その距離の答え。

登校時間、イルカは校門前で生徒に声をかけていた。
子供達もまたイルカに向かって朝の挨拶をして校門を通る。
眠たそうな子もいれば、元気な笑顔を見せる子。様々だが皆それぞれにアカデミーに目標を持って通ってきてくれるのは嬉しい。
「おはようございます」
背後から声をかけられ驚いて振り返る。
カカシが立っていた。
「カカシ先生、おはようございます」
会釈をするイルカに、ニコリと微笑む。
「それは何?」
カカシが動き、イルカが手に持つ紙面を覗き込む。銀色の髪がふわりと視界に入った。
あ、まただ。
そう思うイルカに青い目が向けられる。
「あ、……これは遅刻した生徒の名前を控える為で、」
へえ、昔はこんなのなかったのに。
間近でカカシが呟く。
「こんな仕事もあるんだ。朝から大変だね」
関心した声は耳元で聞こえる。身体も、近い。
「まあ、今週は当番なんで」
「そっか、俺は今から任務」
事も無く言いながらカカシはまた微笑んだ。カカシが請け負うのはランクの高い任務には違いないのに。
「お気をつけて」
短い言葉にイルカの気持ちを汲み取ってくれたのか、
「うん」
と言いながら嬉しそうにコクリと頷いた。
そこからカカシが動き、側にいたせいかふわりと空気も動いたのを感じた。歩き出すカカシの背中を見えなくなるまで見送りながら。
鼻頭を掻いた。
カカシ先生はパーソナルスペースが狭い。
知り合った当初は流石に動揺こそしたものの、今となってはそう言うものだと受け入れたせいか、気にならなくはなった。
声をかけながら肩に触れてきたり、今日みたいに会話をしながら距離を詰めたり。でもそこまで馴れ馴れしくもないから、嫌な感じはしない。
きっとカカシ先生も悪気はない。
ただ、不思議な人だなあ、とは思う。
見た目顔もほとんど隠れてるし、何を考えているか分からないし。名前が先行していたのもあるから、怖い人なんだろうと勝手に思い込んでいた。
カカシがナルトの新しい師になってから、ナルトからもカカシの事を聞かされてはいたが、見かける程度で直接面と向かって挨拶もした事がなかった。
ただ、どう言う経緯か分からないが、ナルトがカカシの背中に飛びついたのを、遠くで見かけた事があった。丸でいつかのナルトが自分にすたように。じゃれているのだろう、ぴょんと背中に飛びついたナルトに、カカシは対して反応を見せなかったが、嫌がりもしてなかった。片手にいつも手にしている小冊子を持ちながら首を捻ってナルトを見る。周りでサクラやサスケもまたナルトに呆れる視線を送っていたが、笑っていた。楽しそうだった。
ナルトを受け入れてくれている。
遠くで眺めながら、ただ、それが嬉しかった。

初めて声をかけられた時は受付だった。溜まった報告書に目を落とし確認していた時、ふと陰りが出来たと同時に、
「それってペンギン?」
ペンを指さされ驚いて顔を上げると、カカシが立っていた。
会ったらこう会話しよう、なんてシミュレーションしていたから。まさかペンに対して質問を投げかけられるとか。そんな言葉を第一声に投げかけられるとは思っていなかったから。
カカシを見上げたまま、一瞬頭が真っ白になって、固まった。
「可愛いね。それどこで買ったの?」
更にペンについて尋ねられ、そこでようやく思考が動き出す。
「……商店街のくじ引きの景品で……」
対して弾まない話題なのに、カカシはにこやかで楽しそうだったのを覚えている。
そして、初めましてが遠のく会話だったと、今でも思う。
結局その時は初めましてを言えずに終わり、言えたのは、二回目に会った時。
改めて言う俺を見て、可笑しかったのか、カカシは少しだけ眉を下げて微笑んだ。
ああ、この人は良い人なんだ、と思ったのを覚えている。

数日後、カカシを見かけた。アカデミーに近い場所の大きな樹木の根元に座り、愛読書を読み耽っている。
ナルト曰く、あの本は如何わしいタイトルもさることながら内容もそうだと言うが。本当にそうなんだろうか。
本当だとしたら、おおっ広げなのは問題だが、まあ、男である以上自分からは何も言えない。なんて思いながら、イルカはカカシに足を向け、そっと背後から近づいた。
「何を読まれてるんですか?」
覗き込むようにして問いかけたイルカに、カカシが、え、と反応し、振り返る。
顔を近づけたのはわざとだった。
カカシはいつもパーソナルスペースが狭いから、たぶんこの距離でも大丈夫だろうと。そう思っていた。
僅か数センチの距離で視線がぶつかった。カカシの露わな右目は驚きに丸くなった後、勢いよく身体を動かし、遠のいた。
気配をそこまで消したつもりもなかったし、いつもカカシが取る距離なのに。
まさかそんな驚くなんて思わなくて。
唖然とするイルカを前に、カカシの頬がかあ、と赤みを帯びていく。
耳まで赤く染まり、
「あ、……の、ごめん」
と言って、消えた。

一人になったイルカは、ぽかんとしたまま動けなかった。
カカシの顔を思い浮かべただけで、顔がどんどん熱くなる。
え、え。
なに?どう言う事?
分かんねえ。
やばい。
どうしよう。
取り敢えず、なんか胸がすっげー苦しいんだけど。
忙しなく動き出した心臓を押さえながら、次会う時はどんな顔して会えば良いのか。イルカは眉を寄せるしかなかった。


<終>
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