空はいつだって変わらない。

道の脇で塀に背を預けたまま、短くなった煙草を足下に落とした。
足で潰すように消す。
その足下には既に数本の吸い殻が足下に落ちていた。
少し先に感じ取った気配にアスマは顔を上げる。
日が落ち掛けている。輝く夕日が辺りを赤く照らしていた。
「....よぉ」
アスマの低い声に。歩いてきたカカシが返答を返す代わりに、目の前で足を止めた。
「どーしたの」
眠そうな目。
感情の読めないような、青い目がアスマを映す。
アスマは短く笑った。
「いや、別に。偶然だな」
その言葉を聞きながら、カカシはアスマの足下に落ちる吸い殻に目を落とし、そこからアスマの顔を見る。
「そーね」
呟くようにカカシは言うと、追求するそぶりも見せずに歩き出した。アスマも歩き出す。
カカシが暗部から正規に配属されたのは数ヶ月前。
正直、この男はずっと。一生、命を落とすまであっちにいるもんだと。勝手に思っていた。
それをカカシも望んでいると。
それでも、すんなりと配属を受け入れたのか。
カカシは今、自分の横にいる。
「何て言われた?」
アスマの問いに、カカシは視線を真っ直ぐ向けたまま、んー、と声を漏らした。
「まあ...説明と、打診。かな」
アスマが短く笑った。
「命令じゃねえのか」
「うん」
素直な返事が返ってくる。
アスマは新しい煙草に火をつけながら、横目でカカシを見た。
さっきと何も変わっていない。落ち着いた表情。
ーーその冷静な顔は任務の時も然程変わらない。
アスマはぐっと眉根を寄せて視線を前へ戻した。
脳裏に思い浮かぶのは。
先日カカシと共にした任務。

Sランクの任務。暗部がサポート役として編成されるほど、内容は過酷だった。
最初に構築された作戦は問題なく機能した。
が、死人は多数出た。
それがほとんどが暗部で。
まだ若い、十代半ばだろうその暗部は。死ぬ間際、カカシの名前を呼んだ。
死を覚悟していただろう、ーーだったはずの若い暗部は。死ぬのが怖いと、命の灯火が消えそうになっている血で真っ赤に染まった手を、カカシに向けた。
その手をカカシはしっかりと握り。うん、と応える。
いつもと同じ。感情のないような目。
カカシが口を開く。
 大丈夫。怖いのは、直ぐ終わるから。
死によって解放される恐怖。
胸が、痛んだ。
カカシは。この男は。幼くして暗部で、これを日常として過ごしてきた。
優秀で、天才とも言われている、死ぬ可能性の低いカカシは。
ずっと、仲間が死ぬのを。こうして看取ってきたのだ。
その時、初めてカカシの目の奥にある苦痛とも言える揺らぎを、見た。
非情な世界に身を置いていると、改めて実感させられた。

