燃ゆる
放課後の職員室。授業が終わり和やかな空気が流れ、帰り支た度をする者や談話をする職員がほとんどの中、イルカは答案用紙と睨めっこしていた。赤ペンを持ちながら丸つけ終えた答案を見つめ、やがて嘆息する。
あれだけ時間を割いて自分なりに工夫して教えたはずなのに。ーー点数が全く上がっていない。
今回こそは少しでも平均点を上げれると思っていたのに。
課外授業を増やしすぎたのが駄目だったのか。いや、しかし。机に向かっていたって実際にやってみなければ分からないことだってある。
まあ、終わった事に対して悔やんでいても仕方がない。
イルカはペンを置き空になったマグカップを手に取った時、
「イルカ」
声をかけられイルカは顔を上げる。既に鞄を肩に下げた同期がこっちを見ていた。
「今から受付のメンバー誘って飲みに行くんだけどさ、イルカも行くだろ」
そう聞かれ、イルカは肩を竦める。
「あー、ごめん。これ全部終わらせたいから」
言えば同期がイルカの机に広げられた答案用紙へ視線を向ける。丸の少ない答案を見てなんとなく分かったのか、苦笑いを浮かべた。頑張れよ、と声をかけられ、イルカはそれに、頷いて答える。同期の背中を見送った後、改めてイルカはマグカップを持ち給湯室へ向かった。
残業代なんてあるわけがないんだし、さっさと家に帰るなりさっきの同期と飲みに行くなりしてもいいんだけど。
時々馬鹿みたいに真面目な性格に、自分でも呆れる。
でも、変えられないんだよなあ。
そう内心呟きながら給湯室に入れば、そこにいたのは女性の後輩二人だった。もう帰るつもりなのか、自分達のマグカップを洗いながらなにやら話している。イルカはその後ろで棚を開けインスタントコーヒーの瓶を取り出した。
きっりち支給服を着込んでいる時分とは違い、女性らしい服装なのは当たり前で。相変わらずきゃぴきゃぴしてるなあ、と思うのは、やっぱりそう言うのが苦手だから。
昔っから、女の子特有の空気や会話が苦手だった。何というか、同じノリで話せない。黙ってコーヒーを煎れるイルカの後ろで後輩は楽しげに会話を続けていた。
今日はデートなんでしょ?どこ行くの?と聞いた相手に、もう一人の相手が口を開く。
「新しくカフェが出来たから、そこに連れて行ってもらうつもり、その後に彼ん家かなあ」
頬を赤く染めながら答える後輩は嬉しそうだ。あの店?ケーキ美味しいもんね、いいなあ。と、自分の事のように聞いた相手の声が盛り上がる。が、後ろで聞いてる自分にはそれがどの店なのかよく分からないし、なんでこんな時間からカフェに行くのかも分からない。カフェには食べる物がほとんどないし、ケーキじゃお腹いっぱいにならない。それに食べたいものがあまりない。どうせならちゃんと腹ごしらえ出来る店に行った方が効率的にいいと思う。一楽とか、居酒屋とか。
そう勝手に思っている間に、後輩二人はマグカップを洗い終え、イルカに挨拶をして出て行く。イルカもまた挨拶を返すと、しばらくしてから給湯室を出た。熱いコーヒーを啜りながら歩く。
同じように自分にも恋人と呼べる相手はいるのに、ああいう事を到底言えないのは、どこかおかしいのか。ついさっきの後輩のピンク色に染まった会話を思い出してみるものの、自分に当てはめる事は出来ないし、そもそも自分は恋人らしい事をしているのかも分からない。
いつもは、お互いに時間が会えば待ち合わせして夕飯と食べる為に居酒屋か定食やか一楽に行ったり、節約する為に商店街に寄って買い物をして自分の家で夕飯を作って食べたり。メニューは勿論倹約質素で。全て日常の一部でロマンティックなものは欠片もない。
そんな事を思い浮かべながら、その浮かべた光景に当たり前だがカカシが浮かび、イルカは耳を赤くさせた。
何ヶ月も経つものの、どうも自分に恋人がいるとか。その恋人であるカカシとどうこうとか。どうも慣れない。
