シャボン玉②

不思議な事が起こっている。
もんもんとしたままイルカは受付で仕事をしていた。
結局、カカシは次のセックスで射精した。
良かったですね、と伝えたら、カカシも満足そうに頷いた。
それなのに、カカシとの関係が未だ続いているという事。
いいんですか?と聞いてもカカシはにっこり微笑んで、うんいいの、とそれだけ。深く答えようともしない。自分としては、その目的が達成されたのだから、それでもう関係は終わってもいいんじゃないのか、と思うのだが。
それに、最近外でカカシと会う回数も増えてきていた。外食もラーメンばかりじゃ身体に悪いから、と安くて旨い定食屋に連れて行ってくれたり。夜は夜で飲みに誘ってもくれる。
奢ってくれるのは嬉しいが、自分も男でそうはいかない。この前もまた当たり前のように一人で支払いを済ませようとしたカカシに、自分の酒代くらい自分で払います、と言ったら、少し目を大きくさせた後、カカシは笑った。じゃあ割り勘にようね、って頭を撫でられる。あまりに可笑しそうに笑うので恥ずかしくなった。でも、その笑った顔になぜだか怒れない。いや、上官に怒るって、それはそれであり得ない事だが。
だから、何かお礼を、と言ったら弁当を催促された。
時々家で夕飯や、泊まったときに朝食をカカシに作るのだが、その味が好きらしい。至って普通の簡素なメニューに、豪華でもない料理ばかりなのに。でも作って渡したら、ありがとう、と言ってカカシは嬉しそうに目を細めた。
少し量が多いかな、と思ったりもしたのだが、ご飯粒一つも残ってない綺麗な弁当箱をカカシから返された時は、素直に嬉しくなった。
いやいや、そうじゃなくって。
イルカは首を横に振る。
中忍選抜試験であんな言い争いをして、気まずくなって、てっきり自分は嫌われているのかとばかり思っていたから、その壁がなくなった事にはほっとする。
仲良くなった、と言えばいいのだけど。
これってちょっと仲良くなりすぎとか、そんな事はないだろうか。
冗談を言い合ったり、寝食を共にしたり。一緒にいても苦にならない。
これは、カカシが上官である事には代わりはないが、その垣根を越えたちょっと、たまたま。うっかり身体の関係だけを持っちゃった、と言う事なのか。

「おー、イルカ」
書類を持って廊下に出たら、誰かが名前を呼んだ。顔を上げ、この前飲みに行った以来だった同僚の顔に、イルカも手を上げる。
「しばらく見なかったな」
「ああ、任務。やっと昨日終わった、・・・・・・お、」
二人の横を通り過ぎたくノ一に、同僚が反応する。上忍の中でも人気が高いくノ一。胸も大きくその胸を強調するような服を身に纏っている。
思わず目で追うその先に銀色の髪を見つけ、イルカは思わず、あ、と声を出しそうになった。くノ一は長い髪をなびかせながら真っ直ぐにカカシの元へ歩み寄る。ポケットに手を入れているカカシの腕に、白くて細い自分の腕を絡まる。
見てはいけない気がして、思わず視線をずらしていた。
ああ、やっぱりカカシさんはモテる。誰もが振り返るような女性でさえ、自らカカシに歩み寄って行くのだから。
なのに、くノ一のラインが綺麗な身体や、色っぽい表情より。絡ませているその腕が気になって仕方がない。
「ねえカカシ、今日暇?」
可愛らしくも、甘い声が、そこまで遠くない距離にいる自分の耳に入る。
もしかして、この前カカシが呆れられたと言っていた女性なのだろうか。そう思ったら、胸がチクリとした。
カカシは、少しの間の後、うーん、と間延びした声を出す。
「今日はちょっと」
断るカカシの声は、感情のこもっていないような平坦な声だった。
「えー、いいじゃない」
猫なで声はきっとわざとだ。ひどく厭らしくイルカの耳に聞こえた。周りの男性はそれを好むからだろう。
「駄目なもんは駄目なの。また今度ね」
カカシが同じ調子であっさりと断ると、同僚がため息を吐き出した。
「信じらんねえ。俺なんか必死で任務して帰ってきても、誰かが待っててくれるわけじゃないし」
イルカは頭を縦に振った。
「ましてやあんな綺麗な女性からお誘いなんて、夢のまた夢だってのに」
イルカは同調するように小さく笑う。
「だな」
「あー、こればっかりはしょうがねえ。なあイルカ。今夜暇か?すっげえいいやつ、任務先で立ち寄った街で仕入れて来たんだよ」
「え、お前任務中になにやってんだよ」
「休憩中だからいいだろう」
小さな事は気にしない、と同僚は笑ってイルカの肩に腕を回す。顔をのぞき込まれた。
「どうする?」
聞かれて、確かに悪い話じゃないが乗り気はしない。どうしようか、とイルカは口に手を当てどうしようかと考えながら、ふと視線を上げ。
こっちに気が付いてさえないと思っていたカカシの視線と交わり、驚き息を思わず呑んだ。
脇にはまだ木の葉のマドンナとも呼ばれるくノ一が脇にいると言うのに、カカシはイルカの目をじっと見つめている。
今までカカシと一緒にいる時間が増えたが、そんな目をされたのは初めてだった。
凄みのある目。
混乱する自分がいた。
反応した心臓が、どくどくどく、と大きく鳴り始める。
カカシの自分を見つめる目が、その意図が。何故か分かって。
動揺が顔に出そうになって。
思わずカカシから目をそらした。それでも、まだカカシの視線を痛いくらいに感じる。眉を僅かに寄せた。
イルカは乾いた唇を舐めると、口を開く。
「・・・・・・や、今日は遠慮しとく」
「えーなんでだよ」
「だって、ほらもうすぐテスト期間に入るし・・・・・・」
「ふーん、そっか。残念」
イルカの断りに残念そうにしながらも、同僚は、あ、そうだこの前さ、と別の話をし始める。
その話が頭に入ってこなかった。
なんでだ。
なんであんな目で俺を見るんだ。
俺だってAVくらい見るって、いや、持ってるの見せたし。それぐらいいいだろう。
いや、分かっている。それを蔑むような意味じゃなかって事を。
思わずイルカは唇を噛んだ。
でも。
だからって。
そんな責めるような目で見なくてもいいじゃないか。
何なんだ。



