間もない二人

カカシと付き合いだしてまだ一週間も経っていなかった。
付き合い出す前、何度か飲みに誘われてそれなりに好意は抱くようになり、カカシと打ち解けたと思っていた。それは勿論友人としてだったのだが、カカシは違っていた。恋愛の対象としてイルカを見ていた。
ここ何年も彼女がいないとボヤいた時、カカシはサラリと言った。
「オレと付き合うのはどうですか?」
「え~何言ってるんですか~。カカシ先生、何の冗談」
「いや?至って真面目ですよ。イルカ先生が好きなんです。じゃなきゃこんなに特定の人誘ったりしないよ」
ニコニコとしながら言われた言葉に一気に酔いが醒めたのが分かった。きっと動揺ぶりが顔にも出ていただろう。
「あれ、分からなかった?オレちょいちょいアピールしてたのに。ま、イルカ先生らしいよね。取り敢えず付き合ってみようよ」
肩肘ついてイルカをウットリと見つめている。
アピールなんて微塵にも感じていなかった。そうか、度々感じていたカカシの熱い視線はそんな意味があったのか。
些か上忍の威圧を感じ否定なんか出来る雰囲気ではなかった。

付き合いだしてすぐにカカシは任務にでた為、それから6日間会っていなかった。
「イルカ先生」
アカデミーの授業も終わり、イルカは教室から出て職員室に向かっていた。
聞き覚えのある声に振り向くと、カカシが階段脇に立っている。
「あ、カカシ先生。こ、こんにちは」
ドキマギして変な挨拶をするイルカにカカシは少し吹き出した。
「なに、緊張しちゃってます?やっと任務終わったんですよ。イルカ先生はもう終わり?」
「はい、今日はもう」
「だったら先生の家に行きたいな。何か作ってくださいよ。これでも少し疲れてるんです」
言われて、イルカはしまったと思った。
カカシが任務からいつ帰るか分からない為、一応予定は空けるようにしていたが、よりによって今日は先月から約束が入っていた。
顔にでているのか、
「もしかして先約でもあるの?」
ズバリ言われて頭を下げた。
「先月から約束してて、なんか・・すみません」
カカシが黙りこくっているのでイルカは顔を上げる。
「・・まあねえ、付き合う前からの約束なら仕方ないですね」
「すみません」
「じゃあ明日、オレに付き合ってよ。明日休みなんですよ。イルカ先生も休みですよね?」
何で知っているんだと首をひねりながら、頷いた。
「ええ、分かりました。・・じゃあ今日は失礼します」
急いで職員室に歩き始めたイルカの後ろ姿を眺めながら、カカシはほくそ笑む。
(可愛いなあ、イルカ先生)
一週間もイルカを見ていなかった為か、久しぶりに見たイルカの笑顔やあの少し大きいが引き締まったお尻を見て今すぐ抱きしめたい衝動に駆られていた。
しかも約束とは言え自分へのつれない態度。イルカへ後ろ髪を引かれてならない。
イルカが職員室に入るまで見届けてから、カカシは歩き出す。
明るい空には月が見え始めていた。

「じゃ、お疲れ~」
皆でグラスを突き合わし、イルカはビールを一気に飲み干した。仕事終わりの生ビールは格別に美味い。気の合う仲間と一緒とならば格別だ。
「相変わらずイルカは早いな~」
ピッチャーのビールを空になったグラスに注がれ、イルカは笑った。
「このために今日は頑張ったからな。お前らだってそうじゃないの?」
「まあな、中間管理職の辛さだよ。下にはまとわりつかれて上からはせっつかれる」
皆がドッと笑いイルカも笑った。
上とは上忍の事だろうが、まあそれは確かに合っていた。最近受ける任務を選り好みしない五代目のお陰で、任務に駆り出される上忍のストレスは、下である中忍に確実
に浸透していた。
カカシも今日まで一週間任務で里を離れていたくらいだ。
不意にカカシの事を思い出し、頭を振るとビールをゴクゴク飲む。
今日は悪い事をした。あんな告白をされた後、6日ぶりに会ったカカシに年甲斐もなくドキドキしたのは確かだ。
未だに、本当に自分とカカシが付き合っているのか実感がない。何年も前に付き合っていた彼女と別れて以来、誰かを好きになったり恋愛として好かれる事もなく時だけが過ぎていた。まさかあの憧れさえ抱いて
いた、写輪眼のカカシに告白されるとは。人生分からないものだ。
次第に店の中も賑わい出し、イルカ達の酒も進んだ。久しぶりの同僚との飲み会。グダグダとしながらも話すことは尽きない。
