そういうこと②
任務が夜半に終わり報告を済ませ、そこから帰路に就く。
部屋に入ると途中で寄ったコンビニの買い物袋をテーブルに置き、シャワーを浴びる為に脱衣所に向かった。
コンビニで買ったものは売れ残っていた握り飯とビールのつまみ程度にしかならないような総菜。もう少し早く帰れていたらラーメン屋にでも寄れたのだが。そこまで思って、カカシは何となく濡れた銀色の髪をがしがしと掻いた。
居酒屋であんな事をしてしまったのは、自分のよく分からない行動のせいだと分かっているが。
翌日、受付で顔を合わせたが。イルカは至って普通だった。いつもと変わらない笑顔を浮かべ、任務表を元にはきはきと説明する声はいつも通りで歯切れがいい。
その後も。執務室の廊下や外ですれ違えば普通に挨拶をし、七班の事を聞いてきたり。何も変わらない。それでいいはずなのに。それなのに、何故か腑に落ちない自分がいた。
イルカが自分に告白をしてきた後もいつも通りで。そうあって欲しい、そうあるべきだと自分でそう思っていたのに。だから、今回も何もなかったような態度でもいいはずなのに。
向こうが飲みに誘って来るわけでもないから、こっちが声をかけないと飲みにも行けないが。あんな事をしてしまってから。自分の落ち目と言うわけでもないが、ちょっと声をかけづらい。
もやもやした気持ちに自分が滅多にならないからか、何をしていても落ち着かない。昔、幼かった頃誰かと喧嘩をしてしまった後のような。何かをしなきゃいけないような気がするも、いや、だからと言ってイルカがそいつと同じような関係ではない事は自分でも分かっている。
自分でも分からない不透明な気持ちに、カカシは缶ビールを傾けながら、ぼんやりと視線を漂わせた。
三日後、カカシは任務帰りに、一人居酒屋にいた。この前の店は避け、別の小さな店を選んだのは、他でもない。この前のような鉢合わせをしたくないから。
ただ、いつものようにイルカを誘えばいいだけなのに。分かっている。分かっていてそれを行動に移せないのは、ただ単に自分が意地になっているだけで、
「カカシさん」
一人酒を飲みながら考え事をしていれば、名前を呼ばれ。反射的に顔を上げ、そこにイルカの顔を見て驚く。そんなカカシを余所にイルカはカカシの座っている小さなテーブルの前の席に腰を下ろした。
驚いた顔のまま、どーしたの?と問うカカシに、イルカは注文を聞きにきた店員にビールを頼み、渡されたおしぼりで手を拭きながら、こっちへ顔を向ける。
「さっきアスマさんに会って、聞いたらここじゃないかって」
説明され、納得する。
アスマと一緒に任務をし、その後飲みに誘われたが断り、一人でここに足を運んだのは確かだった。知り合いに行動を読まれている事に情けなく思うものの、でも、だからといってなんでイルカが此処に来るのか。そう思っている間にイルカの頼んだビールが運ばれる。
「任務お疲れさまでした」
そう言われるままに、うん、と答えれば、手に持ったままのカカシのグラスに自分のグラスを重ね、そしてイルカは一人ビールを美味そうに口にする。
つい最近まで、こんな感じでイルカが目の前にいて、一緒に酒を飲む事は、そうだったのに。こうしているのが懐かしく感じて酒を飲むイルカを目で追っていれば、黒い目がカカシを映す。思わず視線をテーブルへずらしていた。
内心、何故かそわそわしたものが自分を包む。今まで普通に、他愛のない会話をしてそれが楽しくて、それで良かったのに。
それなのに、今は目の前にイルカがいるだけで何を話したらいいのか分からない。大体、イルカはこうなった今も自分に気持ちを寄せているのだろうか。断った上で尚、今まで通りの関係を求めてきた自分に対して、何か思う事があったのかもしれない。それに、この前の事も。
そう考えたらますます落ち着かなくなる。カカシはビールを喉に流し込んだ。
「カカシさん、俺のこと避けてますよね」
スバリ言われて顔を上げれば、イルカがじっとこっちを見ている。そう?と聞き返すと、縦肘をついたまま目を逸らさず、はい、と肯定され、カカシはその視線に居た堪れなくなった時、イルカが小さく笑うから、むっとした。
「だったら先生が誘ってくればいいじゃない」
思わず口に出た。今まで口にしたことがない台詞に、イルカは少し目を丸くしたが、またその黒い目を緩ませる。
「立場的に俺が誘うのは無理だって知ってるじゃないですか」
違いますか?
