夏の終わり

 子供と挨拶を交わして戻った職員室で、自分が吐き出したため息は、あまりにもさっきの子供との会話とかけ離れているものがあったと、日誌を書き終え、ふと目に入ったカレンダーを見つめてぼんやりとイルカはそう思った。
 開けられた窓からは蜩の鳴く声が遠くで聞えている。この時間なら、まだ明るかったはずなのに。沈む夕日はもう闇に溶け始めていた。
「なに、どうした?」
 タイミングのいい言葉を隣の席からかけられる。なにが、と誤魔化してみたものの、同僚が椅子を転がし距離を縮めてきた。
「鬱憤がたまっているようなため息だったからさ」
 内心ドキっとするイルカに気がつく事なく、その同僚は明るく笑ってイルカの肩に腕を回した。
「何だよ」
 赤ペンを握りしめながら窮屈そうに、少し嫌そうな声を出したイルカに構うことなく同僚は、しょうがない、と続け、
「いいものあるから、お前に貸してやる」
「・・・・・・貸すって?」
 よく分からない嬉しそうな表情とその言葉に、片眉を上げたイルカはその同僚へ訝しむような眼差しを向けた。

「ばっ・・・・・・! 俺はこんなのいらないってっ」
 帰宅して人が少ないとは言え、職場で堂々と渡された物に、イルカは目を剥きつい大きな声が出る。
 袋に包まれていて中身は見えないとは言え、中身は立派な成人男性が見るAV、つまりアダルトビデオで。
 イルカの声に反応した女性職員に、誤魔化すように苦笑いを浮かべてやりすごすと、改めて同僚に向き直って鋭い目を向ければ、同僚はそんなイルカに不思議そうな顔をした。
「あれ、でも前見たいって言ってたよな」
「そ、それは」
 顔を赤くしたイルカはその台詞にぐっと押し黙る。
 確かに。その記憶はある。でもそれは半年以上前で、しかも酒の席でノリみたいなものもあった。
 それに、だって。あの時は恋人もいなくて。そんなものもあったら見てみたいと思った。ーーそう、見たいと思ったから言った。
 でも今は特にいらないなんて、何と説明したらいいいのか分からず、一人困窮する。
「そんな顔するなって。お前はこう言う時は素直になんねえんだな。ほら」
 勘違いした同僚は、DVDの入った袋をイルカの鞄に入れた。
「だから俺は、」
「いいからいいから」
「おいっ」
 笑った同僚は、返すのはいつでもいいから、と付け足し先に職員室を出て行く。
 同僚を呼び止めようと伸ばした腕の先にある、自分の手の甲を眺め。息を吐き出しながらゆっくりと腕をおろした。自分の鞄に視線を向けると、その中には袋に入ったアダルトビデオ。それを再認識しイルカは一人顔を熱くさせる。
 自分も男だ。見たくない訳がない。
 しかし職業上、と言うか立場上と言えばいいのか。周りの目が気になり今まで見たくともなかなかどこかで借りる事も出来ずに、雑誌に留めていた。
 しかし、いつか自分にも恋人が出来たら。男として必要な知識のために借りようと。そんな言い訳を頭に浮かべた事もあった。
 そして。半年前。こんな自分に初めて恋人が出来た。でも必要がなかった。何故なら。相手がすべてリードし教えてくれたから。知らなくともいいだろう事も、きっちりと。嫌だって言っても。
 カカシは笑って言う。嫌なんて嘘でしょ、もっと欲しいって身体が言ってるよ。
 思い出して、イルカはますます顔を赤くさせた。耳まで熱い。
 こんな事ぐらいでこうなってしまう事が悔しくなり、カカシの表情まで思い出し忌々しいと苛立ちを感じ、イルカは眉を寄せると大きく息をついた。
 鞄から横にずらした視界に入るのは、カレンダー。
 イルカは再び眉を寄せた。そこから当初の自分の思考に戻される。
 カカシが任務で里を離れて1週間経つ。忌々しいと思った気持ちとは裏腹に、胸が苦しくなった。
 今回の任務の要請は、急だった。しかも時間は日付が変わった頃で、ベットの上でカカシに組み敷かれていた。キスをしながらカカシの手がイルカの服にかかった時だった。鳥の鳴く声が聞こえたのは。
 里の鳥、いわゆる忍鳥は昼夜構わず機能している。よく訓練されていると関心していたものだが。カカシはその鳴き声が聞こえた瞬間、ぴくりと反応しイルカの服をまさぐっていたその手を止める。重い息を吐き出した。
