咲く。

桜の季節も終わり、寒さも和らぐ頃。カカシは雨の音で目を覚ました。
雨の音というよりは屋根の日差しから落ちる雨音が大きかった。時計を見る。昨日は任務から帰りシャワーも浴びずに布団へ倒れ込んでいた。無理な任務に一人で行かされ、チャクラも体力も消耗し疲れ切って帰ってきた。
(…雨が降っていなかっただけ幸いだったな)
雨は鼻が鈍るし体力の消耗も早い。雨音を聞きながら再び眠りについた。
再び目を覚ました時日付が変わり、雨も止んでいた。
のそりとベットから起き上がり、風呂場へ向かう。広い風呂場だが、一人暮らしの為、滅多に浴槽に湯は張らない。熱いシャワーで頭を冷ますと、タオルで髪を擦りながら冷蔵庫を開けた。
ミネラルウォーターやビールが並び、食べ物がないことを確認して、小さく溜息をついた。
そうだ、任務の前日に古くなりそうだからと片付けていたんだった。
カカシはスウェットを着込むと、それ以上の変装はせずに、外に出た。睡眠は取ったものの、身体は溶けてしまいそうに怠い。適当にコンビニで買ってすぐ帰ればいい。口元は襟を当てていればそんなに見えることもない。
出かける前に見た時計は9時前を指していた。まだ人も少ないだろう。
水溜りを避けながら、カカシはコンビニへと向かった。雨が多く降ったていたのか、意外にぬかるんでいる道が多い。土手に回れば道が芝で覆われていて歩きやすい。カカシは土手に周る事にした。カカシはこの土手沿いの道が好きだった。人があまり通らないし、川沿いの空気は澄んでいて気持ちがいい。
土手には草花が広がっている。歩きながらボンヤリ眺めていると、子供の声が聞こえた。その草原で何かをやっているようだ。何人かが座り込んでいて、手には草花を持っている。遠目で見て、それが白詰草だと分かった。人がいないと思っていたが、少し予想外だ。子供自体そんなに好きではない。むしろ苦手だ。
近くまで来た時、子供以外の、つまり成人の男の声が聞こえた。ぼんやりし気配すら探ってなく、相手も屈んでいた為か、近くに来るまで気がつかなかった。
子守が必要な年齢の子供でもないのに、なんで一緒にいるのか。
楽しそうな笑い声が耳に入り、カカシは何故かむかむかしてきた。
(ガキ相手になにしてんの、この人。朝っぱらから鬱陶しい…)
来る道を間違えた、と後悔しつつポケットに手を入れ俯き加減で顔を隠す。
「先生ー、ちゃんと探してる?」
聞こえた声にその男性が先生だと認識した。なるほど、先生なら一緒にいてもおかしくない。
先生と呼ばれた男は顔を上げた。
黒い髪を後ろで一つにまとめている。子供に向けられた笑い顔は、鼻の上に横一線に傷があった。それ以外は特に特徴もない、カカシから見たら普通の男だ。
(朝からこんな土手で、先生って大変だね)
もし自分だったらこんなくだらないお遊びには絶対付き合わない。何が楽しくてやっているのか。子供相手に大きな声で叫んでいる。
(うわ、熱血な感じ。ありえない)
カカシは再び苛立ちを覚えた。早く通り過ぎたい。足を早める。
「あ、すみませんこれ、」
背後から声が聞こえた。その先生と呼ばれていた男の声だった。他に歩いている人がいない為、明らかに自分にかけられていると分かったが、敢えて無視を決め込み歩を進めた。家を出た時点で、変装もしてないのに誰かと話す気はさらさらなかった。
「あの、財布落としましたよ」
財布と言われ、しまったと思った。今からコンビニに行くのに、財布無しでは行きようが無い。
仕方がない。一瞬迷ったが、声をかけられた方へ振り返り、男を見た。爽やかと言えば褒め言葉だろう、にっこり微笑みながらカカシを見ている。
「…どーも」
何も言わない訳にいかず、くぐもった声でいい、財布を受け取った。
「いいえ、気がついて良かったです」
嬉しそうに微笑みカカシを見ている。
(ま、感謝はするけど、何なのその顔は)
子供のような笑顔をしているな、と思った。自分とは正反対の世界で生きているのだろう。と、その男が足元に視線を落とした。不意に屈んで立ち上がると、カカシに手を差し出した。手にはクローバーを持っている。
「どうぞ」
言われても意味がわからない。眉を潜めて差し出されたクローバーを見つめた。
「四つ葉です。あなたが財布を落としたから見つけたんです。だからあなたの物です」
(…なにその理屈)
そう思いながらもカカシは手を出した。手のひらにクローバーが置かれる。もらったもののどうしていいか分からず、手のひらのクローバーを見つめる。
「きっといい事がありますよ」
言われ、カカシは瞬間目を開いた。破顔した男の顔から目が離せない。それが何故だか分からない。身体が勝手に反応したとしか言いようが無い。その男の笑顔をただ見つめた。
「イルカ先生ー、見つけたよー」
背後から子供の声がした。男は振り返り手をあげそれに応えると、それじゃあと、頭を下げ子供達がいる方へと戻っていく。カカシは自然にその男を目で追っていた。楽しそうに人懐っこい笑顔で子供の頭に手を置いている。
(…いるか、先生…)
四つ葉のクローバーを配布に入れる。
アカデミーの先生だろうか。行く機会がないが、行ったら会えるのだろうか。ゆっくりと歩みを進めて。
カカシはもう一度振り返り、イルカを見つめた。

