pink

イルカは渡り廊下を歩いていた。
ペインの木の葉襲撃後に新たに設けられた場所の一つで、旧校舎に比べたらだいぶ新しい。
ペンキは剥げかかってはいるが。そろそろここも見直すべきかと柱に目を向けていると、後ろから走る音が聞こえた。
ばたばたと、いかにも子供らしい短めの歩幅だと思えば、イルカの存在に気が付いたのか、やべ、と漏らした声にイルカは背中を向けたまま小さく含み笑いをした。
そこからゆっくりと後ろを向く。
案の定、下級生にあたる生徒数人がそこにいた。
「おはよう」
これからまだ存分に成長していくだろう、その小さな背丈の子供たちに目を細めた。
「・・・・・・おはようございます」
ぼそぼそと挨拶を口にするが、恥ずかしそうにしながら、でも気まずそうで。一人の男の子は完全に挨拶もせずにそっぽを向いている。
イルカはまた小さく笑った。
その頭上で予鈴が鳴り始めた。その音にますます焦った子供たちに、鐘へ視線を向けていたイルカは向き直る。
「ああ、これは仕方ないな。走っていいけど、人にぶつかるんじゃないぞ」
はい、と元気な声が返ってくる。そこから勢いよく教室に向かって走り出した。
と、一人の生徒が振り返る。
「校長先生、ありがとう」
イルカは微笑み手を振って応える。女の子は嬉しそうに笑顔を見せると背中を向け走り出した。
駆ける子供たちが扉から建物に入り、そのまま階段を上っていく音が聞こえなくなるまでその扉を見つめ、呼ばれ慣れないな、とイルカは苦笑いを浮かべた。
昇進し、教頭になった時も同じだった。どの役職になろうと慣れない事には変わらない。
自分は絶対そんな器ではないし、正直、一生平社員でいいとすら思っていた。
そんなイルカにカカシは笑った。
その器かどうかなんて、自分では分からないもんなんだよ。
杯を傾けながらカカシは言った。
古くて狭い、カウンターしかない小さな居酒屋は、カカシの行きつけの店だった。
年老いた夫婦が切り盛りしているその店にはメニューも少ない。
熱燗に湯豆腐や焼き魚が並ぶ年期の入ったカウンターに、カカシは行儀悪く立て肘をついて酒を飲んでいる。
年相応と本人は言うが、目の辺りは貫禄があり、頬は酒でほのかに赤くなってはいるものの、その横顔は上忍師だった頃から変わらないと言ってもいいくらいだ。肌の質もシャープな顔のラインも。瞳の青い色も。
銀色の髪も、相変わらず手入れはされず寝癖のようにぼさぼさとしている。
ふと、真っ直ぐ向いていたカカシの視線がイルカへ向けられた。
「聞いてる?」
少し胡乱な眼差しを向けられてイルカは笑って頷いた。
「聞いてますよ」
言えばカカシは満足そうな表情で酒を飲んだ。
「俺に同じ事を言ったの、忘れたとは言わせないよ?」
それにもイルカは数回頷きながら同じように杯を傾けた。
「覚えています」
はっきりと答える。
確かに、カカシが綱手から六代目へ打診された時、イルカは同じ言葉をカカシに向けた。
「ま、俺の時は今と情勢がかなり違ったからねえ」
鰺の身をほぐしながら言うカカシに、イルカは首を振った。
「いや、確かに背景こそ違ってはいますが、木の葉の里における人手不足は今も変わりませんよ」
「また、そんな謙遜しちゃって」
上手く話をすりかえたイルカに、カカシは笑って答える。
その冗談混じりの言葉に、イルカはわざとらしく非難の眼差しを作ると、カカシは笑った。が、その顔からふと笑みが消える。手酌で注いだ杯の中の日本酒へ視線を落とした。
「・・・・・・ま、忍びが暇を持て余す世界こそ、誰もが求めるものなんだろうけどね」
呟き、カカシが顔を上げる、イルカを見つめた。
「でも俺が言ってるのも本気だよ」
「知ってます」
その視線から逃れるようにイルカは俯いた。
知っているから困っている、とそこまでは言えずにイルカは酒をぐいと飲み干した。
教頭の時も、悩み何度も断ろうとした。
だから、その上の役職の打診は正直頷けなかったし。部下や友人から口にされる度に頑なに断ってきた。
先月は綱手が訪ねてきて、なぜ受けない、とまで言われた。
そして今回はーー。
イルカが前回と同じように十分に悩んでいるのをカカシは知っている。知っているからこそ、カカシは今日イルカを誘った。
教頭の時はカカシが一番にイルカに誘いの言葉をかけてきたが、今回は違った。それはカカシもまた色々な考えがあり悩んだからに他ならないのだろうが。
でも、そのカカシから声がかかるのを自分は待っていたのかもしれない。いや、待っていた。
熱燗、おかわりね。とカウンター越しに声をかけるカカシの声を聞きながら。イルカはじっとテーブルに置いた自分の拳を見つめた。
この木製のカウンターと同じく、自分もまた少しずつ、でも確実に歳を重ねている。
「決めました」
「え?」
店の親父に空いた徳利を渡していたカカシが、聞き返してイルカへ顔を向ける。
「校長、引き受ける事を決めました」
カカシの目が、丸くなった。
「カカシさんが言うように、少し自分の居場所を変えてみるのも悪くないかもしれないですね」
言い終わったイルカはカカシに微笑む。
カウンターへ伸ばしていた腕をゆっくりと下ろし、カカシはイルカに向き直った。その端正な顔立ちの眉がふにゃりと下がる。
「どうしよう、先生。俺涙出そう」
言われて、今度はイルカが驚きに目を丸くして。その後声を立てて笑った。


