仲直り⓪
報告を終えた昼下がり、カカシは報告所を出るとそのままアカデミーがある建物へ向かう。
珍しく午後早くに任務が終わったから。授業をしているイルカを見て、それから待機所に向かおうとしていたが、どの教室にもおらず、だがいたのは、何のことはない、職員室だった。皆授業で出払っているらしく、誰もおらず、広い職員室に一人、イルカが自分の席に座っている。
真剣な眼差しは教本に向けられ、片手に右手に持った鉛筆でノートに書き写している。その勤勉さに僅かに目を細めた時、カカシが右手を置いた古い木製の窓枠がかたんと小さな音を立て、イルカが顔を上げた。こっちを見て、カカシだと分かったイルカは小さく息を吐き出す。そこから笑顔を浮かべた。
「びっくりさせないでくださいよ」
「こんな事でびっくりしないでしょ」
何のことはないと、ひょいと開いている窓から入ると、まあそうですけど、とイルカから返る。
「でも普通窓からは誰も入ってきませんから」
と言うか、禁止なんですよ。
言われてそれが生徒に向けた規則なんだと気がつき、ああ、そっか、と苦笑いを浮かべながら銀色の頭を掻いた。
「先生はこの時間は空きなの?」
聞きながらイルカに歩み寄る。隣の席の椅子を拝借して座るカカシに、この曜日だけは、とイルカは頷いた。
せっかくだから昼寝なり休憩時間にすればいいものの、仕事をするのがイルカらしい。
次の授業に使うのか、忍術に関するページをイルカは開いていた。机の上に散乱している本にや、開いたままのノートにカカシは目を向ける。アカデミーで習う以前に独学で学んだ事が多い自分にはピンとこないがイルカのこの努力が子供たちに繋がっているのは確かだ。
誰もいない職員室で一人、誰よりも努力しているイルカの姿を見つめ、愛おしさに目を細めた時、イルカが口を開いた。
「でも先週は猫がいたんですよ」
「え?」
不意に飛んだ話しにカカシが聞き返せば、イルカはカカシが入ってきた窓を指さした。
「先週もこの時間に仕事してたら、音がして。見たら猫だったんです」
だから、またその猫かな、と思ったらカカシさんだったので。
そこで言葉を切ってイルカはふふ、と嬉しそうに笑う。だからあの顔か、とその時の表情を思い出しながら苦笑いを浮かべる。その無邪気な表情にカカシは一緒に微笑みながら、そっか、と短く答えた。
くすくす笑う表情を見せられただけで、これだけで適わないなあ、と思ってしまう。
手を伸ばし、まだ笑っているイルカの頬を指で触れると、少し驚いたイルカの目が丸くなった。黒い目がカカシを映した。視線が交わり、触れられると思っていなかったのか、見つめる先のイルカは少しだけ戸惑っているのが分かる。
「カカシさん、俺まだ仕事が、」
「うん、知ってる」
だから少しだけ。ね?
