恋愛模様

 昼休憩も終わった午後、イルカは受付にいた。込んでいない時間は一人が受付を担当し、もう一人は後ろの席で溜まってきている書類の整理をする。がちゃんとイルカがナンバリングをつける音が受付に響く。書類に書かれている事項を確認し、ナンバリングをつけページを捲る。時間差はあれど、ほぼ一定のリズムでそれを繰り返していた。
「いーよなー」
 誰に言っているわけでもない、ぼそりと呟く同僚の漏らした声にイルカは手を止め、わずかに視線だけを上げた。
 同僚の視線の先を目で追えば、開け放たれた扉の先に銀髪の上忍、カカシがくノ一と立ち話をしている。
 それだけで、同僚の呟いた意味が分かった。カカシと話しているのは中忍の間では人気があるくノ一。見かけたり、業務上の事であろうが話せたらラッキー、なんて騒いでたのを前耳にした。
 だから、同僚は普通に会話をしている相手のカカシが羨ましいと、そう素直に思っている。
 状況を把握し、同意して相づちを打とうかとも考えるも、安易にそう出来ない状況なのは確かで。よって、そうするまでには至らなかった。イルカは黙ってカカシ達から視線を外すと、再び手を動かし始める。

 複雑な気持ちがわき上がるのには、ちゃんとした理由があった。
 つい先月、はたけカカシが自分の恋人になったからだ。
 だいぶ慣れてきたきたものの、自分でもちょっと驚いている、が現状だった。こうなるつもりなんて毛頭なかったんだから仕方がない。
 何故か、こうなってしまったのだ。
 気がついたらこうなっていた、と言ってもいい。言葉が悪いが、カカシに上手く丸め込まれたような状況で。
 でも今、自分がカカシを好きだというのには変わらない。
 そう。好きだ。
 って勝手だよな。
 そこまで思ってイルカの頬は少しだけ赤く染まった。
 だって、憧れとか尊敬とかで括れる好き、ではなく、恋愛と言う感情で彼を好きになってしまっているのだ。
 あんなに強引で半ば流されるようにつき合い始めたのだけれど、実際つき合い始めたら、彼があまりにも紳士的だった。
 腹を割って話した事がなかったからなのか。それが彼の作戦なのか、そうでないのかは分からないが、イルカにとっては好印象でしかない。
 今日そこで立ち話をしているように、カカシは昔から女性にモテるイメージがあった。
 それを先日直接カカシに口にしたら、困ったように眉を下げ優しく微笑みながら、まあそれなりにね。と素直に認めた上、でも相手はしないから大丈夫。なんて言われる始末。
 聞いておきながら、自分が女々しいヤツみたいで恥ずかしくなった。
 同時に思ったのは、流されているだけじゃ本当にマズいと言う事。カカシが当たり前のような空気を作るのが上手いのか。気がついたら恋人になっていて、数日前なんか、気がついたらカカシとキスをしていた。その甘くて優しいキスの感触にぽーっとなったのは事実だ。
 そう、流されまくっている。
 恋人としてそう自分で選んだのだから、流されているばかりでは駄目だ。
 駄目だ、・・・・・・よなあ。
 再び視線を上げ、綺麗なくノ一と雑談しているカカシをじっと見つめた。


「と言うわけで。カカシさん、俺に任せてくれませんか?」
 夕飯の後かたづけを早々に終えたイルカは、カカシがくつろいでいる居間へ戻り、ちゃぶ台に向かい合って座った。
 まだキス止まりの状態で、この先に進む際には先手必勝が肝心だ。
 少し鼻息荒く、そして自分なりに、真面目に切り出した話題なのだが。真剣な表情のイルカを前に、カカシはきょとんとした顔をした。無防備に晒したカカシの素顔は相変わらず男前で、その顔の中心にある青みがかった目をイルカに向けている。
 何か言いたげに一回口を開いたが、それを一端留めると、カカシは胡座を掻いている脚の上に自分の手を置いた。