今思えば、なんて火影らしくない言葉だったか。
いや、カカシらしいと言えばカカシらしかったのだけれど。
思い出しながらイルカは渡り廊下から裏庭へ顔を向けた。
咲き始めた桜が、寒さに負けずとしっかりと花びらを広げている。
泣きそうな、情けなくも可愛いカカシの表情を思い出して、イルカは一人ぶぶ、と笑いを零した。
手の甲を口に当てる。
(だってさ、あの人。ギャップがすごいんだもんな)
見た目は勿論、凄腕の上忍時代から火影になった今も、未だ黄色い声が当たり前のように彼に投げられる。
そう。それは昔から。イルカの知らない暗部時代の頃からずっとだろう。なのに、それらには無関心で。
「イルカせーんせ」
振り返るとカカシが手を振って歩いていた。
自分を先生と呼ぶのはカカシの昔からの癖だ。
「アカデミーに御用でしたか?」
「ああ、うん。ちょっと散歩」
言いながら、カカシが口布の下で大きな口を開けたのが分かった。
「ちょっと六代目」
校内で堂々と欠伸をされイルカが呆れると、カカシは片眉を上げる。
「俺はもっとゆっくり寝ていたかったのに。たたき起こしたのはどこの誰でしたっけ?」
言われて顔が熱くなった。
うかつに隙を見せるのは、相変わらずだと自分でも思う。言った事に後悔しても遅い。
悔しそうな顔をしたイルカを見て、カカシは嬉しそうに微笑み、ああ、そうだ。とカカシは思いついたかのようにポケットを探った。
「ね、先生。これ、あげる」
差し出されたのは本くらいの薄い箱。青い紙に包装され、金色の小さなリボンがついていた。
(・・・・・・本?)
見た目の大きさからそのままの中身を思えば、
「チョコ」
言われて驚きカカシへ顔を上げた。
「え?」
聞き返すイルカに、カカシはぐっと眉を寄せながら、イルカにその包みを渡した。
ほら、バレンタインだから、などと口ごもるカカシのその頬はしっかりと赤い。
昨夜は早く仕事が終わったからと言って、強引に押し倒され日付が変わるまでイルカを何度も翻弄した。仕事に響くから、と言っても離してくれなかった。この服の下にだって、未だカカシによってつけられた痕が残っている。
ねえ、イルカ先生。気持ちいい?
ちゃんと口で言って。
意地の悪い顔で笑って聞いてきた。
なのに、目の前でチョコを自分に渡し、顔を真っ赤にさせているカカシを見たら。なんだかこっちの方が恥ずかしくなってきて包みを持つ手に力が入る。
さっきも思ったこのギャップの差に、イルカは堪らなくなって眉根を寄せた。
ナルトの上忍師として出会った頃から。
何一つ変わらない。
本当、ーーこの人も俺も何も変わらない。それが何よりも大切な事だと気がついた途端、こみ上げるものが涙だと分かってイルカは慌てて笑顔を作った。
「ありがとうございます。嬉しいです」
素直な気持ちをカカシに向ける。
校長への打診をカカシがイルカへ持ちかけたあの時、カカシが悩んでいたのを後で聞いた。
 だってイルカ先生にプロポーズしようと思ってるんだよ。だからさ、タイミングがさ。
などと言いながら口をと尖らせ言ったのだと、こっそりシズネが教えてくれた。
本当にタイミングを逃したのだろう。あれからプロポーズはされていない。
チョコを受け取ってくれた嬉しさに、笑顔を見せるカカシをじっと見つめる。
どうしたの?と聞き返すカカシにイルカは目を細めた。
そして口を開く。
「カカシさん」
「なに?」
「そろそろ、結婚でもしますか」
え、とカカシが息を呑み驚きに目を丸くする。頬がじわじわとピンク色に染まっていくのが分かった。
そんな反応を見せるカカシが可愛くて。嬉しくて。
イルカは白い歯を見せて幸せそうに笑った。

<終>

amayadoriのえみるさんのイラストとコラボしております!こちらから→

鈴さん、サイト6周年おめでとうございますー(*≧∀≦*)
6年、カカイルサイトマスターとしてカカイルを発信してくれている有り難さ。。
素敵です!いつもありがとうございます!

今回の6周年をえみるさんのブログで知り、えみるさんと凄いよね、私も何か書いてプレゼントしたい、と話をしていたら一緒にどうかい?とお誘いを受け。鼻息荒く快諾し一緒にお祝いをする事になりました(//∇//)なんか私だけ相乗りみたいなお祝いになりすみません(>人<;)でも、お祝いを書けて嬉しいです!
今回はえみるさんのイラストと、鈴さんのえみるさんへのリクエストの六校から色々妄想して話を書きました。少しでも気に入っていただけたら嬉しいです!
鈴さんのカカイルが大好きな一人として、またお話しを楽しみに待っています!

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2018.2 nanairo


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