先輩の話。

「そうじゃなくってさあ」
カカシの一段と苛立った声が部屋に響いた。
「それじゃ何も変わんないでしょ。俺はもっとしっかりした編成を組めって言ってるの」
暗部の控え室でカカシはそこまで言って怠そうにため息を吐き出す。その部屋に制服を着たカカシは少し異様にも見えたが、それ以上に空気は殺伐としていた。
「ハッキリ言ってこれじゃ無理。テンゾウ」
「はい」
振り向かれ、テンゾウは背中を壁から離すと腕組みを解き、一歩前に出た。
「お前がリーダー。で、も一回編成組み直して」
それで明朝出発。分かった?
有無を言わさない言い方に、テンゾウはまた、はい、と返事を繰り返した。
「よろしく」
他の暗部が反論したそうな雰囲気の中、カカシは気にせず話を打ち切りそのまま部屋を出て行く。
それを証拠に扉が閉まって直ぐ、一人が舌打ちをした。
「何が気にくわないってんだ」
面を被ったままの男が苛立ちに椅子を蹴飛ばした。相づちをする声も聞こえたが、それ以上は波が立つわけでもない。黙ったままの仲間が多い。
それはカカシが正論を言っていると分かっているからだ。
ここを抜けたカカシがそうそうこっちに口出す事はほとんどない。だが、カカシが抜けたまま穴埋めする事は正直難しく、人手不足が直ぐに解消されるわけでもない。よって、未だ正規部隊に行ったカカシがここで任務をこなすことも少なくなかった。
そこで上手く作戦を立てれないこっちに厳しい言葉を向けるのは、誰も否定できない。
カカシの穴埋めの任務をすればするほどに、カカシが如何に力があったのか。それは皆それぞれ感じている。
それに、自分に主にカカシの代わりを任されている事が、自分より先輩に当たる仲間は容認しかねていることも。
それでこれだ。
テンゾウは内心嘆息した。
ここの世界は縦社会で、年功序列だって事は知ってるが。実力はそれを上回るって事もまた然り。
今回の任務も自分がリーダーにされて重荷に感じる事があるが、正直ホッとした。
「よろしくな」
一人の男がテンゾウの肩を叩き、部屋を出ていく。舌打ちをした男もまた、
「じゃ、任すわ」
そう言って背を向けた。
「...さて、組み直しますか」
テンゾウは一人呟き、倒れた椅子を起こし、座るとペンを取った。

