仕返し
カカシはアカデミーの廊下を歩きながらため息をこぼす。見慣れないからか、通り過ぎる度に子供達が好奇や興味、警戒を含んだ目でちらちらと自分を見てくるが、それはどうでもよかった。
そして教員でもなんでもない自分がこんな場所にいる理由はただ一つで、しかもそれは空振りに終わった。
イルカですがちょっと手が離せないみたいで、すみません
昼飯に誘おうと職員室でイルカを呼んでもらったら、そんな言葉が本人ではなく別の教員から伝えられ、当のイルカは職員室に隣接している隣の部屋に行ってしまったのか、さっきまでいたはずなのに、姿が見えなくなっているし、関係がないのにかしこまって申し訳なさそうにする教員を前にしたら、カカシはそれ以上何も言えず、そう、とだけ口にするしかなかった。
機嫌が悪いのは分かっていた。分かってはいたが、
ーー顔ぐらい見せてくれたっていいじゃない。
そう心の中で呟きながら、カカシは内心面白くなさそうに視線を下へずらす。
そんな文句を言ってやりたくもなるが、イルカを怒らせたのは誰でもない、自分だった。
あんたやりすぎなんだよ
そう言って布団の中で蹴られたのは今朝。普段使わない箇所が痛むのか、どんな痛みで怠さかは分からないが、腰辺りを手で押さえながらイルカは忌々しそうな目をこっちに向けた。そこから裸で布団を出て散乱した服を拾い上げるイルカを見つめながら、でも先生気持ちよさそうにしてじゃない、と返せば顔を赤らめながらも無言で睨まれて、カカシは口を閉じたものの、納得いかない部分があった。
だって久しぶりに互いにそこまで遅くない時間に帰れて、一緒に過ごす時間が出来たんだから、するもんだって思っていたに。イルカはつれなかった。持ち帰った残業をもくもくと進めながら、明日はアカデミー勤務で体術の演習があるので無理ですと、無下に断わるイルカを見ていたら、不満が募らないわけがない。ペンを持ったままのイルカをそのまま押し倒したら当たり前にいやな顔をするから。その意地悪いイルカの顔を見ていたら、それで自分も何故かスイッチが入った。
組み敷いた時点で逃げれる訳がないのに、イルカはそれでも抵抗した。自分が一回口にした事を曲げたくないのだろう。だけど、その意固地なところは嫌いじゃないけど、今日は可愛くない。
しかも愛撫する度に反応を示し、体温が上がる。真っ赤な顔で、それでも懸命に声を殺しているのを見たら、応えなければいずれやめるだろうと思っているのかもしれないが、当たり前だが逆効果で、余計に気持ちが駆り立てられた。
だから、焦らされたせいか一回ではおさまらなかった。待って、とうわごとのように口にするイルカの口を自分の唇で塞いで、そこから激しく突き上げた。
まあ、そりゃあ怒るか。
昨夜の事を改めて思い出しながら少し反省するも、後の祭りだ。カカシは銀色の髪を掻き、アカデミーを出たところで足を止め、そこからそのまま待機所へ向かった。
その後直ぐに任務が入り、里に帰ってきたのは亥の刻を過ぎた頃。居酒屋でも良かったが、週末で当たり前だがそこそこ混んでいるし、なにより自分が忍犬を一匹連れていた。直ぐに戻す事も可能だが、任務に同行した忍犬は様子を見るためにもしばらくは側にいさせる。任務が同じだったアスマの提案で、二人は一楽に足を向けた。
よお、と先にのれんをくぐったアスマがそんな声を出す。続いて入ったカカシが顔を向けると、そこにはイルカが座っていた。少しだけ驚いた顔をすれば、イルカもまた少しだけ目を丸くした後、すぐに頭を下げる。カカシも、どーも、と返しながらそのまま空いているイルカの隣の席へ座った。この閉店時間ぎりぎりにいるのはきっと残業があったからだろう。その通り、残業か、とカカシ越しに声をかけてきたアスマに、イルカは、ええ、と返した。そこから止めていた箸を動かし、ラーメンを食べ始める。
恋人同士だと言うことを口外したくない、そう言い出したのはイルカだった。つき合いを申し出たのは自分で、イルカの職業上まあ仕方ない事だし、惚れた弱みもある。そこは合わせる事にしていた。
酷く他人行儀なのはその為もあるが、昨日の件もあるからなのは間違いがない。イルカの性格上、もう少し時間をおきたかったのだが、偶然居合わせてしまったのだから、仕方がない。
そんな事を考えている間にも注文していたラーメンが自分達のテーブルにも置かれ、カカシは割り箸を取ると食べ始めた。
「カカシ先生、これワンちゃんにあげてよ」
食べている時にそう言われ、カカシは顔を上げると、店主が焼豚を持っていた。何度か忍犬をつれてここに来た事があるからなのか。先生の犬だよね?と店主は店の外に座っている額当てを巻いた忍犬を指さした。
