そんな一日

昼間は変わらず日差しは強いが、ふと吹く風が涼しく感じるようになった。
サスケは一人火影岩の裏側にある大木の幹の上で座りながら思った。休みの日は早朝から鍛錬した後、ここで休むのが自分の日課だ。とは言ってもまだ朝の8時くらいで。きっとあのドベは未だベットの中でよだれ垂らして眠りこけてるんだろうが。
一人思って鼻で笑って。家から持ってきた包みをひざの上に広げた。おかかが入っているおむすびが二つ。サスケはそれを一つ手に取ると口に入れた。食べながらぼんやり遠くを眺める。
誰にも邪魔されないこの時間が一番心が落ち着く。
が、ふと気配を捉えて、サスケは咄嗟に自分の気配を消した。前述の通り、邪魔されたくないから、が頭にあったからだ。
目に入る二人に目を向ける。
見知った男二人。前自分のアカデミーの担任だったイルカと、今自分の上忍師をしているカカシ。
珍しい、と思い、珍しくないか、と思い直す。
自分含め、元生徒との繋がりで、あのカカシ然り、イルカがアスマや紅と話す姿はよく目にしていた。
真面目なイルカらしいと言えばイルカらしい。
卒業してもまだ自分たちの事を気にかけてくれているイルカを、自分は嫌いではない。
少し遠くで並んで歩く二人の後ろ姿を、サスケはじっと見つめた。
その後ろ姿を眺めながら、ふと過ぎる。
そういえば。
いつもくだらない事しか言わないナルトが、この前面白い事を口にした。

「イルカ先生とカカシ先生はつき合ってるんだってばよ」
馬鹿か、と最初浮かんだ言葉はそれだ。
いつものように任務が早々に終わり、いつものようにカカシが姿を消した後、そんな馬鹿みたいな事を、ナルトが言い出した。
はあ?とサクラは口を開いた。
「あんたバッカじゃないの。そんなわけないじゃない」
「でもさっ、でもさっ、急に仲良くなってるじゃん、あの二人」
「あのねえ。当たり前でしょ?イルカ先生はね、私やサスケくん、そして特にナルトっ、あんたの事が心配でカカシ先生に話しを聞きにきてるだけなの。そんなのもわかんないの?」
ねえ、サスケくん。
話を振られ、頷いた。
「当然だな」
短絡的な頭過ぎて呆れるな、とまでは口には出さなかったが、心でつぶやいた。
そこで話は終わったのだが。
後でよくよく考えてみれば、面白い、と思った。
あの二人は確かに仲がいい。それは自分も感じていた。でもそれは一緒にいる姿をよく見るだけの事であって、自分から見たらとてもそんな雰囲気には見えない。

改めてサスケは視線の先にいる二人を見つめる。
イルカが嬉しそうに何かカカシに話している。横顔だけしか見えないが、ここからでも嬉しそうな顔をしているのが分かった。カカシもふと横を向く。
少しだけサスケは目を開いた。
(あんな顔するのか)
いつも眠そうな目をして心の中まで読めない表情しかしないくせに。
イルカに向ける微笑みはひどく優しい。そこから視線をイルカに戻す。
二人の微笑み合う顔を見つめて。
あまりにも楽しそうなイルカの顔を見ていたら、そこまで関心がなかったはずなのに、少しだけ興味が沸いていた。読唇術をすべくイルカの口元を見つめる。が、カカシが何かを指さしイルカは顔を前に戻してしまう。
サスケは舌打ちをしていた。
そして二人は自分の視界から消えていく。
サスケは仕方ないとまたおにぎりを食べるのを再開させた。口を動かしながら、
(あながち間違いじゃないのかもな)
そんな事を思った。


