恋はみずいろ

あれ、あんでこうなったんだっけ。
イルカは目の前にいる男から逃れられずに固まっていた。いつもならこのふざけた男、カカシの行為を易々受け入れずに突っぱねているのだが。
どうやら今は(いや、今も?)明らかに形勢不利で。気が付けば教室の隅に追いやられていた。
数日前から何かに悩んでいるような風だった。任務の事だったら上忍であるカカシに俺が助言できる立場でないが、日常的な事であれば聞いてやってもいいかなと、何気に聞いても上の空のような返事しか返してこない。まあ、勝手に上がり込んでいる同居人だから、いいかと気にしないでいた。
授業が終わり閑散とした教室に気配なしに突然に現れ、何しに来たのかと訝しむイルカに、カカシは何故かにこにこしている。黒板消しを持ったままのイルカは首を傾げた。そこで逃げていればこんな事にはならなかった。が、カカシのその滅多に見せない表情につい気になった。上機嫌の理由は何か、聞くぐらいはいいだろうと、思った。
それが甘かった。
「俺ね、リサーチしたの」
やはり嬉しそうな顔でカカシは言った。
「は、リサーチ?」
「そ、あんたにさ、一応お返ししなきゃと思ってね。俺なりに考えたの」
お返し。この男にはろくな目に遭わされていないのだから、そりゃ山ほどのお返しがあってもいいのかもしれないが。そんな事言い出すなんて。そこで少し嫌な予感が過ぎったが、初めて聞いたカカシからのそんな言葉にイルカは顔を緩めた。
「そうですか。で、一体何のお返し何ですか」
「ん?何って、決まってるでしょ。今日何の日か知らないの?」
肩眉をつり上げてカカシは言う。カカシと自分に関係した何かなんかあっただろうか。
黙ったイルカにカカシは頭を掻いて小さくため息をついた。
「ホワイトデー」
「へ?」
ホワイトデーとか言ったか?間の抜けた声と共に、イルカは顔に出していた。瞬間カカシは眉を寄せる。
「なにその態度」
「は、いや。...すみません」
謝ったものの、何でカカシからその言葉が出てきたのか。必死に記憶を手繰り寄せる。ホワイトデーと言えばバレンタイン。誰でも分かる逆算をして。
2月14日、山ほどチョコを抱えて帰ってきたカカシを思い出した。甘いもの嫌いなんだよね、とぼやき、甘いものアンタ得意でしょと丸投げされた。フザケるなと怒鳴って投げ返そうとも思ったが、そんな風に扱われている事なんて知らない、カカシに必死のアタックをした女性を思うと出来なかった。きっと突き返したら、このチョコはゴミ箱行きになる。イルカはそれらを受け取り黙って部屋の隅に置いて、さっさと夕飯の準備に取りかかった。台所に立っていると、カカシがテレビを付けたのが聞こえる。きっと横になりくつろいでいるのだろう。今に始まった事ではないが。相変わらず、図々しい。ダン、と大根を切った時、
「ねえ」
カカシの声にイルカも何ですかと声だけで返事を返した。
「いつくれんの?」
「ええと、何がですか」
居間から聞こえるカカシの問いに、ダダンと大根をリズミカルに切りながら答える。
「チョコ」
「はあ!?」
包丁を持ったまま顔を覗かさせれば、案の定横にゴロリとくつろいでいるカカシがいた。
「チョコだったらそこ!その隅に山ほどあるでしょうが!」
部屋の隅にある塊を指させば、カカシは顔を顰めた。
「違うよ、アンタのだよ」
閉口した。何を言ってんだこいつは。俺が?何で?アレか、また恋人だとか言うつもりか。だからよこせと。いや、俺は認めてない。認めてない上にここに住むことだって嫌々容認しているだけで。それで何でカカシにチョコなんて渡さなきゃいけない。逆によこせよ。てか甘いもの嫌いとか言ったばっかじゃねえか。
ぶわとわき上がる言葉が出かけたが、寸前で呑み込む。こんな事でくだらない内容で喧嘩するのは無駄だ。嫌だって言っても。現に今、居着いてしまっているのだ。
「...チョコですね」
イルカは台所へ戻ると、棚を漁る。確か、自分用に買い置きしてあったはずだ。煎餅の横にあった板チョコを掴みカカシの前に置いた。
「どうぞ」
「板チョコ?」
「嫌ならいいんですよ。別に」
手を伸ばすと、先にカカシがチョコを掴んだ。
「...ビターなんだ。まあ、いいよ」
カカシは起き上がるとおもむろに紙を破き剥く。パキとチョコを口で割って食べた。食べ慣れていないからか、そのまま食らいつくカカシを眺めた。
「あま」
思い切り顔を顰めるカカシを見てため息を付いた。
「お茶、飲みます?」
「ん」
洋菓子に合う(とは言っても板チョコだが)紅茶も何も在るわけがない。イルカは緑茶を煎れに台所へ戻った。