片眉を上げ正論を口にする顔は、真面目なようで少しだけ悪戯っぽい表情が含まれていて。その見慣れたはずのいつもの砕けた表情に、何故か胸がドキンと鳴った。
あのさ、と口に出たのは無意識だった。いつも誰かと会話をする時は、先を見越した、予想をしながらの会話をするのに。
「先生って上?下?」
聞いてしまったと思うが、遅い。
間抜けで、それでいて変な質問に。を丸くしたイルカは、こっちの意図する事が分かったんだろう。そこから恥ずかしそうに笑った。その通り、参ったな、と困った笑顔を浮かべながら、イルカは後頭部を掻く。こんな突拍子もないふざけた質問に、はぐらかしてもおかしくはない。いや、はぐらかしてもいい。それでも仕方ないと思うのに。
「俺もそういうのよく分かってないですが、どっちでもいいんじゃないんですかね」
そう答えた。
イルカらしい台詞だと思うも、自分で聞いたくせに、表情には出さないが、心音が早足になる。話が広がるわけでもない、聞いたところでどうすんだって内容に、後悔の色が濃くなった時、ただ、とイルカが言葉を繋いだ。
「カカシさんってどんなセックスすんのかなって、そう思ったのは、確かです」
驚きに目をまん丸くするカカシを前に。イルカは恥ずかしそうにそう口にすると、黒い目を緩ませる。その目にぞくりとしたものがカカシの背中を走った。
<終>
部屋に入ると途中で寄ったコンビニの買い物袋をテーブルに置き、シャワーを浴びる為に脱衣所に向かった。
コンビニで買ったものは売れ残っていた握り飯とビールのつまみ程度にしかならないような総菜。もう少し早く帰れていたらラーメン屋にでも寄れたのだが。そこまで思って、カカシは何となく濡れた銀色の髪をがしがしと掻いた。
居酒屋であんな事をしてしまったのは、自分のよく分からない行動のせいだと分かっているが。
翌日、受付で顔を合わせたが。イルカは至って普通だった。いつもと変わらない笑顔を浮かべ、任務表を元にはきはきと説明する声はいつも通りで歯切れがいい。
その後も。執務室の廊下や外ですれ違えば普通に挨拶をし、七班の事を聞いてきたり。何も変わらない。それでいいはずなのに。それなのに、何故か腑に落ちない自分がいた。
イルカが自分に告白をしてきた後もいつも通りで。そうあって欲しい、そうあるべきだと自分でそう思っていたのに。だから、今回も何もなかったような態度でもいいはずなのに。
向こうが飲みに誘って来るわけでもないから、こっちが声をかけないと飲みにも行けないが。あんな事をしてしまってから。自分の落ち目と言うわけでもないが、ちょっと声をかけづらい。
もやもやした気持ちに自分が滅多にならないからか、何をしていても落ち着かない。昔、幼かった頃誰かと喧嘩をしてしまった後のような。何かをしなきゃいけないような気がするも、いや、だからと言ってイルカがそいつと同じような関係ではない事は自分でも分かっている。
自分でも分からない不透明な気持ちに、カカシは缶ビールを傾けながら、ぼんやりと視線を漂わせた。
三日後、カカシは任務帰りに、一人居酒屋にいた。この前の店は避け、別の小さな店を選んだのは、他でもない。この前のような鉢合わせをしたくないから。
ただ、いつものようにイルカを誘えばいいだけなのに。分かっている。分かっていてそれを行動に移せないのは、ただ単に自分が意地になっているだけで、
「カカシさん」
一人酒を飲みながら考え事をしていれば、名前を呼ばれ。反射的に顔を上げ、そこにイルカの顔を見て驚く。そんなカカシを余所にイルカはカカシの座っている小さなテーブルの前の席に腰を下ろした。