「なんで今なわけ」
 呟くその声に悔しさが滲んでいて、いや、自分もここで止められるのは辛かったが。忍びである故に、どうであろうと仕方がない。それは重々分かっている。
 名残惜しそうにイルカの肌をカカシが撫でれば、そこでもう一回聞こえた鳥の声。カカシは愛撫するように、唇をイルカの額に押しつけ匂いを嗅ぐように息を吸った。そして息をゆっくりと吐き出し、
「行きたくないんだけど。行かなきゃ」
 その言葉にイルカは笑った。
「分かってますから。行ってきてください」
 再びカカシは唇を落とす。冷めかけていた身体の熱が再び上がりそうで、イルカはそれを誤魔化すように苦笑いする。
「大丈夫ですから」
「浮気しない?」
「んな事しませんて」
 その言葉に安堵したように息を吐き出し笑った後、ごめんと呟く。カカシは支給服を着込み、もう一度イルカにキスをすると部屋を後にした。
 残された部屋で一人、イルカはカカシの残した言葉を思い出してため息を吐き出した。ごめんなんて、カカシが一番辛いだろうに。股間をぱんぱんに膨らませながら出て行ったカカシの姿を思い出し、唇を噛んだ。
 そして、自分はこのまま一人で処理をするしかないと、踏ん切りをつけるように膨れた自分の股間に手を伸ばした。
 それが一週間前。
 あの中途半端な状態でカカシが任務に出てから、気がつけばこんなに日にちが経ってしまった。
 そんなタイミングで友人からのまさかの貸し出しの申し出。それはイルカを複雑な気分にさせた。いつ帰ってくるか分からないカカシの事ばかり考えてしまう自分が嫌だった。だったらこれで気分転換でも出来るのかもしれないが。
 イルカは、鞄の中にある包みに再び視線を向けた。

 いつ帰ってくるのか分からなかったが、カカシは突然前に表れた。執務室に繋がる廊下を歩いていた時、前から歩いてくるのがカカシだと直ぐに気がついた。
 銀色の髪が草臥れているように見えるのは気のせいではない。彼の姿を目にしただけで、露わな青い目と視線が交わっただけで。燃えるように身体が熱くなった。それが嫌で、イルカはぐっと奥歯に力を入れる。カカシと並んで歩いているのはアスマ。歩いてきた方向から執務室から出てきたのだろう。カカシも既にイルカに気がついているが、アスマがイルカに片手を上げた。
「よお」
「お疲れさまです」
 書類を抱えながら頭を下げる。
 カカシとの仲を知らないアスマは、ぎこちなさを隠しているイルカに気がつく事がない。盗み見るように、距離を縮めたカカシに目を向ける。カカシもまた自分を見つめていた。疲労の色が見えるが、微かに目を細められる。それだけで、胸が締め付けられた。同時に無事に帰還した嬉しさもじわじわと安堵感と共に広がる。
「イルカ、お前もうこれで上がりか?」
 アスマに声を再びかけられ、え、と聞き返した。そこから笑顔を作ってアスマに向ける。
「ええ、これを渡したら今日はもう」
「じゃあこれから飲みに行くか」
「え?」
 またイルカは聞き返していた。アスマは怠そうに頭を掻く。
「いやな、俺らもこれで上がりなんだけどな、疲れてるのもあるし。どっかで食ってくかって事になってな」
「でもお疲れなんじゃ、」
 1週間以上の里外任務だったと、その事に気を使えばアスマは笑う。
「まあでも無休って訳じゃなかったしな。な、どうだ」
 杯を傾ける仕草をする。
 カカシもただ困ったように微笑んでいるだけだ。気持ちを測るつもりもないが、カカシの事だ。面倒くさいからと、了承している部分があるのかもしれない。
 何より上官である相手に頷かないわけにはいかなかった。

 酒が入ったアスマはいつも以上に饒舌だった。もともと自分もアスマに可愛がってもらっていたので、緊張する間柄でもない。
「イルカ先生、もっと飲む?」
 カカシにビール瓶を傾けられ、イルカは首を振った。笑いながらもどかしい気持ちになるのは、名前を呼ばれたからだ。
 カカシに他人行儀に名前を呼ばれる度に、無性に恥ずかしい。
