酩酊
残業しなければよかったのか。コンビニに寄ったのが悪かったのか。
ともかく、残業上がりの帰り道、弁当と缶ビールを買ってコンビニから出て歩き出してすぐ、声をかけられた。もともと今日は金曜日で、繁華街の近くにあるコンビニで、賑わった通りに誰が歩いているかいちいち気にしていなかったから。
「おい、イルカ」
男の声で再び名前を呼ばれ、振り返るとそこには見知った数人の上忍。その中にいるアスマが片手を上げていた。時間も時間だからそこそこに酒が入っているのは明白で、周りの上忍もよほど楽しい酒だったのか、上機嫌だ。その中で、イルカの視線はアスマが肩を貸している隣の男に向けられていた。
銀色の頭ががくんとうなだれているから顔は見えないが、それがカカシだと言うことは明白だった。アスマの大きな腕に支えられているものの、歩くだけで精一杯なのだろう。どんだけ酒を飲んだのかと思っている間にもアスマ達がイルカの前までくる。当たり前だが、酒の匂いがした。
「お疲れ様です」
頭を下げると、おお、と返ってくる。酔いつぶれているカカシはさておき、楽しそうですね、と皆の雰囲気にそう感想を言うと、カカシはこんなんだけどな、とアスマは困ったように笑い、
「でな、お前これ頼めるか」
続けられた言葉に目を丸くした。
「え、何で、」
「ほら、あいつら今から二件目行くって言うんだよ」
既に先に歩き出している上忍仲間を顎で指す。
「しかもめんどくせーんだが、紅達と合流する約束でな」
「あー・・・・・・」
察しないわけがない。
「な、頼むわ」
自分がカカシとちょくちょく飲んでいる事はアスマも知っている。全く知らない相手だったらアスマもイルカに頼まない事は分かっていた。
「じゃあ・・・・・・って、わっ、おもっ、」
了承する前にアスマからカカシを渡され、イルカは慌ててカカシを支えた。
「悪いな、酔いが醒めたら家に帰してやってくれればいいから」
じゃあな。背中を見せ上忍仲間の後をアスマは追う。雑踏の中に消えていくアスマ達を眺めた後、イルカに思い切り体重を預けてくるカカシを見つめ、イルカはゆっくりと嘆息した。
「よっ、」
カカシを肩に担ぎながらイルカは、どうにか取り出した鍵を持ちドアの鍵を開ける。がちゃりと音を立ててイルカは扉を開けた。カカシを支えながらも腕には買ったコンビニの袋が下がったまま。どうこう言う前にカカシを支える事になったのだから、自分の鞄に仕舞う余裕もなかった。
「カカシさん、・・・・・・着きましたよ、」
やっとの事で玄関にカカシを座らせれば、ぐらりと体が傾く。慌ててまた体を支えて靴を脱がせ、居間の絨毯の上に寝かせた。取りあえず寝室から自分の毛布を持ってきてカカシにかける。
カカシは体をごろりと横たえ、うー、と小さく声は出すものの、まだ目は閉じたまま。白い頬が自分と飲むいつも以上に赤く染まっていた。
(・・・・・・どんだけ酒飲んだんだよ)
イルカはその姿を見下ろし、小さく息を吐き出す。じゃがみこんでカカシを見つめた。
カカシはビール以外の酒は飲めないと知っていた。自分と飲む時だって、せいぜい中ジョッキ2杯までだ。
しかしカカシから匂うのは日本酒だ。
俺ね、イルカ先生が好きなんです。
去年のクリスマス。たまたま時間が合って、居酒屋で夕飯を一緒に食べて帰った帰り、カカシがそう口にした。
会話の流れでふとそんな事を言うから、どんな好きか分からなくて、ありがとうございます、と言ったら手を取られた。
こういう意味で、好きなんです。と、手の甲にカカシが口布越しにキスを落とした。
綺麗な顔立ちでそれがあまりに自然に見えて、まるで映画のワンシーンのようで。
でも、それが、そのキスが自分の手に落とされていると気が付いた時、動揺した。
笑いながらカカシから手を離し、カカシさんは何やっても様になりますね、なんて言って誤魔化した。