優しく囁き口布を下げる。顔を傾けそっと唇を重ねた。
初めてキスをしたのは一週間前。そしてこれで三回目。
まだぎこちないイルカにカカシは浮かせた唇をもう一度口づけた。何回も、柔らかい唇に深く重なりたくて角度を変えてキスをすると、ん、とイルカから声が漏れた。
唇を離すと瞼がゆっくりと開き、カカシをじっと見つめる。恥ずかしそうに瞬きするイルカの顔に、思わず手を添えた。
「・・・・・・熱いね」
頬から伝わる暖かさにカカシがぽつりと呟くと、イルカが微かに眉を寄せた。
「それは・・・・・・カカシさんのせいです」
少しむくれた口調で言われて、カカシは眉を下げる。
もう一度、とそのまま顔を近づけた時、
「・・・・・・カカシさん」
名前を呼ばれ、カカシは動きを止めイルカを見つめた。間近で、うん?と顔を傾げるカカシに、イルカは口を開く。
「カカシさんは・・・・・・俺と、キス以上の事、したいと思ってますか?」
その言葉にカカシは驚きに、え?と聞き返していた。思わず手を離す。
黒い瞳がカカシをじっと見つめていた。胸がドキンと鳴る。イルカが今まで恋人がいなかった事は知っているから、色々急がず進めたいとは思ってはいたが。まさかイルカから聞かれるとも思ってなくて。一瞬言葉を失った。そこからカカシは口を開き、えっと、と繋げる。
「・・・・・・そりゃ、したいに決まってるでしょ?」
ゆっくりと答えると、イルカは顔を赤らめたまま、俯いた。
「・・・・・・先生は?」
聞くと、イルカの顔が上がる。が、また視線を下へずらした。
「先生が嫌なら俺は別に、」
そう続けたカカシに、イルカが遮るように、俺は、と口を開いた。ゆっくり顔を上げる。
「俺は、カカシさんに触りたいと思ってるし、・・・・・・カカシさんに触って欲しいです」
カカシは僅かに目を見開いた。心臓がドキドキして、どうしようもないくらいに激しく動く。一人の人間を前にこんな風になった事がなくて、カカシは言葉が出てこなかった。どう言うことなのか分かっているのに、ひどく頭が混乱していて。そして何より顔が熱い。
顔を赤らめたまま、イルカをただ、見つめる。
イルカもまた、顔を赤く染めたまま、呆然としたまま立っているカカシを前に唇を結んだ時、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
イルカがその鐘の方へ顔を向ける。同時に少し離れた教室で、授業から解放された子供たちの声が聞こえ始める。
ざわざわとした声が廊下で聞こえる中、あ、そうだ、とイルカが口にした。
「俺、次の授業の準備で書庫室に行くんで、」
言われて、うん、と返事をするカカシに、イルカは机に広げていた本やノートを手際よく片づける。カカシに振り返り、そしてにこりと微笑むと、そのままイルカは職員室を後にした。
カカシは椅子から立ち上がり、職員室で一人、イルカが出て行った扉を見つめながら、口布を片手で覆う。
次会う時、どんな顔したらいいのか困るって、分かってんのかな。
そこまで思って、いや、分かってないよねえ、とカカシは顔を赤らめながら眉を寄せた。
<終>
珍しく午後早くに任務が終わったから。授業をしているイルカを見て、それから待機所に向かおうとしていたが、どの教室にもおらず、だがいたのは、何のことはない、職員室だった。皆授業で出払っているらしく、誰もおらず、広い職員室に一人、イルカが自分の席に座っている。
真剣な眼差しは教本に向けられ、片手に右手に持った鉛筆でノートに書き写している。その勤勉さに僅かに目を細めた時、カカシが右手を置いた古い木製の窓枠がかたんと小さな音を立て、イルカが顔を上げた。こっちを見て、カカシだと分かったイルカは小さく息を吐き出す。そこから笑顔を浮かべた。
「びっくりさせないでくださいよ」
「こんな事でびっくりしないでしょ」
何のことはないと、ひょいと開いている窓から入ると、まあそうですけど、とイルカから返る。
「でも普通窓からは誰も入ってきませんから」
と言うか、禁止なんですよ。
言われてそれが生徒に向けた規則なんだと気がつき、ああ、そっか、と苦笑いを浮かべながら銀色の頭を掻いた。
「先生はこの時間は空きなの?」
聞きながらイルカに歩み寄る。隣の席の椅子を拝借して座るカカシに、この曜日だけは、とイルカは頷いた。
せっかくだから昼寝なり休憩時間にすればいいものの、仕事をするのがイルカらしい。
次の授業に使うのか、忍術に関するページをイルカは開いていた。机の上に散乱している本にや、開いたままのノートにカカシは目を向ける。アカデミーで習う以前に独学で学んだ事が多い自分にはピンとこないがイルカのこの努力が子供たちに繋がっているのは確かだ。
誰もいない職員室で一人、誰よりも努力しているイルカの姿を見つめ、愛おしさに目を細めた時、イルカが口を開いた。
「でも先週は猫がいたんですよ」
「え?」
不意に飛んだ話しにカカシが聞き返せば、イルカはカカシが入ってきた窓を指さした。
「先週もこの時間に仕事してたら、音がして。見たら猫だったんです」
だから、またその猫かな、と思ったらカカシさんだったので。
そこで言葉を切ってイルカはふふ、と嬉しそうに笑う。だからあの顔か、とその時の表情を思い出しながら苦笑いを浮かべる。その無邪気な表情にカカシは一緒に微笑みながら、そっか、と短く答えた。
くすくす笑う表情を見せられただけで、これだけで適わないなあ、と思ってしまう。
手を伸ばし、まだ笑っているイルカの頬を指で触れると、少し驚いたイルカの目が丸くなった。黒い目がカカシを映した。視線が交わり、触れられると思っていなかったのか、見つめる先のイルカは少しだけ戸惑っているのが分かる。
「カカシさん、俺まだ仕事が、」
「うん、知ってる」
だから少しだけ。ね?
