プレゼント
「もうクリスマスだよなあ」
職員室で空いてる時間に答案の採点を終わらせようとペンを動かすイルカの後ろの席で、同じように空きの時間でやることはたくさんあるはずの同僚がぼんやり呟く。目を向ければ、案の定、立て肘をついて雑誌を捲る姿が目に入った。しかしまだカレンダーは十二月上旬を指していて、まだだろ、と思うもそんな空気になっているのは事実だった。
十二月に入れば、雑誌だけではない、テレビも商店街も、どこもクリスマス向け彩られその色に里が染まっていく。
自分の子供の頃は当日にケーキが売られているくらいだったのに、今は早くからクリスマスを待ちわびるかのように色んなものが飾られ、店に並べられる。だからそれに倣うわけではないが、アカデミーでもそれらしく、廊下や教室の片隅には手作りのクリスマスの飾りが女性教員によって張られていた。
実はその飾りは、昼休みに作っていた女性教員を見かけ、自分も少し手伝っていた。作りながらも、この作業自体仕事でもないんでもないのは明らかで、どうなんだろうなあ、と思っていたのに。実際それらの飾りを見て喜んでいる子供を見ただけで嬉しかったのは確かだった。
でも、このクリスマスを待ちわびる空気に馴染めないのは、元々そんな習慣もなく、それだけ自分が年をとったからなのか。
そんな事より、次の授業まであと少ししかない。
時計へ目を向け時間を確認すると、イルカは再び答案の採点に戻った。
そこまで興味はなくとも。
日が暮れる時間も早くなり、商店街に足を向ければ、里のあちらこちらに飾られたきらきらと光るイルミネーションを目にして、綺麗だな、と素直に思う。
昨日炬燵を出したことだし、炬燵で鍋でもいいなあ、と白菜やしいたけ、鶏肉を買い込みぶらぶらと歩けば、普段目にしない店で目を留めたのはイルミネーションが綺麗だったから。
意味なくぼんやりと眺めている、その横で、若い女性が同じように足を止めた。ショーウィンドウに飾られた指輪やネックレスをため息混じりに見つめ、どうせなら彼氏に買って欲しいと話し出すのが耳に入り、イルカはその場から離れた。
過去つき合った恋人は何人かいたが、その中の一人から、こんな時期に同じように装飾類を強請られて困った事があった。
元々お洒落に興味がなくどのくらいするものなのか、知らずに店に行き、目玉が飛び出そうになった。それを買ったら、自分の給料ではその月は到底やりくり出来ない。薄給なのは相手も知っていたから、それを当たり前のように言われ困った。
それが愛なのかと言われたらそうなのかもしれないが。二の足を踏んだの事実で。相手を大切に思ってはいたが踏み出せず、それが別れるきっかけになったのは言うまでもない。
(大体あんな小さな石が付いてるだけで、何であんな高いんだ)
その価値がイマイチ自分には分からない。
どうせだったらその金で普段食べない蟹や鰻や寿司を贅沢に食べた方がよっぽどいい。いや、実際には使えないけど。
だから自分は大人しく特売の鶏肉を買って鍋をするが、自分にとってはささやかな幸せだ。
それにプレゼントなんて小さな子供がサンタから貰うものであって、ーー。
「先生」
一人心の中でぶつぶつ言いながら歩いているイルカに声がかかり、足を止め顔を上げる。
そこにカカシがいて、驚いた。
「カカシさん」
思わず笑顔になり歩み寄る。
「任務は、」
問いかけるイルカに、カカシが、うん、と答える。
「今日は思ったより早く終われて」
銀髪を掻き、そう言いながら持っていた買い物袋をのぞき込む。
「今日は鍋?」
聞かれてイルカは頷いた。
「冷え込んできたので鍋もいいかなって。・・・・・・カカシさんも食べますよね?」
そう聞くのは、カカシとはそういう関係だから。
カカシに誘われるまま二人で飲みにいくような関係だったのだが、告白され頷いたのは、一緒にいて楽しかったから。
上官ですごい忍者なのには変わらないのに。中忍の自分に、変に気を使わせないところや、優しさに惹かれ、そうだったらいいなあ、と思っていたから。嬉しくて。
「じゃあ、野菜をもう少し買い足しましょうか」
促せばカカシも、うん、と微笑んで一緒に歩き出す。
商店街へ戻り、八百屋までの着く前に、さっきとは別の店でイルカは思わず足を止めた。
そこにあるのは羽毛布団だった。カカシが泊まるようになってから。少し大き目の布団に買い換えようとは思っていたが、羽毛布団はそれなりに高い。かといって今ある来客用の布団は古く昔ながらの綿布団でナルトからも重いと不評だった。
セミダブルサイズが丁度良いとは思うも、カカシとは別々に寝るわけでもない。でもいつかは買わなきゃなあ、とそこまで思いながら再び歩こうとした時、
「布団?」
イルカの目線に気が付いたのか、カカシに聞かれ、ええ、と答えた。
「だって、狭くないですか?」
どんなに窮屈でも寝ながらひっついてくるのはカカシの方だ。それが分かっているのか、カカシは眉を下げて笑った。
「先生は狭いの?」
聞かれてイルカは考えるように視線を漂わせる。
「狭いって言うか、寝てるうちにカカシさんを蹴っちまってるんじゃないかって」
そう言えば、まだ大丈夫、とカカシは今度は可笑しそうに笑い、イルカが見ていた布団へ視線を向ける。
「欲しいの?」
聞かれて、その聞き方に驚き、反射的に首を横に振っていた。そんなつもりはなかったのに、そんな風に捉えられるような感じにしてしまったのか。
「見てただけです」
はっきりと言ったのに。カカシはその場から動こうとしなかった。
「どれが欲しいの?」
これ?
