脈①
「会議?」
そう聞き返されイルカは、はい、と申し訳なさそうに返事をする。
午前中に急に入れられちゃいまして、と続ければ、カカシの隣にいたナルトが、えーっ、と残念そうな声を上げた。
「ラーメン一緒に食べたかったのになー」
不満そうに言うナルトに、イルカが眉を下げれば、あのね、とカカシが口を開いた。
「俺はお前を誘ってないよ」
そんな事よりやることたくさんあるでしょ?呆れ混じりにそう付け加えられ、ナルトはむっとした顔をするものの、口を尖らせるだけに留まる。いつものナルトだったら、何かすぐに言い返すだろうに。要は自分でもカカシの言わんとしている事が分かっているのだ。それだけの事なんだと分かっていても、アカデミーにいた頃とは違うナルトの成長に自然に胸が熱くなった時、ナルトがむくれた顔をカカシに向けた。
「でもさ、二人で何話すんだってばよ」
不満たらたらでありながらも子供らしい質問にカカシは、別に、と短く答え受け流す。ほらもう行くよ、と促しながら金色の頭に軽くぽんと手を置いた。そこから、じゃあまたね、とイルカに声をかけると、カカシは背を向ける。任務へ向かって歩き出し、三人の部下がそれに続く。イルカはナルト達に笑顔で手を振り返した。
上げた手を下げながら、少し考え込むようにぼんやりと視線を漂わせ、イルカは息をゆっくりと吐き出す。そこから自分もまたアカデミーへ向かって歩き出した。
午後、会議を前に、イルカは頼まれた資料を職員室で作りながら、思い出すのは朝のカカシの言葉だった。
別に。
ナルトに二人で何を話すのかと言われた時、カカシはそう返した。カカシは、普段から感情が見えないし、口調にも感情を乗せない。だから誰もそこに気を留める事はないが、実際に一緒に飲んでいる自分からしたら、あの時酷くむず痒いものを感じたのは事実だった。
額宛てこそしているものの、口布を下げ酒を飲むカカシは、表情がよく見える。
ただ、最初はそこまでではなかった。たまたま帰りがけに一緒になって。なんとなく歩きながら会話をしてたら、夕飯に誘われて。そこから時々、カカシに誘われるようになって。緊張もあってかカカシの表情をよく見てなかったのかもしれない。いや、あまり見てはいけないのかもしれないと思っていた。
だから、ここ最近は互いに慣れてきたからなのかもしれないが。
ーーカカシは自分の前でよく笑う。
そう、楽しそうに酒をのむ。ナルト達の前でとった素っ気ない態度を思えば丸で別人だ。
話題だって、アカデミーの事だったり、ナルトの事だったり、仕事の愚痴だったり、確かにナルトにカカシが言ったように、大した内容でもないけど、他愛のない内容なのに、会話に弾む事もないがその時間は心地良くてカカシもまた楽しそうで。
この前もそうだった。
居酒屋で二人で飲んでいた時、ふとカカシがメニューを指さした。
ね、先生。これ美味しそうじゃない?
