存在する気持ち

「え?」
イルカが聞き返すと、カカシは向かいに座ったテーブルで縦肘をついたまま薄い唇を開いた。
「だからね。相談されちゃって参ってるのよ」
ビールが注がれたグラス片手に困った表情のカカシが微かに笑った。
相談の内容は。ーー今は中忍である昔カカシの担当した部下の恋愛相談だった。勿論、そのカカシの元部下はイルカのアカデミーの元生徒だったから、知っている。
「男なのに男を好きになるなんてねぇ」
ため息混じりの呟きに、イルカはビールを口に流し込みながら視線をテーブルに落とした。
そのカカシの言う元部下の名前は、実は、数日前に訊いていた。
「....カカシさんもですか」
そう言うと、カカシは顔を上げてイルカを見た。
「え、なに?カカシさんもって」
少し驚いた風のカカシに、イルカは苦笑いを見せる。
「実は俺も相談されたんです」
「え、..っと俺の今言ったヤツから...ですか?」
カカシの問いに、首をゆっくりと振った。そしてまた視線をテーブルに落とす。
「いいえ。そいつの好きだって言う相手からです」
そう。イルカは、カカシが恋愛相談された男の想っている相手から、同じように男を好きになってしまったと、相談された。
だから、つまり、それはーー。
イルカの言っている意味が分かり、カカシは眉を寄せながら嘆息を漏らした。その表情でさえ端正に見える。イルカはその顔をじっと見つめ、カカシが自分へ目を向ける前に逸らす。
「なるほどねえ。アイツらは相思相愛ってやつですか」
「ええ、そのようですね」
カカシの結論に一回頷いた。
お互いの元部下と元生徒が。男同士で好き合って、悩んで、それぞれの恩師に相談している。
なんとも滑稽な状況だと、イルカはまたビールを喉に流しながら内心笑った。
カカシは空になったグラスを持ち上げ、店員へビールの追加を注文する。
「イルカ先生は?」
もう残り少ないグラスを見て、カカシはイルカを見た。
「はい、じゃあ。俺も同じで」
「うん。ビールね」
注文を済ますと、カカシはイルカに向き直って、テーブルにある枝豆を手にし、長く綺麗な指で皮を剥いて枝豆を口に入れた。
「参ったね」
「え?」
そう言われて、イルカは顔を上げた。綺麗な青い目がそうでしょ?と同意を求めてイルカを見ている。
「えぇ、...そうですね」
一瞬迷ったが頷いた。
カカシの言葉や仕草や顔に出る表現は、イルカの心をチクチクと刺激する。刃物でない細く長い針で、執拗に刺されている感じに、似ている。
「何にしても、色々敏感な年頃ですから。...慎重に対応してあげないと」
「ああ、そうね。敏感な年頃か。...もう三十路近い俺は何か鈍くなってんのかな」
笑うカカシに、イルカも合わせて笑った。


「じゃあね、イルカ先生」
店の前で手を挙げたカカシに頭を下げ、背を向け歩き出す。
星は綺麗できらきらと瞬いて。それが今日は眩しく感じて。イルカは視線を地面に落としながら歩く。
今日の恋路の話に出てきた元生徒二人の顔を思い浮かべる。
二人とも、真っ直ぐで一生懸命で。喧嘩しながら仲良かったのは、丸で昨日のようだ。
だから、相談してくれたのは、正直嬉しかった。
ーーでも。

イルカはまた顔を上げ、星空を見上げる。
元生徒に言った自分の言葉を思い出した。

”ーー先生は弱虫だから。何も力になれないけど。お前たちが、お前たち自身で乗り越えてくれる事を信じてるよ”

あの言葉は。本当は。あの人の世界さえ変えてはくれまいかと期待して、言ったんだ。
都合のいいやつだと思うよな。ごめんな。

”男なのに男を好きになるなんてねぇ"

カカシの言葉が頭に浮かんできて、イルカは足を止め、きつく瞼を閉じた。
再び目を開いて、顔を上げる。一番星の横に輝く月を見つめて、思わず笑いを零した。可笑しいと思うのに。なのに少し視界が滲んだ。

どうして俺はあの人を好きになってしまったんだろう。

でも、好きなんだ。


その気持ちだけは確かに、俺の心に存在するのだ。

<終>
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