②完

あれってどんな意味だろう。
あれから数日。考えてみても、答えは出てこない。
要は、自分が口外しないからって事だけなんだろう。
そう判断する。
まあ実際ヒヨコのペン然り、カカシに言われた事を誰かに話す気にもなれなかった。
言ったところで何の意味もない。
まだ雛鳥の部下の名前の呼び方や、長期間相手を思っている事も。
(先輩が先輩らしくないって思ったところで...それは僕の憶測に間違いが生じていたって事だけで)
でも。
てっきり、自分はあの男と恋仲なのかとばかり。
黒い目のあの男の顔が頭に浮かんだ。
ため息が口から漏れる。
(...こう言ってはなんだが、はっきり言って忍びらしくない人だ)
もしかしてあっちの人間はあんな風なのばかりなんだろうか。
正規になって周りがあんな風だったから、先輩の中で変わる所が出てきたのか。
いや、しかし。
表と言えど同じ里の忍びなのだ。
そんなんじゃ困る。
「あー、テンゾウ」
暗部控え室で着替えを終えた所に、仲間が帰還したのか。部屋に戻ってきた一人が声をかけてきた。
「俺らいまから飯に行くけど、お前も一緒に行くか?」
一瞬考えて首を振る。
「すみません。今日はちょっと」
「そうか。じゃあお疲れなー」
「はい、お疲れ様です」
頭を下げて部屋を出る。
いつも暗部御用達の店でご飯を済ませるが。今日は繁華街に出たかった。
裏ではなく表の人間の中で食べるのもたまにはいいだろう。
数日あんな事を考えていたからか、珍しくそう思っていた。
日が落ち店の明かりが彩る繁華街を一人歩く。時間が時間だからだろうか。もう酔った人間が楽しそうに話ながら歩いている姿もちらほら見かける。
その人混みの中歩きながら居酒屋を横目で見る。
どこにしようか。
一人じゃ入りにくいって事は全くない。
そう言う神経は伸びている方だと思う。
店構えが古いが、ひときわ賑やかな居酒屋の前で足を止めた。焼き鳥の良い匂いもする。
テンゾウはその暖簾をくぐった。
いつも通ってる店とは違い明るい。それに、やはり賑やかだ。
近寄ってきた店員に人数を聞かれ一人と答える。一人だからか、すぐに空いていた小さいテーブルに通された。たぶん二人掛け。
「何にします?」
「あ、...ビールください」
もらった熱いおしぼりで手を振きながら店内を見渡して、聞かれ、ビールを注文する。
「お通しは本日冷や奴ですが、他にご注文はどうします?」
「ああ、じゃあ...焼き鳥を一人前。塩で」
頼むとすぐに店員は頭を下げ背を向ける。
すぐにビールとお通しが運ばれ、ビールを飲む。
一口飲んで、そこで改めて店内を見渡した。
同じ畑の人間もいるが、予想以上に忍び以外の人間も多い。
朗らかに楽しそうに飲んでいるのを眺めて。
酒場の雰囲気がその町の雰囲気を表してると聞いた事もあるが。
(...だとしたら悪くない…って事か…)
冷たいビールを喉に流し込む。
少し先の仕切っていた襖が開いたのが見えた。
(あ)
グラスを傾けながら見えたのは、正規の服を来た人間。それも大人数。
どうやらそこで宴会をしているらしい。
「ちょっと暑くなっちゃったんで、ここの襖開けておいていいですか?」
店員に一人の男が聞いている。
(...黄色のペンの男。...アカデミー...うみのイルカ)
忘れるはずがない男の顔を見て、その男の名前も瞬時に思い出す。
あの日見たままの、きっちりと額当てを巻いたイルカは襖を何枚か開けた。
予想通り、そこで宴会をしていた。
中忍に、見たことのある上忍もちらほらと確認出来た。
目を留めたのは、その中にカカシがいたからだ。
髭の生やした上忍、猿飛アスマの横に猫背で酒を飲んでいる。
何となく飲みに来ただけなのに。
(変な時にぶつかったな...)
失敗とまでは思わないが、一人で良かったとは思う。
そこに、注文した焼き鳥が運ばれてくる。静かにその焼き鳥を一本口に入れた。
あれ以来目にしなかったうみのイルカの姿をじっと見つめる。
記憶通り。黒い目は変わらない。その目が暖かく感じるのは相手が教師だからだろうか。
その目も、表情も酒が入っているのか、少し緩み頬は赤く染まっている。
勝手に情報を色々持ってしまっているから。テンゾウはイルカとカカシを交互に眺めてしまう。
先輩の片思いの相手。その気持ちは、イルカはきっと知らないのだろう。諦めない理由が未だによく分からない。
焼き鳥をビールで流し込んだ。
(もしかして。先輩墓まで持ってくつもりなのかな)
正直そうとしか思えない。
同性の、しかも相手は、カカシには申し訳ないが、その気は全くなさそうな。
もっと言えば異性の経験さえそこまでないようにも見える。
そんな相手が、あの写輪眼のカカシが自分を想っていると気が付くだろうか。
自分さておき、そんな事を思いながら、テンゾウはビールをテーブルに置き、口に付いた泡を手の甲で拭った。
無駄だな。
それが自分の結論のようなものだった。
やはりカカシのしている事に疑問しか感じない。
戦忍に必要なのは、高ぶった身体を素直に受け入れてくれる女で十分だ。煩わしいものなんて、いらないはずなのに。
イルカが微笑みながら他の上忍に酒を注いでまわっている。人受けがいいのか、皆嬉しそうにイルカと会話をしている。
