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「気を付けて帰れよ」
イルカの声に、はーい、と返した生徒が教室を出て行く。廊下をぱたぱたと駆ける軽やかな足音はやがてすぐに聞こえなくなった。
最後の生徒を送り出したイルカは誰もいなくなった教室で一息つき、さてと、と自分に拍車をかけるように呟いた。自分の字で埋まった黒板を消していく。
曜日にもよるが、身体を使わない授業が多い一日を過ごすと、身体が鈍るんじゃないかと思えてしまう。
アカデミーの教師の前に忍である事を忘れてはいけない。今度申請でもして里外任務を請け負おうか。なんて考えながら黒板を消し終わったイルカは教壇に向き直った。
子供たちから集めた宿題を教壇の上でとんとんと揃え、教材と共に抱えると、イルカは教室を後にする。
今日はこの宿題の採点をするだけで終わりだ。
そう思っただけで少し心が軽くなった気がして自然足取りも軽くなる。こうして何事なく一日が終わっていくのはすごくいい。久しぶりに一楽にでも行こうか。
廊下を歩きながらふと窓の外を見て、足を止めた。
アカデミーの裏庭に向けたイルカの視線の先に見えたのは銀色の髪。
自分の知る限り、銀色の髪の忍は一人しかいない。
カカシだ。
それだけで心臓がぎゅっと少しだけ縮まった気がしたのは、先日の事があったから。
カカシのあの反応と、その後カカシを見かけた時に思わず逃げ出してしまった事。
いかんいかんと、イルカは頭を振った。カカシの反応然り、自分のよく分からない行動は、今思い出しても胸が変に脈打つ。
でも今度会うときは普通にしよう。そう思いながら数日が経ってしまっていた。
少し躊躇いながらも、その場を離れたイルカは職員室へ足を向け、ーーそしてまた足を止めた。
もう一度振り返り、カカシがいる裏庭を見つめる。
(挨拶をするだけ・・・・・・)
イルカは心で呟くと、裏庭へと通じる扉へ手をかけた。

この前の様に後ろから声をかけなければいいはず。
だから、きちんと。前からカカシに声をかければこの前の事のような事もない。
休み時間であればちらほら人がいる裏庭も、放課後となれば誰もいない。
夏の間に大きく伸びた雑草を踏みながら、イルカは真っ直ぐにカカシの元へ向かう。
そして、イルカはカカシの前で足を止め、そして困ったように眉を寄せた。
廊下から見かけた時は、また愛読書を読んでいるとばかり思っていたのに。
(・・・・・・うわ・・・・・・)
カカシは寝ていた。
木の根本の木陰で、大きな幹に背を預け。目を閉じ静かに寝息を立てている。気持ちよさそうに。
凄い忍には違いないが。こうして里内だとは言え、こんな風に無防備に寝ている姿を見せられ、見つめれば見つめるほど不思議な気持ちになった。
でもまあ、ナルトがよく、カカシは休憩時間は寝てばっかりだとボヤいていた事があるから、そう珍しくはないのかもしれないけど。
それに、誰だって昼寝を邪魔されたら嫌だろう、だから挨拶は今度にして、さっさとここを立ち退けばいいだけの話だが。
少しだけ息を詰めたまま、イルカは寝ているカカシをじっと見下ろした。
柔らかい色を放つ銀色の髪と、その髪と同じ色の睫毛。
それに、その寝顔が。
イルカは思わず口をぐっと結ぶ。
綺麗な人だとか、男相手に思ったら変だろうか。
ちょっと前までは不思議な人だと、そんな風にしか思ってなかったのに。気持ちよさそうに寝息を立てる、その無防備にも見える寝顔に、胸が苦しくなり思わず、ぎゅう、と教材を抱える手に力が入った。その自分の抱える教材に目を落とし、その中にあるカメラの存在に気が付く。
(・・・・・・写真)
授業で野草の観察で使ったカメラ。
イルカはそのカメラを、そっと手に取っていた。
隠し撮りなんて趣味の悪い事なんて当たり前だがしたことはない。
でも。
(一枚だけ・・・・・・)
カメラのファインダー越しに見えるカカシがぶれてしまうのは、自分の手が僅かに震えているから。
しかし、逆行になっているせいか、上手く表情さえ見えない。
炊事や洗濯は独り身が長いからそこそこ出来る。が、カメラなんて授業で使う以外使う事はなく、滅法苦手なものの一つで。
今日も課外授業で野草を撮るだけなのに、一苦労し、生徒に教わる始末。
たしか、その時生徒は何処のボタンを押すといいと言ってたのか。
眉根を寄せ、難しい顔でカメラにある細かいボタンと睨めっこする。
「ねえ、まだ?」
かけられた声に、
「あ、はいっ、すみません。もうちょっと、」
反射的にそう応えたイルカは、はたと気が付く。
カメラから顔をゆっくりと離し、見つめる先のカカシは、気まずそうにこちらを見上げていた。
そこで、ようやく状況を把握する。
「あ・・・・・・」
情けない声が漏れた後、一気に顔が熱を持つ。まだ少し眠そうな眼差しがイルカに向けられていた。
盗み撮りと言う、やってはいけない事をしようとしていたのは自分なのに。
「もう起きても、・・・・・・いい?」
戸惑いながら、でも少し申し訳なさそうな口調。
「はい・・・・・・」
俺の馬鹿。何がはい、だ。
一度落とした視線を、おずおずとカカシに向け、
「すみません・・・・・・」
弱々しい声を出すと、カカシは恥ずかしそうに眉を下げながら困ったように微笑む。
瞬間、イルカの胸が大きく鳴った。


<終>
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