2年後、桜が満開の朝だった。
昨夜から朝にかけて任務を果たし、早朝ではあるが人目を避けて移動し、任務報告へ向かっていた。アカデミー近くまで来た時、満開の桜の下にいる人を見つけて、それがイルカだとすぐに分かった。一人桜を見ながら歩いている。近くで見たい。カカシ
はそう思った。気配を消せば気付かれる事はない。近くであの人の顔を見るだけにしよう。そう思ったのに、桜を見上げるイルカの顔を見たら、堪らない何かが込み上げてきた。それが何がが分かっていた。認めたくない自分がいた。
イルカに惹かれている。
分かっているが、認めてはいけない。
気がつけば気配を消すのを忘れて、イルカの近くまで来ていた。桜を見上げるイルカの顔があまりにも綺麗だった。吸い込まれるように近づき、口を開いた。
「綺麗ですね」
気配に気がついていなかったのか、イルカは驚いて振り返った。息を呑み、自分を見つめてすぐに駆け寄ってきた。カカシの心臓がドクリと高鳴る。
「だ、大丈夫ですか!?怪我は?」
そう言われて自分の返り血を浴びている姿だと思い出した。声をかけるつもりはなかった。不用心過ぎる自分の行動にイルカはどう思うのだろう。
「あぁ、大丈夫です。そっか、汚れてるの忘れてました。びっくりさせちゃいましたね」
誤魔化すように適当な言葉を並べる。
イルカが見上げていた桜をカカシは同じ様に見上げた。舞い落ちる花びらが雪の様だった。イルカもそう感じていたのだろうか。
「もう散り始めてますねー」
話す言葉が見つからず、カカシは話を逸らすように口にした。
「あの、本当に何処も怪我はされてないですか?」
尚も心配だと口にされ、自分を見てくれていると、それだけでカカシは嬉しかった。
「はい、大丈夫です」
自然に顔がほころんでいた。真っ直ぐな目でイルカは自分を見ている。心まで見透かされそうで、カカシは目を逸らした。
ふっとイルカの肩に付いている花びらに目が行った。
触れたい。
それだけだった。イルカの肩に手をやり、付いていた花びらを手に取る。
「はい」
イルカは手を差し出した。ゆっくり、イルカの手のひらに花びらを乗せた。指先にイルカの温もりが一瞬伝わる。離した花びらには赤い血が付く。自分の右手が血で濡れていた。それでも止めれなかった。その血が自分の血だったら良かったのに、とさえ思った。
遠くで別の気配を捉えた。行かなければ。
「じゃあね、イルカ先生」
それだけ言うと歩き出し、カカシは桜の上に飛んだ。
また、会えるだろうか。また、触れる事が出来るだろうか。カカシは触れた右手をぎゅっと握りしめながら、桜の匂いを感じ取っていた。


<終>


trymのなつめさんへ相互リンクのお礼として差し上げました。
なつめさん、これからもよろしくお願いします!

スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。