カカシは。
視線をずらすと、カカシは杯を傾けながらあの髭の上忍と話をしている。確か、カカシと同じくアカデミーを卒業した生徒を受け持っていたはずだ。
同じ里でも違う世界にいる。そんなカカシを眺めるのは変な気分になる。
テンゾウはビールを飲んだ。
 何でお前酒飲まないの
二十歳過ぎても輪に入ろうとしない自分にそう言ったカカシを思い出した。
酒の席にはやたら脂っこいものが多いから、何て言った自分にカカシは困ったように眉を寄せた。
 何言ってんの。お前も参加しなさいよ。親睦深めるいい機会でしょーが。
結構です、と言う自分の肩にカカシの手がまわり、無理矢理連れて行かれて。
あれから周りと話すようになったのは、確かに違いないが。
脂っこいものとかはただの言い訳で、尊敬するカカシと一緒に酒を飲むのはどうしても気が引けただけだった。
自分の中ではそれだけあの人の存在が大きかったって事で。
カカシのようになれたら。
それだけだった。
そんなカカシが正規に配属されて新しく部下を持ち。
男に恋をした。
口布を下げたカカシは表情がよく分かる。
酒を飲みながら、その顔は薄っすら微笑んでいる。その端正な素顔を普通に晒しているのにも違和感を覚える。
隣のアスマが顔を上げ、手を挙げた。手招きする。
その相手はイルカだった。イルカはここからでも分かる位に、明るくアスマに返事をして。また人好きしそうな笑顔を見せた。
一瞬、瞳が揺らいだ気がしたけど、気のせいか。
あの黒い目が少し揺らいだのは間違いない。そこまで自分は酔ってない。
テンゾウは飲むのをやめて、イルカを探るように見つめた。強い視線は、酔っぱらいと言えど相手は忍びだ。イルカ以外の他の人間にも気が付かれるのだけは避けたい。
テンゾウは気配を消すようにして視線を一点に集中させる。
イルカは呼ばれたまま、素直にアスマとカカシの前に座る。
そのイルカもアスマも、目の前のカカシも。会話を始める。アスマの酌でイルカがビールを飲んだ。
三人を見つめる中。
「イルカ先生」
カカシがそう呼んだ事に内心驚いた。
敬称をつけて呼ぶ相手だと思っていなかった。あの三人の部下とは違う。優しい呼び方。
カカシが。あの男を想っていると分かっているからなんだろうか。
イルカは。同じようにカカシ先生と、カカシに敬称を付けて名前を呼んだ。
言いようのない気持ちがテンゾウを包んだ。その状況が事実なのに。どうしても受け入れられないような感覚が襲う。
店員が立っている事に直ぐに気がつけなかった。
顔を上げる。
「ビール、お代わりしますか?」
「あ、はい。じゃあお願いします」
気が付けば空になっていた。注文をして店員が去った後、また視線を向ける。
あの男はどんな男なのだろうか。
今まで、カカシの気持ちを知って、それでもそこまで考える気持ちになれなかった。
でも、カカシがイルカ先生と呼ぶのを聞いてから。無駄だと思っていたはずなのに。今時点で目が離せない。
あの男が。カカシを選ぶ事が。もしかして、あるのだろうか。
注文したビールが置かれる。テンゾウは手を付けずに観察するように二人を見つめた。
イルカは、色々勧められるままに酒を飲み、食べ物を食べる。一瞬気になった揺らぎはもう見えない。相手が上忍だからだったからだろう。
でもそこまで恐縮すわけでもなく、会話を弾んでいるように見えるし、実際楽しそうだ。
分かりやすい人間だろうイルカは、特にカカシに特別な感情を持っているようには見えない。
アスマと同じように、カカシにも接している。そのアスマが席を立った。アスマは奥の襖を開けいなくなり。カカシとイルカ二人になった。
更にテンゾウは注視する。
だが。二人は、お互い敬語で他愛のない会話をしている。別にカカシがあの男を口説く所なんて見たかったわかでもないが。
余りにも差しさわりのない会話にテンゾウはため気を漏らした。
と同時にイルカがまた別の場所から呼ばれたのが聞こえた。
見た目普通の男は、意外に周りから好かれているのだろう。
イルカは元気よく返事をする。
目の前にあるたこ焼きをイルカが頬張った。口元にソースとマヨネーズが付く。子供のような食べ方にテンゾウは小さな笑いを零した。
良く言えば微笑ましい姿だが、相手は大の大人で男。
(先輩はあの男のどこがいいんだ)
テンゾウはジョッキを持ち口元に持っていき、その時、慌てて立ち上がろうとするイルカが見えた。
が、カカシの腕が伸び、イルカの手を掴んだ。
素直に不思議そうな顔をするイルカに、カカシが自分のおしぼりを持ち、イルカの口元に付いていたソースを拭う。
「いってらっしゃい、イルカ先生」
優しそうに微笑んで、カカシがそう言った。

そこで初めてイルカの目が、表情が、変わる。
目が釘付けになる。
固まったまま、動けなかった。ジョッキを持ったまま、その二人の様をただ、呆然と見つめる事しか出来ない。

そう。だって、それは。
初めて見た、人が恋に落ちる瞬間だったからだ。



<終>

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