指さしたのはお茶漬けやおにぎりが書かれているいわゆる締めの料理で。その中でカカシはまぜご飯を指さしていて。
俺実はそれ苦手なんです、と素直に白状したイルカに、カカシは一瞬目を丸くした後、何故か笑った。そっか、イルカ先生にも苦手ものくらいあるよね、と可笑しそうに声を立てて、目を細める。
その表情を思い出しただけでイルカの頬に熱が集まり、思わず唇を軽く噛んだ。
あんな子供っぽい笑顔をするなんて、知らなかった。
分かってる。そんなの酒の席ではきっとよくあることで。人懐こい笑みを見せたからって、自分が特別じゃない事も分かってる。
でも、相手の笑顔一つで脈ありなんじゃないかとか思っちゃって。
いや、脈ありって。なんだよそれ。
馬鹿らしくなって、イルカは手を動かしながら内心否定して突っ込む。
経験値のなさがこの歳になって致命的に感じるのは、明らかに今まで鍛錬や仕事ばかりの毎日で恋愛をろくにしてこなかったからからで。こんな時、この気持ちをどうしたらいいのか。だって、あろう事か、相手はあのはたけカカシだ。笑いたくもなる。
ただ、ぐじぐじ考えているのは性に合わない。
イルカは気持ちを切り替えるように、まとまった資料を抱えると立ち上がる。職員室から廊下へ出た。
翌日、イルカは演習場にいた。子供達に体術を教える上で今大切な事は攻める事より自分の身を守る事だ。相手を倒したいと言う気持ちが勝ってしまうのが、組手をしている子供達を見ていればそれがすぐに分かる。
丸で組手ではなく、喧嘩のような動きになる子供達に注意を与え、もう一度そこから教え直さなければなあ、と内心ため息をつく。
手に腰を当てたまま周りを見渡し、ふと視界に入った人影にイルカは目を留めた。
見間違えようがない。カカシだった。
カカシは、上忍仲間と話しながら歩いている。
そう、いつものように。露わな右目が話している相手に向けられているが、相変わらず感情があるのかないのか。当たり前だが一緒に酒を飲んでいる時に見せる表情なんて微塵にもない。自分に向けたあの微笑みが、丸で幻だったんじゃないかと思えるくらいに、別人に見えて。
見つめている先でカカシがふと視線をこっちに向けた。気配こそ隠してはなかったものの、不意に向けられた視線に、何故か申し訳なくなり頭を下げようとした時、カカシの目が緩んだ。もし微笑んでもそんな事に変に動じない。そう自分に言い聞かせようとしたのに。
自分にふわりと微笑みながら、カカシがポケットに入れていた手を出す。小さく手を振った。
(うわ、)
思わずイルカは息を飲んでいた。
自分に手を振るとか、ちょっと、予想外で。こんな事でいい歳してアホみたいに胸が騒がしくなる。
何とかイルカが応えようとした時、上忍仲間に再び声をかけられ、カカシはイルカから視線を外す。
もうこっちを見ていないのに、胸の鼓動が治らない。
子供達の組手の掛け声さえ、遠くに聞こえる。
カカシの後ろ姿を見つめながら。イルカは赤くなった顔を誤魔化すように、自分の頬を手で擦った。
<終>
そう聞き返されイルカは、はい、と申し訳なさそうに返事をする。
午前中に急に入れられちゃいまして、と続ければ、カカシの隣にいたナルトが、えーっ、と残念そうな声を上げた。
「ラーメン一緒に食べたかったのになー」
不満そうに言うナルトに、イルカが眉を下げれば、あのね、とカカシが口を開いた。
「俺はお前を誘ってないよ」
そんな事よりやることたくさんあるでしょ?呆れ混じりにそう付け加えられ、ナルトはむっとした顔をするものの、口を尖らせるだけに留まる。いつものナルトだったら、何かすぐに言い返すだろうに。要は自分でもカカシの言わんとしている事が分かっているのだ。それだけの事なんだと分かっていても、アカデミーにいた頃とは違うナルトの成長に自然に胸が熱くなった時、ナルトがむくれた顔をカカシに向けた。
「でもさ、二人で何話すんだってばよ」
不満たらたらでありながらも子供らしい質問にカカシは、別に、と短く答え受け流す。ほらもう行くよ、と促しながら金色の頭に軽くぽんと手を置いた。そこから、じゃあまたね、とイルカに声をかけると、カカシは背を向ける。任務へ向かって歩き出し、三人の部下がそれに続く。イルカはナルト達に笑顔で手を振り返した。
上げた手を下げながら、少し考え込むようにぼんやりと視線を漂わせ、イルカは息をゆっくりと吐き出す。そこから自分もまたアカデミーへ向かって歩き出した。
午後、会議を前に、イルカは頼まれた資料を職員室で作りながら、思い出すのは朝のカカシの言葉だった。
別に。
ナルトに二人で何を話すのかと言われた時、カカシはそう返した。カカシは、普段から感情が見えないし、口調にも感情を乗せない。だから誰もそこに気を留める事はないが、実際に一緒に飲んでいる自分からしたら、あの時酷くむず痒いものを感じたのは事実だった。
額宛てこそしているものの、口布を下げ酒を飲むカカシは、表情がよく見える。
ただ、最初はそこまでではなかった。たまたま帰りがけに一緒になって。なんとなく歩きながら会話をしてたら、夕飯に誘われて。そこから時々、カカシに誘われるようになって。緊張もあってかカカシの表情をよく見てなかったのかもしれない。いや、あまり見てはいけないのかもしれないと思っていた。
だから、ここ最近は互いに慣れてきたからなのかもしれないが。
ーーカカシは自分の前でよく笑う。
そう、楽しそうに酒をのむ。ナルト達の前でとった素っ気ない態度を思えば丸で別人だ。
話題だって、アカデミーの事だったり、ナルトの事だったり、仕事の愚痴だったり、確かにナルトにカカシが言ったように、大した内容でもないけど、他愛のない内容なのに、会話に弾む事もないがその時間は心地良くてカカシもまた楽しそうで。
この前もそうだった。
居酒屋で二人で飲んでいた時、ふとカカシがメニューを指さした。
ね、先生。これ美味しそうじゃない?
