宣言

「え、今日も?」
 カカシに聞かれ、イルカはすみませんと謝りながら頭を掻いた。
「先週入れた約束でして」
 カカシに言われた通り、誘われたのにも関わらず二回連続で断っているのは、先約がある為で。相手が上官と言えど同期の約束を破るわけにはいかない。明後日とかは、とイルカが上目遣いで視線を向けると、カカシは残念そうに眉を下げる。
「最近ちょっとごたついてていつ任務入るか分からないから、また大丈夫そうな時にこっちから声かけるね」
 そう口にするカカシはにこやかで、理由ももっともで、そして立場上何も言えない。分かりました、と答えるイルカにカカシは、じゃあね、と言い背を向け受け付けから出て行く。
 カカシの姿が見えなくなって直ぐに、隣にいた同期が、お前なあ、と口を開いた。
「何ではたけ上忍の誘いを断るんだよ」
 非難されイルカは眉を寄せる。
「先約あるから仕方ないだろ」
 それカカシさんにも伝えたし。書類を捲り手を動かしながらそう続ければ、同期は渋い顔をした。言いたいことは分かる。確かにここは縦社会で、上に強制されれば下に決定権などない。しかしこのご時世、そんな事を言ってくる上忍は一握りで、それなりにきちんと常識ある対応をしてくれる。そう、カカシのように。
 それに、自分だって残念だったのには変わらない。約束がなければ頷いていた。カカシがごたごたしていると言っていたのもよく分かっている。最近は火影からの直属の命が下る事が多いのだろう。受付の仕事で任務の予定を組む以上に、上忍が里にいない。
 忙しいのが分かっているのに、こっちからカカシを誘う事なんて出来ないし、そもそも上忍であるカカシに自分から声をかける事はない。
 一緒に飲むようになったのは、カカシが声をかけてきたのが最初だった。偶然同じ店に居合わせて。カウンターで隣に座り、話していれば、この居酒屋を選んだ事もそうだが、互いに酒や食べ物の好みが同じ事を知った。正直意外だった。名前こそ知ってはいたが、初めて会った時から同じ里の忍びである事以外知らない事だらけで、いや、忍びとしてはそれこそがあるべき姿なのかもしれないが、自分の中では素直に胡散臭いと感じたのが正直なところだった。
 そのギャップなんだろうか、カカシに人間味を感じる度に内心感心してしまう自分がいた。横柄なところもあるとばかり思っていたのに、想像以上に常識的で、親切だ。
 次こそは一緒に飲めるといいなあ、とそんな事をぼんやり思いながら、イルカは仕事を再開した。

 二日後、イルカは居酒屋にいた。
 カカシに誘われるとばかり思っていたのに、カカシは終日受付や報告所に顔を見せず、友人二人に飲みに誘われたので、イルカはその誘いを受けた。
 暑い日は格別に生ビールが美味い。イルカは賑やかな店内で生ビールを飲み、一息をつく。今日は家で自炊でもしようかと迷ったが、こうして仲間とビールを飲むと、来て良かったとも思ってしまう。
 小さいテーブルで適当に並ぶつまみに箸を伸ばした時、
「あれ、はたけ上忍じゃない?」
 友人の一人がそう口にして、イルカは反応を示した。友人の視線を追えば、他の上忍に続き、暖簾をくぐり店内に入ってきたカカシを目にした。カカシは店員に通されるままに、自分達から少し離れたテーブルに通される。そこまで目で追っていたイルカに、ふとカカシがカカシがこっちへ顔を向けた。小さく自分に向けて微笑んだのは間違いようがなく、そこで慌ててイルカは頭を下げた。
「いいなあ、イルカは」
 友人であるくノ一にイルカは顔を戻せば、私もはたけ上忍と仲良くなりたーい、なんて続けられ、イルカは呆れると、もう一人の友人もまた同じような顔をして笑った。
「お前じゃ無理だろ」
 その言葉に女友達はむっとするものの、まあねえ、とそんな声を出し、自分のジョッキを傾けた。
「私みたいなしがない中忍のくノ一にはたけ上忍が振り向かないって分かってるけどさあ、」
「それは俺も同じだ」
 そう口にする友人の、しがない中忍という言葉に対して、それは今いる三人どれにも当てはまる、と言う意味なのが分かって、三人で笑った。ビールを飲む。
「まあ、私たちは私たちなりに頑張ってるもんね」
 ねえ、イルカ。と肩をばんばん叩かれる。そう、立場はどうあれ、毎日里に貢献しているのは同じだ。だから。まあな、とイルカは、笑った。

 自分の席からは振り向くような形で顔を向けないと、カカシのいる席は見えない。
 だから、友人二人がたまたま同時にトイレへ席を立って、一人でジョッキを傾けながら冷奴に箸を伸ばした時、先生、と声がしたのと同時にカカシが友人の座っていた席に腰を下ろす。イルカは驚いた。
 同じ店内にいるのは分かっていたが、こんな風に声をかけてくるとは思っていなかった。たまたまカカシも用を足しに席を立ったのか。それとももう帰るのところだったのか。
 驚くものの、自分もそれなりに飲んでいて、カカシがわざわざ声をかけてくれた事は嬉しい。
 笑顔を向けたイルカに隣に腰を下ろしたカカシが、ねえ先生、と言いながら、テーブルに肘を付いて顔を向ける。カウンターで隣同士で座った事はあったが。いつも以上に近い距離だと感じるも、顔を酒で赤くしながら、どうしたんですか?と同じようにテーブルに肘をついて聞き入るような姿勢で身体を近づければ、俺さ、とカカシは続けた。
「先生と飲みたいなあって思ったけど先生も約束があるし、そういうものなんだなって、思ってたんだけどね、」
 そこまで耳にして、はあ、とイルカは相づちを打った。
 これは、やっぱり自分が誘いを断った事に、カカシの中で消化出来ないものがあったのだろうか。と内心申し訳なく感じつつ、カカシの話を聞くべく続きを待てば、カカシは、でもさ、と口にした。
「今日先生が女と仲良く飲んでる姿見て、気が付いたんだよね、嫉妬してるんだって」
 イルカは瞬きをした。
 あれ、今、カカシさん嫉妬って言った?
 聞き間違えようがないのに、ちょっと信じられなくて。心の中で疑問に思うも、そこまで酔っているわけでもなく、やっぱり聞き間違えていない。なんか、自分が予想していた流れと、ちょっと違ってきているんじゃないかと思いながら顔を向ければ、間近でイルカを見つめているカカシと目が合う。
「だからね、俺あなたを全力で落とすって決めたからから」
 思ってもみなかった言葉は、はっきりとイルカの脳に入る。
 想像を超えたカカシの台詞に、青みがかったその目に、ぞくりとするものを感じた。それは明らかに嫌悪感ではない鳥肌で。
 覚悟してね。
 そう続けたカカシの台詞に、イルカはぶるりと背中を震わせた。
 

<終>
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