カカシは仕事には厳しい。
それは昔からだった。それにカカシはそこまで人と話す事もなく、最初は取っつきにくいと、テンゾウも感じた。
それでもそれは一緒に任務をこなしていけば直ぐに分かる。カカシは無愛想なだけで、
そこでテンゾウはペンを走らせながら首を傾げた。
(...無愛想だなけで...何だ...?)
ぶっきらぼうで愛想もないし、だけど見た目はよくて高給取りなのが魅力なのか、女に困った事は見たことがない。ただ、あまりにもとっかえひっかえすぎて何人つき合ったのかとかも把握出来ないくらいだったけども。
忍びとしては尊敬してるが、正直プライベートは物申したい位だ。
(ああ、これじゃただの悪口だ)
軽く息を吐き出した。
しかし、忍びとしての天才とも言える才能に惹かれているのは事実。自分もカカシのようになりたいと、それは今でも思っている。
心から尊敬している。
正規部隊に配属され、何か変わるのかと思ったが、そう人間変わるもんじゃない。
周りにも上忍師として部下にも厳しいと、風の噂で聞いた。
でもあのカカシが任されている下忍。どちらも名前だけは先行しているが、実力はなく早々に合格にするとは思わなかった。
それはこっちにも直ぐに話が流れてきて、驚いたのを思い出す。
あのカカシがどんな風に育てていくのか、興味もある。
ガチャ、と扉が開き顔を上げテンゾウは少し驚く。
「どう?」
さっき出て行ったカカシが入ってきた。
「誰もいないじゃない」
周りを見渡しながら、歩き、テンゾウの斜め前の席に座る。
「今、組み直してます」
「うん、よろしく」
テンゾウの言葉にカカシは一瞥しただけで、眠そうな目はすぐにテーブルに落とされ、取り出した紙にカカシも記入を始めた。
信頼されているのは素直に嬉しい。テンゾウは黙ってそのカカシの動作を受け止めると、テンゾウもまた、書き始め。
ふとカカシの方へ視線を向けた。
わざわざこんな所に来て、何を書いてるんだろうか。
よく見れば予想通り、任務報告書。記入されている名前を目で追っていると、
「なに」
カカシが視線を上げずにペンを走らせたまま口を開いた。
「いや...先輩やっぱ上忍師なんだな、と思いまして」
その台詞にカカシが顔を上げた。そこまで表情は変わっていないが、笑ってもいない。
「なにそれ」
そう言われた口調は少し不機嫌さを含み、テンゾウは誤魔化すように笑った。
「別に他意はないです。俺は今までの先輩しか見てきてなかったですから」
「珍しい?」
聞かれ、答えに困り口ごもると、青い目が再びテーブルに落とされる。それにホッとして、カカシの持つペンを見た。
カカシはいつも同じペンを持っていた。それは暗部時代何年も一緒で。しかしカカシはの持つそれは全く違う。
その違和感にテンゾウは口を開いていた。
「先輩、そのペンは、」
言われカカシはまたペンを止める。
「なに?」
「いつものペンじゃないですが、」
「うん。だから?」
「いや、だからとかじゃないですが...」
ヒヨコ柄の黄色いペン。
違和感ありまくりだろう。
よく見ればテープが張ってある。アカデミー所属、に続く名前、それは巻き込まれたカカシの手によって見えない。
なるほど。アカデミーで使っている文具か。
勝手に納得した。
アカデミーなら小さい子供相手の教員が使ったりもしているから、分からなくもない。
それでも。
何でカカシがそれを?
「返し忘れとかですか」
勝手に合点した答えを言えば、カカシのペンが止まった。テンゾウへ顔を向ける。
「まあ...ね」
「そうですか。納得です」
にしても、似合わないなあ。
容姿端麗で実力があり名声の高い男にそのペンはちょっと。と、思う。
どんな物を持っても自由だし気にもとめないが、やっぱりそのペンはカカシには似合わない。
カカシは再び報告書を書き始める。
「それ、俺が返してきましょうか?」
ちょうど火影に報告する事もある。ついでに、と言う軽い気持ちだった。
再びカカシのペンが止まる。
「いい」
低い声で短く、そう返された。
「この報告書出す時に返す予定だったし」
「でも俺もついでが」
「いいって言ってる」
はっきりと、そう言った。
(あれ、俺なにか悪い事言った...?)
やけに睨みのある視線に、思わず、はい、と答えていた。
まあ、いいならいいんだけど。
テンゾウも再びペンを動かす。
それでも、やっぱりカカシの持つペンは気になった。

翌朝、任務は遂行された。
カカシを筆頭に二つのグループに別れ他の里に渡った巻物を奪還する。
内容は簡潔だが、敵も相応の忍びと交戦。木の葉の立場や状況も加わり、緊張を高まらせないよう、最低限の動きしかとれない、難しい任務。
だが、自分が見直し編成し直したチームに作戦、カカシが加わった事により安定し、すぐに成果を上げる事が出来た。

「はい、これあと適当に書いて出しといて」
カカシに報告書を渡される。
まあ、リーダーとなった時点で自分が書くもんだとは思っていたが。
テンゾウはそれを素直に受け取る。
「了解です」
「じゃ」
短い挨拶に、
「あ、先輩」
思わず呼び止めていた。
すぐにカカシは振り返る。
日も落ち始めた空の色とほのかに薄暗い空気を背に、カカシは青い目をテンゾウに向けた。
「なに」
「これ、書いて報告したら、どうです?久しぶりに飲みにでも行きませんか?」
そうそう自分からカカシを誘う事はなかった。それは暗部時代でもそうで。それでも、こうして部隊は変わろうともカカシと任務を共にでき、無事遂行でき、夕飯の時間も近い。
たまにはカカシと酒を酌み交わしたいと、テンゾウはカカシを誘った。
カカシは。
しばらく黙ったまま。ポケットに入れていた手を出して銀色の草臥れた頭を掻いた。
昔から変わらない癖。
「...俺、今日用事あるのよね」
少しだけ、申し訳なさそうな口調で、そう言った。
「あ...ああ、そうですか。用事があるなら、仕方ないです」
テンゾウはすぐに割り切って、お疲れさまでした、と、頭を下げる。
カカシは、うん、と返事して、背を向けた。
その姿を何となく見送って。
カカシが今さっき自分に向けた台詞や表情を思い浮かべる。
いつもと変わらないカカシだが。何となく。
(何となく歯切れが悪い...?)
そう思うもやっぱりいつものカカシだと思い直し、テンゾウは報告書を書くべくカカシと反対方向へ背を向けた。

