無理

暗部より正規部隊に配属されて、部下が出来た。
当たり前だが名前だけは知っていたし、尊敬している先輩の部下の、金髪の少年。
ナルトを一目見て、思ったよりも精神年齢が低い、それが自分の第一印象だった。ただ、彼を見ているのは楽しい。裏にいた期間が長かっただけに、ひどくすれていないのは、正直好印象で、彼の潜在能力や気勢はカカシに聞いていた通り、彼の魅力の一つだとも感じる。
そんなナルトが神妙な顔つきをしているのに気が付いたのは、昼。

「え?」
休憩中に、岩に座っていたナルトがぽつりと呟いた言葉に聞き返していた。
納得がいかない、と、ナルトが口にした。
その不平は、今地道に励んでいる修行を意味していると、思っていた。
「カカシ先生をなんで選んだのか、納得がいかないんだってばよ」
続けた言葉と共に、憮然とした表情を自分に向けてきた。どうやら頭の中の気持ちの一部だけ口にしただけみたいで、主語がない台詞に、ヤマトは黒い目をナルトに向けた。
「....誰の事言ってるのかな」
色々な憶測を頭に浮かべながら静かに問う。ナルトの視線が動き、青い目の中にヤマトを映した。知ってるくせに、と物語っているようにも見える。
「イルカ先生だってば」
悔しそうな表情一変、その名前を出した途端、寂しそうな目を地面に落とした。
表情変えず、ナルトを見つめる。
どうやら。
ようやく。
カカシとイルカの関係に気が付いたらしい。
誰が口に出す訳でもなく、2人に近い周囲の人間は知っているものが多い。いわゆる周知の仲で。
自分も正規部隊に配属されてすぐ、気が付いた。もともと、暗部の中では噂がまわっていたのだから、驚きはしなかったが。
ナルトは気が付いていないと知ってはいたし、気が付くのはもっと遅いとも思っていた。
だから。ちょっと意外。が、頭に浮かんだ。
ナルトの事を詳しくは知らないが、イルカは、ナルトのアカデミー時代に担任をし、公私ともに過ごす時間が多かったと聞いている。彼に特別な好意を抱くのは当たり前だ。
だから、そこから今言ったナルトの不満を含む台詞を慎重にかみ砕くように考える。
と、ナルトはまた口を開いた。
「信じらんねえ」
その一言は、一つの答えを指していた。
イルカに抱く感情に恋情が混じっている事を。
内心関心してナルトに視線を向けた。
第一印象の精神年齢の低さは、見誤っていたかもしれない。彼は只単にイルカの愛情を取られたからと不満を持っている訳ではない。
カカシを恋の敵手として見ている。
あのカカシに対して。
(....面白い...)
心で呟き、はっとする。不謹慎に興味を持った自分に、内心苦笑いをした。
平静を装った顔でナルトを見つめた。
「まあ、気持ちは分かるよ。僕も知った時は驚いたからね」
言った瞬間、だろ!?、と、ナルトは声に勢いをつけた。
「ぜってーそんな事ないって思ってたのによ。なのに、あんな風に、」
2人の何かを目撃したのだろう。彼の中で決定的にした何かを。それを思い出すような表情を浮かべたまま、ナルトは悔しそうに呟いた。
表だって表情や気持ちすら滅多に出さない自分からすれば、ナルトの真っ直ぐにさらけ出している気持ちは関心した。サクラや、ましてや他の人に言えない気持ちを、自分にぶつけてきた事にも。
「なあ、ヤマト隊長」
様子を黙って見つめていたヤマトに、窺うような眼差しを向けられ、ヤマトは答えを待つ目でナルトを見つめ返した。
「どんくらいマジなのかな」
「....え?」
聞き返すと、ナルトはぴょんと岩から降りて、ヤマトとの距離を詰めた。
「カカシ先生のことだからさ、モテまくりだろ?だったらさ。イルカ先生の事も遊びかもしれないよな。そんでもって、いつか飽きるかもしれないよな」
