の前まで来て、チャイムを鳴らす前に、気がつく。
約束もしないで恋人の家に来るって。
迷惑なんじゃないだろうか。
プライベートの時間を邪魔されたくないとか、彼にだって都合があるだろうし。
それ以上に、初めて訪れるのがアポなしって。
迷惑だ。
来てよって言ってくれたのは、こんな風に来て欲しいなんて思って言ったんじゃないはずだ。
自分のあまりな行動に、冷静になって後悔が押し寄せる。
どうしようか考えているイルカの前で、ガチャリとドアが開いた。
驚き固まっていると、カカシがひょこりと顔を出す。カカシの部屋なのだから当たり前なのに。カカシの顔を見て思わず息を詰めた。
ベストと額宛だけ外してる姿で現れたカカシは、不思議そうにイルカを見た。
「先生。どうしたの?」
気配で察知していただろうカカシは、そこまで驚いた様子ではない。
約束って今日だったっけ?
と、心配そうに問われ、そこでようやくイルカは慌てて首を横に振った。
「約束は明日です。...急に、..すみません」
やはり、迷惑な行動だったと、思う。
恋人がいたことがない自分の迂闊な行動を悔いながら、言い訳がましく袋から柚を取り出した。
「だた、今日八百屋でこれをおまけしてもらったんです。嬉しくて。それでカカシさんもどうかなって、...それだけなんです」
柚の香りを嗅いだ時。幸せな気持ちになった。
その幸せな気持ちをカカシと分け合いたいと、そう思った。
よくよく考えたら重い行動だったと、今になって気がついたのだけれど。
カカシは、イルカの手から柚を取った。そのまま口布がしてある、鼻先に持って行く。
「うん。いい香り」
にっこり微笑まれ、その優しい微笑みに気持ちが安堵に包まれた。
「ね、良い香りですよね?」
「うん」
カカシが同意してくれた、その一言でイルカは嬉しくなる。
来て良かった。これを半分カカシにあげようと、袋に手を入れた。
「じゃあ入ろう?」
「はい。入ってください」
うきうきしながら答えて、手を止める。
今の会話が変だった気がして、顔を上げると、カカシも、ん?、と首を傾げていた。
「...じゃあ、これで風呂、入ってくださいね」
「うん。入ろうね」
あ、やっぱりおかしい。
「入ろうって...」
「うん?一緒に入るから持ってきたんじゃないの?」
きょとんとして、聞かれた。
その言葉は、イルカの脳天を貫く。
真っ赤になったイルカは大根入った袋を持ったまま手を振った。
「いや!俺はそんな...!」
恋人の部屋に約束なしに、しかも初めて訪れて、それで一緒に風呂に入ろうなんて。
それに一緒に風呂入った事もないのに!
色々一杯一杯な頭になったイルカは、泣きそうになりながら必死に頭を振った。
「ちが、...俺はそんなつもりで、...そんなんじゃ、」
そこまで図々しい男だと思われたのだろうか。
慌てふためくイルカを眺めて、カカシはまた手に持った柚の匂いを嗅ぐ。
カカシはふっと目を細めた。
「良い香り。これを伝えたかったんだよね」
ありがとう。
カカシの言葉に、イルカはまた嬉しさがこみ上げてくる。
カカシは、ちゃんと分かってくれていたんだ。
ただ、それだけの気持ちを。ちゃんと分かってくれていた。
まだ赤い顔のままのイルカは、こくんと頷く。
カカシはドアを大きく開けた。
「入って?」
招き入れようとしてくれる。
でも、入っていいものか。
迷って動けないでいると、カカシはイルカの持っている買い物袋をのぞき込んだ。
「大根に、人参、こんにゃくと、...卵」
ああ、おでん作ろうと思ってたの?
あっさり献立を見抜かれて、またイルカは頷いた。
「じゃあ俺の家で作ってくれる?」
「...いいんですか?急に俺なんかがお邪魔して」
おずおずと問うと、カカシは一瞬目を開いて、すぐに微笑んだ。
イルカの好きな優しい微笑み方。
「イルカ先生だからいいんじゃない。変な事言わせないでよ」
そこから、カカシが頬を少し赤くしたのは、気のせいではない。
カカシのその表情に見とれていると、カカシは恥ずかしいのか、照れた顔で視線を逸らす。入って、と、イルカの背中に手のひらを添えた。
そこから二人は部屋に入って、ドアは静かに閉まる。
暖かいおでんと柚のお風呂。
あなたも今夜いかが?
<終>
勿忘草の永作さんへ捧げます。素敵なイラストのお返しと言う事で^^2人の日常をイメージして書いてみました。
この続きをR-18で妄想していますが、いつか書けたらいいなあ。
永作さん、これからもよろしくお願いしますっ。
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