「いえ、俺はもう。明日も仕事ありますし」
「あ、そっか」
 顔を赤くしながら微笑めば、カカシも合わせるように微笑んでくれる。それがひどく男前なのだから、目の前にいる自分としてはたまったもんじゃない。
 ふとまだカカシと関係を持つ前の頃を不意に思い出した。
 カカシの噂はよく耳にしていた。里一の技師である上に、顔もいい。セックスも上手い。モテないはずがない。聞いていて羨ましくなるよりも、そんな人間っているんだな、と関心した。
 でも元生徒の繋がりでカカシと知り合い。話してみたら思った以上に親しみが沸いた。話しやすくて上忍だと鼻にもかけない。それに、優しかった。
 一緒にいるのが心地よかった。
 自分の引いていた線がなくなるのは時間の問題だったし、その基盤があったからだろう。同性であるカカシに告白をされても、すんなりと受け入れられた。
 女性とも経験がない、モテることもなかったこんな自分を、カカシは可愛いと言う。あの低く甘い声で。
「イルカ先生?」
「はい!?」
 同じ声で名前を呼ばれて裏返った声が出た。
 顔を赤くした目を丸くしたイルカに、カカシはきょとんとしてこっちを見ていた。アスマが笑う。
「なんだ、これっぱかでもう酔ったか」
「あ、いや」
「先生疲れてるんじゃないの?」
「え?」
 少し顔を傾けてこっちに向けられたカカシの視線に、イルカは瞬きを数回した。
「いや、そこまでは」
「じゃあ大丈夫だな、ほら、飲め」
 煙草をくわえたアスマにビールを注がれた。

 任務明けだからだろうか、意外に早くお開きになりアスマと別れて直ぐカカシに抱きしめられた。
「カカシさんっ、ちょっとここ、」
 すばやく印を結んだカカシによって、カカシと共にイルカは言葉途中で煙に包まれた。
 気がつけば自分の部屋にいて、居間の冷たい床に背中をつけていた。カカシが上から覆い被さっている。
 熱い息がイルカの耳元にかかる。
「もう限界」
 荒々しい息が耳の中に入り込み、イルカは身震いした。自分も十分我慢したと思う。この人の温もりも匂いも、体重から感じる重みも。たぶんずっと、欲しかった。
「なんであそこでうんなんて言うの」
 忌々しそうな口調に、イルカは眉を寄せた。
「アスマなんかの誘いにすぐ乗ったりして」
 続けられたカカシの言葉でそこでようやく言いたい事が分かる。イルカは笑った。
「だってカカシさんもいたから、」
「俺は適当に誤魔化して帰ろうと思ってたんだよ?」
 知らねえよ。イルカは心で突っ込みため息を吐き出したくなる。
「しかもあんな顔、アスマの前で見せないで」
「・・・・・・何がですか」
「俺を誘ったじゃない」
 アンタのエロい顔、俺だけにして。
 馬鹿、とそう言い掛けた言葉はカカシの唇で塞がれた。熱い舌がぬるりと入り込む。そこからは、もうお互いに夢中だった。



「あっつ・・・・・・」
 風呂から出てきたイルカはタオルで髪を拭きながら、部屋の蒸し暑さに顔を顰めた。
 カカシによって部屋に連れてこられて、そこからなだれ込むような形になてしまったのだから、部屋は窓も開いていない。男臭さが混じるもその中に感じるカカシの匂いは嫌いであるはずがないけど、事後の匂いにイルカは赤面しつつ、窓を開けた。
 流れ込む空気は既に夜の涼しさを含んでいる。一回深呼吸して、イルカは気持ちを切り替えるように部屋へ向き直った。
 自分もここ最近忙しくろく、カカシがいない事に甘えるように部屋を片づけていなかったのも事実。散らかった本や服を片づけながらふと目に入ったテレビにギクリとなった。そこから自分の記憶を探り、失念していた事に眉を寄せる。イルカは四つん這いになりDVDレコーダーへ顔を近づけた。
「何してるの?」
 カカシの声に驚くくらいに自分の身体が揺れた。首だけ捻って振り返ればカカシが後ろに立っている。
「いえ、別に」
 カカシの目がイルカをじっと見つめ内心焦る。
 でも、バレるはずがない。そう思い直す。だってカカシは本や巻物は読みはするが、基本テレビやDVDに興味を示した事がなかった。