「あー、えっと、・・・・・・聞きたいんだけど、いい?」
 聞かれてイルカが強く頷くと、カカシは再び口を開いた。
「それってさ、先生が上って事?」
 上の意味が分からずイルカが瞬きをすると、カカシが片手で頭を掻きながら続ける。
「あのさ、先生やり方って知ってるの?男同士のやり方」
 その質問は予測していた。イルカは自信ありげにこくりと頷く。
「知識の上では。でも房中術とか、一般的な本も読んで詳しく調べましたから、大丈夫です」
 完璧な答えだろうと思っていたのに。カカシはただ曖昧に、そう、と答えるだけ。イルカは不思議そうに首を傾げた。
 薄い反応に、カカシの不安を感じ取る。案の定、まあ俺は先生が言うなら上でも下でもどっちでもいいんだけど、と呟く声はどこか乗り気ではないようにも感じる。
 あの、とイルカは袖を捲ったままの腕をちゃぶ台に置いた。
「俺のってたぶんカカシさんよりでかくないと思うんです。だからそんなに痛くないだろうし、俺、優しくするんで」
 恋人として自分をアピールするいいチャンスになるだろうと。そう意気込んでいる前で、今度はカカシは小さく笑った。さっきとは違う反応に内心安堵すると、カカシは軽く頷き、
「そっか。じゃあさ、俺にキスして?」
 緩く微笑んでそう言った。
「・・・・・・・・・・・・え」
 数秒遅れてイルカの顔が赤く染まる。
 ちゃぶ台の対面でじっとカカシに見つめられながら、ようやく真っ白になりかけた思考が動き出す。
 あ、そうか。そうだよな、キス。
「はい、では、」
 イルカはこくりと唾を呑み込んだ。
 顔もそうだが身体も熱い。たかがキスをするだけなのに。そんな自分が嫌になる。イルカはぐっと唇を一回噛むと、気持ちを新たにちゃぶ台越しに上半身をカカシに動かす。目を閉じたカカシへ顔を近づけた。
 白い上に肌が綺麗だな、とか髪と同じ色の睫毛が思った以上に長いな、とか。思いながら息を詰めたままカカシの薄い唇へ自分の唇を押しつけた。
 むにゅ、と柔らかい感触に、唇が触れた事を実感する。いつのまにか拳になっていた手のひらには、わずかに汗を掻いていた。
 ゆっくり触れていた箇所を離すと、カカシもまた閉じていた目を開ける。
 身を乗り出し、真っ赤な顔で固まったままのイルカをカカシは優しく見つめ、そしてその目を緩めた。
 その笑みに合わせて、イルカも恥ずかしさを隠す為に笑う事を選ぶ。
「先生、緊張してる?」
 ストレートに尋ねられ、イルカの心臓がドキリとした。
「あ、いや、緊張なんて」
 こんなキスぐらいで、緊張なんてしてます。なんて。いい歳して、はっきり言って格好悪い。バレているにしても肯定だけはしたくない。イルカは反射的にふるふると首を横に振った。
 カカシみたいに、とまではいかないが、余裕を持ちたい。がイルカの真意だった。
 嘘ばっかり、なんて意地悪な返しをしてくるかもしれない、構えるイルカにカカシはそんな素振りは見せなかった。代わりに、じゃあさ、と言いながら、身体を動かしイルカへ身体を近づける。
「俺がしてみてもいい?」
 ん?と反応すると、カカシは、お手本ね、と付け加えた。
「お手本、ですか」
「うん、そう」
 まあ、確かに今のキスは確かに無様だった。素直に反省する。
 そこから前回帰り際にされたキスを思い出した。
 キスまでに持って行く流れも、優しいキスと雰囲気も。唇が軽く触れる、ただそれだけなのに、ぐっと胸を鷲掴まれたのは事実だった。
 思い出した事で、イルカはまた頬を赤く染める。と、イルカが頷く前にカカシの手が上がり、その手が頬に触れる。顔を上げた時にはゆっくりとカカシの顔が近づいてきていた。イルカは目を閉じそれを受け止める。唇が重なった。それだけで胸の奥がじんと熱くなるのは、何度も言うようだが、カカシが上手いからに他ならない。