昔、カカシと一緒に酒を飲んだのはいつだったか。
暗部の待機所で報告書を書きながら、ふとテンゾウは頭を巡らせてみた。
あのころはこの待機所が主なコミュニケーションの場で、実際二人で飲んだのは両手で十分足りるくらいだ。
お互いそこまで酒を飲むのが好きじゃない、と言うのもあったし、それよりなにより任務に明け暮れていた。
そこから体力回復の為に解散がほとんどで。他の仲間に酒や飯に誘われて行くほうが多かった。
そこで、たまに。カカシが女と一緒に歩いているのは時々見かけた。
性欲処理も任務に支障をきたさない為の一つの方法で。特定の女を持っているように見えなかったから、実際そうなんだろうけど。
一緒にいても女の話しをする事だって一度もなかった。
でも、いつかは。
特定の女を持ち、彼の遺伝子を持つ子を作るのだろうな、とぼんやり考えた事はあった。
だれだってそうしているし、いつかは自分も。
それがいつなのかは全く分からないが。
でもきっとあのカカシが特定の女なんか作ったら違和感あるんだろうな、と思い、思わず笑いが小さく零れた。
ああ、でも違和感と言えば。
あのペン。
今思い出してもおかしい。あんなペンを持っているカカシ。
でも、結局そのペンと一緒だ。
ましてや結婚なんてしたら。違和感ありまくる。
思わずテンゾウは頭を振った。
くだらない事を考えている前にさっさと報告書を書き終えて自分もどこかの店に入ろう。
それか花街にでも行ってもいい。
そう思いながらペンを走らせた。
「お、お疲れ」
部屋に一人、今日一緒に任務を遂行した仲間が入ってきた。
面はつけたまま。自分の荷物を手に取る。
「そうだ、さっきカカシに会ったんだけどな」
「え?ああ、はい」
テンゾウは顔を上げずに答える。
「飯誘ったら断られてさ」
「ああ」
「なーんか、あいつ前よりつき合い悪くなったよな」
軽く笑った男に、テンゾウは顔を上げた。
「まあ、そうかもですね」
適当に相手に話を合わせる。
「正規に配属されると、また何か違うのかね」
ぼやいて、そこから男はテンゾウの返事を待つわけでもなく、お疲れ、と、荷物を持って部屋を出て行く。
正規に移動。それで何か変わるのかなんて、俺だって知らない。
ずっと裏にいるのだから。
ただ、分かるのはつき合い悪いうんぬんの前に、カカシは元からそうだ。部下や仲間の事は結構しっかり見てるが、仕事以外になるとそうでもない。ぼんやりしてものぐさだったりする事も多い。
「...分かってないね」
テンゾウはふっと小さく笑った。

数日後、別の任務で執務室に報告をしていた。
そのまま建物を出て、さっさと午後の任務に向かうため、面を着けたまま廊下の窓から飛躍しようとして、人とぶつかりそうになった。
足の力を抜き、すみません、と言おうとした相手は当たり前のように身体を避けていたから、ぶつかることはなかったが。相手の持つ書類の上から何かが落ちた。
「あ、俺が拾います」
書類を抱えたままの相手に、テンゾウは咄嗟に廊下に落ちた物を拾おうとして、直前で手が止まる。
床に落ちていたのは、見覚えのある黄色いヒヨコ柄のペン。
アカデミー所属 うみのイルカ
目で張られたペンを確認しながらテンゾウはゆっくり手にとって、顔を上げる。
「ありがとうございます」
黒い目が自分を映していた。獣の面の自分。そして自分と同じ黒い髪に、額当てをまるで見本のようにきっちり付けた男は、少しはにかむように、その黒い目を緩めた。
「...あの?」

