幸せな日

 イルカ先生は何が欲しいの?
 そう聞かれたのは二日前。聞かれて最初、何を言っているのか分からなかったイルカは、隣にいたカカシに顔を上げた。
「そうですね、最近熱いから冷しゃぶにしようと思ってるので、豚肉を、」
 その通り、二人はスーパーの精肉コーナーにいて、イルカは手に豚肉のパックを手に持っていた。だが、そこまで言ったところで、カカシがふっと笑う。
 可笑しい事を言った覚えがないので、怪訝そうにすればカカシは笑いながら眉を下げた。
「違うよ、誕生日。明後日はイルカ先生の誕生日でしょ?」
 言われて、そこで気が付いて、思い出して、カカシの台詞がようやく合点する。少しの間の後、ああ、と豚肉のパックを手に持ったまま、イルカは声を出した。
「何で知ってるんですか?」
 当然の質問をすると、カカシはナルトに聞いたんです、とあっさりと答える。イルカは納得して笑った。
 でも、いつからか。ここ数年自分の誕生日なんてあまり考えた事がなかった。仲間内で飲み会のノリで祝う事はあっても、わざわざ自分の誕生日なんて意識した事もない。だから、誕生日だから何が欲しいの、と聞かれその質問の意味が分かっても、それが妙にくずぐったく感じ、イルカは返答に困って。
「ケーキですかね」
 とカカシに答えた。

 イルカは二日前のそのやりとりを思い出しながら、うーん、と考え込み廊下を歩く。
 自分でもそこまで甘いものなんて好きではないのに、ケーキなんて答えてしまったのは、それぐらい自分の中で突飛な質問だったから。
 頭を整理して考えれば、そろそろ首がかくかく動くようになってきたからその新しいが扇風機が欲しいとか、この間洗ってる時に欠けさせてしまった皿とか。いくつか出てくるものの、それは生活必需品で、誕生日に欲しいと言う物ではない。だから、咄嗟にカカシにそれを口にしなかったのは、正解だとは思った。
 ケーキと口にしたイルカに、カカシは少しだけ驚いた顔をした後、どんなケーキ?と更に聞いてきて、なんでも、と答えるしかなかった。だって、ケーキの知識も好みもそこまでない。イチゴにクリームが乗ってて、それでいてロウソクがさしてある。それがイルカが思い浮かべる誕生日ケーキだ。
 イルカの答えに、ケーキ以外でも考えといてね、とそう言われて、考えてはいるものの、なかなか思い浮かばず、結局今日に至ってしまっている。
 参ったなあ、とイルカは一人鼻頭を掻いた。一人の生活が長いせいか、どう考えても情けないことに生活必需品しか浮かばない事実。
 でも。二日前、聞いてきたカカシの表情は嬉しそうで、それだけで無性に心が熱くなった。自分の事であんなに嬉しそうに聞いてきてくれる。そんな相手が自分にいる事が嬉しくて。イルカは頬を少しだけ緩めながら廊下を歩いた。

 イルカは書類を抱えながら上忍待機所の前を通り過ぎる。ふと目に入った人影にイルカはそこで足を止めた。今は待機所には用がない。この書類を別のところに持っいかなければならない。
 ーーでも。イルカは一呼吸すると、待機所へ足を向ける。そこにはソファに座って小冊子を読みふけるカカシがいた。他には誰もいない。
「お疲れさまです」
 イルカが声をかけると、カカシが声に反応して顔を上げ、イルカを青い目に映す。その瞬間、カカシはふわりと目を緩めた。イルカ先生、と名前を嬉しそうに呼ぶ。
「午前中は待機でしたよね」
 カカシは小冊子を閉じる。座ったままのカカシは目の前まできたイルカを見上げるように顔を向け、うんと頷いた。
「今日はみんな出払っててずっと一人」
 にこやかに話すカカシを、イルカはじっと見つめる。そんな中、カカシは、そうだ、と口にした。
「ね、先生。今日何時頃終わ、」
 そう言い掛けたカカシにイルカは屈み、覆面の上から唇を重ねた。カカシの言葉が止まる。
 ぽかんとしたまま固まるカカシにもう一度唇を重ね、そこで姿勢を戻した。
「俺、これがいいです」
 呟くとカカシが、え?と聞き返し、その時別の気配が近づき、上忍が数人、入ってくる。
「じゃあ、失礼しました」
 イルカはにこりとカカシに微笑み、他の上忍に会釈をすると部屋を出た。
 何でもない風に装ってはいたが、内心イルカの心臓はばくばくして破裂しそうに動いていた。たぶん、今顔も赤い。早足で廊下を歩き、角を曲がろうとして、ぐい、と腕を掴まれてイルカは気配のない背後からの動きに驚いた。
 振り向くと、そこには白い頬を赤くしたカカシがいて。更に驚く。カカシを前にしてついさっきの自分のした事が今更ながらに追い打ちをかけ、イルカはいたたまれない恥ずかしさに顔が熱くなった。
「どうしたんですか?俺、他に用事が、」
 誤魔化すようにそう口するイルカに、カカシは赤い顔のまま眉を寄せた。
「どうしたのって、だってイルカ先生あのまま出てっちゃうから」
 言われてイルカもまた眉根を寄せた。顔が、身体が異様に熱い。恥ずかしい。ぐっと口を結べば、
「これがいいって、それって、どんな意味で、」
「誕生日プレゼントです!」
 イルカは被せるように口にしていた。カカシがまた言葉を止め、その驚いたような顔をイルカは頬を赤らめたまま見つめた。
「俺・・・・・・色々考えたんですけど、誕生日プレゼントはこれがいいなって、そう思って、だから、」
 と、そこでイルカは口を閉じる。上手く説明が出来てるとは思ってないが、その通り、カカシに青い目をじっとイルカに向けられ、恥ずかしさが更に増す。
「だから、これでいいんです」
 そう口にしてさっさとこの場を立ち去りたくて歩きだそうとしたイルカを、またカカシの手が掴まえる。
「ね、このままちょっとだけ抜け出そう?」
 この前みたいに。
 カカシが言う言葉に、イルカは目を丸くした。あの居酒屋の事だってそれはずぐに分かって、恥ずかしかった気持ちが和む。何だか可笑しくなって笑いを零すイルカに、カカシが近づき、ね?と聞くから余計に可笑しくて。イルカはカカシを見つめ返した。
「駄目です」
 きっぱり言うと、あからさまにカカシはショックを受けた顔をする。
「ねえ、いいでしょ?」
 甘い声で何度も誘惑しようとするカカシを目を細めながら見つめ、幸せだとイルカは思った。


<終>


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