ベクトルは君に向かって

「なあ、なんでカカシ先生あんな怒ってんだ?」

ある秋も深まった日の午後、ナルトはサスケに呟いた。
「さあな」
すんなりそう答えたサスケも、ぎこちない表情。
サクラはサクラで少し離れた場所でカカシを見つめている。

その様子の通り、カカシは機嫌が悪かった。
虫の居所が悪いとかでなく、怒っている。
それが、はっきりと見てとれた。

胸中見せない、無表情でつかみ所のないカカシは今ここにはいない。
無論、そんなカカシを見た3人の部下は、距離をおいた場所でカカシを見つめている。


発端は前日の夜。
夜を共にしていた相手に言われた一言から始まった。

自分には恋人はいない。
女に不自由した事がないから、特定の相手なんて必要がない。
シタい時にする。
ただそれだけだった。

イルカに惹かれたのはひょんな事で。
任務報告行くと、よくいる中忍に気が付いた。
忍にはいないような明るい笑顔。満面の笑みでいつも向かえてくれる。
里内外でも有名なカカシは距離をおかれるのがいつもの事だった。
なのに、その笑み。

男が自分に愛嬌を振りまくのは体目当てだと思っていた。

だから、あの時。
アカデミーの外で初めて会った時。
「カカシ先生、もうお帰りなんですか?」
報告所にいる時と変わらない笑みを見せた時。

誘ってんのか、この人は。

そう解釈して、カカシはイルカを家に招いた。

何の疑いもなくついて来て、警戒もせずに家に入る。
女を誘うのと同じ様に酒を勧めて。

その夜イルカを抱いた。

思ったより善かった。
昼間に見せる事のない、声や表情をカカシ自身気に入った。
ただそれだけだった、-------はずなのに。

気が付けば毎晩イルカの家に足を運んでいた。
抵抗することのないイルカ。

今まで感じる事の無かった、“何か”に気が付きはじめていた。

「は・・っ・・・う・・ん」
快楽に呑まれそうになりながら、イルカの声が紅い唇から漏れる。
「カ・・・カカシ・・さ・・」
限界だと告げるように苦しそうに呟き、カカシの背中に爪を立てる。
上気した頬に口づけて、更にイルカの奥に激しく突き上げた。



「・・・最近」

汗の引かない体を弄ぶようにして、カカシはイルカの髪を撫でていた。
イルカはいつもそのまま眠ってしまうはずなのに。
その声に、イルカに触れていたカカシの指がピクリと動いた。

「なに?」
「・・・最近、すぐに帰らないんですね」

少し掠れた声でいて、しっかりと聞こえた。
「さあ、今はこうしていたい気分なんで」

再び訪れた沈黙の中、イルカが口を開いた。

「帰ってください」
「なんで?」
「ここにいる必要ないじゃないですか」

むくりと起きあがったイルカは真っ直ぐカカシを見つめる。
光のない闇の中、月の光にイルカの肌が浮かび上がった。

「何のために、ここに来たんですか」
「・・・はあ。突然なに言い出すの?」

何を言いたいのか考える気にもならなかった。
というか、意味が分からない。
気持ち善くなった後に、相手にどうのこうの言って欲しくない。
どんな理由があって自分につっかかるのか。
カカシは眉をひそめた。

何か言おうとしてるのか、言えないのか。
俯いて黙ってしまったイルカの頭をぽんぽんと触る。
「・・・イルカセンセー?」
「・・・どうせ・・性欲処理のために抱いてるんでしょう?」



ソレ、どういう意味?



