指令

炎天下で、サスケは額の汗をぬぐった。
暑い。
まだ梅雨も明けていない時期だというのに。この暑さったらない。
眉間に皺を寄せ、目の前にある大きな草を引き抜く。
「まっっったく!」
サスケの気持ちを表したような。サクラの苛立った声に、チラと視線を向ければ、同じ様な大きな草を。サクラが片手で勢いよく引き抜いたのが見えた。
「どうにかなんないのかしらね!あの遅刻!!」
暑さよりも、この任務の内容よりも。
上忍師であるカカシの遅刻癖を、サクラは愚痴っていた。
それは、サスケも同感出来る。
遅刻もせず集合時間ぴったりにカカシが来ていれば。今自分たちがこんな真っ昼間の炎天下のもと草むしりなんてやらずに、涼しい早朝から始めることが出来ていたはずなのだ。
黙々と作業をこなすも、流石に暑くて頭がくらくらしてくる。
ナルトの作業の遅さに怒号を飛ばすサクラの声を聞きながら、サスケは草を抱えて立ち上がった。
草がまだ生えている場所を見て、面倒くささに嘆息する。
火遁で燃やせば一気に終わりそうな気もするが。
それは、早々にカカシに釘を差されていた。
それを思い出して舌打ちし、サスケは抱えた草を、纏めている箇所にどさりと置いた。
汗を拭いながら顔を上げれば、少し先に見える依頼人の農家の軒先に、カカシがその依頼人であるお年寄りと、顔をほとんど隠していようが、涼しげな顔で仲良く話しをしているのが見えて。それだけでまた舌打ちしたくなった。
のほほんとしたような顔をしていても。
カカシは里を誇る忍びに他ならない。
それは、サスケも重々分かってはいる。
そんな里一の忍びなら忍びらしく、もっと部下の任務にも真面目に取り組むべきだ。
そんな事を思ってみるも。馬鹿らしいし、不毛だ。
あのカカシには。
出来ていたらとっくに遅刻だってしていないはずだから。
考えるだけで馬鹿らしい。
ため息を吐き出して、サスケはまた作業に戻った。
(.....でも)
自分の汚れた手を見つめながら、思う。
一人で早朝訓練をするのは、自分の日課で。
そんな朝早い時間だと言うのに。
何回か、カカシを見かけた事がある。
それも、七班の任務が入っている日でも。
それなのに。
カカシは当たり前に何時間も遅刻してきた。
数日前もそうだ。
ふざけた顔で寝坊とかぬかしやがった。
どうでもいいと、気にもしていなかったのに。
この暑さと、いつまで経っても終わりそうにない、内容の無いような任務と。さっきのカカシの呑気な顔がちらつき、苛立ちに、サスケはまた眉を寄せ唇を噛んだ。
自分で影になった地面をじっと見つめる。
サスケはそこから静かに息を吐き出し。
目を閉じる。
再び目を開けたサスケは、何かを決意するように。
黙々と手を動かし始めた。