カカシは目を覚まさない。
知り合った当初なら、まだここまでもやもやとした気持ちを持つこともなかった。きっぱりと断って、それで終わりだったに違いない。
しかし、カカシと飲みに行くようになって。色々飛び交う噂とは違う、紳士で優しくて、話も合って、食の好みまで合っていて、気持ちが傾いていた時に言うから。手にキスをされても気持ち悪いと思う事もなくて、胸が苦しくなった。
だから、動揺した。
その動揺がカカシに悟られないようにと願った。
でも、カカシは自分に変わらず接する。声をかけてくるし、飲みにも誘う。気まずさから告白された話題なんて自分からは出せるもなく、カカシもまた出すことはなかった。自分もそれに甘えて、同じように変わらず接した。
自分はずるいと思う。
カカシの気持ちを有耶無耶にして、今までと同じような関係でいようとしている。クリスマスに告白とか、どんなに勇気が要ることだったとか、知ってるくせに。
なかったかのように接してる。
俺は最低だ。
胸が痛んだ。
イルカはカカシの寝顔を見つめながら眉根を寄せる。
アスマもまさか、カカシが自分に告白しただなんて知るわけもないだろう。こんなに胸中複雑だなんて、きっと誰も知らない。
苦しくなる胸に、息をゆっくりと吐き出しながら、イルカはしゃがみ込んだまま自分の腿で腕を支えながら縦肘をついた。酒で頬を染めているカカシの寝顔を見つめる。
今まで飲み会に参加したカカシを見たこともあったが、こんな風に酔いつぶれるのは初めてだ。
何でなのか。それが分かってるくせに。
それもまた知らないフリをして。
こうして、アスマに言われるがままに介抱して。
寝息を静かに立てているカカシの長い睫毛や、白い肌。それを見ただけで、自分の気が付かないようにしている気持ちが、愛おしさがこみ上げる。
「カカシさん・・・・・・」
名前を呟いていた。
その時、ふっとカカシが目を開ける。驚いてイルカは立て肘を解いてカカシを見つめた。誤魔化すように笑顔を浮かべる。
「大丈夫ですか?」
カカシをのぞき込むイルカの顔をカカシはぼんやりと見つめた。
「水、欲しいですか?」
続けて聞くイルカへカカシの腕が上がり、手甲から伸びた長い指がイルカの頬に触れた。
「・・・・・・先生」
「はい」
「好き」
カカシは見つめながら、目を細め微笑む。嬉しそうに。
言葉を失っていた。見つめ返す事しか出来ないイルカの手を握ったまま、今度はその手を自分の頬に擦り寄せる。カカシの白い肌の温もりが伝わってきた。それだけで、胸がざわめく。
「あなたも俺が好きでしょう?」
じょじょにイルカの顔が赤く染まった。
カカシを知れば知るほど嫌いな部分なんてなくて性格も良く顔も自分の好みで。だから自分とつ釣り合うわけがないと。怖くて。不安で。だから誤魔化して。このままの関係でいいと思っていたのに。
じくじくと胸が疼く。
「酔ってますね?」
「うん、酔ってる」
責める眼差しを向けると、にへら、とカカシは笑った。
「だって。もうこんな事酔った時しか言えないじゃない。それとも、・・・・・・言ってもいいの?」
懇願するような視線に、また胸が痛む。ただ、カカシを見つめる事しか出来ないイルカに、困ったように笑う。
「俺もずるいけど、カカシさんも狡いです」
「うん、だねー」
はは、とカカシが笑う。またふわりと酒の匂いがした。
「じゃあ、俺が起きたらあなたに、もう一度、ーー」
そこからカカシの言葉が途中で消え、目がゆっくりと閉じる。
寝息を立て始めているカカシに、イルカは眉間に皺を寄せたまま、目を伏せた。
起きたらもう一度。その先の言葉が分からない訳がない。
「そんなんじゃ・・・・・・起こせないだろうが・・・・・・」
カカシを恨めしそうに見つめ、赤らんだ顔で苦しそうに、呟いた。
<終>
