仲直り④

 強い雨が身体を、顔を叩きつける。暴風で上空では唸るような風の音がする中、カカシは顔を上げた。防水のコートを羽織りフードを雨除けに被ってはいたが、この風では気休めにしかならない。既に銀色の髪は濡れている。
 木の葉を囲む外壁に距離を置いてぽつぽつと人が立っているいて、それは気配では分かるものの、この視界では確認するのも難しい。
 この嵐が過ぎ去るのはたぶん翌朝ぐらいか。カカシは頬に打ち付ける雨を感じながら、壁の外に続く真っ黒な森へ視線を向けた。

 カカシはひたひたと夜道を歩く。服はマントのおかげで大丈夫だが、靴の中は濡れて気持ち悪い。未だ荒れた雨風の中、流石に人影は見当たらない。カカシは真っ直ぐに家に向かった。
 アパートの階段を音もなく上り部屋の前に来ると、カカシはポーチから鍵を取り出し、鍵を開ける。扉を開け、カカシが少し驚いたのは、玄関の前にイルカが立っていたから。時間的にまだ起きてはいるとは思ったが、イルカがこんな風に玄関の前に立って迎え入れる事がなかった。ここはイルカの借りている部屋で、そこまで広くもない部屋だから、居間にいればそこから声をかけるし、台所にいれば、ひょいと顔を覗かせる。なのに、今日は違った。目の前に立っているのに、出迎える言葉をかけてくる訳でもなく、自分の両手を胸の前でぎゅっと握りしめながら、じっとこっちを見ている。そんなイルカを見つめながら、カカシは雨が入り込む前に、扉を閉めた。
「・・・・・・ただいま」
 どうしたんだろうと不思議に思いながらもそっと声をかけると、そこでようやくイルカが何回か瞬きをした。黒い目が濡れたまま立っているカカシを見つめ、きゅっと閉じられた唇が少し開く。お帰りなさい、と小さく声を出した。
「遅かったですね」
 と、そう続けられ、カカシはイルカから言葉が返ってきた事にほっとしながら、うん、と返事をした。濡れた頭を軽く振る。
「交代の奴がちょっと遅れてきたもんで、それでね」
 言いながらカカシはぐっしょりと濡れたコートを脱ぎ、玄関にあるフックにかけた。かけた先からぽたぽたと雨水が玄関の床に落ちる。
「まあ、この嵐でしょ。だからまあ仕方ないんだけどね」
 そこまで言って顔をイルカに向けると、まだこっちをじっと見つめていた。カカシは首を少し傾げる。
「歩哨当番だって、言ってなかったっけ?」
 聞くと、いえ聞きました、とイルカは首を横に振った。じゃあ何だろうと思うが、イルカは何も言わない。カカシはしゃがみ濡れた靴に手をかけた。
 短期任務で予定より遅く里に帰還したりした事があったが、こんな顔で出迎えられた事は一度もなかった。いつも笑顔で迎える。心配を顔にあまり出さない人だと、知っていた。でも、今回は違う。
 靴を脱ぎ終え部屋に上がるものの、足が濡れている。
「先生、タオル、ーー」
 言い掛けた言葉が止まったのは、イルカが自分に抱きついてきたから。カカシはまた驚いたまま、抱きつかれたまま、イルカの顔を見ようとしたが、首元に顔を伏せているから、見る事ができない。
 様子を伺うように、カカシはじっとして、そして少し濡れているから躊躇ったものの、その自分の腕をイルカの背中にそっと回した。そこから優しく抱きしめる。
 イルカは何も言わない。でも、風が大きく鳴った時、イルカが抱きつく腕に力を入れた。同時にイルカが玄関で向けていた眼差しを思いだし、不安だったんだと、気がつく。
 きっとイルカは何も言わない。これが不安だったからなんて。自分がしつこく聞いたなら答えるのかもしれないが、ただ、理由なく不安になる事が昔の自分にもあったから。幼い自分がたった一人で、家で父親の帰りを待っていた記憶が蘇る。
 言葉に出来ない押し潰されそうな不安。ただ、そんな気持ちを素直に自分に向けてくれたのが、無性に嬉しいと感じた。カカシもまた無言でイルカを抱き込む腕に力を入れ抱き締め返す。
 冷えた身体からイルカの温もりが伝わり、安堵した気持ちが胸に広がった。これもまた言葉にしたくても出来なくて。それだけでカカシはじわりと心が熱くなる。この気持ちをイルカになんて伝えたらいいのか分からない。
 しばらく抱き合った後、カカシは腕を離しイルカを見つめれば、予想通り、こんな甘え方をしたことがなかったからなのか、イルカは僅かに眉を寄せ、気恥ずかしそうな表情を浮かべていた。そんな顔を見て、カカシはふっと微笑みを浮かべる。
 下手に茶化すつもりなんてないけど。ーーね、先生、とイルカへ声をかけた。下にずらされていた視線がカカシへ向けられる。黒い瞳をじっと見つめ返した。
「今日はいっぱいエッチしよっか」
 ふざけた口調ではない、優しく問いかけるとイルカは少し驚いたように目を丸くした。
 いつもだったら。こんな台詞を言えば、ふざけるなと、荒々しい言葉が返ってくるが、今日は違った。
 驚いた顔をした後。小さく開いた口を一回閉じる。そして眉を下げる。そして頬を赤く染めながら破顔して、
「はいっ」
と嬉しそうにそう答えた。

<終>

 
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