アレか。あのチョコの事か。
ホワイトデーに至る事になった経緯を思い出し、だが、そんなつもりではなかったのに、俺のおやつの買い置きを渡しただけで。お返しは逆に申し訳ない。
「いいですよ、あんなの」
「何で」
真顔で返され一瞬言葉に詰まった。
「まあいいよ、聞いて。雑誌読んだりさ、紅とかさ、アンコに聞いたの」
雑誌は兎も角、紅とアンコと言う限定された先に突っ込みたくなるが、カカシの話の腰を折っても仕方がない。
「アクセサリー、甘い物、化粧品、一緒に共有出来るイベント。とまあ、こんな所だったんだよね。で、アンタが何が一番いいのか考えて、」
甘いものか、とイルカは当てに入る。
「一緒に共有出来るイベントって事でいいでしょ?」
「...はあ」
少しガッカリ気味に答えてみたものの、考えてくれた事は素直に嬉しい。
「ありがとうございます」
「だからね、ここでヌいてあげる」
笑顔が固まった。
あれ、おかしい。おかしいよな。
カカシが近づきふ、と微笑む。覆面していても整った顔だと分かる、その右目を細めた。
「いつも俺ばっかしてもらってるから。アンタにもシてあげる」
ここで。
そう囁いた。


「いやいやいや、いいです」
「いやじゃないでしょ」
「嫌ですって!」
イルカは狼狽えていた。今までの流れから突飛すぎる言動についていけない。にじり寄られて抗議するも、徐々に力勝負になった所で既に勝負はついている様なものだ。気が付けば教室の隅で目の前に迫まるカカシに息を詰めていた。焦りにイルカは口を開く。
「こんなの、そもそもお返しでもなんでもないじゃないじゃないですかっ」
「何で。一生懸命考えたんですよ、俺なりに。一緒に共有するイベント。そしたらね、そう言えばアンタにしてもらってばかりだったなーって」
当たり前だ!と心で叫ぶ。ここで下手に大声を出すのが怖くなっていた。この状況で誰かに気づかれたくないのが心のどこかにあった。
「だからって...!こんな事じゃなくてもあるでしょう?」
「例えば?」
「例えば...一緒に、食事するとか、旅行行くとか」
「ふうん...」
考えるようにカカシは口に手を当てる。
「ま、いいでしょ、今回はこれで」
よくない!イルカは青くなった。
「いや、いいです!」
「でも俺上手いよ」
アンタよりずっと。言いながらカカシは人差し指で口布を降ろす。形の良い薄い唇が露わになった。
「たまにはコッチで気持ちよくなりなよ」
大きい掌がズボン越しにイルカの下半身に触れた。驚きに腰を反射的に引くが逆に強く擦される。
「いや、本当にいいですから!」
「往生際が悪いね、アンタも。上手いって言った時、一瞬考えたくせに」
かぁと顔が一気に熱を持った。
意地悪な笑みを唇に浮かべて、カカシは額当てを無造作に取った。
「それともこれで縛られてされたい?」
「いや!」
激しく首を横に振るイルカの否定に、カカシは額当てをそのまま床に投げ落とした。陽も落ち、教室は既に薄暗くなり始めている。露わになった写輪眼に、縛られた訳でもないのに赤く光眼を見たら、動けなくなっていた。
「せ、せめて家で、」
これを言った時点で負けだと分かるが言わずにはいられなかった。が、
「ヤダよ。ここでやるからいいんじゃん」
何言ってるの?と言われそっちこそ何言ってやがると内心毒づく。