ともかく、残業上がりの帰り道、弁当と缶ビールを買ってコンビニから出て歩き出してすぐ、声をかけられた。もともと今日は金曜日で、繁華街の近くにあるコンビニで、賑わった通りに誰が歩いているかいちいち気にしていなかったから。
「おい、イルカ」
男の声で再び名前を呼ばれ、振り返るとそこには見知った数人の上忍。その中にいるアスマが片手を上げていた。時間も時間だからそこそこに酒が入っているのは明白で、周りの上忍もよほど楽しい酒だったのか、上機嫌だ。その中で、イルカの視線はアスマが肩を貸している隣の男に向けられていた。
銀色の頭ががくんとうなだれているから顔は見えないが、それがカカシだと言うことは明白だった。アスマの大きな腕に支えられているものの、歩くだけで精一杯なのだろう。どんだけ酒を飲んだのかと思っている間にもアスマ達がイルカの前までくる。当たり前だが、酒の匂いがした。
「お疲れ様です」
頭を下げると、おお、と返ってくる。酔いつぶれているカカシはさておき、楽しそうですね、と皆の雰囲気にそう感想を言うと、カカシはこんなんだけどな、とアスマは困ったように笑い、
「でな、お前これ頼めるか」
続けられた言葉に目を丸くした。
「え、何で、」
「ほら、あいつら今から二件目行くって言うんだよ」
既に先に歩き出している上忍仲間を顎で指す。
「しかもめんどくせーんだが、紅達と合流する約束でな」
「あー・・・・・・」
察しないわけがない。
「な、頼むわ」
自分がカカシとちょくちょく飲んでいる事はアスマも知っている。全く知らない相手だったらアスマもイルカに頼まない事は分かっていた。
「じゃあ・・・・・・って、わっ、おもっ、」
了承する前にアスマからカカシを渡され、イルカは慌ててカカシを支えた。
「悪いな、酔いが醒めたら家に帰してやってくれればいいから」
じゃあな。背中を見せ上忍仲間の後をアスマは追う。雑踏の中に消えていくアスマ達を眺めた後、イルカに思い切り体重を預けてくるカカシを見つめ、イルカはゆっくりと嘆息した。
「よっ、」
カカシを肩に担ぎながらイルカは、どうにか取り出した鍵を持ちドアの鍵を開ける。がちゃりと音を立ててイルカは扉を開けた。カカシを支えながらも腕には買ったコンビニの袋が下がったまま。どうこう言う前にカカシを支える事になったのだから、自分の鞄に仕舞う余裕もなかった。
「カカシさん、・・・・・・着きましたよ、」
やっとの事で玄関にカカシを座らせれば、ぐらりと体が傾く。慌ててまた体を支えて靴を脱がせ、居間の絨毯の上に寝かせた。取りあえず寝室から自分の毛布を持ってきてカカシにかける。
カカシは体をごろりと横たえ、うー、と小さく声は出すものの、まだ目は閉じたまま。白い頬が自分と飲むいつも以上に赤く染まっていた。
(・・・・・・どんだけ酒飲んだんだよ)
イルカはその姿を見下ろし、小さく息を吐き出す。じゃがみこんでカカシを見つめた。
カカシはビール以外の酒は飲めないと知っていた。自分と飲む時だって、せいぜい中ジョッキ2杯までだ。
しかしカカシから匂うのは日本酒だ。
俺ね、イルカ先生が好きなんです。
去年のクリスマス。たまたま時間が合って、居酒屋で夕飯を一緒に食べて帰った帰り、カカシがそう口にした。
会話の流れでふとそんな事を言うから、どんな好きか分からなくて、ありがとうございます、と言ったら手を取られた。
こういう意味で、好きなんです。と、手の甲にカカシが口布越しにキスを落とした。
綺麗な顔立ちでそれがあまりに自然に見えて、まるで映画のワンシーンのようで。
でも、それが、そのキスが自分の手に落とされていると気が付いた時、動揺した。
笑いながらカカシから手を離し、カカシさんは何やっても様になりますね、なんて言って誤魔化した。
カカシは目を覚まさない。