ガン、と頭に重い衝撃が走った。
目の前にいるイルカが突然豹変した怪物のようにも思える。
闇に輝いている目が、カカシを睨み付けている。

異様な胸のむかつきがカカシを襲う。

気が付けばイルカの腕を掴んでいた。
「っ、いた・・っ」
加減のない力にイルカの顔がゆがむ。
既に慣れているイルカの最奥は、簡単にカカシの指を入り込ませる。
「あっ!?・・・やめっ」
2本、3本と増えた指は止まることがない。
ぐちゅぐちゅと音を立てて、くわえ込んでいる。
「じゃあ、アンタは何で俺とヤッてるの?」
イルカの耳を咬み、荒い息と共に言葉を呟く。
熱い息に、イルカが体を捩った。
答える間を持たせずに、指を引き抜き、熱く猛ったカカシ自身をねじ込む。
「はぁ!・・あぁ・・・や・・・」
イルカの答えは聞かない。
何度も、奥へと突き上げる。


「ねえ。・・・・・・何で?」


頭を振っているイルカを見つめながら、カカシの目は紅く光っていた。


***


じゃあ、何て言えば良かった?
どうしたらあんなに怒らなかった?

あの目。
あの時俺を見たあの目。
怒りなのか悲哀なのか。
酷く自分を責めているように睨んで。

・・・・くそっ。

カカシは眉をひそめて押し黙った。


「・・・カカシ先生」
「あ?」

気配に気が付いて、顔を上げる。
無意識にした返事とカカシの顔に、ナルトの引きつった表情が目の前にあった。
「ああ、・・・・なんだっけ。もうそんな時間か?」
「・・・・さっきそう言ったってばよ」
「そっ、そうよ。もうこれで終わりならアカデミーに戻りましょうよ」
ナルトの後ろに隠れていたサクラも、言葉に付け加えた。
部下にこんな顔されてるようじゃぁ・・・ねぇ。
自分の感情を表に出していたのだと、やっと了解したカカシは3人を眺めて小さくため息を付いた。

「カカシ先生。なんでそんな怒ってんの?」
アカデミーまでの帰り道、やっと聞きたかった事をナルトは口にした。
「さあね、分からん」
自分でも不透明な原因と不愉快な思いに、カカシはそっけなく答える。
「ふーん。・・・誰かと喧嘩したとか?」
両手を後頭部で組みながら、うっすらと核心を突いたような言葉。
返事をしないカカシを、ナルトは少し目を開いて見上げた。
「えっ、カカシ先生喧嘩して機嫌悪かったの?」
サクラがナルトの横からぴょこんと顔を出した。
いつのもカカシに戻ってきたので安心したのか、興味をそそられただけなのか。
サクラはナルトとは反対側に、カカシの横についた。
「そういえば、イルカ先生も機嫌悪かったなあ」
思い出した様にナルトが呟いた。
「・・・イルカ先生が?」
「うん。朝会ったんだけど、挨拶しても素っ気なかったんだ。・・・疲れてんのかなあ」
「・・・ふぅん」
ふっかけてきたのは、イルカ自身なのに。
機嫌が悪いもないもんだ。
「イルカ先生が怒るなんて、よっぽどよね」
「ただ単にお前がうざかっただけだろ」
「ああ!?」
サスケの言葉に、目をつり上げてナルトが睨む。
まあまあ、とカカシが片手で二人の間を離した。
「それに目がすごく赤かったんだ」
「それって機嫌が悪いんじゃなくて、泣いて元気が無かったんじゃないの?・・・まったくナルト。あんた何見てるのよ」

昨日のイルカの目を思い出してカカシは空を見上げた。
怒っていたのは分かるが。泣くほどだったのだろうか。
そんな風に相手を泣くまで怒らせた事はなかった。
お互い同意の元でしてたんじゃないのか。
それともずっと嫌々従ってただけなのか。

直接聞けば済むんだろうけど。
今はイルカと口を利くのも面倒くさい。
頭が、この不快な気持ちと疑問でぐしゃぐしゃだ。

重い足取りのままアカデミーに入る。

そうか、ここでいつも会ってたんだっけ。
報告所に入ってイルカに気が付いた。
イルカもカカシに気が付いていない。
ナルトに聞いた通りいつもの笑みは無く、頭を垂れて机を見つめていた。