込み合っているスーパーで声をかけられた。
「サスケ」
嬉しそうで、それでいてひどく馴染み深いような口調だった。
そんな風に自分を呼ぶ大人は、自分が知る限り、一人しかいない。
振り返ると、案の定、イルカが自分に歩み寄って来ていた。
外だったら手を振っただろう、と、思いたくなるくらいの笑顔を自分に向けている。
「久しぶりだな」
確かに、イルカと顔を合わせたのは久しぶりだった。任務の際にカカシと一緒に受付に行くことはあまりなくなったし、行ったとしても、イルカが受付にいる事もなかった。
だから、必然的に会う事もないのは当たり前で。
それに、このスーパーの込み合う時間に自分が足を運ぶことさえ、ない。出来れば人の少ない時間にしか、こんな場所には来たくないからだ。
「こんな時間に、ここで会うなんてな」
その通り、イルカにそれを言われた。
色んな理由があったが、それをイルカに言うつもりもない。
黙っていれば、イルカはサスケの持つカゴを覗いていた。
「何だ、弁当って」
呆れた声と共に、イルカにその弁当を手に取られる。
「しかも焼き肉しか入ってないな、これ」
「カルビ丼だから当たり前だ」
言い返すと、イルカは眉を下げながらサスケを見つめ返した。
「まあ、そりゃそうだけどな。もうちょっと野菜も食べないと」
そんな事は自分にだって分かっている。
ただ、今日は疲れて直ぐに済ませてしまいたいと言う気持ちが勝っていただけで。
「赤、黄色、緑。これに沿った物を食べないと栄養バランスが偏るだろう」
続けて言うイルカの言葉は。
アカデミー時代に、耳にタコが出来るくらいにイルカから言われていた内容だった。
それに懐かしく感じていると、
「ほら」
と、イルカが自分のカゴからサスケのカゴに何かを入れた。
「これくらいは食べておけ」
見ると、煮物の総菜っだった。半額シールが貼られている。
「いや、でも」
煮物を食べたい気分ではないし、それに素直に受け取る気持ちにもなれない。
返そうとすれば、更にイルカはカゴに何かを入れた。
プチトマトに、サスケは目を留める。
「それ、お前好きだったもんな」
顔を上げればイルカに目を細められ、思わずサスケは目をそらしていた。
むずむずした気持ちが何とも言えない。
「...なんだ?」
再び黙れば、イルカに顔をのぞき込まれそうになり、
「そんな事、覚えてくれてなくていい」
思わずそんな言葉が自分から出てしまっていた。
イルカは一瞬目を丸くするが。直ぐにその黒い目を緩めた。
少し悲しそうに微笑む。
「そう言うな。お前らみたいな手が焼く生徒がいなくなって俺は寂しいんだから」
チク、と胸が痛んだ。
そういうことを、真っ直ぐに。素直に。顔に出して言って欲しくないのに。
でも、それがイルカだと分かっていた。
「ありがとう」
プチトマトの礼を素直に言って、恥ずかしさを誤魔化すためにイルカのカゴを覗く。
野菜は勿論、肉、魚。調味料。自分だったら1ヶ月も食べるのにかかりそうな位の量。
サスケの視線に気が付いたイルカは、恥ずかしそうに笑ってカゴを持ちながら鼻頭を掻いた。
「今日は月に一度の大安売りの日だからな。だからつい、な」
そう言うイルカの言葉を聞きながら、そのカゴの中を再度見つめて。
だから、人がこんなに多かったのか。と、この人混みにうんざりしていたが、たまたまそんな日を選んでしまった自分に悔いた。
ため息を吐き出したくなるのを堪えるサスケに、
「今度俺んちに飯でも食いに来い」
まあ、大したものは作れないけどな、と付け加え。
そんな事を言われて直ぐに頷くはずがないと知っているくせに、そんな誘いをされ、サスケが無言になれば、
「いつでも待ってるからな」
にこやかな笑顔を見せ、イルカは背中を向けそうになり、
「...先生」
サスケはイルカを呼び止めていた。
「うん?どうした」
もしかして、金が足らないのか。と見当違いの台詞に、サスケは頭を横に振る。
「忍びとしての標的の素行調査の基本は?」
イルカはその問いに驚いた顔を見せたが。直ぐにこっと微笑む。その顔はアカデミーの教師、そのものだった。


サスケは暗くなった夜道を一人歩いていた。
イルカにあんな事を確認したのは。
アカデミー時代、忍びとして強くなるための必要な事は頭に叩き込んだが、少し復習しておきたい事があったから。
でも、ーー間違っていなかった。
イルカの答えを頭に思い浮かべ、サスケは満足げに口元を上げる。
あと一つ。
素行調査の問いよりも、サスケが口にしたもう一つの言葉で、イルカは驚いた顔をした。
でも、いい。
最終確認をするのは、必要だ。
サスケは黒くなる空に浮かぶ月を見つめる。
何故だろう。
月になにもかも見られているような気持ちになり、目を伏せ、サスケは足に力を入れる。
夜空に飛んだ。