「お、イルカ。お前らもここで飲んでたか」
その声で顔を上げると、上忍のアスマが立っていた。大柄な男で一見強面な風だが、上忍の中でも気さくで話しやすい。
イルカを特に気に入っているのか、よく声をかけられていた。イルカも酔った顔で快く返事をした。
「お疲れさまです。こんな店に来るなんて珍しいですね」
「ああ、たまにはな。賑やかな店に来たくなんだよ」
座ってるイルカを見て笑うと周りを眺めた。
上忍となると安い居酒屋には殆ど出入りしなくなる。個室がある高めの料亭が殆どだ。
「はたけ上忍、お疲れ様です」
「へ?・・・・あっ!」
同僚が緊張気味に発した言葉に驚き、アスマの後ろにいる影がカカシだと確認して目を丸くした。確かにカカシが立っていた。
イルカからはアスマに隠れて全く見えていなかった。
「お疲れー」
いつもの眠たそうな目で片手を上げる。表情は伺えなかった。と言うか、驚いてそれ
どころではない。
「相変わらず此処は混んでんなー。カカシ、ここでいいか?わりぃなお前ら」
まさかの隣のテーブルにアスマが腰を降ろした。イルカのいるテーブルは凄い勢いで空気が澄んで静かになる。混んでいる以上致し方ない事なのだが、これでは下手に何も言えない。が、これ以上沈んでいても仕
方がない。1人が立ち上がりアスマにビールを注いだ。
イルカは未だに動揺が収まらずカカシをチラチラと隠れ見てはグラスを口にした。カカシはイルカの対角線状に座っている。適度な距離に思えイルカは何故か少し安心した。カカシは酒をそこまで飲まない。同僚
が注いだ酒も口をつけずに置かれたままだ。
「ほんと、悪いな。適当に飲んだら帰るからよ」
「いや!折角一緒の席になったんです。楽しみましょう!」
アスマに気を使われ、皆無理にでも笑いだす。アスマだけならともかく、あのカカシがいるのだ。彼の機嫌だけは損ねたくない。カカシは元来人を寄せ付けないオーラを漂わせ、アスマの様に気を使うことも無い
。出来る限り無礼だけは避け、この場をしのぎたい。
そんな気持ちが痛いほど伝わり、イルカは内心皆を気の毒に思う。カカシは表情変わらずメニューを眺めていた。
不意にカカシが視線を上げ、イルカとカチリと目があった。思わず目を下に背けて俯いた。頬が一気に熱を持つ。
(何やってんだ俺!)
普通にしなければと笑顔を貼り付けて、内容はサッパリ頭に入ってこないが同僚の会話に耳を傾ける。
にしても、カカシは何故アスマと飲みに来たのだろう。任務で疲れたとか言ってなかったか。てっきり自宅に帰り身体を休めてるとばかり思っていた。
帰り際アスマに出くわして無理に誘われて来たとか、そんな所だろう。
いや、カカシは誰に対しても公平にマイペースを貫く性格だ。嫌々こんな混み合ってる居酒屋に来たいと思うのか。
「・・・ルカ、イルカ聞いてんのか?」
隣に座る同僚に肩を叩かれハッと我に帰る。アスマ含め皆が笑った。
「もう酔って眠くなったか?」
「ほら、アスマ上忍が聞いてんだから答えろよ」
「あ、・・何を?」
「女だよ、女。彼女が出来ないイルカを心配してくれてるんだよ。最近はどうなんだ?」
気がつけばそんな話になっていたのか。色恋は盛り上がりやすい話題なだけに分かるが。
(何故このメンツで、しかも俺!!)
内心逃げ出したくて堪らないのを抑えて顔を崩して笑った。
「俺ですか?いや、どうだったかな・・」
なんとも歯切れの悪い返答に、アスマは眉頭を寄せた。
「なんだそりゃ、ハッキリしろよ。いるかいないかの2択じゃねーか。あ、それとももしかしているのか?」
アスマは楽しそうに笑みを浮かべ、ビールを飲む。
心臓が今までにないくらいバクバクしている。
どうする。これは、言うべき流れか?付き合ってますって?カカシ先生と?
(い、言えない!!)
「イルカマジで彼女出来たの?マジかー!」
無言は肯定と見なされたのか、同僚が驚いて顔を輝かせている。
「いや、その、」
暑くないのに汗が出てきた。頭が沸騰しそうだ。この場を凌ぐ方法が思いつかない。
自分の能力では無理があった。馬鹿正直な自分の性格が恨めしくなる。カカシをチラと見ると、美味しそうにホッケをほじって口に運んでいる。
我関せずを貫くつもりなのか。ここでは内密ってことなのか。
(分からない。カカシ先生、貴方の表情分からなさすぎです!)
