仲直り②

 良く晴れた日の午前中、カカシは外を歩いていた。朝早くに依頼を受けた任務が早々に終わり、報告を済ませて待機所へ向かう。その途中上忍仲間に声をかけられ足を止めた。今度一緒に同行する任務先の他愛のない話に耳を傾けながら、ふと目線を上に上げると、その先にイルカの姿が見えた。
 今日はアカデミー勤務だと聞いていたが、休憩時間なのか、移動中なのか、数人の子供たちと一緒にこっちへ向かって歩いてきている。一人の子供はイルカの片手を取り引っ張るように先頭を歩く。丸で自分の金髪の部下のようだと目を細めた時、イルカがこっちに気がついた。こんな場所にいるとは思っていなかったのか、少しだけ驚いた顔をする。早朝任務ですれ違いで会えなかったとは言え、それまで一緒のベットで寝ていたのは言うまでもない事実。それを物語るように、イルカの眼差しは恥ずかしそうに戸惑う表情を見せる。もうつき合って何ヶ月も経つというのに。その初々しさにいつ見ても微笑ましく感じる。
 愛おしく感じて、カカシはイルカに向け笑みを浮かべた。そしてポケットに入れていた手を取り出すと、軽くイルカに向かって振る。それを見て、イルカは目を丸くした。そして血色のいい健康的な肌頬が赤みを帯び、唇をぐっと結んだのが見えた。
 話を聞いていたと思っていたカカシが突然動いた事に、隣にいた上忍が不思議そうに振り向くが、そこには当たり前だが子供たちと歩いているイルカしかいない。関係を知る由もない上忍はすぐにまたさっきの話題に戻っるものの、カカシから見たらイルカの目つきが険しくなってしまっているのは言うまでもない。何か言いたげに、しかし、言えるわけがなく、イルカはふいと背をむけると子供たちと一緒に歩いていく。耳まで赤くなっていたそのイルカの後ろ姿を見つめ、カカシはまた密かに目を細めた。

 知り合った当初、イルカは見た目のままで、真面目でしっかりしている印象だったが、夕飯に誘ったり、一緒に酒を飲むような関係になってから、その印象はすぐに変わった。
 時折、自分に見せる子供っぽいところがすごく意外で、でも、それが何故か嬉しかった。自分が見ている限り、同僚や友人と一緒にいる時は、多少無邪気な一面もあるように見えるが、そこまでではなく、自分に見せるような子供っぽさはない。
 それが、自分に甘えているんだと気がついた時、言葉に言い表せないような感情が胸に広がり、そして、やっぱり嬉しかった。それは恋人同士になった今でも変わらない。
 あんな事で怒るだもんなあ。
 うっかり表情に出してしまった、イルカの顔を思い出しながら、カカシは一人ほくそ笑んだ。

 再び見かけた時、イルカは執務室がある建物の裏庭にいた。ベンチに座って一人弁当を広げている。週に何回か弁当を作っているのは知っていた。
 ベンチは木の陰に入り、時折風が吹き気持ちよさそうにイルカの後ろの結んだ髪が揺れる。アカデミーの裏庭で食べないのは、何か考え事をしたくて、そしてきっと子供たちに邪魔されるからなんだろう。カカシはそう思いながらイルカに歩み寄った。
「イルカ先生」
 声をかけると想像以上にイルカの肩がびくりと揺れた。そして振り返りカカシを黒い目に映す。直ぐに少しだけその目は明らかに機嫌が悪い。ふいと顔を背けられ、カカシは、分かっていたものの、参ったな、と内心苦笑いを浮かべる。
 さっきの午前中のあれが、まだイルカの中で尾を引いてるのだ。カカシはそんなイルカに構わず、隣座ってもいい?、と聞くと、数秒後に、低い声でどうぞ、と返される。そんなイルカにまた微笑みながら、カカシは隣に座った。イルカはそこから弁当を食べ始める。弁当の中身は、朝焼いただろう鮭と、卵焼きと炒めたピーマン、そして昨日夕飯で食べた鶏肉と蓮根のきんぴらが入っている。おにぎりもそこまで上手いとは言えないが、少し大きめに握ったおにぎりは、カカシの目から見たら美味しそうに見える。
「いいなあ」
 そんな言葉を口にすると、イルカがちらとこっちを見た。
「カカシさんはもう食べてきたんでしょう?」
 その通り、既に商店街の定食屋で早目に昼を済ませていた。元々あまり込んでいる時間帯には店に出入りはしない。
 まあねえ、と間延びした口調でゆっくり返すカカシに、イルカは、これは俺のですから、なんて言いながら今度はおにぎりを頬張る。その一口が大きいから、もぐもぐと咀嚼するその姿に思わずまた目を細めれば、その視線に気がついたイルカがカカシへ顔を向ける。
「何ですか」
 訝しむ表情で言われて、可愛いからとつい言ってしまいそうになり、何でもない、とカカシは眉を下げて笑って誤魔化した。
 イルカはどんどんぱくぱくと食べ進め、そんな姿は見ていて飽きない。
「そのきんぴら、美味しかったよね」
 昨夜の事を思い出し、そう口にすると、イルカはまたカカシへ顔を向けた。俺好きだよ。そう付け加えると、イルカはカカシから視線を逸らした。そして小さく、ありがとうございます。と呟く。そんな事でも恥ずかしそうにするから、うっかりこっちまで頬が赤くなりそうになる。カカシは頭を掻いた。
「それ、食べたいな」
 敢えて意地悪く、しかし優しく声をかけると、イルカはまたあからさまに困った表情を見せた。誰もいないものの、こんな場所であげれるわけないだろ、とそんな眼差しを見せる。
「駄目です」
 きっぱりそう言うとイルカはまた箸を動かし食べ始めた。
 言ってみたものの、分かっていたから。ま、そんなもんだよねえ、と、でもこうしてイルカ先生と一緒に過ごせる時間があるだけで嬉しい。そう思っていると、イルカはもぐもぐ食べながら、ふと箸を止めた。その箸には蓮根のきんぴらが挟んである。
「・・・・・・これで、最後です」
 少し戸惑いながら、カカシの目を見てそうぽつりと言った。それがどんな意味か分からない。じっと見ているカカシの前で、その蓮根をイルカは自分の口に入れる。
「これで・・・・・・、もう、最後ですから」
 頬を赤らめ、恥ずかしそうに。そう口にしたイルカの言わんとしている事が分かり、カカシは僅かに息を呑んでいた。思った以上に怒りっぽくて、照れ屋で、そして突拍子がない。そんな恋人を前に自分らしくないくらいに心臓がどくどくと鳴り始める。なのに、イルカから目が離せない。
 イルカが顔を前に戻してしまう前に、カカシはイルカの手を掴んだ。
「じゃ、ちょーだい?」
 強い力で引き寄せれば、予想していたくせに目を丸くしながら、顔を赤くしながら、嫌です、と言う。それなのに、強く拒もうとしない。
 箸で食べさせるより、遙かにすごいこと言ってるって分かっているのか。いないのか。無邪気なようで、自分を簡単に翻弄する。その愛おしさにカカシは目を細め微笑みながら、自分の口布を下ろす。そしてそのまま口づけた。


<終>