「サースケ」
任務報告一人向かったはずのカカシがサスケを呼び止めた。
ポケットに片手をつっこみながら振り返るサスケに、カカシはにこやかな顔をしている。
「...報告は」
「んー?もうしたよ」
のんびりした口調で返され、驚く顔をするサスケを、カカシは横目で見てにっこりと微笑む。
「さっきイルカ先生に会って、そのまま受理してくれたのよ」
正直それは信じられなかった。
真面目一筋のあのイルカが、判子なしに受付にいなくとも受理するとは到底思えない。
しかし。
「会ったのは受付の前」
だから、OK。見てくれたってわけ。
訝しむ表情をしたままのサスケに、カカシは視線を前に戻した。
「歩かないの?」
言われて、サスケは渋々一緒に歩き出す。
「イルカ先生は真面目だもんねえ」
黙ったまま歩いていたサスケに、カカシが口を開く。
「ねえ、サスケ。お前もそう思うでしょ?」
追加して言われ。サスケは微かに眉を寄せた。
くだらない雑談をカカシと2人でする趣味はないし、したいとも思ってないのに。
そんな事はお構いなしに、カカシは呑気そうな声で話す。さっさと話を済ませてどこかに行って欲しい。
サスケはため息混じりに口を開いた。
「....何が言いたい」
静かに呟くと、カカシは、ん~?、とまた間延びした声を返す。
「言って良いの?」
聞かれ、サスケはカカシに顔を向ける。
「何の話だ」
「え~、とぼけるの?」
緩やかな声で、表情はのほほんとしているが。
感じるのは、ひどく棘のあるような空気。眉を寄せていた。
「お前に指示してんのって、誰?」
目を少し見開いたサスケに、カカシはまた、笑った。
「そんな顔したら、バレバレだよ?サスケ。いいの?」
まさかの言葉に。単純な自分の行動に。サスケは羞恥し、顔が熱くなる。確かに、心の中をそのまま表情に出してしまっていた。
悔しそうな顔のサスケに、カカシは優しそうな顔のまま眉を下げる。
「ま、それは置いといて。暗部に何握らてんの?お前、そんな人間じゃないでしょ」
「何も握られてない。それに、あんたに俺の何が分かる」
喜怒哀楽の怒を思い切り出してしまっていると、思っていても、そんな目でカカシを睨んでしまっていた。
「あいつらよりは全然。お前の事は分かってるつもりだけど?」
立ち止まったサスケに、カカシは向き合って、しっかりサスケの目を見つめて言う。
白々しいと思いたいのに、そう思えない自分が。いる。
それにサスケは苛立ち、眉根を寄せ、視線を下にずらした。
「いやね、あっちは俺の古巣じゃない?だからある程度の情報はこっちに入ってくるのよ」
だから、何もおかしいことはないんだけどさ。
ーーそれは知らなかった。
サスケは舌打ちしていた。
可能性も頭にあったが。
そんな事は。自分に接触してきた暗部は何も言わなかったから。

暗部が自分に接触してきたのは数週間前。
内容は単純明快。
カカシの情報を流せば、強くなるような特別力を与えてやる。
特別な力。
それは、今のサスケには甘味な響きだった。
里を誇る上忍師が自分に就いてはいるが、不真面目な態度が気に入らなかったのは正直あった。
このカカシを負かすことが出るような力があれば。
こんな上忍の下でくだらない任務をしなくても済む。
同じ里だから、カカシの情報が流れようが、そこまで問題ではない。
だから、悪い話しではない。
そう思って承諾した。