どうしようかと思ったが、まだ味も付けてないやつだから、と追加され、わざわざその為に切ってくれたのは素直に有り難い。カカシは礼を言ってその焼豚を受け取った。
「グルコ」
カウンターに座り、名前を呼べば、待ってましたとばかりに立ち上がり店内に入った。足下に来たグルコは腹が減っていて、尚且つもらえると分かっているからか、尻尾を引きちぎらんばかりにぶんぶんと振っている。
カカシは片手をグルコに向けた。待て、と言えば、そこは素直に応じる。座りじっとカカシの目を口元を見つめた。これはご飯を与える時のいつもの流れだった。人語を理解し話せる事も可能だが、カカシが指示をしてそれを忍犬が受ける、そこは普通の飼われている犬と変わらない。
暫くして後、カカシが、いいよ、よ言えば、手のひらに乗せた焼豚をぺろりと食べた。満足そうな顔にカカシもまた思わず眉を下げる。
さて自分も、とカカシが向き直りラーメンを食べるのを再開させた時、隣に座るイルカの視線を感じた。
昼間は顔を見せないくらいに怒っていたから。あからさまな視線を投げかけてくるイルカに内心どうしたのかと顔を向ければ、やはりラーメンを食べ終えたイルカがこっちを見ていた。
何?と聞こうとしたカカシと同時にイルカが口を開く。
「俺が待てって言っても待たないくせに」
ぼそりと呟く。一瞬言われた意味が分からなかった。え?と聞き返したカカシに、イルカはそれ以上何も言わず、カウンターにお金を置くと店主に声をかけ、じゃあ、とこっちに頭を下げるとそのまま店を出て行く。
自分は結構鋭い方だが。
イルカが出て行った後、ようやくその意味を理解する。口布で隠れた白い頬が熱くなった。
いくら根に持っているからと言って、まさか、こんな場所で言うとは思わなくて。しかもあんな台詞を。
それに、その言葉を口にした時のイルカの顔が、ーー。
意地悪く、それでいてふてくされたように。恥ずかしそうに悪戯な眼差しを向けていて。
これとは全然違うじゃない、と言い返したいけど、もうイルカはそこにはいない。
どうした?とアスマに聞かれるが返せるはずもなく。
(・・・・・・参ったなあ)
そう思いながら、カカシは照れた顔を隠す様に目を伏せ、箸を持った。
<終>
そして教員でもなんでもない自分がこんな場所にいる理由はただ一つで、しかもそれは空振りに終わった。
イルカですがちょっと手が離せないみたいで、すみません
昼飯に誘おうと職員室でイルカを呼んでもらったら、そんな言葉が本人ではなく別の教員から伝えられ、当のイルカは職員室に隣接している隣の部屋に行ってしまったのか、さっきまでいたはずなのに、姿が見えなくなっているし、関係がないのにかしこまって申し訳なさそうにする教員を前にしたら、カカシはそれ以上何も言えず、そう、とだけ口にするしかなかった。
機嫌が悪いのは分かっていた。分かってはいたが、
ーー顔ぐらい見せてくれたっていいじゃない。
そう心の中で呟きながら、カカシは内心面白くなさそうに視線を下へずらす。
そんな文句を言ってやりたくもなるが、イルカを怒らせたのは誰でもない、自分だった。
あんたやりすぎなんだよ
そう言って布団の中で蹴られたのは今朝。普段使わない箇所が痛むのか、どんな痛みで怠さかは分からないが、腰辺りを手で押さえながらイルカは忌々しそうな目をこっちに向けた。そこから裸で布団を出て散乱した服を拾い上げるイルカを見つめながら、でも先生気持ちよさそうにしてじゃない、と返せば顔を赤らめながらも無言で睨まれて、カカシは口を閉じたものの、納得いかない部分があった。
だって久しぶりに互いにそこまで遅くない時間に帰れて、一緒に過ごす時間が出来たんだから、するもんだって思っていたに。イルカはつれなかった。持ち帰った残業をもくもくと進めながら、明日はアカデミー勤務で体術の演習があるので無理ですと、無下に断わるイルカを見ていたら、不満が募らないわけがない。ペンを持ったままのイルカをそのまま押し倒したら当たり前にいやな顔をするから。その意地悪いイルカの顔を見ていたら、それで自分も何故かスイッチが入った。
組み敷いた時点で逃げれる訳がないのに、イルカはそれでも抵抗した。自分が一回口にした事を曲げたくないのだろう。だけど、その意固地なところは嫌いじゃないけど、今日は可愛くない。
しかも愛撫する度に反応を示し、体温が上がる。真っ赤な顔で、それでも懸命に声を殺しているのを見たら、応えなければいずれやめるだろうと思っているのかもしれないが、当たり前だが逆効果で、余計に気持ちが駆り立てられた。
