レールの行方+α

 イルカが湯治を好きだと聞いたのは待機所にいた時。自分とイルカとの会話からではなく、他の上忍と話しているのをたまたま聞いたから。
 敢えて自分からは聞いていないが、恋人の好きな事を又聞きで知るのと直接の会話で知るのとは違う。
 こっちに任務予定表を渡した時は、挨拶と業務的な会話のみで一言二言で終わったと言うのに。目の前でアスマに予定表を渡しながら、楽しそうに会話をしているそんなイルカを見つめながら、
(・・・・・・つれないねえ)
 心の中で呟いた。

「せんせ」
 待機所を出て行くイルカを追いかけ、廊下で声をかける。振り向いたイルカは顔見て何故か少し驚いた顔をした。
「何か不備でもありましかた?」
 イルカらしい、真面目な返答にカカシは思わず覆面の下で苦笑いを浮かべた。
「ないよ」
 そう返すと、イルカは安堵の笑みを浮かべる。そうですか、と口にしながら、窺うような眼差しを自分に見せるのは、明らかに自分を意識しているからだ。特別な眼差し。半ば強引であったとは言え、関係は今も続いている。今まで誰も踏み入れる事が出来なかった場所に、自分はいる。心も、そして身体も。そう実感しただけで背中が震えた。
「今度さ、温泉に行こうよ」
 勝手に気を良くしながら言うと、イルカは、え、と驚いた顔で言葉を漏らした。
「温泉、ですか」
 言葉を反芻され、その反応に、あれ、とカカシは内心首を傾げる。それは、もっとこうだろうと予想していた反応と明らかに違ったから。さっきアスマと嬉しそうに話していたのは、ただ単に相手と話を合わせていただけだったのか。
「だって、さっき好きって言ってたじゃない。違った?」
 会話を聞いてた(聞こえていた、が正解だが)のはもろバレになるが聞き返すと、イルカは首を慌てて横に振った。
「いえ、好きです」
「じゃあ行こうよ。先生の好きな湯治の名所でもいいし。それか俺が調べておこうか?」
 そこまで口にすると、イルカは書類を抱えたまま、えっと、と言いながら視線を逸らすように横へ漂わせた。
「・・・・・・じゃあ、考えときます」
 口を結んだイルカにぺこりと頭を下げられ、あ、うん。と返すだけに留まったカカシを残し、イルカは直ぐに背中を見せその場を後にする。
 カカシはその後ろ姿を見送りながら、銀色の髪を掻いた。
 肩透かしを食らった気分だった。
 だって、もっと喜ぶのかと思った。
 顔には浮いた恋の色を浮かばせるくせに、素っ気ないったらない。
 湯治が好きだからアスマとの会話も盛り上がった訳で。実際にイルカは嬉しそうな表情を浮かべながら話していたじゃないか。
 基本イルカが二人の関係を公にするのを望んでいないのは知っている。関係を持ったばかりの頃、自分の家に忘れていったイルカの靴下を受付で渡したら、顔を真っ赤にしたイルカにその後がっつり説教された。あの時は自分が舞い上がっていたのもある。だからそれなりに学習をして、今回は敢えてイルカが一人の時に話しかけたと言うのに。
 なのにあの反応。
「ホント、つれないじゃない」
 カカシはため息混じりに一人で呟くしかなかった。


 いつもはイルカに了承を得てから訪問する。でも今日は任務報告後にそのままその足でイルカの家に向かった。
 だから、チャイムが鳴りドアを開けそこにカカシが立っていたのを見て、スウェット姿のイルカは目を丸くした。
「カカシさん、」
 名前を呼び、カカシの姿を確認する。
「任務終わられたんですね」
 今日の任務予定表を渡したのはイルカだ。把握した内容を思い出したのだろう、そう口にした。
「どうしたんですか?」
 またその眼差し。カカシはイルカを見つめながら内心むっとした。
「用はないよ。急に来ちゃ駄目だった?」
 まあ急に顔を出した自分も自分だが、繰り返されるつれない対応に流石に苛立ちを覚えないはずがない。カカシの言葉に、イルカは自分の部屋を振り返りながら、あー、いや俺は全然、と小さく言う。
「ちょっと散らかってるんですが、どうぞ」
 戸惑いを残しながらも、イルカは微笑んだ。