指さしたのはお茶漬けやおにぎりが書かれているいわゆる締めの料理で。その中でカカシはまぜご飯を指さしていて。
俺実はそれ苦手なんです、と素直に白状したイルカに、カカシは一瞬目を丸くした後、何故か笑った。そっか、イルカ先生にも苦手ものくらいあるよね、と可笑しそうに声を立てて、目を細める。
その表情を思い出しただけでイルカの頬に熱が集まり、思わず唇を軽く噛んだ。
あんな子供っぽい笑顔をするなんて、知らなかった。
分かってる。そんなの酒の席ではきっとよくあることで。人懐こい笑みを見せたからって、自分が特別じゃない事も分かってる。
でも、相手の笑顔一つで脈ありなんじゃないかとか思っちゃって。
いや、脈ありって。なんだよそれ。
馬鹿らしくなって、イルカは手を動かしながら内心否定して突っ込む。
経験値のなさがこの歳になって致命的に感じるのは、明らかに今まで鍛錬や仕事ばかりの毎日で恋愛をろくにしてこなかったからからで。こんな時、この気持ちをどうしたらいいのか。だって、あろう事か、相手はあのはたけカカシだ。笑いたくもなる。
ただ、ぐじぐじ考えているのは性に合わない。
イルカは気持ちを切り替えるように、まとまった資料を抱えると立ち上がる。職員室から廊下へ出た。
翌日、イルカは演習場にいた。子供達に体術を教える上で今大切な事は攻める事より自分の身を守る事だ。相手を倒したいと言う気持ちが勝ってしまうのが、組手をしている子供達を見ていればそれがすぐに分かる。
丸で組手ではなく、喧嘩のような動きになる子供達に注意を与え、もう一度そこから教え直さなければなあ、と内心ため息をつく。
手に腰を当てたまま周りを見渡し、ふと視界に入った人影にイルカは目を留めた。
見間違えようがない。カカシだった。
カカシは、上忍仲間と話しながら歩いている。
そう、いつものように。露わな右目が話している相手に向けられているが、相変わらず感情があるのかないのか。当たり前だが一緒に酒を飲んでいる時に見せる表情なんて微塵にもない。自分に向けたあの微笑みが、丸で幻だったんじゃないかと思えるくらいに、別人に見えて。
見つめている先でカカシがふと視線をこっちに向けた。気配こそ隠してはなかったものの、不意に向けられた視線に、何故か申し訳なくなり頭を下げようとした時、カカシの目が緩んだ。もし微笑んでもそんな事に変に動じない。そう自分に言い聞かせようとしたのに。
自分にふわりと微笑みながら、カカシがポケットに入れていた手を出す。小さく手を振った。
(うわ、)
思わずイルカは息を飲んでいた。
自分に手を振るとか、ちょっと、予想外で。こんな事でいい歳してアホみたいに胸が騒がしくなる。
何とかイルカが応えようとした時、上忍仲間に再び声をかけられ、カカシはイルカから視線を外す。
もうこっちを見ていないのに、胸の鼓動が治らない。
子供達の組手の掛け声さえ、遠くに聞こえる。
カカシの後ろ姿を見つめながら。イルカは赤くなった顔を誤魔化すように、自分の頬を手で擦った。
<終>
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