芽生え

 雪が降りそうなくらいに冷えこんだ夜。イルカは商店街で買い物を済ませて歩いていた時、見覚えのある後ろ姿に視線を向けた。
 両手をポケットに入れ猫背で歩く姿は、ナルト達と一緒に並んで歩いている時と変わらない。飄々としたその姿は忍らしくもあるが、自分とはかけ離れていると感じたりもする。銀髪の上忍、ーーはたけカカシの後ろ姿をイルカはじっと見つめた。
 自分がナルト達の元担任と言うだけでそこまで繋がりもないが。白い息を吐きながら暫く考えるも、イルカは何となく足を早める。
「カカシ先生」
 はたけ上忍、と呼んでもいいのだが、敢えて先生を付けて名前を呼ぶと、カカシは足を止めた。肩越しにこっちの見つめ、イルカを確認すると、振り返る。
「イルカ先生」
 眠そうな目がイルカを映し、どーも、と言葉を続ける。イルカはそれに会釈を返しカカシに歩み寄った。
「今日は・・・・・・もう上がりですか?」
 声をかけたものの、そこまで話題があるわけでもない。そんな言葉を口にしたイルカに、カカシは特に反応を見せないまま、ええ、まあ。と短く答える。そこからなんとなく並んで一緒に歩き出した。
「先生ももう上がりなんだね」
 手に持った買い物袋に視線を向けられ、珍しくそうなんです、とイルカは笑いながら後頭部に手を当てた。
 買い物袋を手に歩く自分は、随分と所帯じみていると周りから言われるが、きっとその通りなんだろうし、事実独身男の一人暮らしだ。節約の為に自炊している。
 カカシも同じなのだろうが、同じ里に住んでいても、買い物をするような姿は目にしたことがないし、生活感を感じさせない。任務にだけ身を置いているような、そんな印象が強い。
 ただ、実際どうなんですか、なんて聞けるわけもなく。イルカは並んで歩くカカシの横顔をそっと覗き見て、あ、と思ったのは。
 素顔をほとんど隠している口布から白い息が出ていたから。
 自分と同じように、呼吸の度に白い息が上がる。この寒さには当たり前の事だが、それだけの事なのに、カカシもまた寒さを感じているのかと思ったら不思議な気持ちになった。その時、先生さ、とカカシが顔をイルカに向ける。思考を読まれたわけではないのに、一瞬ドキリとしながらも、はい、と答えると、カカシがポケットから手を出し、こっちを指さした。
「それって先生の趣味?」
 指さされたのが、自分が首に巻いていた赤いマフラーなんだと気がつく。イルかは笑って鼻頭を掻いた。
「いや、これは今日生徒にもらったんです。その生徒、今編み物にハマってるらしくて」
 今朝、上級生の女子生徒が嬉しそうに自分に持ってきてくれたマフラーは、真っ赤で、自分も一瞬躊躇したが、きっと喜んでくれると期待に膨らませた子供の顔を見たら、笑顔で受け取る事しか出来なかった。実際よく編めていると思うし、純粋に気持ちは嬉しい。
 普段から寒かろうがマフラーも何も身に付けないが、実際こうして身につけてみれば暖かく、悪くはないなあ、と思ったのも事実だった。
 そうなんだ、と口にするカカシは、当たり前だが支給服のみで何も防寒具を身につけてはいない。
 しかし実際素顔はほとんど見えないものの、その顔は整っているんだと自分でも簡単に推測出来た。
 青色の冷ややでもあり、静かな目は何を考えているか分からないが、きっと女性は惹かれるだろう。
 女泣かせだと、アスマが笑いながらカカシの事をそう口にしていたのを聞いた事もある。
「カカシ先生は、」
 カカシの綺麗な横顔を見つめながら、気がついたら、そんな言葉が自分から出ていた。え?と聞き返され、思わず口にしてしまっていた台詞を途中で飲み込むわけにもいかない。
「あの、俺はもっぱら生徒からもらう事が多いですけど、カカシ先生は女性からプレゼントとか、もらったりするんですか?」
 勢いで聞けば、カカシは一瞬、少しだけ驚いた顔を見せたが、それはすぐに消える。ああ、と返しながら銀色の髪を掻いた。まあね、と答え、それにやっぱりなあ、と思えば、でも全部もらわないから、とあっさりとカカシにそう返され驚く。
「何で、」
 思わず出た言葉に、カカシが不思議そうな眼差しをイルカに向けた。
「何でって、別にいらないから」
 あまりにも冷たい言い方に、今度はイルカが驚いた。カカシはまた口を開く。
「もらってたらきりがないし、変に期待持たせても仕方ないじゃない」
 切り捨てる口調に驚くものの、言われてみれば、その通りだった。自分が好意を持てない相手に期待を持たせるのは逆に酷だ。こちらと同意出来るような経験はないが、納得せざるを得ない台詞に、うーん、とイルカが唸れば、でも、とカカシはまた続けた。
「まあ、サクラからもらったら、それは受け取るかもね」
 イルカ先生みたいに。
 言われて、ちょっとだけ拍子抜けしたイルカに、カカシは涼しげな目元を緩める。薄く微笑まれ、それを見つめるイルカの目が僅かに丸くなった。
(・・・・・・うわ)
 その表情にドキンとイルカの胸が鳴る。
 一瞬サクラが羨ましく思えたのが、何でなのか分からない。
 その話題は終わったのか、カカシは歩きながら黒い雲へ顔を向けた。白い息が空へ上がる。
 さっきたまたま見かけて声をかけてから、そんな時間が経っていないのに。この少しの時間でこんなに印象が変わるものなのか。
 胸が騒がしくて仕方ない。慣れない感情に一人で内心戸惑うイルカに、カカシがのんびりとした口調で、暗い空を見上げながら、そうだ、と口にした。
「イルカ先生来週のこの曜日は時間ある?」
 急に振られた話に、イルカがきょとんとすると、カカシはイルカへ顔を戻した。
「時間あったら飲みにでも行こうよ」
 それもまた急な話題で。瞬きをしながらも、はい、と返事をすれば、カカシはにこっと目を細めた。
 その顔を目にしてまた迂闊にもどきんと胸が高鳴るイルカに、カカシは足を止める。じゃあね、と言うとそこから自分の家だろう方向へカカシは去って行った。
 イルカは一人買い物袋を持って歩きながら。参ったと、顔を僅かに顰める。
 そう言う事に疎そうな、いや、興味さえないだろうと思うも、

(・・・・・・来週のこの曜日はクリスマスイブだって、あの人知ってんのかなあ)

 いや、知らねえから誘ったんだよな。

 少しだけ顔を赤らめながら。イルカはゆっくりと家路へ足を向けた。
 

<終>
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