どこからか仕入れた、しかし間違ってはいない情報に。そこから浴びせられる質問に、ヤマトは思わず言葉を詰まらせた。
ひどく短絡的な考えだ。楽観的と言えば聞こえが良いが。それに、そんな期待に満ちた目で見られても、困る。
ヤマトは渋面を出さないようにした。
暗部時代からカカシは知ってはいるが、昔から女に困った事はないのは、事実で。それに、カカシは至ってノーマルだった。
そのカカシが、イルカを選んだ。あの、教師のかがみのような、真面目な人格の男を、選んだのだ。
実際会って話して、カカシが惹かれる理由も何となく分かった。一言で言うと、イルカは暖かい。そんなイルカに、カカシは恋をし、相手として選んだ。
それはカカシが本気だと言うことを指しているほかならない。
ただ、それを目の前にいるナルトには、さすがに言えない。
「...でも遊びだったとしたら、それはイルカ先生が傷つくし、かわいそうなんじゃないかな」
正しいと思う言葉を選べば、予想通り、ナルトの目から輝きが消えた。自分で言った言葉に傷ついたのか、眉を顰めて、でも、と動揺をわかりやすく見せた。
今まで人を慰めた経験が少ない。しかも恋路については。
どうにかこのまま諦める方向に行けばいいが、と思いながらナルトを見つめる。
「隊長って、カカシ先生の後輩なんだろ?」
「うん、そうだね」
不意に自分の事を質問され、ヤマトは頷いた。同時に嫌な予感もした。
「遊びじゃないのか、聞いて欲しいってばよ」
「え」
思わず大きめの声が自分から出ていた。
「え、聞くって....カカシ先輩に...って事?」
聞くと、ナルトが金色の頭を大きく縦に振った。
ええ、と、言葉が漏らす自分がいた。そこから苦笑いして眉を下げる。
「何言ってるの、そんな事先輩だからって聞ける訳じゃないよ」
「でもさっ、本当に遊びだったら嫌じゃんよっ」
詰め寄られ、思わず困った顔を出していた。
(...嫌じゃんよって言われても...)
あえて選んでナルトに諦めさせようとした「遊び」の言葉が、そこから、まさか自分に向けられるとは思っていなかった。失態と言えば失態だ。
任務における作戦や遂行に頭は明確に回り答えを導かせる事が出来るし、得意だが。こんな状況は正直初めてで、ここからうまく回避するにはどうすべきか。考えようにも経験がない。必死で冷静に考える。ヤマトは口を開いた。
「もし...もしもだよ。僕が先輩に聞いたとするよね。...カカシ先輩の答えが...遊びだったらどうするの」
「殴るっ」
「...遊びじゃなかったら...?」
「...殴る...」
頭が痛くなってきた。
ヤマトは静かに目を瞑り、意味のない自信に溢れた言葉を発したナルトを視界からとりあえず追い出す。
そこからゆっくり目を開くと、ナルトが沈んだ表情でうつむいていた。
足下にある小石を蹴る。
「俺も....早く好きって言えばよかったんだよな....」
独り言のように零した台詞が、俯いた表情から見えるナルトの顔が、あまりにも寂しそうで。それは、今にも泣き出しそうだ。
泣くわけがないと知っていながらも、ヤマトは目を丸くした。
まるで捨てられた子犬。いや、子ぎつねだ。
(こんな時、先輩だったらどうするのか)
比べようがない存在を思い浮かべるも、カカシがその元凶だと思いだし、ヤマトは息を吐き出した。
「仕方ない。それとなく聞いてあげるよ」
諦め口調で言えば、ナルトが顔を勢いよく上げた。目も、顔も嬉しそうに輝いている。
聞いたところで答えなんか出ないだろうに。
そう思いながらも、ナルトの表情につられるように、ヤマトは小さく微笑んだ。