指さされ、イルカは焦る。
「違います、俺、今度の給料出たら買おうと思ってたんで、」
言いかけるイルカの掴み、このセットにする?と高い布団を指さされ、またぶんぶんと首を振る。カカシはそんなイルカの手を掴み、店に入ろうとするから、思わず拒むように足に力を入れていた。
「あの、本当に、」
「俺に買わせて」
「だってそんな我儘、」
カカシがイルカの顔を見る。
「だってあなたは俺の恋人でしょ?」
色んな買い物客が往来する場所だからではなく、その台詞に、当たり前だと、そんな顔で言うカカシに、イルカの顔が、かあ、と熱くなった。
ただ、駄目だと思うのに、嬉しくて。困って俯く。
クリスマスのイルミネーションが輝く中、イルカは躊躇いながらも、
「じゃあ、上布団だけで」
そうイルカが言うと、カカシは満足げにニッコリと笑った。
<終>
職員室で空いてる時間に答案の採点を終わらせようとペンを動かすイルカの後ろの席で、同じように空きの時間でやることはたくさんあるはずの同僚がぼんやり呟く。目を向ければ、案の定、立て肘をついて雑誌を捲る姿が目に入った。しかしまだカレンダーは十二月上旬を指していて、まだだろ、と思うもそんな空気になっているのは事実だった。
十二月に入れば、雑誌だけではない、テレビも商店街も、どこもクリスマス向け彩られその色に里が染まっていく。
自分の子供の頃は当日にケーキが売られているくらいだったのに、今は早くからクリスマスを待ちわびるかのように色んなものが飾られ、店に並べられる。だからそれに倣うわけではないが、アカデミーでもそれらしく、廊下や教室の片隅には手作りのクリスマスの飾りが女性教員によって張られていた。
実はその飾りは、昼休みに作っていた女性教員を見かけ、自分も少し手伝っていた。作りながらも、この作業自体仕事でもないんでもないのは明らかで、どうなんだろうなあ、と思っていたのに。実際それらの飾りを見て喜んでいる子供を見ただけで嬉しかったのは確かだった。
でも、このクリスマスを待ちわびる空気に馴染めないのは、元々そんな習慣もなく、それだけ自分が年をとったからなのか。
そんな事より、次の授業まであと少ししかない。
時計へ目を向け時間を確認すると、イルカは再び答案の採点に戻った。
そこまで興味はなくとも。
日が暮れる時間も早くなり、商店街に足を向ければ、里のあちらこちらに飾られたきらきらと光るイルミネーションを目にして、綺麗だな、と素直に思う。
昨日炬燵を出したことだし、炬燵で鍋でもいいなあ、と白菜やしいたけ、鶏肉を買い込みぶらぶらと歩けば、普段目にしない店で目を留めたのはイルミネーションが綺麗だったから。
意味なくぼんやりと眺めている、その横で、若い女性が同じように足を止めた。ショーウィンドウに飾られた指輪やネックレスをため息混じりに見つめ、どうせなら彼氏に買って欲しいと話し出すのが耳に入り、イルカはその場から離れた。
過去つき合った恋人は何人かいたが、その中の一人から、こんな時期に同じように装飾類を強請られて困った事があった。
元々お洒落に興味がなくどのくらいするものなのか、知らずに店に行き、目玉が飛び出そうになった。それを買ったら、自分の給料ではその月は到底やりくり出来ない。薄給なのは相手も知っていたから、それを当たり前のように言われ困った。
それが愛なのかと言われたらそうなのかもしれないが。二の足を踏んだの事実で。相手を大切に思ってはいたが踏み出せず、それが別れるきっかけになったのは言うまでもない。
(大体あんな小さな石が付いてるだけで、何であんな高いんだ)
その価値がイマイチ自分には分からない。