驚いた顔のまま、どーしたの?と問うカカシに、イルカは注文を聞きにきた店員にビールを頼み、渡されたおしぼりで手を拭きながら、こっちへ顔を向ける。
「さっきアスマさんに会って、聞いたらここじゃないかって」
説明され、納得する。
アスマと一緒に任務をし、その後飲みに誘われたが断り、一人でここに足を運んだのは確かだった。知り合いに行動を読まれている事に情けなく思うものの、でも、だからといってなんでイルカが此処に来るのか。そう思っている間にイルカの頼んだビールが運ばれる。
「任務お疲れさまでした」
そう言われるままに、うん、と答えれば、手に持ったままのカカシのグラスに自分のグラスを重ね、そしてイルカは一人ビールを美味そうに口にする。
つい最近まで、こんな感じでイルカが目の前にいて、一緒に酒を飲む事は、そうだったのに。こうしているのが懐かしく感じて酒を飲むイルカを目で追っていれば、黒い目がカカシを映す。思わず視線をテーブルへずらしていた。
内心、何故かそわそわしたものが自分を包む。今まで普通に、他愛のない会話をしてそれが楽しくて、それで良かったのに。
それなのに、今は目の前にイルカがいるだけで何を話したらいいのか分からない。大体、イルカはこうなった今も自分に気持ちを寄せているのだろうか。断った上で尚、今まで通りの関係を求めてきた自分に対して、何か思う事があったのかもしれない。それに、この前の事も。
そう考えたらますます落ち着かなくなる。カカシはビールを喉に流し込んだ。
「カカシさん、俺のこと避けてますよね」
スバリ言われて顔を上げれば、イルカがじっとこっちを見ている。そう?と聞き返すと、縦肘をついたまま目を逸らさず、はい、と肯定され、カカシはその視線に居た堪れなくなった時、イルカが小さく笑うから、むっとした。
「だったら先生が誘ってくればいいじゃない」
思わず口に出た。今まで口にしたことがない台詞に、イルカは少し目を丸くしたが、またその黒い目を緩ませる。
「立場的に俺が誘うのは無理だって知ってるじゃないですか」
違いますか?
片眉を上げ正論を口にする顔は、真面目なようで少しだけ悪戯っぽい表情が含まれていて。その見慣れたはずのいつもの砕けた表情に、何故か胸がドキンと鳴った。
あのさ、と口に出たのは無意識だった。いつも誰かと会話をする時は、先を見越した、予想をしながらの会話をするのに。
「先生って上?下?」
聞いてしまったと思うが、遅い。
間抜けで、それでいて変な質問に。を丸くしたイルカは、こっちの意図する事が分かったんだろう。そこから恥ずかしそうに笑った。その通り、参ったな、と困った笑顔を浮かべながら、イルカは後頭部を掻く。こんな突拍子もないふざけた質問に、はぐらかしてもおかしくはない。いや、はぐらかしてもいい。それでも仕方ないと思うのに。
「俺もそういうのよく分かってないですが、どっちでもいいんじゃないんですかね」
そう答えた。
イルカらしい台詞だと思うも、自分で聞いたくせに、表情には出さないが、心音が早足になる。話が広がるわけでもない、聞いたところでどうすんだって内容に、後悔の色が濃くなった時、ただ、とイルカが言葉を繋いだ。
「カカシさんってどんなセックスすんのかなって、そう思ったのは、確かです」
驚きに目をまん丸くするカカシを前に。イルカは恥ずかしそうにそう口にすると、黒い目を緩ませる。その目にぞくりとしたものがカカシの背中を走った。
<終>
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