+α

「お疲れ様でした」
 笑顔を浮かべ、そして報告所で頭を下げるイルカに、カカシは、うん、とだけ返事をするとイルカ見つめ、そして少しだけ微笑む。そこから背中を見せ部屋を後にした。
 イルカは笑顔を浮かべその後ろ姿を見送った後、ゆっくりと息を吐き出した。受領した報告書を然るべき棚に入れ、今さっき自分に一瞬見せたカカシの微笑を思い出す。カカシは、ちょっと恥ずかしそうに、優しく目元を緩め、微笑んだ。
 口を結んだイルカは、持っていたペンのノック部分でこめかみを掻くようにしながら、うーん、と心の中で小さく呟いた。
 この前のあれは、ちょっとやり過ぎただろうか。
 でも、
 ちゅーしちゃうよ?
 そんなこと言われてたら、どうしてもいてもたってもいられなかった。
 しかも、寝ている自分に、カカシは言った。
 つき合いだして間もなくはあるが、そんな素振り、ちっとも見せなかったくせに。
 思い切った事をし過ぎたかと反省するも、後悔はしていなかったのに。羞恥を含んだ顔をされたら、なんだかこっちも恥ずかしい。
 いやいやいやいや、
 イルカは思考途中で軽く首を横に振る。
 今はキスだけでも、互いにいい大人なんだし、当たり前に、これからそれ以上の事をするんだろうし、だから、こんな事で恥ずかしくなってどうすんだ、俺。
 頬が熱くなるのを抑えさながら、イルカは書類にペンを走らせた時、部屋に入ってきた上司に名前を呼ばれた。
 返事をし、立ち上がると数枚の上忍の任務予定表を手渡される。指示された通り、イルカはそれを待機している上忍に渡すべく待機所に向かった。
 廊下を歩きながら、さっき上司に名前を呼ばれた時、ワンテンポ返事が遅れた自分に、考え事をしていた事実に内心反省する。
 恋人になったからといって仕事上に特別な感情を持ち込まないようにしてはいるが。
 返事もそうだし、顔は緩んでなかっただろうか。
 意味もなくイルカは軽く咳払いし、顔を引き締めてみる。
 待機所がある建物に入った。
 忍なんだから、自己コントロールくらいちゃんとしなければ、と自分に言い聞かせ、廊下の角を曲がろうとして。不意に腕を掴まれイルカは驚いた。そして、相手がカカシだと分かり、更にイルカは驚き目を丸くする。
 うっかりしていたわけでもないが、気配を全く感じなかった。
 廊下の隅に引っ張られ、カカシはもう待機所にいるとばかり思っていたから。動揺しながらも、どうしたんですか、とそう口にするイルカの前で、カカシはゆっくりと自分の口布を下げた。
 目の前でカカシの素顔が晒され、何回も見ているはずなのに、その端正な顔を見ただけで、心臓がどくんと鳴った。書類を胸の前で抱えたまま、目が離せなくて。カカシのその整った顔をじっと見つめていれば、カカシが、ね、と口にした。
「ちょっとだけ、いいでしょ?」
 そう追加され、イルカはまた目を丸くさせる。何となく分かってはいたが、ちょっとだけって何を、と言い掛けたイルカに、カカシがゆっくりと顔を傾けながら近づき、心音がさらに早くなった。
 ついさっき仕事中には私情を挟まないと決めただろ、と自分の中で否定するも、仕事中にも関わらず最初にカカシにキスしたのは自分で。そして、否定よりも、期待が上回る。
 そう考えている間に、カカシの唇が自分の唇に重なった。押しつけるだけの自分のキスとは全然違う。触れては離れ、そして触れ、緩く何度も甘いキスを何度も繰り返す。カカシの唇が柔らかくて、触れ合うたびに少しずつしっとりと熱を持つ。この前はこんな感触にさえ気がつく間もなかった。
 気持ちよくて、頬を赤くさせうっとりとするイルカに、カカシは唇を浮かせる。伏せた瞼をゆっくりと開くと、青みかがった目が間近で見つめていた。その目が僅かに緩む。
 またね、と囁くと、カカシは名残惜しむように手甲から伸びる長い指でイルカの頬に触れ、撫でる。
 その指がするりと離れ、そこからカカシは一人廊下から姿を消した。
 
 一人廊下に残されたイルカはその場に立ったまま、真っ赤な顔で眉根を寄せる。
(・・・・・・上忍のキスってすげえ)
 想像以上の上手さに目眩がするし、自分の経験のなさが浮き彫りになったみたいで恥ずかしいし、余韻に頭がぼーっとする。
 そうしている間にも他の上忍が廊下を歩く気配に、イルカは我に帰る。
 気持ちを切り替える為に深呼吸をし、そこから待機所へ向かって歩き出した。

 ノックをして待機所の扉を開ければ、当たり前にそこにカカシがいた。
 向こうは、自分がここに来るとは思っていなかったのか、ちょっと驚いたような、そして恥ずかしさに気まずさを含んだそんな顔をしている。
 イルカは自分もつられて赤面しないように気持ちを鎮めながら、手前にいる上忍から順に任務予定表を渡した。
 そして、カカシにも何食わぬ顔を作りながら、書類を手渡す。
 任務予定表を受け取ったカカシは、小さな声で、ありがと、とそう口にした。
 普段通りにしているつもりだろうが、意識しているのがありありと伝わり、ついさっきの事もあるから、イルカもつい恥ずかしさに会釈を返しながら、目を伏せていた。頬が勝手に熱くなる。
 一番奥にいる紅にも同じように任務予定表を手渡した時、いつもだったら、ありがとう、とそう言うはずなのに。代わりにふーん、と言う声が返り、イルカは視線を紅に向けた。朱色の目がイルカをじっと見つめている。
 何がふーん、なのか。書類にどこか不備でもあったのか。
 不思議そうに紅を見つめ返し、あの、と言い掛けたイルカに、紅が口を開く。
「誰なのかと思ってけど、イルカ先生だったのね」
 言われ瞬きをするイルカに紅はさらに続け、
「カカシを落とした相手」
 そう言われた数秒後、イルカの顔が熟れたトマトの用に真っ赤に染まった。
 まだつき合って間もないし、他人にバレるとかそんなのは予想だにしていなかった。
(あ、落とす・・・・・・落とすって、え、俺が?つき合ってってカカシ先生に言われたから、でも、確かに俺も前からちょっと、いや、かなり意識してたし、)
 頭が混乱しぐるぐるする。どう切り返すべきか、頭を必死に動かしながら。回避策を練ろうとするも、紅相手に不可能なのは確実だ。
 一瞬唖然としたカカシだが、恋人の窮地を助けるべく、あのね、と割り入ろうとしたカカシより先に、興味深そうにしている紅へイルカは勢いよく顔を上げる。
「そうですっ」
 とはっきり口にした。
 
 その日から、カカシを落とした相手として名前が里に広まったのは言うまでもなかった。


<終>
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