優しく囁き口布を下げる。顔を傾けそっと唇を重ねた。
初めてキスをしたのは一週間前。そしてこれで三回目。
まだぎこちないイルカにカカシは浮かせた唇をもう一度口づけた。何回も、柔らかい唇に深く重なりたくて角度を変えてキスをすると、ん、とイルカから声が漏れた。
唇を離すと瞼がゆっくりと開き、カカシをじっと見つめる。恥ずかしそうに瞬きするイルカの顔に、思わず手を添えた。
「・・・・・・熱いね」
頬から伝わる暖かさにカカシがぽつりと呟くと、イルカが微かに眉を寄せた。
「それは・・・・・・カカシさんのせいです」
少しむくれた口調で言われて、カカシは眉を下げる。
もう一度、とそのまま顔を近づけた時、
「・・・・・・カカシさん」
名前を呼ばれ、カカシは動きを止めイルカを見つめた。間近で、うん?と顔を傾げるカカシに、イルカは口を開く。
「カカシさんは・・・・・・俺と、キス以上の事、したいと思ってますか?」
その言葉にカカシは驚きに、え?と聞き返していた。思わず手を離す。
黒い瞳がカカシをじっと見つめていた。胸がドキンと鳴る。イルカが今まで恋人がいなかった事は知っているから、色々急がず進めたいとは思ってはいたが。まさかイルカから聞かれるとも思ってなくて。一瞬言葉を失った。そこからカカシは口を開き、えっと、と繋げる。
「・・・・・・そりゃ、したいに決まってるでしょ?」
ゆっくりと答えると、イルカは顔を赤らめたまま、俯いた。
「・・・・・・先生は?」
聞くと、イルカの顔が上がる。が、また視線を下へずらした。
「先生が嫌なら俺は別に、」
そう続けたカカシに、イルカが遮るように、俺は、と口を開いた。ゆっくり顔を上げる。
「俺は、カカシさんに触りたいと思ってるし、・・・・・・カカシさんに触って欲しいです」
カカシは僅かに目を見開いた。心臓がドキドキして、どうしようもないくらいに激しく動く。一人の人間を前にこんな風になった事がなくて、カカシは言葉が出てこなかった。どう言うことなのか分かっているのに、ひどく頭が混乱していて。そして何より顔が熱い。
顔を赤らめたまま、イルカをただ、見つめる。
イルカもまた、顔を赤く染めたまま、呆然としたまま立っているカカシを前に唇を結んだ時、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
イルカがその鐘の方へ顔を向ける。同時に少し離れた教室で、授業から解放された子供たちの声が聞こえ始める。
ざわざわとした声が廊下で聞こえる中、あ、そうだ、とイルカが口にした。
「俺、次の授業の準備で書庫室に行くんで、」
言われて、うん、と返事をするカカシに、イルカは机に広げていた本やノートを手際よく片づける。カカシに振り返り、そしてにこりと微笑むと、そのままイルカは職員室を後にした。
カカシは椅子から立ち上がり、職員室で一人、イルカが出て行った扉を見つめながら、口布を片手で覆う。
次会う時、どんな顔したらいいのか困るって、分かってんのかな。
そこまで思って、いや、分かってないよねえ、とカカシは顔を赤らめながら眉を寄せた。
<終>
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