こいつがこの闇から抜け、正規に配属されて、ーー良かった。
勝手に、そう思った。
でも。
アスマは数日前、執務室にいた。
ノックもせずに入ってきたアスマに、火影は書類に落としていた視線をアスマに向ける。
「何だ。報告ならさっき聞いたが」
「いや、そんな話じゃねえ」
火影は再び書類に目を落としながら、息を吐き出した。
「だったら後にしろ。明日までに決めなければいけないことが山ほどある」
山の様に積まれた書類。
その中でも火影が目の前に置き、読んでいる書類にアスマは目を向けた。そこから読み終わっただろう、伏せられた書類。
アスマは眉を寄せた。
「親父は...」
この部屋で珍しく呼ばれた名称に、火影は顔を再び上げる。
「親父は前しか見てねえんだな」
無言で視線を送る火影に、アスマは小さく笑いを零した。
「今回の任務は人が多く死にすぎた。そう思わねえのか」
伏せられた死体処理班の報告書に、アスマは視線を向ける。
「....ああ、知ってる」
火影は静かに答えた。
「だからこそこの死を無駄にしない為にも、一刻も早く次の任務を、」
「そんな事は分かってんだよ。そんな事を言いたいんじゃねえ」
「じゃあ何だ」
「今回死を受け止めたのはカカシだ。それで分かった。あいつは、毎回死に顔と、向き合ってる」
火影は持っていた書類を机に置いた。煙管を深く吸う。
「...カカシは強い。腕だけじゃなく、気持ちもな」
「違うだろ」
強くアスマに否定され、火影は眉をぴくりと動かした。
「耐えてるだけだろ、あれは。ただ、ひたすら。我慢強く。それを、カカシ自身気がついていない。親父、それをどう思ってんだ?」
煙を口からゆっくりと吐き出して、睨みつけるような眼差しを向けるアスマを見つめる。
「...アスマ。お前は暗部にいる頃のカカシを知らん。カカシの感性はお前とは違う所にあるんだ」
火影の口にした、その言葉に傷ついている自分がいた。
そう。
自分は闇を知らない。いたこともない。自分は里を出ていた時期もある。
子供だと、言われているようで。
でも。
ぐっと奥歯を噛んでいた。
小さく笑って火影を睨む。
「そうだな。俺は知らねえ。でもな。そのカカシは今正規にいるんだ。俺たちと同じ立場のこの場所にな。居場所と、立場と、仲間を。与えたのは、親父じゃねえのか?」
少し驚いた表情で、アスマを真っ直ぐ見つめる。
「...そうだな」
ぽつりと呟いた。
「仲間か。...カカシはいい仲間を持ったもんだな」
そんな言葉を続けられ、そこで自分自身、カカシを仲間だと強く感じている事に再認識する。
アスマは唇を噛んだ。
「なのに。カカシに、あの九尾のガキを担当させてどうすんだよ。また、あいつに耐えさせるのかよ」
ようやく話の焦点を絞ったアスマに、火影は視線をテーブルに落とした。
里のリンチピンにも成りかねないと誰もが分かっている。
アカデミーに在籍している幼い子供の担当。
火影は苦笑いしながらアスマへ目を向けた。
「まだカカシにも話してない情報を、よく手に入れたな」
渋面を作るアスマにまた笑いを零して、火影は横に置かれた書類を手に取りめくる。
今回アカデミーを卒業する生徒達のリストを眺めた。
「まあ、打診はするが。決めるのはカカシだ」
「だから、」
言い掛けるアスマに、持っていた書類をアスマに見せるようにバサリと投げ出す。
「お前がどう思ってるかは知らんがな。これは未来だ」
怪訝そうな顔を見せるアスマに火影は笑う。
「わしにはな、こいつらは輝く未来にしか見えんのだ。無論、ナルトもな」
開いたページにアスマは目を落とす。そこにはナルトの詳細な内容が細かく手書きで書かれてた。
私は自信を持ってナルトを送り出す事が出来る。と、最後の一文に書かれていた。担当教諭によって。