どうせだったらその金で普段食べない蟹や鰻や寿司を贅沢に食べた方がよっぽどいい。いや、実際には使えないけど。
だから自分は大人しく特売の鶏肉を買って鍋をするが、自分にとってはささやかな幸せだ。
それにプレゼントなんて小さな子供がサンタから貰うものであって、ーー。
「先生」
一人心の中でぶつぶつ言いながら歩いているイルカに声がかかり、足を止め顔を上げる。
そこにカカシがいて、驚いた。
「カカシさん」
思わず笑顔になり歩み寄る。
「任務は、」
問いかけるイルカに、カカシが、うん、と答える。
「今日は思ったより早く終われて」
銀髪を掻き、そう言いながら持っていた買い物袋をのぞき込む。
「今日は鍋?」
聞かれてイルカは頷いた。
「冷え込んできたので鍋もいいかなって。・・・・・・カカシさんも食べますよね?」
そう聞くのは、カカシとはそういう関係だから。
カカシに誘われるまま二人で飲みにいくような関係だったのだが、告白され頷いたのは、一緒にいて楽しかったから。
上官ですごい忍者なのには変わらないのに。中忍の自分に、変に気を使わせないところや、優しさに惹かれ、そうだったらいいなあ、と思っていたから。嬉しくて。
「じゃあ、野菜をもう少し買い足しましょうか」
促せばカカシも、うん、と微笑んで一緒に歩き出す。
商店街へ戻り、八百屋までの着く前に、さっきとは別の店でイルカは思わず足を止めた。
そこにあるのは羽毛布団だった。カカシが泊まるようになってから。少し大き目の布団に買い換えようとは思っていたが、羽毛布団はそれなりに高い。かといって今ある来客用の布団は古く昔ながらの綿布団でナルトからも重いと不評だった。
セミダブルサイズが丁度良いとは思うも、カカシとは別々に寝るわけでもない。でもいつかは買わなきゃなあ、とそこまで思いながら再び歩こうとした時、
「布団?」
イルカの目線に気が付いたのか、カカシに聞かれ、ええ、と答えた。
「だって、狭くないですか?」
どんなに窮屈でも寝ながらひっついてくるのはカカシの方だ。それが分かっているのか、カカシは眉を下げて笑った。
「先生は狭いの?」
聞かれてイルカは考えるように視線を漂わせる。
「狭いって言うか、寝てるうちにカカシさんを蹴っちまってるんじゃないかって」
そう言えば、まだ大丈夫、とカカシは今度は可笑しそうに笑い、イルカが見ていた布団へ視線を向ける。
「欲しいの?」
聞かれて、その聞き方に驚き、反射的に首を横に振っていた。そんなつもりはなかったのに、そんな風に捉えられるような感じにしてしまったのか。
「見てただけです」
はっきりと言ったのに。カカシはその場から動こうとしなかった。
「どれが欲しいの?」
これ?
指さされ、イルカは焦る。
「違います、俺、今度の給料出たら買おうと思ってたんで、」
言いかけるイルカの掴み、このセットにする?と高い布団を指さされ、またぶんぶんと首を振る。カカシはそんなイルカの手を掴み、店に入ろうとするから、思わず拒むように足に力を入れていた。
「あの、本当に、」
「俺に買わせて」
「だってそんな我儘、」
カカシがイルカの顔を見る。
「だってあなたは俺の恋人でしょ?」
色んな買い物客が往来する場所だからではなく、その台詞に、当たり前だと、そんな顔で言うカカシに、イルカの顔が、かあ、と熱くなった。
ただ、駄目だと思うのに、嬉しくて。困って俯く。
クリスマスのイルミネーションが輝く中、イルカは躊躇いながらも、
「じゃあ、上布団だけで」
そうイルカが言うと、カカシは満足げにニッコリと笑った。
<終>
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