何でもない日

 非日常なんてものに惹かれないのは、きっと自分が慣れていないからなのだろうなあ。なんて事を、ダイニングテーブルに立て肘をつきながら思っていると、カカシのその視線に気がついたイルカが顔を上げた。
 案の定、どうしたんですか?と聞かれ、カカシはにっこりと微笑みを浮かべると、何でもないと首を振る。
 今度は、お腹空きましたか?と聞かれ、そうでもないと答えた。本当は多少空腹を感じてはいるが、一生懸命腕を振るうイルカに水をさすような事はしたくない。
 イルカが作っているのはパスタだ。あまり口にもしないし、馴染みがないのはイルカも同じなのに作ってくれているのは、少し前に一緒にテレビを見ている時に、どこぞの店でレポーターが食べていたパスタを見て、ああ言うのもたまには食べてみたいよね。なんて言ったから。
 そして、彼なりに特別な日にしてやろうと言う気持ちもあってだろう。
 使い慣れないカカシの部屋のキッチンに立っているのも、また然り。日頃からイルカの家に入り浸ってしまっているカカシに、今度の週末はカカシさんの家で過ごしたいと言ってきたのはイルカだった。
 少し拍子抜けしたし、いつもと一緒でいいのにと思ったのだが、自分のキッチンに立つイルカの姿は思った以上に新鮮で、これはこれでいい、なんて思ってしまう。
 元々物が少なくて生活感すらあまりない部屋なのに。イルカがいて一緒いるだけでこうも違うんだなあ、と思う。イルカが料理している姿を見ながら、使い勝手が悪いだろうにと苦笑いを思わず浮かべた時、イルカがダイニングテーブルへ皿を運んできた。

「あ、美味い」
 予想していなかっただけに、パスタの味に思わず声が漏れる。と、イルカが笑った。
「ですね。良かった」
「アサリとニンニク?」
 イルカも頬張りながら頷く。
「鷹の爪とか他にも少し。材料はシンプルなんですよ。なのに貝の出汁が出てて美味いですね」
 満足そうにイルカは微笑む。
「大変だった?」
 聞くと、イルカはうーんと考えるように首を軽く捻った。
「まあ、それなにり。麺の堅さと作ったスープを合わせるタイミングが難しかったです」
 まあ、でもこう言うのはラーメンと同じですよ。
 言われてカカシもそこで合点して、なるほどと頷いた。それなら分かる。確かにこのパスタも延びてもいなく、アサリのスープに絡むと丁度いい堅さになっていた。自然と笑みを誘われたカカシにイルカは箸を止めた。
「何ですか?」
「いや、あなたらしいなあと思って」
「え?」
 何処についてなのかと、イルカに目で問われ、
「ラーメンてところがね」
 素直に伝えるとイルカは納得したのか、可笑しそうにからからと明るく笑った。
「俺ってそんなイメージですか」
「それだけじゃないよ。分かりやすい例えを出す辺り、いい先生なんだろうなって、それも思った」
「それはどーも」
 恥ずかしそうにしながらも、謙遜する事なくイルカはカカシの言葉を受け取る。
 イルカ自身気がついていないのだろうが、イルカが生徒に好かれるのはただ単に人柄だけではなく、親しみやすく分かりやすい教え方にあると感じる。誰にでも出来そうに感じるが、それが自分には到底出来ない。師になって実感した事の一つだった。
「でもまあ、これに集中してたら他の料理作る事が頭になくて。こんなんですみません」
「ううん、これで俺は十分」
 イルカはそう申し訳なさそうに言ったが、このパスタとポテトサラダがあり、これでカカシには十分だった。腹が満たされたと言うことではなく、心が満たされているからと分かっていたが、それを口にする事はなんとなく気恥ずかしくてやめた。
 そうそう、と立ち上がったイルカは冷蔵庫へ向かい、すぐに戻ってくる。
「あと、ちょっと早いですが一杯飲みますか」
 ビールを手に、イルカはそう口にした。

 食事を済ませた後、ソファに座って他愛のない話をしながら酒を飲む。渡された缶ビールが空になった辺りから、そう言う気分になったのカカシだった。
 まだ明るいうちからカカシが促しても、そうイルカは折れる事はない。彼の望む時間でさえ、電気をつけることすら許してくれないのだから、昼間なんて尚更だ。
 とは言ってももう夕方で、今日は自分もイルカも予定では仕事はない。ただ明日の朝になるまでだらだらと時間をここで過ごすのだ。その延長に甘い空気になってもそれは健全だよね。
 なんて言い訳に近い事を思いながらイルカにそっと口づけたら、それはすんなりと受け入れられた。
 何回もついばむような口づけを繰り返した後、ゆっくりと深く唇を重ねると、イルカの鼻から甘い声が漏れる。触れるイルカの身体に力は入っていない。許されている事に気をよくしたカカシは、そのまま口づけをしながらイルカの上着の裾から手を入れた。胸の先端を指で潰すように擦った後、その手を下に滑らせた。僅かに汗ばむイルカの肌の質感を楽しむように指を這わせる。離した唇で首元の薄い皮膚を吸うと、イルカが息を呑み身体を震わせた。
「あっ、カカシさ・・・・・・っ、あんた手つきが、いちいちやらし・・・・・・っ、」
「当たり前でしょ」
 キスと愛撫だけで頬を上気させている。カカシはふっと小さく笑って、少し酒の匂いが残るイルカの唇を舌で舐めた。ん、とイルカが声を漏らす。
「だって、今からやらしー事するんだから」
「・・・・・・っ」
 不適な笑みを浮かべるカカシを見るイルカの顔が更に赤く染まった。黒い目を伏せる。
 もう一度そこからイルカのズボンに手をかけた時、激しくドアが叩かれる。
「カカシせんせー!」
 同時に発せられた大きな声に、カカシは僅かに項垂れ、イルカの火照り始めた身体もまた、強ばる。
 でも火急の用ではない事は確かだから、そのまま放っておこうと。イルカもまたその流れを組んでくれるだろうと思ったのに。
 押し倒された身体を起こしたイルカは、乱れた服を直しながら玄関に急いで向かう。玄関に向かうまでのイルカの動きは無駄がないと言っていいくらいに俊敏で。
「え、ちょっと、」
 先生、待って。驚いて声をかけるも、イルカは既に玄関先まで行ってしまっていた。だってここは自分の部屋で、呼ばれているのは俺で。イルカが出る必要なんて全くないのに。
 イルカの家でこんなタイミングに何度か遭遇したのは確かだ。でもそれはあくまでイルカ先生の家であって。
 なんて考えてもイルカを止める事は不可能だなあ、とカカシは諦めながらも、ここからの事態が安易に想像できた。
 案の定、急いで扉を開けたイルカに返ってきたのは「なんでイルカ先生がここにいんの?」だった。
 イルカの詰まる声。カカシは額に手を当て、静かにため息を吐き出しながら苦笑いを浮かべる。
(・・・・・・まあ、そうなるよねえ)
 条件反射というのは全く怖い。
残念な気持ちが確かにあるが、責めるところは何処にもない。ナルト達が自分に祝う言葉を送る為にここに来てくれている事ぐらいは、カカシにも分かっていた。
「さて、行きますか」
一声呟くと、がしがしと銀色の頭掻き、カカシはのそりとソファから立ち上がる。
しどろもどろになっている恋人を助け船を出すべく、玄関へと向かった。

<終>
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