くノ一の甘い誘いを断ったカカシは、いつもの様にイルカの家に来た。
いつもの様に、イルカが作った夕飯を食べ、美味しいと言って微笑み、片づけを手伝う。
両腕を撒くって捲ってじゃぶじゃぶと食器を洗っていたら、突然後ろからカカシに抱き締められた。
実は、これも初めてじゃない。
この部屋にいる時限定だが、不意に抱き締めてくる事がある。
怖い夢見たから、とか眠くなったから、とか。色んな理由をつけてくるが、今日は何も言わなかった。
何も言わずぎゅう、とカカシの抱き締める腕に力が入り、イルカは洗う手を止めた。蛇口を閉める。
「また眠くなったんですか?」
聞くと、カカシは首を横に振る。動いた銀色の髪がイルカの首筋にあたりに触れ、くすぐったくて、イルカは少し身を捩った。
「先生、しようよ」
「・・・・・・え」
イルカは目を丸くした。
「いいじゃない。俺はしたい」
もう何度もカカシと身体を繋げているのに。
カカシに誘われる。それだけで胸がばくばくと鼓動を刻み、カカシに聞こえてしまっているのかと思うと恥ずかしくなる。
返事を待たずして舌がねろりとイルカの項を舐めた。そのままちゅう、と強く吸われ、カカシはそれを何度も繰り返す。
その強さに、跡になるな、と思ったがイルカは止めなかった。その甘えるような仕草に、この人は寂しがり屋なのかもしれない、と思う。
再び吸われる刺激に腰がぶるりと震える。布越しに胸の突起を指で摘まれ、イルカから甘い声が漏れる。カカシがこんなに性急なのも初めてだった。いつもは、夕飯の後風呂に入ってから、の順序を必ず踏んでいたのに。
それに、今日あのくノ一に誘われたくせに。
ーーああ。えっと、それは、いい。今考えないようにしよう。
浮かぶ赤い口紅を塗ったくノ一の顔に、反射的に目を瞑る。イルカはその思考を無理矢理頭の隅に押しやった。
細くはないそのイルカの腰にカカシの手がかかり、下履きの中にカカシの手が入って来た。薄い膜を指の腹で押され、もどかしげにイルカは喘いだ。ゆっくりとカカシの指がイルカの中に差し入れられる。
根本まで指を入れられ、増やされると身体が熱くなりどうしようもなく下半身が疼いた。
俺、大丈夫なのか?
最近、前を触られてもいないのに、中に指を入れられるだけで感じてしまっている。自分に疑問を投げつけてみるが、当たり前だが答えはない。分からない。
早くその気にさせようとしているのか、カカシの指の動きが早くなりイルカのいいところを擦る。
「あ・・・・・・ぁ・・・・・・っ、あ、」
浅ましくカカシの指を締め付けているのが分かり、羞恥に顔が熱くなった。
指が引き抜かれる。
「ベットに行こ」
もどかしくカカシは言うと、そのままベットにイルカを連れて行く。
服を脱がされ、カカシも上着を脱ぎ捨てる。
布団の上で前を向かされイルカは慌てた。
「え、ちょっと、カカシさん」
顔を合わせる体位を今までカカシは求めてこなかったし、俺もそれはさすがに、と思っていたのに。
「いいでしょ、こっちでも」
床に押し倒されそのまま足を広げられる。
指とは比べものにならないくらいの熱い塊が当てられ、ゆっくりと肉をの壁を押し分け入ってきた。
「カカシさ、あ、ぁあ・・・・・・っ」
声を堪えようとしても勝手に口から漏れる。
今、自分はどんな顔をしているのだろうか。それに、カカシの目が。
イルカを揺すり上げながらこっちを見ている。
カカシから与えられる刺激だけじゃない。カカシに見られていると言う羞恥心が、頬を赤く火照らせている。
いつもと違う角度から突き入れられる。ギシ、ギシ、とベットの軋む音がせわしなく響く。それに合わせて声が漏れた。
そこから激しく揺さぶられ、思わずその長い腕に、汗ばんだ背中に腕をまわしてしがみついていた。
カカシと自分の腹の間で陰茎が擦られ、頭が真っ白になる。
自分で自分の腹を汚した時、カカシも腰を震わせイルカの再奥に熱いもの断続的に吐き出す。眉を寄せイルカはぶるりと背中を震わせた。
お互いに息を乱しながら脱力する。イルカの隣に身体を横にしたカカシが、イルカに腕を伸ばした。頬に張り付いた髪を優しく指で払う。
長い指に唇をなぞられ、ぼーっとしていたイルカは何だろうとカカシに目を向けた。すぐにカカシの指は離れる。
「風呂、沸かしてくるね」
先生は待ってて。
イルカに優しく告げると、カカシはのそりと起きあがり脱衣所に向かって歩き出す。イルカはその後ろ姿を目で追っていた。
カカシの広い背中を見つめただけなのに、胸が締め付けられる感覚に、イルカは思わず視線をカカシから外した。
身体をごろりと横に向け、ため息を吐き出す。
(・・・・・・すごく、気持ちよかった)
満たされた気持ちにイルカは布団の中で目を伏せた。
今回もまた流されるようにセックスをしている事実。でも、だからってこれが何なのかと聞かれたらーー。
イルカはわずかに眉を寄せた。
こんな関係なのは、悩みを打ち明けてくれてからの流れで。
上忍と中忍の関係であって、男と男だし。その関係性は前と何ら変わらない。
(そうそう、身体を繋げてるだけでキスした事もないし)
だから、別に何も変なところはない。
風呂に湯を張る音を聞きながら。イルカは浮上してくる有耶無耶な気持ちに気が付かないフリをして、目を瞑った。