だから、焦らされたせいか一回ではおさまらなかった。待って、とうわごとのように口にするイルカの口を自分の唇で塞いで、そこから激しく突き上げた。
まあ、そりゃあ怒るか。
昨夜の事を改めて思い出しながら少し反省するも、後の祭りだ。カカシは銀色の髪を掻き、アカデミーを出たところで足を止め、そこからそのまま待機所へ向かった。
その後直ぐに任務が入り、里に帰ってきたのは亥の刻を過ぎた頃。居酒屋でも良かったが、週末で当たり前だがそこそこ混んでいるし、なにより自分が忍犬を一匹連れていた。直ぐに戻す事も可能だが、任務に同行した忍犬は様子を見るためにもしばらくは側にいさせる。任務が同じだったアスマの提案で、二人は一楽に足を向けた。
よお、と先にのれんをくぐったアスマがそんな声を出す。続いて入ったカカシが顔を向けると、そこにはイルカが座っていた。少しだけ驚いた顔をすれば、イルカもまた少しだけ目を丸くした後、すぐに頭を下げる。カカシも、どーも、と返しながらそのまま空いているイルカの隣の席へ座った。この閉店時間ぎりぎりにいるのはきっと残業があったからだろう。その通り、残業か、とカカシ越しに声をかけてきたアスマに、イルカは、ええ、と返した。そこから止めていた箸を動かし、ラーメンを食べ始める。
恋人同士だと言うことを口外したくない、そう言い出したのはイルカだった。つき合いを申し出たのは自分で、イルカの職業上まあ仕方ない事だし、惚れた弱みもある。そこは合わせる事にしていた。
酷く他人行儀なのはその為もあるが、昨日の件もあるからなのは間違いがない。イルカの性格上、もう少し時間をおきたかったのだが、偶然居合わせてしまったのだから、仕方がない。
そんな事を考えている間にも注文していたラーメンが自分達のテーブルにも置かれ、カカシは割り箸を取ると食べ始めた。
「カカシ先生、これワンちゃんにあげてよ」
食べている時にそう言われ、カカシは顔を上げると、店主が焼豚を持っていた。何度か忍犬をつれてここに来た事があるからなのか。先生の犬だよね?と店主は店の外に座っている額当てを巻いた忍犬を指さした。
どうしようかと思ったが、まだ味も付けてないやつだから、と追加され、わざわざその為に切ってくれたのは素直に有り難い。カカシは礼を言ってその焼豚を受け取った。
「グルコ」
カウンターに座り、名前を呼べば、待ってましたとばかりに立ち上がり店内に入った。足下に来たグルコは腹が減っていて、尚且つもらえると分かっているからか、尻尾を引きちぎらんばかりにぶんぶんと振っている。
カカシは片手をグルコに向けた。待て、と言えば、そこは素直に応じる。座りじっとカカシの目を口元を見つめた。これはご飯を与える時のいつもの流れだった。人語を理解し話せる事も可能だが、カカシが指示をしてそれを忍犬が受ける、そこは普通の飼われている犬と変わらない。
暫くして後、カカシが、いいよ、よ言えば、手のひらに乗せた焼豚をぺろりと食べた。満足そうな顔にカカシもまた思わず眉を下げる。
さて自分も、とカカシが向き直りラーメンを食べるのを再開させた時、隣に座るイルカの視線を感じた。
昼間は顔を見せないくらいに怒っていたから。あからさまな視線を投げかけてくるイルカに内心どうしたのかと顔を向ければ、やはりラーメンを食べ終えたイルカがこっちを見ていた。
何?と聞こうとしたカカシと同時にイルカが口を開く。
「俺が待てって言っても待たないくせに」
ぼそりと呟く。一瞬言われた意味が分からなかった。え?と聞き返したカカシに、イルカはそれ以上何も言わず、カウンターにお金を置くと店主に声をかけ、じゃあ、とこっちに頭を下げるとそのまま店を出て行く。
自分は結構鋭い方だが。
イルカが出て行った後、ようやくその意味を理解する。口布で隠れた白い頬が熱くなった。
いくら根に持っているからと言って、まさか、こんな場所で言うとは思わなくて。しかもあんな台詞を。
それに、その言葉を口にした時のイルカの顔が、ーー。
意地悪く、それでいてふてくされたように。恥ずかしそうに悪戯な眼差しを向けていて。
これとは全然違うじゃない、と言い返したいけど、もうイルカはそこにはいない。
どうした?とアスマに聞かれるが返せるはずもなく。
(・・・・・・参ったなあ)
そう思いながら、カカシは照れた顔を隠す様に目を伏せ、箸を持った。
<終>
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