その日の午後、たまたまイルカを見かけた。教材を持って歩いている。課外授業でもあったのだろう。
人と話すのは好きじゃないが、イルカは別だと心の中で感じていた。だからと言って、自分から話しかけることはない。
サスケは裏路地に入るべく背を向けたら、名前を呼ばれた。振り返ると、イルカが嬉しそうな顔をして自分に向かって歩いてくる。
「お前らは今日は休みだったな」
自分の事のように嬉しそうな顔をするイルカに、サスケは素直に頷いた。
「じゃあ、今日は買い物かなんかか?」
「まあな」
「そうか」
つまらない会話だと思うが、イルカの表情は変わらない。目を細めて自分を見つめる。そこから予想通り、イルカは最近の事を聞き、自分は端的に答える。それに満足そうにイルカは頷き、
「じゃあな、俺は今から仕事だ」
明日の任務も頑張れよ
白い歯を見せられ、軽く頷く。
「先生」
黒い尻尾を見せたところでイルカを呼び止めていた。それは自分でも内心驚く。呼びかけた声にイルカは振り向き優しい目を向け、うん?と一拍おいて聞き返す。
その一連の動作はイルカの昔からの癖だった。
それにその癖は、嫌いじゃない。だからだろうか、何でもないと言おうとしたのに、その優しい眼差しがあのカカシに向けられるのだとしたら。その考えを否定するかのように、別の言葉を口にしていた。
「カカシとつき合ってるのか?」
わかりやすいくらいにイルカの目が丸くなった。
そこから沈黙の後、イルカが抱えてた教材のいくつかが手から落ちた。落ちた音から、その落とした布の中がクナイだと知る。傷は付かなかっただろうが。イルカらしくないと、サスケは屈んでその袋を手に取った。
顔をイルカに向けたところで、固まったように動かなかったイルカの表情がようやく動き出した。
「あ、ああ、すまん。いや、違う、違うからな」
続けて言われて、自分で聞いたくせに、焦るイルカの言い方になんの事だと、方眉を上げていた。
「ああ、違うならいい」
そこからすぐに素直に合点して頷くと、イルカは少し声を大きくして笑った。
「ったく、驚かすなよ」
そんなつもりじゃない、とサスケは袋をイルカに差し出せば、ああ、とイルカもその袋を受け取った。そこから、じゃあな、と言い、イルカは背を向ける。ぎくしゃくした動きはなくなったものの、動揺しているのは丸わかりだった。
でもあんな変な事を質問すれば、あのイルカの事だからああなるのは予想は出来た。
ナルトが裸の女に変化しただけで鼻血を吹くくらいなのだ。でも違うと言ったのだから、違うのだろう。もしそうだったとしても違うと言うのだろうが。正直どちらでもいい。そこまで気にしても仕方がない。
少し罪悪感を感じながら、サスケは大して疑いの眼差しをイルカに向けることなく、歩き出した。