今更ながらに心で訴えてみるが、解決にはならない。
「ここで話さなきゃ男じゃねえなぁ、なあ?」
アスマの周りを固める発言で涙が出そうになる。
「ねえねえ、オレは?オレの事聞いてよ」
挨拶以来黙っていたカカシが口を開き皆が注目した。
イルカは涙目でカカシを見つめた。良かった、これ以上いじられたらどうにかなってしまいそうだった。カカシはそれを察して助け舟を出してくれたのだ。
「何で今なんだよ。イルカの話の後だ。てか、お前は常に女囲ってるじゃねーか」
軽く舌打ちをしてアスマがカカシを見た。
他の中忍も皆同じ意見だが、カカシの存在はそれ以上に絶対だった。
「是非!聞かせてください。勉強にさせていただきたいです!」
「えー、そう。じゃあ聞いて。オレね、最近恋人できたんだよね」
頷く周りを他所にイルカは固まった。やめてくださいと、目で訴えるがカカシはイルカを見る様子もない。あえて無視を決め込んでいるようにも見えて、焦りがイルカに広がった。
「ま、おれの片想いだったんだけど、ようやく成就して今日で一週間かな」
「うわ、お前マジか」
アスマが毒吐きのように呟く。
何を、何を言いだすんだこの人は。もしかしてこっからサラリとカミングアウトするパターンなのか。
何を考えているのか分からない。矛先が変わりホッとしていたのに。
汗ばんだ手でグラスを持ちながらカカシを見入っていた。
当のカカシは、のほほんとして少し顔をほころばせている。
「あれ、面白くない?」
カカシの顔は笑ってはいるが訝しむ空気を出し、周りが慌てて首を振った。
「いや、そんな純粋な話をはたけ上忍から聞けるとは思っていなくて!是非続きを聞かせてください!」
「んー、まだ付き合い始めだから手探りなんだけどね、きっと料理はそこそこだと思うんだよね。得意料理は卵焼きとか味噌汁とか」
(・・それは合ってます、カカシ先生)
「性格は温和で子供好きかな。面倒見もいいんだよね、あの人」
「はたけ上忍、最高ですね」
誰かが持ち上げる。イルカの胸は熱くなった。カカシが人前で自分を褒めてくれている。恥ずかしいのに嬉しい。
「まあねえ、ただお人好しで騙されやすいんだよね。だってオレみたいのにすぐひっかかったでしょ。ひょいひょい他の人についてきそうで心配かな~」
笑ってカカシは烏龍茶を飲んだ。
「体型は俺好みの中肉中背で、1番そそるのは尻かな。大きいんだけど、締まってる感じ?あの尻を見ると無性に後ろから襲いたくなるかなー。バックでやったら突きや
すそう」
アスマがおもむろに嫌な顔をした。
「あとね、唇も好きだなー。ポテッとしててキスしたら絶対柔らかくて美味しそう。
それがヤラシー感じで堪んないんだよね。いっつも真面目な事しか言わないあの口を見ると色々想像が膨らんで膨らんで。夜はどんな感じかそのギャップがねー考えただけで楽しくならない?フェラしてもらった
らどんな感じかなー、とか」
凄い勢いでドン引きした空気の中カカシは幸せそうに話している。
イルカは怒りで身体が震えた。これは何だ?何かのプレイなのか?
やめてくれ。頼むからもう終わりにしてくれ。
イルカの心の叫びを他所にカカシは饒舌に話し続ける。
「きっと感度も凄い良さそう。鳴いた時の声も可愛いんだろーな。経験なさそうだから、イクのも早く」
「おい、カカシ、」
「やめろーー!!」
アスマがカカシの会話を制すると同時にイルカは叫びながら立ち上がり、真っ赤になって全身を震わせた。手に持つグラスを割らんとばかりに強く握りしめている。
「おい、イルカ?」
同僚が声をかけるが、イルカの耳には届いてなかった。カカシを凄い形相で睨みつけている。
「カカシ先生!!あんまりです!!あんたそんな風に俺を見てたんですか!?最低だ!!」
皆唖然としてイルカを見た。
「あれーイルカ先生、そんな事言っていいのー?バレちゃうよ?」
カカシは心底嬉しそうな顔をしている。何がそんなに嬉しいんだ。イルカの額に青筋が立つ。
「・・・っ、カカシ先生なんか嫌いだ。大っ嫌いです!!」
そう口にすると視界がぼやけた。
言葉の暴力だ。横暴だ。権力を逆手に取ってセクハラ行為をしているだけだ。
ぐいっと袖で目際を拭うとイルカは店を速足で出て行く。
誰も止めることも出来ずにイルカを目で追う中カカシは立ち上がる。
「あ~、じゃ、オレイルカ先生を送ってくから」
恋人ですからねー、と呟き、その場の空気に似つかわしくない、嬉しそうな顔のまま
カカシは店を出て行った。
「・・・あいつイルカと付き合ってたのか」
しばらく誰も口を聞けない空気の中、アスマの低い声が響いた。

<終>
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。