雨が降っている。草木の濡れた特有の匂いが、人が頻繁に出入りしている受付にも漂っていた。
雨が降る中、任務報告にくる相手にねぎらいの言葉をかけ、報告書を受理して頭を下げる。ようやく列が途切れた。
そこで溜まっている書類を整理する為に机の上に置くとすぐ、受付の扉が開いた。
この前の同僚だった。戦忍として能力が買われているのか、任務で里にいない事がほとんどだった。
「お疲れ」
「ああ、これ頼む」
報告書を受け取とろうとして、同僚の怪我に気が付く。右手首に包帯が巻かれていた。包帯に少しだけ血が滲んでいる。
「怪我、大丈夫か」
「こんなん怪我のうちに入らないって」
心配そうに聞くイルカに同僚はあっけらかんと笑った。
「ま、利き手だから自分でするのに苦労しそうだけどな」
日頃から下ネタを口にするようなヤツだ。周りに事務員の女性がいなくてほっとする。だが、苦笑いするイルカに気にする様子もない。
「なあ、今日辺りどうよ」
少し腰を屈め、イルカに話しかける。
この前の話の続きだとは、すぐに分かった。またイルカは苦笑いを浮かべた。
「お前、本当に好きだな」
「うわ、寂しい事言うなって。仕方ねーだろ。イルカだってそうじゃねーの?」
そうだよ。AVを嫌いなはずがない。むしろ好きだ。やっぱり新作シールが貼られていると心が躍るし、自分のタイプである可愛らしい女優さんが誘うような眼差しを見せている表情の表紙は、思わず目を留める。タイトルも然り。
躊躇う理由も断る理由もない。
ない、ーーはずなのに。
銀色の髪の上忍がイルカの脳裏に浮かびそうになる。
「な、いいだろ?」
それを遮るように同僚が顔を近づけイルカを窺い見た。
「怪我してるからって手伝えなんて言わねーからさ、」
「ねえ、邪魔」
同僚の言葉に被せるように、低い声が後ろからかかる。
顔を上げると。銀色の髪を濡らしながら、カカシが立っていた。
受付のテーブルに肘をついて屈んでいた同僚を、いかにも不機嫌な眼差しで見下ろすように立っている。
振り返った同僚が声にならない引き攣った声を出しそうになり、それを飲み込んだのが分かった。
「あ、す、すみません」
機敏な動きで後ろに立っているカカシに順番を譲る。そのままイルカにじゃあな、も告げずに受付から出て行く。
そりゃそうだ。いつも表情を出さないカカシが、眉間に皺を作って自分を睨んでいたら、誰だってそうなる。
お疲れさまです、そう言おうとしたイルカに、目の前に立ったカカシが、ぽんと無造作に報告書を投げるように置いた。驚きにカカシを窺い見るが、その表情は冷めている。
イルカは口を閉じると黙って報告書に目を通し始めた。
雨で少し字が滲んでいる、が読めないほどではない。
その間、カカシは何も言葉を発しない。
報告書に視線を落としながら、胸中複雑のままに眉根に皺を寄せる。
痛いくらいに刺さるカカシの冷え切った視線と、無言の重圧に、持っていたペンに力が入る。
前も今日も、同僚と話してただけだろう?
内容だって、男友達同士なら健全な話題だ。

