+α

月夜が照らす静かな夜のアパートに、階段を上がる足音。
イルカの後に続いて階段を上る、その視線の先のイルカの背中をカカシは見つめた。
イルカは今、どんな気持ちなのだろうか。
自分は、さっきから心臓が激しく鳴りっぱなしだ。
階段を上ったイルカが不意に振り向き、カカシが足を止めると、ちょっと汚いんですけど、とはにかみながら鞄から鍵を探る。
うん、と返すカカシに、耳を赤くしながらイルカは鍵を開けた。

扉を締めたカカシにイルカが顔を向けた。まだ電気もつけていない。
一歩、イルカが近づいた。そこまで広くない玄関ですぐに距離が縮まった。
暗い中でもイルカの黒い目は輝きを含み、吸い込まれるようにその瞳を見つめる。
言葉なく、お互いに距離を詰めた。
イルカの吐いた息がかかるくらいに、顔が近い。
(いいんだよね・・・・・・?)
正直まだ半信半疑のまま、カカシは人差し指で覆面を下ろしながらイルカの唇に、自分の唇をゆっくりと押しつけた。
思った通り柔らかいその唇は、抵抗を示さない。そこに喜びが湧きあがる。何度もついばむようなキスを繰り返す。
「ね、・・・・・・先生は俺の事好き、だよね?」
唇を離した合間に囁くと、イルカが目を伏せていた目を上げカカシをじっと見つめた。こくりと頷く。
目の前にいるイルカも温もりも、全て現実なのに夢じゃないのかと思えてしまいそうで、カカシは再び唇を合わせた。自分の舌を僅かに開いたイルカの唇に割り入れるとイルカの体がびくりとする。
体に力が入ったのが伝わる。が、受け入れるように開いたイルカの口に、受け入れられる喜びに震える。イルカの舌に自分の舌を絡ませた。
「ん・・・・・・んふ・・・・・・カカシ、先生・・・・・・」
くぐもった声の合間に零れた、ぼんやり何かに酔うような言い方でイルカに名前を呼ばれ、かあっと身体の奥からこみ上げてくるものがあった。
カカシの腕掴んでいたイルカを腕の内に入れ、抱き締める。身体が密着して伝わってくるイルカの体温は熱い。
カカシは口づけをやめ目を開けると、頬を上気させ蕩けた顔のイルカが視界に入る。潤んだ黒い目が瞬きをした。
「布団・・・・・・」
「え?」
「布団は一組でいいですか?」
イルカの言葉に、目を丸くする。カカシは思わず息を吐くように笑った。
「え、なんで、可笑しいですか?」
涙目のように潤ませた目で聞かれ、カカシは可笑しそうに眉を下げながら首を横に振る。
「ごめん、だってそんな事改まって聞くから」
イルカの顔が更に真っ赤に染まった。
でも、そのつもりだと言われて嬉しくないはずがない。
こんな日は絶対にこないと、思っていたから。
「でも、ホントにいいの?」
暗い玄関でイルカは頷く。
「俺が、したいんです」
イルカは赤い顔のまま黙って靴を脱ぐと部屋に上がり、そのまま部屋の電気をつけることなく姿は奥に消える。
靴を脱ぎ部屋に上がると、イルカが向かった奥の部屋が寝室だと気がついた。
イルカは一人黙々と布団を敷いている。きっといつもイルカが使っている布団だろう。
その事に気がついただけで、心臓がぎゅうと縮まった気がした。緊張が高まり、布団を敷くイルカを見下ろしながら、その姿が生々しくて。思わず唾を飲み込んでいた。
ゆっくりと跪き、ヨレたシーツを直すイルカの手を掴む。
イルカの動きが止まった。
カカシはもう片方の手でイルカの頬を撫でる。そこから耳たぶに触れると、イルカが微かにくすぐったそうに顔を動かす。目を伏せたままのイルカに唇を近づけた。
「緊張してる?」
堅い身体のままのイルカの緊張を解したくて、優しく聞くと、イルカはこくんと首を縦に振る。
「・・・・・・俺も、緊張してる」
そう返すと、イルカがカカシの目を見つめた後、ゆっくりと顔をカカシの肩に顔をすり寄せた。
密着した身体から、イルカの心音が伝わる。たぶん、自分の高鳴っている音もイルカに伝わっている。
「カカシ先生・・・・・・不思議ですね」
ぼそりと呟いたイルカはカカシの返答を待つわけでもなく、続けた。
「俺たち、ナルトがあなたの部下になった時から知り合って、カカシさんが上忍師をやめた今も、俺はこうして側で、隣で笑っていられる関係になれて・・・・・・」
そこで言葉が途切れる。
「でも、もう今の関係とは変わるんですよね」
イルカがカカシの手を掴んだ。暖かい手が、カカシが指を絡ませと握り返された。
「自分が望んでた事なのに、なんかちょっと怖くて」
望んでいた事。
イルカの言葉に胸が震える。
そして臆病になっているのは自分だけじゃないと、知る。
確かに、本当の気持ちを見せたらこの関係が終わってしまうと、怖かった。
でも。
小さな声で吐露するイルカに、カカシはふっと笑ってイルカから顔を離し顔をのぞき込んだ。
「俺もそう思ってました・・・・・・でも、俺は今むしろわくわくしてます」
イルカがえ?と声を漏らした。
「だって、このままだったら知らなかったイルカ先生の事を、どんどん知っていけるだよ?」
目を細めて微笑むと、少し惚けたままの顔をイルカは向けている。その頬を両手で包み込んだ。
「あんたのそんな顔も、すごくそそる。覚悟してね。怖がってるヒマなんてないんだから、イルカ先生」
唇を奪うと同時にイルカにしがみつかれ布団に引っ張られる。イルカを押し倒す形になったまま、カカシがイルカを見下ろすと、電気のつけていない部屋で、頬を染めたイルカが嬉しそうに微笑んだ。
「はい」
と、目を細め答える。
その表情に目を一瞬奪われる。
それだけで酷く淫らな表情のようで。思わず身体と顔が熱くなった。
ホントに分かってんのかな、と困った顔をするカカシに、イルカにくすりと笑われる。
不覚な顔を見せてしまった事に、恥ずかしくなり眉を寄せると、イルカはカカシを見つめたまま、唇を薄く開いた。誘うように。
身体が疼いた。
誘われるままにカカシはその唇に合わせ、イルカがカカシの首に腕をまわす。
軽く触れては離れるという動作を繰り返していた唇は、やがて深く重なり合った。