情報を操る力に長けている部隊だから、そこまで心配はしていなかったのに。
サスケの気まずそうな表情を、カカシは黙ってじっと見つめ。
ゆっくりと腕を上げ、草臥れた銀色の髪を掻いた。
「で、お前は俺の何が分かった?」
青い目が、悔しそうな表情のサスケを映す。
「遅刻癖と....朝、慰霊碑に顔出してるって事ぐらい?」
つけていたのがバレていた。
サスケの眉がぴくりと動いてしまっていた。
相手はカカシだ。想定内ではあったが、正直に悔しい。
何も言ってもいないうちに、カカシは、ふーん、と呟く。
「ホントにそれだけ?」
「.....」
黙って下を俯いたまま。動かなくなったサスケに、カカシは息を吐き出した。
「ま、いいよ。何でお前にそん事指示したのか知らないけど、」
「今日イルカの家に行く」
カカシを遮るサスケの言葉に、カカシは話を止め、微かに首を傾げた。
「....サスケ、お前、今何て言った?」
「飯に誘われたから、イルカの家に行く。そう言った」
カカシが目を眇めた。
「...へえ」
今までにない目の色を、カカシは見せた。
サスケにも、分かるくらいに。
(....やっぱりか)
自分の導き出した答えは間違っていなかったが。
サスケは落胆したような気持ちになった。
アカデミー時代に習った「素行調査の基本」。
そこにはカカシが言ったような、裏の裏を読んだ方法をイルカは教えた。
その中でも、自分が今回カカシに試したのは。
対象相手の近くでよく目にする相手の素行を調査する。
身内でもなく、友人や、目に見える間柄の人間でもない。ただ、対象相手を観察して、その近くでよく見かける人間。
それは。イルカだった。
その通り、サスケはカカシを調査する振りをしつつ、イルカの調査を行っていた。
あのスーパーで会ったイルカ。
まとめ買いだと言ったが。
大人2人分の、食材だと、サスケは見抜いていた。
正直信じたくない結果だったが。
カカシが、今ここで自分に証明したようなもので。
今夜イルカの家に行き、その部屋で最終的な調査をするつもりでもあった。
ただ、それを言うか言わないかは。
自分次第だ。
サスケは自分の拳を、軽くぎゅっと握りしめた。
「行かないの?」
促され、サスケはカカシの挑発的に感じる言葉に、目を細めてカカシを見つめた。
さっき見せた目は、いつもの感情が読めない目に変わっていた。
何も困ってないようなな顔が、気にくわない。
いつだって、カカシは自分の何枚も上手だと、思わされているようで。
ふいとサスケはカカシから顔を背けた。
「今から行く」
「俺も行っていい?」
驚きカカシに顔を向け、むっとしたしたサスケに、カカシはにこっと笑う。
どういうつもりだ。
明らか様に妨害でもするつもりだろうか。
ストレートな問いに、カカシが答えるわけがないと、分かっている。
サスケは顔を顰め、背を向けた。
どうせ来るなと言ってもこいつはついてくる。