知り合った当初なら、まだここまでもやもやとした気持ちを持つこともなかった。きっぱりと断って、それで終わりだったに違いない。
しかし、カカシと飲みに行くようになって。色々飛び交う噂とは違う、紳士で優しくて、話も合って、食の好みまで合っていて、気持ちが傾いていた時に言うから。手にキスをされても気持ち悪いと思う事もなくて、胸が苦しくなった。
だから、動揺した。
その動揺がカカシに悟られないようにと願った。
でも、カカシは自分に変わらず接する。声をかけてくるし、飲みにも誘う。気まずさから告白された話題なんて自分からは出せるもなく、カカシもまた出すことはなかった。自分もそれに甘えて、同じように変わらず接した。
自分はずるいと思う。
カカシの気持ちを有耶無耶にして、今までと同じような関係でいようとしている。クリスマスに告白とか、どんなに勇気が要ることだったとか、知ってるくせに。
なかったかのように接してる。
俺は最低だ。
胸が痛んだ。
イルカはカカシの寝顔を見つめながら眉根を寄せる。
アスマもまさか、カカシが自分に告白しただなんて知るわけもないだろう。こんなに胸中複雑だなんて、きっと誰も知らない。
苦しくなる胸に、息をゆっくりと吐き出しながら、イルカはしゃがみ込んだまま自分の腿で腕を支えながら縦肘をついた。酒で頬を染めているカカシの寝顔を見つめる。
今まで飲み会に参加したカカシを見たこともあったが、こんな風に酔いつぶれるのは初めてだ。
何でなのか。それが分かってるくせに。
それもまた知らないフリをして。
こうして、アスマに言われるがままに介抱して。
寝息を静かに立てているカカシの長い睫毛や、白い肌。それを見ただけで、自分の気が付かないようにしている気持ちが、愛おしさがこみ上げる。
「カカシさん・・・・・・」
名前を呟いていた。
その時、ふっとカカシが目を開ける。驚いてイルカは立て肘を解いてカカシを見つめた。誤魔化すように笑顔を浮かべる。
「大丈夫ですか?」
カカシをのぞき込むイルカの顔をカカシはぼんやりと見つめた。
「水、欲しいですか?」
続けて聞くイルカへカカシの腕が上がり、手甲から伸びた長い指がイルカの頬に触れた。
「・・・・・・先生」
「はい」
「好き」
カカシは見つめながら、目を細め微笑む。嬉しそうに。
言葉を失っていた。見つめ返す事しか出来ないイルカの手を握ったまま、今度はその手を自分の頬に擦り寄せる。カカシの白い肌の温もりが伝わってきた。それだけで、胸がざわめく。
「あなたも俺が好きでしょう?」
じょじょにイルカの顔が赤く染まった。
カカシを知れば知るほど嫌いな部分なんてなくて性格も良く顔も自分の好みで。だから自分とつ釣り合うわけがないと。怖くて。不安で。だから誤魔化して。このままの関係でいいと思っていたのに。
じくじくと胸が疼く。
「酔ってますね?」
「うん、酔ってる」
責める眼差しを向けると、にへら、とカカシは笑った。
「だって。もうこんな事酔った時しか言えないじゃない。それとも、・・・・・・言ってもいいの?」
懇願するような視線に、また胸が痛む。ただ、カカシを見つめる事しか出来ないイルカに、困ったように笑う。
「俺もずるいけど、カカシさんも狡いです」
「うん、だねー」
はは、とカカシが笑う。またふわりと酒の匂いがした。
「じゃあ、俺が起きたらあなたに、もう一度、ーー」
そこからカカシの言葉が途中で消え、目がゆっくりと閉じる。
寝息を立て始めているカカシに、イルカは眉間に皺を寄せたまま、目を伏せた。
起きたらもう一度。その先の言葉が分からない訳がない。
「そんなんじゃ・・・・・・起こせないだろうが・・・・・・」
カカシを恨めしそうに見つめ、赤らんだ顔で苦しそうに、呟いた。
<終>
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