「そー言えばさ、アスマもそうみたいじゃない」
カカシの声に我に返る。
顔を向けると、カカシはアスマを見ていた。
「何がだ」
「上忍師。今日あの爺が言ってたよ」
「...あー、まあ。そうだな」
誤魔化すような言い方をするアスマを、カカシはじっと見つめ。
「あんなガキどもの担当なんか御免だ。なんて言ってたよね」
断れば良かったじゃない。
付け加えられた言葉に、アスマはカカシから視線をそらして頭を掻いた。
あの後、執務室で。アカデミーを卒業する生徒の報告書を全部読ませてもらった。
一人一人。愛情ある文を認めた報告書に目を通し。
決めた。
カカシと共に、上忍師となり。この子供達の成長を見守ると。
「まあ...何だ。俺も一枚噛ませてもらうことにしたんだよ」
はあ?とカカシに間延びした口調で聞き返され、困ったようにカカシを睨んだ。
まさか、自分からやりたいと言ったなんて、言えない。
「うっせえな」
「なによ、うっせえなって。俺、聞いただけだけど?」
不思議そうにアスマを見つめながら、カカシは息を吐いた。
「いいんだよ、俺の勝手だ」
だいたいお前が危なっかしいからだろが、とアスマは一人ごにょごにょと追加して呟く。
未だ、耐えている目しか見ていないのだから。
この先この青い目が、どう変わっていくのか。
見てみたい。
そう思った。
「訳わかんないね、お前」
カカシがまたため息混じりに呟く。
「あら、2人共。お揃いでどうしたの?」
目を向けると、紅が2人に手を振っていた。
「ほら、アスマ。お迎えだよ」
カカシの言葉に、アスマはカカシを睨んだ。
「なんだそりゃ」
「え?違うの?」
とぼけた口調だが、顔もとぼけたような感じで。悔しそうにカカシをにらみ返した。
確かに紅を気に入ってはいるが。進展もくそもねえ状態だ。
そんな所に妙に鋭いんだよな、こいつ。
舌打ちしたくなったが、それさえカカシに裏読みそれそうで。アスマは鼻を鳴らしてカカシから視線を外した。
「カカシ、聞いたわよ。あのナルトを担当するんですってね」
紅が歩いている2人の横にくっつくように並んだ。
横に来た紅に少し照れているアスマに気がつく様子もなく。紅はアスマ越しにカカシの顔を覗くように見る。
「早いねえ、情報が。でもまだ返事してないんだけどね」
カカシが答えると、紅は笑った。
「でも、もう決めてるでしょ?」
「まあ、...ねえ」
ポケットに手を入れながらゆっくり歩くカカシに合わせるように、アスマと紅は歩調を合わせながら、空を見上げるカカシを見た。
「私も受ける事にしたんだから、受けなさいよ」
『えっ』
カカシとアスマが2人同時に反応を示し、それを見てまた紅が笑った。
「ええ、そうよ。私も打診されたの。上忍師」
「はー、...そうなのかよ」
カカシ以外の情報は耳に入れていなかった事を軽く後悔しながら、煙草を指で挟んで煙を吐き出す。
その、ため息混じりのアスマの言葉に、紅がむっとしてアスマを睨むように見る。それを無視してアスマは苦笑いを浮かべた。
今年卒業するアカデミーの生徒の上忍師。重い責任と、今後想像も出来ない難解な事が立ちはだかると分かっているのに。
この2人といるだけで、わくわくしたような気持ちになるのは何故だろうか。
不思議な感覚に、アスマは一人微笑みながら煙草を吸った。
「でもあのイルカの教え子だから、楽しみって言えば楽しみよね」
紅がアスマとカカシの間に割り入りながら嬉しそうに言う。
「えー?誰?イルカって」
カカシに不思議そうな声で問われるが、ああ、そうだな、とアスマは紅に返した。
イルカの愛情のこもった報告書を思い出す。
「カカシは決まってるみたいだけど。どの子達の担当になるのか、楽しみじゃない?」
それは、アスマも気になっていた。
でも。
あの報告書を見る限り。
どいつもこいつも特徴があり、一癖も二癖もあるような奴らだが。ーーきっと骨のある奴らだと、分かっていた。
思い出してアスマは微笑む。
「ああ、楽しみだな」
見上げた空は、西空を夕暮れの赤い色に染めていた。
いつもと変わらない。
木の葉の里の美しい夕空。
輝く未来と言った火影の言葉が浮かんで、アスマは目を細めた。
「俺の下につくヤツは、ついてねえってことだな」
拳を鳴らして不適な笑みを浮かべるアスマに、紅は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに微笑んだ。
笑ってアスマの背中を叩く。
「そうね」
「そうねって言うな」
「言うわよ」
笑う2人を眺めながら。
ねえ、イルカって誰よ?
と、カカシがまた2人に問いかける。

三人の背に輝く金色の空。

カカシとイルカが出会うのは、ーーもうすぐ。

<終>