その通り。カカシはイルカの家までついてきた。



「おお、サスケよく来たな、ってカカシさん。なんであなたまでいるんですか!?」
想像した通りの一連の言動を、イルカは扉を開けて直ぐに見せた。
「途中でサスケに会ったんですよ」
頭を掻いてはは、と笑うカカシにイルカは呆れた顔を見せた。
「いや、会ったからって、ついてきますか?普通」
「だって、サスケも一緒にどうだって言うから」
「...言ってねぇ」
静かな呟きに、カカシはイルカに睨まれ、またカカシは情けない笑いを零した。
「いいじゃない。俺もお腹空いたんで、何か食べさせてくださいよ」
「...仕方ないですね。多めに作っておいて良かったです」
ため息混じりにイルカは言うと、すんなりとカカシを部屋に入れる。
それをじっと見つめながら、サスケは小さく息を零した。
どこまで深い関係までかは知らないが。
イルカがカカシをここまで気を許しているのを、直接見るのは。複雑な気分になる。
「サスケ、ほら。お前もここに座れ。もう出来てるから」
優しいイルカの笑顔に、サスケは黙って頷くしかなかった。
言われた通り、部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台にの前に座る。
イルカらしいと言えばいいのか。よく使い込まれたちゃぶ台や、食器。その食器に盛られた料理からは、暖かい湯気が昇っている。
カカシはベストを脱ぎ、額当てを取ると。気にする様子もなく、覆面を普通に下げた。
「イルカ先生、これ何?」
麦茶を持って台所から顔を見せたイルカは、指さされた皿を見て、ああ、と微笑む。
「それマトンですよ。羊の肉です。今日商店街に行ったらこれを肉屋さんで勧められて」
へえ、とカカシが物珍しそうに声を上げた。
「ジンギスカンって、言うらしいんですよ。本当は鉄板で料理するみたいですが、俺ん家ないんでフライパンでやっちゃいました」
イルカは恥ずかしそうに笑って麦茶をグラスに注ぐ。
「それじゃジンギスカンって言わないんじゃないの?」
「あ、じゃあカカシさんは食べなくていいです」
ふん、と口を尖らせるイルカに、カカシは眉を下げた。
「いや、そんな意味で言ったんじゃないですって」
「じゃあどんあな意味ですか。ほら、サスケ」
麦茶が入ったグラスを渡され、一瞬間を置いたサスケは慌ててグラスを掴んだ。
「お前もそう思うだろ?」
聞かれて、サスケは答えに困った。
2人の様子を見ていたはずなのに。心がどこか上の空だった。と言うか、丸で自分だけここにいないような。馴染めない空気に、どうしていいのか分からない。
それに。
カカシの包み隠さないその言動。
それがすごく複雑な気持ちにさせた。
丸で自分が間違った事をしようとしているみたいで。
イルカが席に着いて、三人でご飯を食べ始める。
暖かい白いご飯。自分の家でも食べているはずなのに。こんな暖かかっただろうか、と思えるくらい、暖かくて。
もそもそと、サスケは口を動かしながら、ぼんやりと自分の目の前に広がる食卓を眺めた。
自分の分だけじゃない、並べられたたくさんの食器。
自分以外が鳴らす食器の音やご飯を食べる音。
こんな気持ちになるくらいなら、ここに来なければよかった。
そう思って、サスケは内心嘆息した。
そう。
こんな場所は、自分には必要がない。
いるべき場所ではない。
平和ぼけしたようなこんな環境ーー。
「カカシさんお代わりしますか?」
イルカの声に我に返る。
うん、とカカシが答え、イルカは台所へ席を立つ。
「...どういうつもりだ」
サスケの声に、カカシは箸を咥えたままサスケを見た。
「なにが」
皿からマトンの肉を口に入れる。
「不利な状況見せて、どういうつもりかって?」
サスケが言う前にカカシが口を開いた。
「不利だって認めるんだな」
サスケの台詞にカカシがふっと笑いを零す。
「...何が可笑しい」
「俺は隠してるつもりもないしね。...ま、イルカ先生は違うみたいだけど。ただね、サスケ。俺が言いたいことは一つなのよ」
カカシは皿からトマトを箸で掴み、サスケを見る。
「決めるのはお前って事」
「...どういう意味だ」
「別に。そのまんまだよ」
トマトを口に放り込み、イルカが茶碗を持って戻ってくる。
「何話してたんですか?」
「んー?トマトがね、美味いねって。ね、サスケ」
ガラスの皿にきれいに並べられたトマト。
イルカが自分の為に用意したのが嫌というくらいに分かる、そのサラダを見つめて。
そうなのか?と聞き返すイルカを無視して、サスケはトマトを口に入れた。
咀嚼すれば、冷たくて甘いトマトの味が口いっぱいに広がる。
カカシと話しをし始めたイルカの横で。
サスケは眉根を寄せた。
(...俺が言おうが言わまいが、構わないって事か)
その言葉の中にある真意に、気がつかない訳がない。
カカシらしい。もっと言えば厭らしい言い回し。
人情的でもなければ打算的でもない。いや、どちらかと言えば人情的だ。
要は、自分を試すって事で。
サスケはまた口にトマトを頬張る。
イルカがナルトの事や、アカデミーの話しをするが。
サスケの頭には入ってこなかった。
正直。
どうしたらいいのか、分からなくなってきている。
それが、カカシの読み通りだと分かるから悔しい。
カカシがここに一緒に来たのも。普段ない環境に置かれる自分の様子を見る為だと言うのも、こっちの隙を伺う事も、カカシの計算にあるはずだ。
だが。
(俺は隙なんて見せねえ)
よく味の染みたマトンを口に入れる。
羊の肉なんて初めて食べたが。脂っこいのは苦手だから量は食べれないが。
柔らかくて好きな味だ。
トマトと交互に食べ、麦茶を呑む。
麦茶のおかわりが欲しかったから、イルカの名前を呼ぼうと思っただけだったのに。

「母さん」

口から出ていた言葉に、自分でも何を今言ったのか。
瞬間頭が真っ白になるサスケに。
イルカは気にする様子もなく、何だ、と応えた。



結局、暗部には何一つカカシの情報は流れることがなく。
この後ひたすらサスケの機嫌が悪い状態がしばらく続いたのは、言うまでもない。



※カカシ視点及びカカシが暗部に潜入してる内容は本でお楽しみください。

<終>
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