 が、イルカの身体をカカシが後ろからふわりと抱きしめた。石鹸の香りがふわりとカカシから漂う。
「何か見ようとしてた?」
 変に勘が良いとは前から思っていたが。
「いえ、何も」
 カカシの腕をふりほどこうとしても、すごい力で動かなかった。カカシは空いているもう片方の手でリモコンを持たれ、焦った。
「カカシさんっ、何もないんですから、やめてください」
「やだ」
子供のような言葉を返される。カカシの手は、滅多に触った事がないはずのリモコンを片手で操作し。
 テレビに映し出された画面に身体が一気に熱を持った。
 途中で止めたままになっていたアダルトビデオが、そのまま。テレビに映し出されている。身体が熱くなっているのに、冷や汗を掻いている感覚にも襲われた。ばくばくと心音が鳴っているが、それも背中越しでカカシに伝わっているのも分かる。
「・・・・・・へえ」
 カカシが背中で小さく呟いた。
「こんなの見てたんだ。この女、先生のタイプ? どんなシチュエーションなの?」
 カカシに後ろから拘束されながら、イルカは首を横に振った。
「ちが、これは同僚から、」
「えー、でもちゃんと見てるじゃない。そうだよね。先生も男だし」
「違いますっ」
 違う。そう。見たのには間違いがないが。カカシに浴びさらせた言葉があまりにもひどく感じてイルカはただ頭を振った。
「違わないじゃない」
「違うっ、見たけど・・・・・・っ」
 カカシ腕の中でそこまで言って言葉を止めたイルカに、カカシは唇をまだ濡れている黒い髪に押しつけた。
「見たけど何?」
 途中で止めたままになっていたのは。今まで自分がしてきたことだったのに。画面の中の女性ではどうしても達する事が出来なかった。
 そう、カカシでなければなんて。口が裂けても言えない。
 恥ずかしさに唇を噛むと、背中でカカシが小さく息を吐き出したのが聞こえた。なに、と聞き返そうとしたと同時に。画面が動き出した。
 カカシの指が再生ボタンを押していた。信じられないと抗議の目を向けようと首を捻ろうとするも、画面からの嬌声が嫌でも耳に入ってくる。
「止めてください」
「なんで?見ようよ一緒に」
 からかうような声に恥ずかしさが一気に浮き出る。
 音声が小さくなっているのは自分がやった。しかし、その小さな声のままでも、画面から喘ぎ声が聞こえる。嫌な気持ちになりイルカは顔を顰めた。
 拘束していたカカシの腕が解かれたと思ったが、その手がするりとイルカの上衣の中に入り込む。柔らかい突起を摘まれ身体がはねた。
「ほら、画面見て」
 戸惑いながら顔を画面に向けると、同じように女性が胸をまさぐされている。身体がさらに熱くなった。
「や・・・・・・っ」
 抵抗しようとした腕は簡単に掴まれる。もう片方の手はイルカの突起を扱き、指の腹で潰すようにされ、その刺激に抵抗したくとも身体が敏感に震えた。
「あっ」
 びくっと身体が跳ね、力が入ったのも気にしないでカカシはもう片方の突起を強く擦った。
「あっちより先生のほうが感じてる」
 ね?耳元で後ろから囁かれて、力なく首を振ることだけが精一杯だった。神経がカカシが触れる箇所に集中してしまっている。どうしようもなく。
 恥ずかしさが募っても、嫌だと言ってもカカシの手は止まらない。ズボンを下着ごとずるりとおろされ、先ほどまでカカシが中に入れていた箇所に指が触れ、躊躇なく指が入っていく。
「あ・・・・・・、ぁっ」
 ぐぶ、と一気に指の根本まで入れられ、イルカは身を捩った。時間が経ってないからだろうか。自分のそこが既にひどく濡れているのが分かってイルカの頬を火照らせた。それに、すごく感じる。後ろだけで。
 触られてもいないところが固く反応していくのが分かった。
 汗ばんできている項にカカシは唇で触れ軽く吸う。その刺激でさえイルカが反応してしまう。
「んっ・・・・・・ん」
 固く濡れてきた前をカカシの手のひらが包むように掴まれた。同時にカカシがクスリと笑ったのが聞こえた。
「もうこんなになってる。先生やらしい」
「ちが、」
「これ見ると興奮するんだ」