買い物の後、午後の鍛錬に家を出て。終えたのは夕暮れ時だった。
予定通りに内容をこなせたが、一つ納得できないところがある。それを明日カカシに聞くか否か。
考えながら歩いていると、歩いている道の先にカカシの後ろ姿を見つける。
丁度言い。
話しかけるべく足に力を込めようとしたら、そこからカカシが飛躍した。
またそこで思わず舌打ちする。
目で追い、カカシの飛んだ先にアカデミーがある事を知る。しばらく考えた後、サスケもアカデミーの方角へ飛躍した。
予想通りカカシは上忍待機所にいた。ここにいなかったら諦めようと思っていたから、ラッキーと言えばラッキーだ。
「あれ、珍しい。どうしたのよ」
サスケの顔を見るなり、カカシは顔を上げた。待機所にはカカシ一人しかおらず、カカシはいつものように如何わしい冊子を開いていた。サスケの顔を見ても閉じることはない。それに嘆息してカカシの前まで歩く。
「教えてほしい事がある」
ぶっきらぼうに口を開けば、カカシはにこりと笑みを浮かべた。
少し複雑な術の掛け合わせの事だった。自分はこの先にどうしても進みたい。カカシは話しを聞く前に、約束があるからちょっとだけね、なんて言っていたが、自分が聞くと、如何わしい冊子を閉じ、細かく説明し始めた。
想像通り複雑で、カカシなりにわかりやすく説明してくれているのが分かっているが、理解出来ない箇所にサスケは眉根を寄せていた。それでもこれ以上聞くのが今は恥と感じで黙っていたら、それも分かっていたのだろう。カカシは部屋の隅に備え付けてある紙とペンを取ると、テーブルに置く。自分にわかりやく書き始めた。
そこから質問と答弁を繰り返す。
「これぐらいでいいでしょ。これ以上先の追求は、お前の経験がないと比例しないよ」
分かってるよね。
ストップをかけられる。本当はもっとこの先を知りたかったのだが。カカシの言うとおりだと自分もそれは分かっていた。
「わかった」
低い声で答えると、物足りないと表情に出ていたのか、カカシに苦笑いを浮かべられ、サスケは顔をしかめた。
「さてと」
カカシがため息混じりに言い、立ち上がった。
はい、これ戻してきて。
余った白紙とペンを渡され、隅にあるテーブルへそれを置く。振り返るとカカシは、んー、と腰に手を当て背伸びをしていた。
その後ろ姿を眺めながら、今日のイルカを思い出す。朝見た二人の表情も。
カカシに聞いたら、なんと答えるのだろうか。
どうでもいいと思っていたはずなのに、またむくりと興味がわき上がる。
急にバン、と大きな音が聞こえた。視界に入ったのはイルカだった。つかつか歩きカカシの前まで歩み寄る。カカシがイルカに振り返ると同時に口を開いた。
「カカシさんあんたナルト達に何か言ったでしょう?俺今日とんでもないことサスケに言われましたよ。あのサスケにですよ?」
「イルカせ、」
カカシが手を上げイルカの会話を遮ろうとしたが、止まらない。
「だってカカシさん待ち合わせの場所になかなか来ないから。そんな事より聞いてください。サスケが、カカシさんとつき合ってるのかって、俺に聞いてきたんですっ。だけど、俺、あいつに…、違うって言っちゃって。でもそれは物の弾みってやつで。だから、…あなたの事は、ちゃんと…想ってます。だだっ、俺、次あいつらにどんな顔して会えばいいのか…」
はあ、とイルカが盛大にため息を吐き出す。
「取りあえず、今から何処の店に食べに行きます?それか俺ん家でもいいですけど、」
会話が途切れる。イルカが首を傾げた。カカシが別の方向を見ていると要約気がつく。何を見て、と、カカシが視線を向ける先、柱の陰になっていたサスケへイルカが顔を向けた。
そこで、部屋の隅に立っている俺と、しっかりと、目が合う。
イルカの目は徐々にまん丸に見開かれ、微かに口が開いた。眉根がグッと寄せられる。
「うぐ…っ」
ぼん。
泣きそうな顔のイルカが煙りと共に、消えた。
まあ、想定内だ。
「....あーあ、じゃ、そういう事だからさ」
参ったな、と眉を下げたカカシは肩手を上げ、消える。これも想定内。
が、帰ろうとしたサスケの前に、ボンと、カカシが現れ、
「ナルト達には黙っててやってね。あと読唇術は禁止」
(バレてたか)
ふん、と小さく笑いを零すサスケに、カカシはニッコリ笑みを浮かべて、またすぐに消えた。
しばらくその場立ち尽くしたまま誰もいない待機所でため息を漏らす。
(バカバカしい...)
心で呟く。
一人残された俺は、待機所を出る。イルカは何処まで逃げたのか。2人の気配は微塵も感じられない。
ポケットに手を入れ歩き出す。
消える直前のイルカの顔が頭に浮かんだ。
(あれは…可愛いな…)
意外だった、とも思い。そんな事を考えながら、そのまま歩いて家に帰る。

今日は、そんな一日だった。

<終>