安請け合いなんてするもんじゃない。
後悔は後になって訪れる。
頷いたものの、あのカカシからそう簡単に聞き出せるわけじゃない。話題すら出すのもはばかられる。
ナルトには悪いが、適当に話をはぐらかそう。
そう思っていた矢先、意外にも聞き出せる状況が訪れた。
夕食を済ませた後、繁華街を一人歩いていたら、カカシがイルカとよく行くと言っていた馴染みの居酒屋の前を通りかかった。何気なく暖簾をくぐってみたら、たまたま、隅のテーブルに銀色の髪を見つける。見間違う訳がない。カカシだ。
当たり前のように、カカシに向かい合って座っているのはイルカだ。愛嬌のある犬の尻尾のような黒い髪。2人の姿を見ただけで一瞬躊躇い、そこから、勢い半分で歩き出す。
距離を半分くらい詰めた時に、カカシが気が付いた。グラスを傾けながら、顔を向けたカカシと目が合った。少し驚いたように目を微かに開き、細める。
なに?
そう目で問いかけられる。
恋人との時間に邪魔が入ればそうなるのは予想できたが、口布を下げたカカシはいつも以上に表情が表立つからか、それただけで怖じ気付きそうになった。
カカシの目線に気が付いたのか、イルカが振り返った。ヤマトを見つけて、微笑む。頭を下げられ、ヤマトもそれに応じ会釈を返す。
「どうも」
「こんばんは。ヤマトさん、一人ですか?」
「ええ、まあ」
イルカに問われ、素直に頷く。
「良かったら、一緒にどうです?」
そのイルカの誘いにも二つ返事で頷いた。
もちろんカカシは良い顔はしていないが、イルカに合わせるしか仕方がないと分かっているのか、カカシは小さくため息を付いて、人差し指でテーブルをこつこつと叩いた。
横は座らせない、と、そう言いたいのだ。素直に言われるままにカカシの隣に腰を下ろした。
側にきた店員にビールを頼む。
「なに、ヤマト。珍しい。ウーロン茶じゃないの」
カカシが不思議そうに、しかしぶっきらぼうな口調で聞いてきた。酒が苦手で、こういう酒の場に参加しても基本アルコールは口にしない。それをカカシは言っていた。
「え、ヤマトさんお酒あまり飲めないんですか?」
イルカに問われてヤマトは微笑んだ。イルカはすでに頬がほんのり赤くなっている。
「ええ、でもたまには飲みたくなるんですよ」
本当は飲みたくない。ただ、飲まなきゃやってられない、が素直なところだった。好きじゃないだけで悪酔いをするわけではない。酒の勢いがなければ今の自分にはなかなか聞けそうにない。
いや、聞くかは分からないけど。
心の内でぶつぶつ言いながら、ヤマトは胡乱な眼差しを向けているカカシを無視して運ばれてきたビールを飲んだ。
ここの店は魚が美味しいんですよ。イルカは嬉しそうにテーブルに並べてある煮魚や、刺身を勧めてくる。2人が仲良く箸でつついていたものにはさすがに気が引ける。が、相づちだけで手を伸ばさないヤマトに、イルカは小皿で綺麗に盛りつけてくれた。自分が割り込んでこなければ直箸で食べ進めていただろうが。
「どうぞ」
「すみません。いただきます」
隣からの視線が痛いのには変わりない。横を見る気にもなれず、ヤマトは箸を持って食べる。
「先生、俺のは?」
「はいはい、分かってますよ」
カカシのあまり口にしない甘えに、イルカは母親のような口調で、分かってたかのように苦笑を浮かべながら皿に装う。それがあまりにも自然に、成り立っている。
ーーしかし。
ビールを飲みながら、さっきまで拗ねいたはずが、反転、優しい眼差しをイルカに見せているカカシを、横目で眺めながら。
納得できないと、顔を顰めていたナルトの顔が頭に浮かぶ。
ナルトが、この2人に割り込むのは。と、ナルトの横恋慕に対して、思わず同情の眼差しに変わりそうになる。
装われた煮魚を口にし、酒を飲む。出来上がった恋人の空気に目の当たりにしながら、自分はノーマルだからそっちの経験さえないけど、男同士上か下があるわけで。その場合、やっぱイルカが下なんだろう。どっちでも有り得るんだろうが。不思議な確信が自分にあった。正直興味もないし、考えたくない領分だが。
そんな事考えると自然酒が進む。
「なんか、夫婦みたいですね」
グラスから口を離した途端、そんな言葉がするりと自分の口から零れていた。