それなのに。
ーーなんで。
なんでそんな目で俺を見るんだよ・・・・・・っ

「カカシ、お前も任務終わりか」
名前を呼ばれたカカシに、反応してイルカは顔を上げていた。
同じように制服を雨で濡らした、身体の大きい上忍がイルカの横につく。
壁には一列にお列びくださいと注意書きが一応書いてあるのだが。それを守る上忍はなかなかいない。
イルカは再び報告書に目を落とし確認作業に入る。
「今日飲み会なんだけどよ、お前暇か?人数足らねえんだ」
「ああ、いいよ。別に」
すぐ答えたカカシに、
「よし、じゃあ酒酒屋に18時な」
助かるわ。
ほっとした上忍の声が耳に入る。視線を下げたままのイルカに、カカシの肩を叩いた気配がイルカに伝わった。


飲み会か。
定時を少し過ぎてから、仕事から上がったイルカは更衣室へ向かうべく廊下を歩く。
人数足らないって事は、ただの飲み会なんかではなく、合コンだろう。
湿気を含む廊下がいつも以上に不快に感じる。ゆっくり息を吐き出した。
合コン自体好きじゃないから、参加した事がほとんどないけど。きっと今頃カカシは綺麗な女性に囲まれながら酒を飲んでいるだろう。
頬にキスとかされて、べったり口紅なんかつけちゃったりして。
そうだ、カカシさんだって普通に合コンに行ってるじゃないか。だから、俺たちはそんなんじゃない。
そう。俺とカカシさんは、そんなんじゃーー。
階段を上ろうと足を階段にかけた時、不意に手首を掴まれ驚いた。
「ぎゃっ」
考え事をしていたし、気が緩んでいたし、気配を丸で感じさせなかったから。イルカは目を剥いて、変な声を出していた。
ぐいと引っ張られ、階段裏に連れ込まれる。
カカシだった。
「カ、カカシさん?」
目の前にいるのは本当にカカシで、目を疑った。
こんなところで何をやっているんだ。
もう既に飲み会の時間は過ぎているはずなのに。
「何やってるんですか?飲み会に、行ったんじゃ」
目を丸くしながら聞くイルカにカカシは少し不機嫌そうに首を降った。
「やめた。行かない」
「え?・・・・・・何で?」
「だって、アンタがあいつの誘い乗るかもしれないから」
「何言って、・・・・・・それは俺の勝手じゃないですか」
途端カカシの眉に皺が寄った。
「駄目、行かせない」
掴む手に力を入れられイルカは視線を手首へ向けていた。怯んだイルカに、カカシが勢いよくイルカをぐいと引き寄せる。
「何を、んっ、」
覆面を人差し指で引き下ろしたカカシは、そのままイルカの唇を荒々しく奪った。
カカシの勢いに押されるまま、冷たいコンクリに背中を押し付けられる。
初めて触れるカカシの唇が、呼吸もままならないくらいに何度も重なる。
イルカはカカシの背中に腕をわましていた。

クソ。
クソ、何なんだ。

これは絶対に、お互いに決めていたボーダーラインを越えている。
これでうっかり抱いちゃった、抱かれちゃった、なんて言い訳は通らない。
だが、恋愛経験なんて全くないと言ってもいいくらいだが、このキスが何なのか分からないほど鈍感じゃなくて。

ああ、ーーもうどうでもいい。
だって今は、これが欲しい。

そこから思考を放棄する。
カカシに身を委ねるように、イルカは自ら舌を差し出した。

その時、ずっと自分の胸の中でふわふわと漂っていた混乱を含んだ不安が、シャボン玉のように弾けて消えた。


<終>