 ぬるぬると動かされ、後ろは指を増やされ四つん這いになっていた身体ががくりと前に倒れた。違うと言っても感じている事には違いない。恥ずかしいが、感じるのは止められない。
「ほら、ちゃんと見てないと」
「あっ・・・・・・だって、」
「だってじゃないの。ね、今あっちはどうなってるか、言って」 
 腕で身体を支え、言われるままに火照った顔を上げる。荒い息をしながら目を画面へ向けた。
 気がつけば女性が自分と同じように四つん這いになっていた。そして腰を掴まれ、ーー。
「女の人が・・・・・・後ろから」
 目にしたままの事を口にしていた。
「後ろからって、こう?」
 指が引き抜かれ、代わりにカカシの猛った陰茎が押し込まれていった。一番奥まで挿入され、ぐいっと突き上げられ、イルカの背中が仰け反った。
「あぁっ」
そこから間をおかずカカシは腰を激しく動かし始める。強く腰を掴まれ何度も揺すり上げられる。イルカの漏れる声が大きくなった。窓を開けていた事に気がつき、声を殺そうとしても、無理だった。
 力なく上半身は崩れ落ち、床に顔を付ける。突き出す形になった尻に、濡れそぼったカカシの陰茎が何度も貫く。獣のように交わった。がくがくとイルカの身体が揺れ、その動きに合わせて腰を動かした。すごく具合がいい。イルカの目の前の映像は意識から遠のいていた。水っぽい音と、自分の喘ぐ声がだけが耳に響く。
 突き上げられながらカカシに前を扱かれ、今日何回目かになる射精をした。先に達して崩れ落ちそうになっている身体をカカシはなおも突き上げ、イルカの目から涙がこぼれた。やがてカカシは短く呻きぬるりと引き抜かれ、カカシの背中に熱いものを放った。
 はあはあと荒い息をお互いに繰り返す。気がつけば画面が終わってしまったらしくメニューに切り替わっていた。終わった事すら気がついていなかった。
 床に落ちていたタオルで汚れた背中を拭かれ、イルカはぐったりと床に倒れ込むように身体を横にした。
「暑い・・・・・・」
 カカシが小さく呟き、イルカはそんなカカシへ目を向けた。
 ぼんやりとしていた視界にカカシの顔が映る。額に汗がうっすらと浮かんでいた。普段外でもそこまで汗をかかないのに。すごい忍びだと分かっているけど、一緒に過ごすようになって、カカシも普通の人間なんだと思った。
「せっかく風呂入ったのに」
 イルカの抗議を含む呟きに、カカシが倦怠感を纏ったままの目でこっちを見た。その目が細められる。
「ごめん」
 本当はもっと責めたい気持ちがあったのに、そんな顔をされあっさり謝られイルカは何も言えなくなって口を尖らせた。あんなアダルトビデオでなんて、と思ったが、カカシに煽られるまま、自分も興奮してしまっていたのには違いない。
 そう、興奮した。事実を再認識して、イルカはふうと息を吐き出した。
「俺、これで抜けなかったんですよね・・・・・・」
 ぽつりと呟くとカカシに、え、と少し驚いた顔を見せられ、イルカは恥ずかしそうに微笑んだ。
「だから途中で止めたままだったんです。でもまあ、最後まで見れたんで良かったとします」
 本当はほとんど記憶にもないけど。
「じゃあ、たまにはこんなのも悪くないですね」
 にこにこと、嬉しそうに。カカシは子供のような笑顔をイルカに向ける。覆面のない状態で見せる笑顔は、実はすごく好きだったりする。告白してきたのはカカシからだが。惚れた弱みだと思わざるを得ない。でも、とイルカはカカシを睨んだ。
「こんなのはごめんです」
「えー」
 不満そうな顔を見せるカカシを無視してイルカは、よっ、と勢いをつけて起きあがる。
「風呂、もう一回入りますよ」
 座り込んだままのカカシに手を差し出せば、カカシもまた手を差し出した。
 窓からカーテン越しにふわりと夜風が入り込む。湿度を含んではいるが、ほのかに草花の匂いを感じイルカは振り返った。
 もう8月も終わりですね。呟くとカカシも窓へ顔を向けそうですね、と応えた。
 ただ何にもないが、季節を一緒に感じる幸せを実感して、イルカは密かに微笑んだ。

<終>
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