先生のお願い

隣町の祭りに行きませんか?
そうイルカから誘われたのは昨日。
せっかく二人揃って休みなんだからどこか行きます?と、聞いたらそうイルカから返ってきた。
教員になったばかりの頃。研修もかねて一時期隣町の学校に行っていたのだと言う。
小さな町の収穫祭。田舎町だがそれなりに人は集まり催しも賑わっている。
イルカから誘った。そう。そのはずなのに。
カカシは横目で隣を歩くイルカの顔を伺った。
少し気むずかしそうな顔をしているのは間違いない。それを確認して内心困惑した。
だって、木の葉からここに来るまでの道のりと、この町に着いてしばらくは良かったのだ。イルカはニコニコと嬉しそうにして、どんな露店が並んでるのか、とか、何を食べようか、とか。期待に胸膨らませてうきうきと二人で話していたのだ。
それを証拠に、イルカの片手には大きなリンゴ飴が握られている。小さい頃から好きだったんです、と、一番にその露店にイルカは向かった。
町の名物でもある林檎は、木の葉の店で見かける林檎よりも確かに美味しそうで、林檎の良い匂いもした。
その食べかけのリンゴ飴を持ちながら。イルカは歩いている。時間帯も昼が近いからか、さらに人が増え、それは老人から子供まで。この町の人口が密集しているかのようだ。
気をつけていないと身体が当たってしまうくらいに。
「ねえ、先生」
カカシが話しかけると、イルカは視線を向けた。
「俺お腹空いちゃったな」
そう言ってお腹をさすりながら言うも、イルカからの返事はない。仕方がないと、カカシは軽くため息を吐き出した。取りあえずお腹空いているのは事実だし、イルカもリンゴ飴以外は口にしていないのだから、きっと空腹だろう。
「ね、ここで待ってて。俺焼きそば買ってきますから」
「あっ、」
その場から離れようとしたカカシに、何かイルカが言い掛けた。カカシは足を止めでイルカに振り返る。
「なに?どうしたの?」
聞けば、イルカはふるふると頭を振った。
それにもまたカカシは首を傾げた。
何か別のものが食べたかったのだろうか。
「...焼きそば以外のものが良かった?」
イルカは頭を横に振る。
「...じゃあ、焼きそば2つでいい?」
今度は縦に首を振る。
焼きそばの列に並びながらカカシは首をひねった。一体どうしたと言うのだろうか。何か気に障る事でも俺が言ってしまったのだろうか。
それでもイルカの性格上、きちんと口にしてくるはずで。こんなに不機嫌になる原因が、今のところ自分にあるとも思えない。
列に並びながらちらとイルカのいる方へ視線を向ける。
イルカは。言われた通りに通りの端で、じっと大人しく立っていた。手にはリンゴ飴。そして表情はーー暗い。
カカシはその顔を見て気分が重くなった。今日はもっと楽しくなるはずだったのに。そう、せっかく2人同じ日に休みがもらえたのだ。もっと一緒に居いる時間を楽しんでくれるかと思っていたのに。
イルカの嬉しそうな顔をもっと見たかった。
それが残念でならない。
カカシは心配そうにイルカを見つめる。
その先で、怒っているのか、落ち込んでいるのか。分からない顔で、イルカがリンゴ飴を力なく一口食べたのが見えた。
焼きそばを食べ、リンゴ飴も食べ終え。またぶらぶら歩きましょうか?そう言ってイルカを促しまた二人で露店を歩く。
子供たちも嬉しそうに綿菓子や大きな風船を手に持ち嬉しそうに歩いている。きっと年に一度のこの祭りが楽しみなのだろう。
「ホント、人が多いねえ」
カカシが言うと、イルカもそうですね、と返してくれた。
機嫌が直ってきたのかと、思い顔を向ければ。
「でも、ちょっと。人が多いですよね」
不満そうにそんな事を言われて目を丸くした。
「だって、ほら。歩くの大変だし」
そう言われても、それは祭りだからこんなものだとイルカは分かっていたはずだ。
人混みが嫌いとか、そんな事はないはずなのに。突然何を言い出したのか。
カカシが驚いているのも知らずに、イルカは続ける。
「小さい子もいて迷子になったら大変ですよ。大人だって迷子になるかもしれないし」
カカシは眉根を寄せていた。
イルカらしくない。らしくなさ過ぎて、困惑するし、初めてイルカに微かだが苛立った。
正直そんな言葉、イルカから聞きたくなかった。
今日一日、楽しく過ごしたかった。だから、自分なりに努力もしてきたと言うのに。
「それに、」
「イルカ先生」
イルカの台詞を塞ぐようにカカシは名前を呼ぶ。人混みの中、カカシは立ち止まった。
同じように立ち止まったイルカに、不機嫌さを含む眼差しを向けた。
「ねえ、どうしちゃったの?今日は」
さっきから。ずっとそんな調子じゃない。
問いただすようなカカシの口調に、イルカはぐっと言い掛けた言葉を飲むように唇を閉じた。
少し言い方がきつかったかとは思ったが。しばらくこっちも我慢していたのだ。時間が経てばよくなると思ったし、何か言ってくれるのかとも思った。
それでも一向に変わらないイルカ先生にも非があるのだ。
「言いたいことあるならちゃんと言ってよ」
そう続ければ、イルカは眉を寄せ、唇を噛んで俯いてしまった。
楽しそうに歩く人混みの中で。二人だけ。ここの小さな空間だけ冷めてしまった空気が漂う。
カカシは堪らず頭をがしがし掻いた。イルカをじっと見つめるも、まだ俯いたまま。
参ったな。
内心嘆息して見つめ、取りあえず言い過ぎたと謝ろうと一歩イルカに近づいて。
ばっと勢いよく顔を上げたイルカに驚いた。
眉は寄せたままで。少し泣きそうな顔になっていたのだ。
「手を...手を、繋いで欲しいんですっ」
そう発せられ、カカシは何を言われたかときょとんとする。
その前でイルカの顔は徐々に赤みを帯びてきている。泣きそうな顔は変わらない。
「手って...手?」
「そうですっ。俺はっ...カカシさんと手を、繋ぎたいのに、...なのに...さっきもそう言ったのに、カカシさん無視して」
イルカは泣きそうな顔でカカシから目をそらした。
無視なんかするはずがない。
たぶん小声で言っただろうイルカの声が、この人混みの雑踏の中で聞こえなかっただけなのに。
さっきまでのイルカの言動が、これで一気に合致する。
いつもだったら、人目を気にして手を繋ぐなんて自分から言わないのに。きっとここは隣の町だから、とイルカはイルカなりに勇気を出して言っていたのか。
そう考えただけで、胸がきゅう、と苦しくなる。自分の耳が熱くなるのが分かった。
「だから、手。繋いでください」
恥ずかしそうな表情でおずおずと差し出された手を、掴まない人なんかいたらお目にかかりたい。
「はい」
カカシは素直に答えると、イルカの手を掴む。ぎゅっと、力を込めた。
そこから手を繋いで歩き出す。
こんなに手を繋ぐだけで緊張するものだったろうか。我ながらぎこちないと思いながらも、隣にいるイルカをチラと窺えば、同じように恥ずかしそうに歩いているイルカ。ふとこっちを見て、目が合う。
にへらと頬を緩ませ微笑むイルカは、本当に幸せそうで。うっかり自分の頬も赤くなった。
(...俺の恋人ぐうかわ...)
すぐ隣にイルカの存在を感じながら、こっそり幸せな気分を噛みしめた。






<終>