 感心していると、柔らかく唇を食まれ、薄く開いた隙間から舌が滑り込んできた。ぬめる感触に、イルカの小さな甘い声が鼻から抜けた。気がつけばカカシの手のひらはイルカの後頭部に回されていた。カカシが顔の向きを変えれば、舌が更に奥に入り込んでくる。イルカの眉根に皺が寄った。
 前と違うのは明らかで、それでも手本と言われたのだから、必死に応えようとしても、経験がないせいかついていけない。
 頭が真っ白になりかけた時、カカシが唇を離した。
「先生、舌。もっと出して」
「え・・・・・・?」
 ぼんやりと見つめる先のカカシが言う。
 少し時間をかけて脳に伝わり、それはイルカを困らせた。受け入れるだけで精一杯で、上手くやれる自信はない。
 またしても返事を待たずカカシが唇を塞いだ。さっきよりも強引に奪われ入り込んでくる舌に再び頭が沸騰し始める。
 気がつけば床に押し倒されていた。
 くぐもった声を漏らしながら思う。
 これ、ーーちょっと、やばい。
 唇を強引に浮かせた。
「カカシさん、今度は俺が、」
「いいから、一通りやらせて」
 イルカ先生はその後。ね?
 一通りの意味を聞くべきなのか。それにその後ってなんの後なのか。迷っている内にも覆い被さったカカシは、首元の薄い皮膚の辺りを舐め、吸う。耳にかかるカカシの息に背中が震えた。
 カカシはイルカの耳朶を柔らかく噛む。上着の裾から入り込んだ指は肌の上を這いながら触れていく。触れられているだけなのに、甘い感覚がイルカを支配していた。もう片方の手が上着を捲り上げ、肌が空気に晒される。ひやりとした感覚を覚えると同時にカカシが先端を口に含んだ。
 身体がぴくりと反応を示す。こうしてやろうと、自分が想像していた行為をカカシが自分にしている。それだけで心臓がはねた。
 恥ずかしい。でも、触れられている箇所は嫌悪するような感情はわき上がらない。カカシに触れられる事でカカシから伝わる熱を感じ、力が抜ける。口から吐息が漏れた。
「イルカ先生」
 名前を呼ばれ、堅くなったそこを指で探る。下半身に響く快楽は、今まで感じた事がなかった。力が抜けたイルカの身体はされるがままに、カカシに委ねるしかない。
 こんな風に、自分が出来るのか。そう望んでいるからカカシがしてくれているのだろうが、同じ快楽をカカシに与える事が出来るのか。
「気持ちいい、よね」
 嬌声を漏らし腰が跳ねると、カカシが胸から唇を離し、嬉しそうに言う。その証拠に口の端が上がっている。その表情に胸がどきんと鳴った。
 カカシの手がイルカのズボンにかかる。
「あ、だったら俺がカカシさんに、」
 下着ごと脱がされ、驚き跳ね起きようとするイルカをカカシは制し、優しく横にならせる。
「いーから。先生は何も考えなくていいから」
 カカシの大きな手のひらが先走りで既に濡れている陰茎を包み込む。水っぽい音と共に上下に扱かれた。
「ひぁっ、」
 他人に触られた事がなかった。計算する事が出来ない快楽に、喉が引き攣りイルカは焦った。
 一通り。カカシは一通りとそう口にした。それはたぶん経験がない自分に教えてくれようとしてくれているだろうと察するが。
 これでは丸で自分だけが快楽に落ちているような気がした。
 そう考えている間にも、すべる先端をカカシは固い親指の腹で擦る。それだけで声がまた漏れた。
 涙で視界が滲んでくる。追い上げるように陰茎をこすりあげられ、射精感がイルカを襲う。
「あ、ぁ、・・・・・・っ、あ、」
 断続的に開いた口から意味のない言葉が零れる。その開いた口をカカシによって塞がれた。舌をからめ取られ促されなくても、イルカも自ら舌を差し出す。