腰が引けていようが、もう逃げ場は何処にもない。それも分かっているカカシは、器用に片手でイルカのズボンの前をくつろぎ始めた。一気に下着ごとズリ降ろされ下半身がヒヤリとした空気に晒された。のもつかの間、手甲を外したカカシの手に包み込まれた。長い指に握られ、ゆっくりと扱く。
「はぁっ、...っ」
急速に現れた甘い刺激にイルカは声を漏らした。
「ほら、ちゃんと立ってなよ」
内股になるイルカにカカシが耳元で囁く。低い声にまたゾワリとしたものが背中に走った。
長い指で扱かれ、起立し始めているイルカの陰茎を優しく上下に動かす。崩れ落ちそうになる身体を必死で壁で支えた。
「ぁっ、んっ...」
耳たぶを甘噛みし、首元に顔を埋めそこも甘く噛む。そのままゆっくりとしゃがみ込んだ。
「あっ!ちょ、駄目...っ!」
「いいから」
カカシの口内に陰茎が包み込まれる。ヌルヌルとした感触もカカシの口内の熱も。動かされる度に耳に入り込む音も。体中の熱が一気に上がり、カカシに咥えられた一点が異様に熱く感じた。いつもは自分が強要されるままにしている行為。気持ちよさに頭さえ茹だりそうになる。思わずイルカは目を瞑りその迫る快楽に耐えた。
水音に耳を犯されながらも薄っすら目を開ければ、銀色の髪が目に入る。自分のものを口にしている、それを視覚で自覚させられ、目に涙の膜を張った。
イルカの視線に気が付いたのか、カカシが咥えたまま上を向く。色違いの双眸と目が合った。薄く目を細めると、やんわりと先端に歯を立てられ、思わず内股が震えた。
「や...っ」
もう限界が近い。耐えられそうにないとカカシの髪を掴むと、激しく上下に扱かれる。舌が生き物のように絡み付く。さっき言ってたのは嘘じゃなかったと、思うがもう余裕がない。
「カカシさっ、駄目...っ、もっ」
頭を離そうにも力が入らない腕ではピクリとも動かせない。先端の窪みを舌で器用に刺激されキツく吸い上げらる。イルカは間もなくカカシの口の中で達した。
ビクビクと出る精液を喉奥で呑み込むのが分かり、荒い息を吐き出しながら羞恥に眉を寄せる。
「気持ち良かった?」
聞くまでもないかと、顔を上げたカカシは意地が悪そうに微笑んでいる。
「しんじられ...っ」
「美味くはないけどね。ここ汚れなかったからいいじゃん」
いつもぶちまけてるヤツの台詞じゃない、と言いたくても今の現状言えそうになかった。
「今度はこっち」
立ち上がったカカシが拳で口を拭って、イルカの尻を掴む。ヒッとイルカは声を上げた。
「え、何で」
「大丈夫、セックスはしないよ」
「え?」
「指でいかせてあげる」
ゆると優しく後口を指の腹で撫でる。
「今日はアンタだけ気持ちよくなればいいから」

だから。ヤりたいだけじゃないって、知って。

甘い声と目が自分を見つめていた。
不覚にもグンと胸が締め付けられる。
「このまま家に帰っていいよね?」
銀色の猫が甘く囁く。
不覚にも墜ちたと悟った瞬間、カカシの青く海のような空のような水色の目が、弓なりになった。

<終>

とまこさん、サイト1周年おめでとうございます( ^ω^ )何日かは覚えてらっしゃらないとの事でしたので、ホワイトデーを目指してみました。しかも内容は前回差し上げましたディープブルーの続きで書きました。うまく繋げて書く事が出来たか不安ですが(^◇^;)気に入っていただけたらっ。
これからも素敵なカカイル書いてくださいね!楽しみにしております!
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