唇 〜カカシ視点〜

夕刻迫るこの時間、いつもより混んでいる受付には列が並ぶ。
順番待ちをしていたカカシに声がかかった。
「お待たせしました」
黙って差し出すと、受付に座っていたイルカはそれを受け取る。
「お疲れさまでした。確認しますのでお待ちください」
少し微笑むも、この人に営業スマイルらしきものはない。いつも淡々と仕事をこなす。それは相手が誰であっても。
受付の作業も慣れたもので、視線を落としたその書類を目でチェックしながら右手に持つペンも動く。その際に少しだけ、項目の隅にイルカの赤ペンの印が残る。
カカシはそのイルカが所々に残すペンの跡を目で追っていた。
最後の項目まで確認したイルカの目がふっと上を向く。それに倣って、カカシもイルカに視線を向けた。
黒い目がカカシを映す。カカシはそのイルカをじっと見つめた。少しだけふっくらした唇が動く。
「問題ありません。お疲れさまでした」
そう言って、ぽんと判子を押し、受領されたカカシの報告書は仕舞うべき棚に、イルカの手によって滑らかに入れられた。
イルカの目線はカカシの後ろに並ぶ報告者に移っている。
次の方。イルカが呼び、カカシは背を向け受け付けを後にした。
淡々とした隙のないイルカの作業する仕草を、カカシは歩きながら思い浮かべ、あの唇が動いた瞬間を思い出す。背中がゾクリとしカカシは思わず口布の下で自分の上唇を舐めた。
あの唇が自分を好きと言い、自分の名前を呼ぶ。
つき合い始めてもうすぐ1年。
イルカの担当していた生徒を自分が受け持つ事になったのがきっかけだった。
見たまんま。その通り真面目な人格で温厚。素朴で実直な堅物。朗らかで笑うと可愛い。
可愛いと思ったのは一緒に飲みに行くようになってからで。それまでは彼の作った壁があまりにも厚く。でもそれがカカシの興味を引いた。
彼の自分に、他人に見せない部分が見たい。そう他人に思ったのは初めてだった。
それが、一般的に言われている恋なのか。漠然と生きて時間を過ごしてきた自分には分からない。
よく読む愛読書と自分の気持ちを照らし合わせて。
惹かれていると、気がついて。
そこから彼を本気で口説いた。
つき合ってみたら、思った以上に良かった。
何がとか、上手く説明できない。全部が、いい。
惚れた弱み、みたいなものもあるかもしれない。とにかく彼を甘えさせたい。
イルカは二人だけの時は甘える。知り合ってから時折見せていた寂し気な表情。それを自分で埋めようとしているのか。
でもそれでもいい。イルカが自分を求めてくれるなら。
でも、外では甘えない。つき合ってるとか、恋人同士とか、そんな素振りさえ見せない。出さない。
それはカカシの中では然程気にしていない。同性同士そういう仲なると言う事を受け入れてくれたのも驚きなのだ。
だから、彼の中でそのつもりなら自分はそれに合わせればいいだけだ。
だから。
受付に行っても、イルカはカカシが来ても他の人と同じ、と言う態度を取る。
家で甘えて身体を重ねている事を微塵にも感じさせない。
その温度差が、また、いい。
カカシはまた思い出してふっと口角を上げた。

今日は一回家に帰って、そこからイルカが帰宅する前にはすぐに別の任務が入っている。
あの唇が恋しいのに、残念。
カカシはそんな事を思いながら、ポケットに手を入れながら歩いた。