 部屋に上がって、なるほど、と思った。それは部屋の散らかり具合ではなく、ちゃぶ台の上に広げられたものを目にしたからだ。
 明日の授業の準備だろうか。それか残業を家に持ち帰ったのだろう。明らかに邪魔をしたな、とカカシは少しながら後悔した。
 もともと、イルカは勤勉で仕事熱心だ。何をそんなにやる事があるのかと思った事もあったが、それは彼の畑だからで、今は理解をしている。つもりだ。
 手を休めて暖かいお茶を煎れてもらい、なんだか恐縮しながらカカシはちゃぶ台の隅に座ってお茶を飲む。
 よくよく考えたら独身の一人暮らしで働いているとならば、持ち帰った仕事以外にも家事だってやらねばならないのだ。平日はさらに仕事があるのだから忙しい。
 邪魔しちゃったよねえ。
 そう思いながら大人しくお茶を飲んでいると、教本を目を向けペンを走らせているイルカがちらりとこちらを見た。小さく微笑まれ、カカシは少し首を傾げる。
「なに」
「いや、なんか気を使ってくれてるんだなって」
 カカシはまたムっとした。
「当たり前でしょう?」
「いや、そうじゃなくて、もっと寛いでくれていいんですよ」
「分かってますよ」
 自分でもこれで一応寛いではいるつもりだ。額当ても覆面も取ったままの姿で、胡座を掻きながら湯飲み片手に言うと、イルカは少しだけ笑った。笑うと目の下に笑い皺が出来る。そうですね、と持っていたペンの後ろで頭をごりごりと掻いた。
「後少しで切りがつくんで、そしたら何か作りますね」
「ああ、いらない。俺さっき適当に食べてきたから」
「そうですか」
 じゃあ、何だろう、とまたそんな顔を見せられ、意地の悪い考えがカカシに浮かぶ。
 素面のまま穏やかな笑みを浮かべた。

 イルカの中は熱い。
カカシはイルカを緩く突き上げながら思った。セックスで汗をこんなに掻く事はない。どの相手でもこんな事にはならなかった。
 額に汗を浮かばせながらカカシはイルカを見下ろす。腰を動かす度快感に抑えていてもイルカの喉から声は漏れる。
 この部屋の壁が薄いとか、恥ずかしいとか、彼の中で色々考えが巡るのだろうが、翻弄されながらもイルカもまた求めてくる。
 目尻に涙を滲ませながら閉じていた目を、イルカが喘ぎながら薄く開く。
「カカシさん・・・・・・」
 潤んだ黒い目がカカシを見上げる。
 それ以上口に出さずとも自分の限界を伝えるかのように、名前を熱っぽく呼ばれ、それだけで胸が苦しくなった。同時に背中から下半身に甘い痺れが走る。
 うん?と返事をしながらもカカシは引き抜きイルカをうつ伏せにさせる。尻を掴み後ろからゆっくりと挿入した。内部で擦れる場所か変わり、イルカの声がまた大きくなる。
「あ!ぁっ、・・・・・・や」
 先走りの汁が竿を伝っている。手で掴みゆるゆると擦り上げると、イルカが上擦った声を上げた。決して早くはない動きで攻めながらカカシは背中の傷を舌で舐める。
「ひ、あっ」
 引き攣らせた背中の皮膚を甘く噛み、吸った。そこから唇を離し、少しだけ動きを早める。
「せんせ、苦しいの?・・・・・・いきたい?いかせて欲しい?」
 首もとの黒髪を優しく除けながら、少し乱れた息の合間に囁くように聞くと、それだけでイルカが嬌声を漏らした。
「いきたいって言ってよ」
 腰を突く早さを抑えると、イルカが首を捻りカカシを見つめた。その目が生理的な涙で濡れている。何で、と言わんばかりの責めていて、カカシはその瞳を優しく見つめ返すと、腰を軽く揺さぶった。
 ポイントを引っ掻くように刺激すれば目尻に溜まった涙がこぼれ落ちた。
「あ・・・・・・っ、お・・・・・・ねが、もっと、・・・・・・し、て・・・・・・っ」
 絞り出すように、震えた声をイルカが出す。瞬間、また身体の奥に容易く火がつくのが分かった。そこからイルカを四つん這いにされると一層激しくイルカの腰を突き上げた。