(・・・・・・だいたいロマンティックって、そんなの自分にはないない)
不意に火照った頬を冷ますように片手でひらひら扇ぎながら、イルカは自分の席に戻った。
翌日は報告所だった。書類を整理しながら明日のアカデミーの授業内容を頭の中で考えていた時、上忍が数人入ってくる。最後に入ってきたのはカカシだった。
同僚と二人で報告を順番に受け、最後に並んでいたカカシが報告書をイルカに手渡す。イルカはいつも通りに挨拶をし、受け取った。
この前カカシから聞いてはいたが、今日はカカシはこれで任務は終わりで待機になる。そして、自分も今日は少しの残業だけだ。そう思っていれば、カカシから、先生、と声がかかった。いつもの夕飯の誘いだろうと、はい、と顔を上げた時、カカシはそっと少しだけ顔を近づける。
「今日、俺んちに来ない?」
いつもの夕飯を誘うような口調で。カカシがそう口にした。てっきり今日は居酒屋とか、ラーメン屋とか。それか商店街で買い物して自分の家とか。それしか頭になかったから。
ーーカカシに、初めて家に誘われた。
それだけで、ぼわっと一気に顔が熱くなった。燃えているかのように熱くて、それが分かってるのに、止めたいけど、止めれない。
だって、カカシの家に行くってことは、そう言う事で。いや、自分の家には何回もカカシが来てるから、別にはずなのに。
「ちょっと、先生・・・・・・」
その声に赤面したまま顔を上げると、カカシが眉根を寄せたままこっちを見ていた。
初めてだけど何気なく誘っただけなのに、まさかこんな反応を見せられると思っていなかったのか。
カカシもまた顔を赤く染めこっちを見ていた。困ったように眉を寄せたまま片手を口元に当て、
「そんな顔しないで」
そう恥ずかしそうに呟く。そこでイルカは、あ、と思わず声を漏らした。周りの視線が、空気が、変わってしまっていた事に今更ながら気がつき、昨日の後輩に負けないくらいの乙女な反応をしてしまっている自分に、泣きそうになりがら、イルカは俯くしかなかった。
<終>
あれだけ時間を割いて自分なりに工夫して教えたはずなのに。ーー点数が全く上がっていない。
今回こそは少しでも平均点を上げれると思っていたのに。
課外授業を増やしすぎたのが駄目だったのか。いや、しかし。机に向かっていたって実際にやってみなければ分からないことだってある。
まあ、終わった事に対して悔やんでいても仕方がない。
イルカはペンを置き空になったマグカップを手に取った時、
「イルカ」
声をかけられイルカは顔を上げる。既に鞄を肩に下げた同期がこっちを見ていた。
「今から受付のメンバー誘って飲みに行くんだけどさ、イルカも行くだろ」
そう聞かれ、イルカは肩を竦める。
「あー、ごめん。これ全部終わらせたいから」
言えば同期がイルカの机に広げられた答案用紙へ視線を向ける。丸の少ない答案を見てなんとなく分かったのか、苦笑いを浮かべた。頑張れよ、と声をかけられ、イルカはそれに、頷いて答える。同期の背中を見送った後、改めてイルカはマグカップを持ち給湯室へ向かった。
残業代なんてあるわけがないんだし、さっさと家に帰るなりさっきの同期と飲みに行くなりしてもいいんだけど。
時々馬鹿みたいに真面目な性格に、自分でも呆れる。
でも、変えられないんだよなあ。
そう内心呟きながら給湯室に入れば、そこにいたのは女性の後輩二人だった。もう帰るつもりなのか、自分達のマグカップを洗いながらなにやら話している。イルカはその後ろで棚を開けインスタントコーヒーの瓶を取り出した。
きっりち支給服を着込んでいる時分とは違い、女性らしい服装なのは当たり前で。相変わらずきゃぴきゃぴしてるなあ、と思うのは、やっぱりそう言うのが苦手だから。
昔っから、女の子特有の空気や会話が苦手だった。何というか、同じノリで話せない。黙ってコーヒーを煎れるイルカの後ろで後輩は楽しげに会話を続けていた。