暗黙の了解を汲むように、2人の関係を今まで敢えて口にしたことがなかっただけに、揃った視線が向けられ、そこでしまったと思った。
慌てて取り繕うように、笑顔を作った。
「いや、羨ましいなって思えて」
そう言っても後の祭りだ。少しばかり額に変な汗をかく。
酒の力って怖い。だから日頃口にするのは避けていたのに。
恥ずかしそうな笑みを浮かべるイルカは、そこまで気分を害してはいないようだ。カカシは読めない目でこっちをじっと見つめている。
カカシ自身、関係を敢えて隠しはしない人間だ。しかし、イルカがそこまで周りから言われるのが好きではないと、知っている。それを抗議するような眼差しにも見える。
縦肘をついたまま感情を含ませない視線をこちらに送るカカシを、視界から外した。口から出てしまったもんは仕方がない。ヤマトは酒をまた流し込んだ。
そんな事ないですよ、と赤らめた顔のイルカは箸で煮魚をつついて身を解す。多少の動揺からか、イルカの掴むその箸に、身だけじゃなく小骨を数本掴んでしまっているのに気が付く。
あ、とイルカに伝えるべく口を開くと同時に、カカシの綺麗な手がイルカの箸を持つ手を掴んだ。
へ?と不思議そうにするイルカに、
「そんな事ありますって言ってもいいじゃないの?」
と言いながら、カカシの指が、箸から骨を抜き取った。
子供じゃないんですから、やめてください。なんて恥ずかしさを込めた表情を見せるイルカに、ただ、カカシは優しく微笑みを向ける。
長年の月日を重ねた関係を目の当たりにしながら、ヤマトはまた酒を飲んだ。
「そうですよ。隠す必要なんてないんですから。それに、どっちが先に好きになったのか、僕は興味あるなあ」
勢いって怖い。自分でも思った。
すんなり出てきた言葉に、さすがにカカシも一瞬目を丸くした。
それって結構面白い事で。正規部隊に配属されてからのカカシはほとんど知らず、闇で暗躍していた時期の印象が強いこちら側からすれば、カカシのこの人が変わったような表情は、ヤマトの心を擽る。どんな意味でかは、自分でも不透明だが。とにかく、新鮮だ。
そんな気持ちが渦巻いてるなんて知らないイルカはただ、純真な心で困ったような表情を見せる。
「テン..ヤマト、おまえ酔ってるんじゃないの?」
「いえ、生憎。酒は弱い訳じゃなくで好きじゃないだけですから」
にこにこして返せば、微かに眉を寄せた。
本当のところ、酔ってないわけがない。それもしっかりと見抜けないカカシに、笑いを噛み殺した。
「で、先輩。どうなんです」
話の流れを切らない為に、ヤマトは口を開いた。
カカシは諦めたように小さく息を吐き出しながら、視線を空に浮かす。
「初めて会ったのはナルトを担当する直前だったけど、まあ、...ぶっちゃけ...気になりだしたのは中忍選抜試験が終わったあたりかなあ」
イルカ本人も知らなかったのか、そんな会話が今までなされていなかったのか、目を丸くして黒い目をカカシに向けている。
「だから俺のほうが早く好きになったんだよね」
笑ってグラスを傾ける。
「ホント、俺とは正反対の性格で、もっと言えば、対極でしょ?だから受け入れてくれるかどうか心配だったのは確か」
ガチな答えだと感じた。
包み隠さない答えは関係ない自分でさえ、胸の鼓動が早くなりそうだった。それをコントロールするのは得意で。冷静な頭を保ちながら、同調を示すように頷く。
「だから惹かれ合うものがあったんですね」
言えば、イルカは只、頬を赤く染めながら焼酎を口にしている。黒く輝く目は、テーブルの煮魚に落とされたままだ。
まあ、恋愛に消極的で疎そうなイメージ通り、カカシの言葉通りの展開だったんだろう。半ば無理矢理とまではいかないが、強い行動意志を見せないと、振り向かせるには難しかったのかもしれない。
当初の気持ちの比率は6:4、いや7:3と言ったところか。推測に頭を巡らせる。
「イルカさんは、どうなんですか?」
そこでイルカはいやー俺は、と、照れ笑いをしながら鼻頭を掻き、ぽてっとした唇を開く。

「俺は、出会って2日です」

ナルト、無理。

顔を真っ赤にして驚きと、何かに耐えているカカシを横に。
爽やかな笑顔を見せるイルカを前に。
浮かぶ言葉はそれだけたっだ。


<終>