 頭が真っ白になり、イルカは腰を震わせた。吐き出された生暖かいそれは、自分の腹にかかった。
 どっと身体の力が抜け、気持ちよさに身体が震える。
 ふ、ふ、と短い息を吐きながら、伏せていた視線を上げる。視界に入るのは自分の見慣れた木製の天井。薄く涙で濡れた目を動かすと、同じように熱に浮かされたようにも見えるカカシがじっとイルカを見下ろしていた。
 にゅっと手が伸び、カカシの長い指がイルカの精液を掬う。それをぺろりと舐め、イルカは目を丸くした。そんなもの。汚いだけだと分かっているのに。なのに酷く艶めかしくて、その光景に息を呑む。
 動揺し黒い瞳を揺らすイルカをカカシはじっと見つめ、
「イルカ先生・・・・・・俺、先生を抱きたい」
 熱っぽい声で呟いた。
「・・・・・・え・・・・・・?」
 ちょっと、意味が、と力弱く聞き返すと、その精液と唾液で濡らした指をイルカの後孔に塗りつけた。
「ここ。ここに、俺のを挿れたいの」
「・・・・・・え・・・・・・、え、はあ!?」
 イルカは目を丸くした。思わずカカシの腕を掴む。
「な、んで。だってさっきあんたお手本って、」
「お願い」
 濡れた指がくちくちと音を立てて潜り込んでくる。違和感にカカシの腕を掴む手に力が入った。
「あっ、なんで。だって俺がやるって、」
 拒んでもカカシの指は止まらない。内壁を押し広げ、圧迫感に眉根が寄る。
「嫌だ、抜い、て、・・・・・・っ」
「先生、息吐いて、力抜いて」
 聞く耳持っていないのか耳に届いていないのか。根本まで指がゆっくりと埋まる。混乱し泣きたくなった。
 カカシにしてあげたいと望んだ事だったのに。上手くいかないどころか、またカカシにいいように流されている。
 潤んだ目で頭を必死で回転させた。
 ーーでも。
 いつだって飄々としていて、俺を押し倒した時だって余裕があって落ち着いていたのに。
 今のカカシはそうじゃない。必死だ。改めて感じる事実がじわりと脳に染み込む。
 挿れたい。
 カカシはそう自分に言った。
 中で蠢く指に次第に息が上がり始め、声も止めどなく漏れる。手で口を抑えた。
 俺、上になりたいなんて思っていたけど、挿れたいまでは思ってなくて。ただ、繋がりたいとだけ思っていた。
 正直、どっちでもいいのかもしれない。
 お願い、なんて。そう口にするくらいに抱きたいって事なら。
 カカシに腕を伸ばすと、青みがかった目と視線がぶつかる。開いた唇をカカシが塞いだ。
 そう。もう、どっちだっていいのかもしれない。
 イルカはカカシの首に腕を回した。




「はい、先生。味噌汁」
「・・・・・・ありがとうございます」
 ほうれん草入れたよ。にこりとカカシが微笑む。
 暖かな湯気が立つお椀を渡され、イルカはそれをカカシから受け取った。
 朝とも取れない昼に近い時間。自分の台所で朝食を作ってくれたのはカカシだった。
 そこが違うだけで、カカシは至っていつも通りのように見える。両手を合わせていただきます、と口にしたカカシはご飯を食べ始めた。イルカも同じく手を合わせ、暖かい味噌汁を啜りながらカカシをちらと見る。
 ーーもしかしたら。
 俺は上手く誤魔化されたのかもしれない。
 もやもやした気持ちに、怠い身体。
 ぼんやりした目で見つめていると、視線に気がついたカカシが顔を上げる。
 ふわりと目を細めた。
 嬉しそうな顔をするのは、狡いと思う。
 でも逆に、この人がこんなに嬉しそうな顔をするのなら、いいのかもしれない。
 釈然としないのには変わらないが。
 まあ、これで改めてこの人のものになってしまったんだなあ、とイルカは認めながらも、幸せそうな笑みをカカシに返した。


<終>
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