「イルカ先生」
姿を探していたのは教室。
授業が終わったイルカは一人黒板を消していた。
カカシの呼ぶ声に振り返り、イルカはほっとしたように笑顔を見せた。
「任務終わられたんですね。報告は?」
聞かれカカシは微笑んだ。
「うん。今日の報告はあっちだったから」
もう終わり。執務室がある方向を指さすと、理解したのか。イルカはこくんと一回頷く。
Sランクの任務は火影の勅令に始まり任務遂行後は火影に報告をして終わりとなる。もちろんここに来る前には執務室で報告は済ませてある。
教室の扉にいたカカシは歩いて目の前まで来ると、イルカはカカシをじっと見た。
「お疲れでは?」
心配そうな目を見せる。
外では中々見せない仕草。
今ここは生徒も帰り、誰もいない。だから見せるのだと分かっている。
カカシはニコリと微笑んだ。
「ううん。平気」
イルカ先生は今日はもうこれで終わり?
聞くと、またイルカはこくんと頷いた。
「ここを片づけて、職員室でちょっと仕事が残ってますけど」
イルカとは一緒に歩く事もあるし、飲み屋や買い物にも行くが。一緒に帰ったりする事はイルカは望んでいない。
カカシはイルカの言葉ににこっと笑みを浮かべた。
「じゃあ、先に帰ってるね」
何か買い物とかある?もしあったら買ってくけど、と、言い掛けたカカシの袖の裾をイルカが掴んだ。
これも珍しい。
なに、と目で言ってみたが、イルカから何も返ってこない。
その代わりに、黒い目がカカシを見る。
すぐにその意図が分かり、カカシは薄く微笑んだ。顔がほとんど隠れているのだから、イルカには何も見えていないが。
カカシは口布を下げるとイルカへ顔を近づけた。
自分の好みのぽてっとした唇に、ちゅっと音を鳴らしてキスをする。
少し離してまたもう一度唇に軽く触れる。
これでいいかな、と、イルカの顔を窺えば、頬を赤く染めながら恥ずかしそうに、でも物足らない表情を残していた。
いつも外で見せるのは、冷たく、他人のような顔をするというのに。
イルカに自覚なないのは分かっている。
でもカカシはぶるりと震えるものを感じた。
まだカカシの袖の裾をぎゅっと掴んでいる、イルカの手に自分の手を重ねた。
今日は血で汚れない任務で良かったと、内心思いながら少し驚くイルカに、もう一度ゆっくりと唇をイルカの唇に重ね、さっきより深くキスをする。
遠くで、校庭だろうか、数人の生徒の笑い声が遠くから聞こえる。それ以外は静かで窓から入り込む暖かな風を感じながら、カカシはイルカの唇を堪能するようにキスを繰り返した。
聞こえるのは口内を荒らす水っぽい場違いな音だけで。
やがて口を離し、間近でじっと熱っぽさを帯びたイルカの目を見つめる。
「どうしたの?今日は積極的」
からかう口調を含ませず、素直に問うと、イルカは眉を寄せた。
「寂しかった?」
聞けば少し考えて、はい、と答えた。
直後にどうしようもない抑えきれない気持ちが沸き上がる。男の体はなんて単純なものだろうか。
それか俺が変態か。
心の中で意地悪く笑って、カカシはイルカの耳たぶを甘噛みした。
イルカが息を呑むのが分かる。
「カカシさん、ここじゃ駄目です」
知っている。きっとそう言うだろうと思っていた。
「じゃあ、口でして」
耳元で囁き自信の固くなったものをイルカに分かるように押しつけると、イルカの身体がびくりと面白いくらいに反応した。
どうするだろうか。
今までそんな事言った事がない。
でも、こんな場所では駄目、なんて言うけど、こんな場所で誘ってきたイルカだって悪い。
丸で自分だけ悪くない、関係ないなんて言わせない。
あんな顔で、目でキスを強請るのは、自分からしたら犯罪ものだ。
どんな反応を見せるのか、カカシが窺っていると、思った通り耳まで真っ赤にして、責めるような眼差しを向けられた。
怒るとまではいかないが。
分かっていて言った自分も十分意地が悪いが。
困った顔を見て、それがまた、いい、何て思ってしまう。
教室の窓は開けたまま、前の扉はさっき自分が開けたまま。この開放的な場所には相応しくない誘いに、改めて思い直し流石にカカシは少しイルカがかわいそうになった。
「ごめんね。言ってみただけ」
勃っているのは事実でその箇所は苦しいくらいに張りつめているのも事実だが。トイレで処理して帰ればいい。
そう思ってイルカに謝って。
「仕方ないですね」
言ったイルカに驚いた。
聞き間違いかと、思わず、え、と聞き返していた。赤い顔のままイルカは困った顔をしたままカカシの手を取ると、教室の後ろの隅に移動し、驚いたままのカカシの前でひざまずいた。
え、と、またカカシから声が出ていた。
自分が言ったのだから、この状況はおかしいものではないが。
この反応は予想してなかった。
かちゃかちゃと金属音を鳴らしながらイルカは固まったままのカカシのズボンの前をくつろげて、性器を取り出した。
そこで、呆然とイルカのやる事を見ていたカカシが我に返った。
「イルカ先生、あの、」
「誰も来ないと思いますけど、来たら教えてください」
教えてくださいって、と言い返そうと思ったら、イルカはカカシの既に固くなったそれを口に含み、カカシは思わず息を詰めた。
ぬる、と熱い口内に包み込まれる。部屋で、夜してもらっているのとは全く違う。まだ明るい教室の中で。
その様をカカシは食い入るようにじっと見つめた。目が離せない。
大きくなったそれを口から離して根本から舌で舐める。その光景に目眩がした。
自然自分の息が荒くなる。
あのイルカが。
いつも外で会ってもいい仲だと誰も疑わないくらいの、冷たい態度をするあのイルカが。
教室で自分の性器を舐め口に含む。外で無機質な台詞しか言わないあの唇で。
カカシは手のひらをイルカの頭に置いた。
「イルカ先生...」
名前を呼びながら優しく撫でると、ふとカカシへ目だけを向けた。
見上げるその目線にカカシは微かに眉を寄せた。
赤い舌で先端を舐め、唇で吸う。カカシは息を詰めた。
イルカはそこからゆっくりと喉の奥までくわえ込んで、音を立てながら動かす。何度も。
気持ちよさに、カカシは息を乱しながらイルカの頭に優しく置いていた手に力を入れていた。
イルカは亀頭を口に含み、尖らせた舌で先端をくりくりとしながら吸う。さわやかな風がカーテンを揺らしながら入り込む。
じゅるじゅると水音が教室に響かせながら何度もイルカは咥える。喉の奥までくわえ込まれ、カカシは堪らず短く呻いていた。イルカの口内で達する。断続的に吐き出されるそれを、イルカは眉を潜めながらも受け止めた。喉が動いて、少しからずも飲んでしまっているのが分かる。
どうしようと思ったままイルカの口で達してしまった。
「イルカ先生」
おずおずと名前を呼ぶと、イルカに先端を絞り出すように吸われ、それにも、う、と低く呻いていた。
さっきまでさわやかな外の空気に包まれていたのに、自分の生臭い匂いでイルカを汚している。
その状況に困った顔でイルカを見下ろして。
ガタン、と大きな音が二人のすぐ近くで鳴った。
二人して身体をビク、とさせて。音が鳴った方向に同時に顔を向ける。
そこには掃除用具が入ったロッカーが一つ。
どうやらその中のモップの柄が倒れた音だ。
それにほおっと胸をなで下ろしてイルカを見ると、イルカもカカシを見ていた。
そこでイルカが笑った。
「びっくりして飲んじゃいました」
爽やかな笑顔で言われる。

さっきまでくわえ込んでいた事が嘘のように。

子供っぽい笑みに白い歯を見せて。
そんなイルカに、カカシは眉を下げて困ったように微笑んだ。