手を差し出した相手の顔を一瞬だが、見つめていた。相手が暗部なだからか、少し神妙な表情を含んでいる事に気が付き、テンゾウはすぐに相手に拾ったペンを渡す。
「助かりました」
書類を抱えていると言うのに、丁寧に頭を下げ、笑顔を見せられる。
「あのそれ」
背中を見せられ、その男に声をかけていた。
尻尾のように一つに括られた頭をくるりと自分に向け振り返る。
「はい、何か..?」
不思議そうに言われた。
「それ、...はアカデミーのペンですよね...?」
思わず出た問いに自分でも驚いた。でもそれは既に自分の口から出てしまっていた。
イルカは、一瞬きょとんとした後、ああ、と、自分のペンを見て、また面を着けたままのテンゾウへ視線を向ける。顔を綻ばせた。
「アカデミーの支給品ではなく、自分が買ったものです」
恥ずかしそうに、そう言った。
「.........」
「あ...えっと...たまたま文具店で見つけて、可愛いなあ、って」
無言のままのテンゾウにそうイルカが続け、テンゾウははっとして頭を軽く下げた。
「すみません、変な事を。では」
「あ、はい」
イルカもまた丁寧にぺこりとお辞儀を返す。
テンゾウはそのまま窓から姿を消した。
逃げるように。
混乱していた。
カカシが持っていたあのペン。間違いなくあの男が持っていたペンと同じで。
あんな強烈な柄、見間違うはずがない。しかもご丁寧に所属と名前まで貼ってあったのだ。
さっきの男のペンと、カカシが持っていたペンにも。
いや、だからなんだと言う訳じゃない。
そう、ただカカシがあの男のペンを持っていただけで。
ただ、それだけで。
テンゾウは飛躍を繰り返し、暗部の待機所で降り立つ。
扉の前で、ざわざわしている気持ちを落ち着かせるように一呼吸する。
(気にしたって仕方ない。忘れよう)
気持ちを切り替え、扉を開いた時、目の前にいたカカシとぶつかりそうになった。
人とぶつかることなんて皆無なはずなのに、相当自分が動揺しているんだと思いつつ、カカシに頭を下げる。
カカシはそんなテンゾウに気にする事なく、ああ、と返事をした。
手には報告書を持っている。
またここで報告書を書いていたのだろうか。
人のいない時間を見計らっているのもカカシらしいと、無人の待機所から出てきたカカシに目を向けた。
そこで、目が止まる。
報告書と共に持っているそのペン。
さっき、あの執務室の前で、あの男が持っていた。見たばかりのあのペンと同じ物。
(なんでまだ)
そう思わざるを得なかった。
「先輩」
出て行くカカシに、声をかけていた。
振り返るカカシを、面越しにじっと見つめる。
「それ、まだ持ってるんですね」
カカシは首を傾げるが、すぐにペンの事だと気が付く。
「まあね」
「返しそびれているんだったら、俺今からでも行ってきますよ」
少しだけ、カカシは眉を寄せた。
そんな事でテンゾウが何度も腰が軽くなることなんてほとんどなかったからだ。どちらかと言えば、厳しく、興味さえ持たない。
でも今回は別だ。違うと思いたい。あの男のペンをカカシが執拗に持つはずがないと。
だが、カカシは首を振った。
「いいよ、別に」
そう言われても直ぐに食い下がれない。
「しかし、アカデミーの物をずっと持ってるのは良くないですよ。ラベルだって貼ってあるじゃないですか。その所有者の名前も」
語尾にアクセントを置いていた。
それが、目の前の後輩がどんな意味で言っているのか、カカシは察したのだろう。手を差し出すテンゾウに一瞬探るような眼差しを見せる。
こくりと、唾を飲んだ。
そこから。カカシは感情が読めない表情のままじっとテンゾウを見つめる。
「しつこいね、お前」
むっとしている。そんな口調だった。
それでも諦められない。あの男のペンをカカシが持つ意味なんて何もないはずだ。テンゾウは口を開く。
「返すのは簡単でしょう?俺が返します」
「恋しいの」
言葉を被せられ、テンゾウは口を止めた。
はあ、とカカシは息を吐き出し。不機嫌な眼差しをこっちに向ける。
「恋しいから返したくないの。分かった?」
そう言うカカシの表情は見たことがなくて。たぶん、自分は目が点になっていた。
当たり前のように、それ以上何も言い返せないし、頭が真っ白になっていた。
カカシは顔を背けると。そのまま姿を消す。
テンゾウはただ一人、扉の前で消えたカカシがいた場所を見つめていた。

待機所に入り、ドアを閉める。
一人部屋でテンゾウは面を外した。
顔が熱い。
顔が赤くなっている。たぶん、耳まで。
カカシの言った台詞が頭から離れない。
あのカカシが。
本当にあのカカシが。
恋しい、と。
そう言った。
そう思っただけで、再び顔に熱を持ち、テンゾウは唇を噛んだ。
少し前に自分の誘いを断った時のあの顔も、またさっきのカカシと重なる。
 俺、今日用事があるのよね

 恋しいから返したくないの。分かった?

よろけるように椅子に腰を下ろし、テーブルに両肘をつき顔を覆う。

何も分かってないのは、俺だったのか。

あの男の笑顔がふわと頭に蘇る。暖かい眼差しに純粋そうな表情。
自分で買ったと言っていたあのペンを、大事そうに握りしめた。
カカシも同じように。また。

何も、分かっていなかった。

カカシの見たことがない言動に目眩が起こりそうになるをの耐えるように、テンゾウはぐっと目を閉じた。



<終>