「イルカ先生」
 カカシは廊下でイルカを見かけ名前を読んだ。確かに聞こえているはずなのに、イルカはふいと顔を背けるとそのまま歩き出す。
 カカシは眉を寄せてその姿を見つめ、そのままイルカを追うように歩き出した。走っているわけでもないのだから、簡単に追いつく。
「待ってって言ってるでしょ」
 不機嫌な声がカカシから出ていた。そこでようやくイルカの足が止まる。振り返った。
 当たり前だが、イルカがこんなにへそを曲げる原因が分かっていた。
 昨夜の事だ。
 カカシはがりがりと頭を掻いた。あれは最中に敢えて意地悪くしたのだ。聞かれたくない、言いたくないと分かっていて聞いたし、言わせた。
 でもそれはそうしたくなる原因があったからだ。
 カカシはどうするべきか、悩みながらイルカを見つめる。正直身体をつなげる相手はいたが、セックス以外でもこうして一緒に時間を共にする相手なんて持った事がなかった。色々ぶつかるものが出てくるだろうとは想像していたが。実際なってみると、難しい。が、こう無視されるのも辛いし困る。カカシは諦めて口を開いた。
「先生は本当はさ、行きたくないんでしょ?」
 思い切って口にするカカシに。急に主語のない言葉を言われ、イルカは瞬きをしながらカカシを見つめ返した。
「・・・・・・何の話ですか?」
 聞かれてカカシは肩を竦める。
「昨日、俺があなたを温泉に誘った話」
 イルカは、視線をまた少しだけ横にずらした。
「あれは・・・・・・考えますって返事したじゃないですか」
 そんな事は分かっている、とカカシは覆面の下で少しだけ口を尖らせていた。
「でも迷ってるからでしょ?」
 でなきゃあんな言葉を選ぶはずがない。それを証拠にイルカは口を結んだ。カカシは内心項垂れる。
 やっぱり行きたくないんだ。
 そう思ったら無性に悲しくなった。そしてもやもやした気持ちが沸いて出た。この気持ちはなんだと言うのだろう。
 ここで自分が文句を言ったら、丸で遊園地に連れて行ってくれない親にぐずる子供みたいだ。
 変に焦るが、大の大人が恋人にする態度ではないことぐらい分かる。諦めたカカシはため息を吐き出した。
「いいよ、無理に行こうとしなくても」
「え、それは違いますっ」
 強く言い換えされ、カカシは落としかけていた視線をイルカに戻した。黒い目がカカシを見つめている。
「俺は、行きたいです」
 でも、と続けられ、
「でも、なに」
 聞くとイルカはまた躊躇った。一回目を伏せ、もう一度カカシへ目を向ける。
「ちょっと、色々あなたが積極的だから、」
 カカシは首を傾げた。積極的と言われ、それはつき合いだしてからの事を言っているんだと分かるが、そこはあまり自覚がなかった。
「・・・・・・そう?」
 聞くとイルカはこくんと頷く。
「だって、この前はいつ一緒に住もうか、とか言ってたし、それですぐに旅行に誘ってきて、勿論、嫌じゃないんです」
 言われて納得する。まあ、確かに積極的だったのかもしれない。カカシはため息を吐き出した。自暴自棄になりたくなる。
「まあ、そうだね。確かにあんたを困らせてたね、」
「そうじゃないんです!」
 かぶせるように言われ、カカシは言葉を止めた。イルカは少し怒ったような、責めるような顔をしている。そこからイルカはもう一度目を伏せた。
「・・・・・・だから、」
 俯いてぼそりとイルカが何かを言った。
「え?」
 と聞いた途端、イルカが顔を上げる。
「好きだから困ってるんですっ」
 少し強い口調で言う。今度はカカシが瞬きをした。
「・・・・・・え?」
 同じ言葉で聞き返すと、イルカは顔を赤くしながら、カカシを何故か睨む。
「好きじゃなかったら悩みません!」
 失礼します!
 耳まで真っ赤にさせながら、そのまま勢いよくイルカは歩き出す。
 好きだから。
 イルカの顔を思い出す。泣き出しそうな、怒っているような。
 そして、初めて好きだとイルカに言われたのだと気が付く。
 カカシは一人廊下で白い頬を赤く染めた。
 
<終>
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