今日はデートなんでしょ?どこ行くの?と聞いた相手に、もう一人の相手が口を開く。
「新しくカフェが出来たから、そこに連れて行ってもらうつもり、その後に彼ん家かなあ」
頬を赤く染めながら答える後輩は嬉しそうだ。あの店?ケーキ美味しいもんね、いいなあ。と、自分の事のように聞いた相手の声が盛り上がる。が、後ろで聞いてる自分にはそれがどの店なのかよく分からないし、なんでこんな時間からカフェに行くのかも分からない。カフェには食べる物がほとんどないし、ケーキじゃお腹いっぱいにならない。それに食べたいものがあまりない。どうせならちゃんと腹ごしらえ出来る店に行った方が効率的にいいと思う。一楽とか、居酒屋とか。
そう勝手に思っている間に、後輩二人はマグカップを洗い終え、イルカに挨拶をして出て行く。イルカもまた挨拶を返すと、しばらくしてから給湯室を出た。熱いコーヒーを啜りながら歩く。
同じように自分にも恋人と呼べる相手はいるのに、ああいう事を到底言えないのは、どこかおかしいのか。ついさっきの後輩のピンク色に染まった会話を思い出してみるものの、自分に当てはめる事は出来ないし、そもそも自分は恋人らしい事をしているのかも分からない。
いつもは、お互いに時間が会えば待ち合わせして夕飯と食べる為に居酒屋か定食やか一楽に行ったり、節約する為に商店街に寄って買い物をして自分の家で夕飯を作って食べたり。メニューは勿論倹約質素で。全て日常の一部でロマンティックなものは欠片もない。
そんな事を思い浮かべながら、その浮かべた光景に当たり前だがカカシが浮かび、イルカは耳を赤くさせた。
何ヶ月も経つものの、どうも自分に恋人がいるとか。その恋人であるカカシとどうこうとか。どうも慣れない。
(・・・・・・だいたいロマンティックって、そんなの自分にはないない)
不意に火照った頬を冷ますように片手でひらひら扇ぎながら、イルカは自分の席に戻った。
翌日は報告所だった。書類を整理しながら明日のアカデミーの授業内容を頭の中で考えていた時、上忍が数人入ってくる。最後に入ってきたのはカカシだった。
同僚と二人で報告を順番に受け、最後に並んでいたカカシが報告書をイルカに手渡す。イルカはいつも通りに挨拶をし、受け取った。
この前カカシから聞いてはいたが、今日はカカシはこれで任務は終わりで待機になる。そして、自分も今日は少しの残業だけだ。そう思っていれば、カカシから、先生、と声がかかった。いつもの夕飯の誘いだろうと、はい、と顔を上げた時、カカシはそっと少しだけ顔を近づける。
「今日、俺んちに来ない?」
いつもの夕飯を誘うような口調で。カカシがそう口にした。てっきり今日は居酒屋とか、ラーメン屋とか。それか商店街で買い物して自分の家とか。それしか頭になかったから。
ーーカカシに、初めて家に誘われた。
それだけで、ぼわっと一気に顔が熱くなった。燃えているかのように熱くて、それが分かってるのに、止めたいけど、止めれない。
だって、カカシの家に行くってことは、そう言う事で。いや、自分の家には何回もカカシが来てるから、別にはずなのに。
「ちょっと、先生・・・・・・」
その声に赤面したまま顔を上げると、カカシが眉根を寄せたままこっちを見ていた。
初めてだけど何気なく誘っただけなのに、まさかこんな反応を見せられると思っていなかったのか。
カカシもまた顔を赤く染めこっちを見ていた。困ったように眉を寄せたまま片手を口元に当て、
「そんな顔しないで」
そう恥ずかしそうに呟く。そこでイルカは、あ、と思わず声を漏らした。周りの視線が、空気が、変わってしまっていた事に今更ながら気がつき、昨日の後輩に負けないくらいの乙女な反応をしてしまっている自分に、泣きそうになりがら、イルカは俯くしかなかった。
<終>
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