3人いる中、迷うことなくイルカの前に立って書類を置いた。
「・・・あ、ごくろうさまです」
その報告書に顔を上げる。
瞬間、イルカの目が大きく開いた。
瞬きすることなくカカシを写している。
目が赤い。
誰が見ても一目で分かる。
きっとアカデミーでも泣いたんだろう。
声をかける言葉も無く、そんなイルカに眉をひそめた。

泣かしたのは自分だ。
そのくらい分かる。
でも、俺を不快にさせたのはイルカで。

そのイルカの言葉を、ふと思い出した。
目の前で泣きそうな顔で報告書に目を通しているイルカと、昨日のイルカと何ら違うわけでもない。
それでも、本当にこのイルカが言ったんだろうか、とさえ思えてくる。
「任務、ご苦労様でした。報告書、承りました」
精一杯作った笑顔。
無表情に見つめたまま、イルカを見下ろして。

「イルカセンセー、今夜ひま?」

気が付いたら、口が開いていた。
「は?・・・・・」
カカシの言葉に赤い目がぱちくりする。
「今夜暇かって聞いてるの」
「え、・・・」
「校門の前で待ってますから」
驚いた顔のままイルカは固まって。
カカシは、そのまま報告所を後にした。

普段からつかみ所のないカカシの言動に対して、誰も気には留めない。
もちろん、カカシ自身気にもしていない。
定時後から2時間。日も暮れて闇が里を包み始める。
疎らにいた教師も消え、誰一人通らない。
自分を避けて別の道から帰ってしまったのか。
しかたないと、アカデミーに背を向けて歩き始めた時。まもなく駆けてくる音が聞こえて。それがイルカだとすぐに分かった。

振り向こうとして、がしっと強く肩を掴まれ、思わず身体がよろめいた。
「今日は当番で遅くなる日だったんです!」
苦しそうにして息を吐きながら。カカシを怒ったように見ている。
「あと、あんな場所でやめてください!」
泣き顔見せてたイルカが、今みじんにもない。
どうしてこの人はこんなに勝手なのか。
たぶん、向こうもそう思っているだろうイルカを見つめた。
「赤い目」
イルカはハッとして、指摘された目を隠すように俯いた。
「あなたとは関係ありませんから」
嘘。
カカシは心の中で呟いた。
嘘だと分かっているはずなのに、イルカの言葉が冷たく感じる。
そう、傷ついている。

言葉のないセックスはいつものことで。
それだけで満足していたのに。

この人は違った。
最初に体の関係を持ったあの日から、イルカの様子をさぐっていた。
この人は自分以外の人とも、俺と同じような関係をつのだろうか。
気が付いたら毎日イルカの元に通っていて。
繋がりを絶ちたくなかった。

「あなたが好きだから」

カカシはボソリと呟いた。
何を言ったのかと、イルカは眉をひそめてカカシを見る。
黒く、真っ直ぐな瞳。
自分だけを写している。
この人を他の人なんかに渡したくない。全て自分の物にしたい。
そう思った時、カカシは笑っていた。
独占欲の塊の自分があまりにも子供過ぎて。
「なんで笑うんですか?」
強い眼差しのまま、じっと見つめられる。
「・・・辛い思いさせてすみませんでした」
その言葉に、ポカンと口を小さく開けて、みるみる顔が赤くなっていくのが分かった。
ものすごく困ったような、嬉しいような、怒っているような。
体は素直なくせに、言葉には上手く出せないのは分かっている。
口をくの字にして俯いたまま動かない。
「あなたが好きなんです。だから毎日会いに行ったんです」
俯いたままのイルカを見つめて。
きっと笑ってくれるんだだろうと思った。
あの笑みで、自分を見つめてくれるのだと。
なのに、イルカは顔をしかめたまま動かない。
「イルカ先生?」
ひょいとのぞき込むと。
固く結んでいた唇が震え、目には涙が溜まり今にも零れんばかりに潤んでいる。
すごく悲しい顔をして。
「イルカ先生・・・?」
自分が酷く狼狽しているのに気が付いた。
目の前でイルカが泣いたのは初めてだ。
零れてきた涙がイルカの頬をつたう。
「すいっ、・・・ませ、ん。あなたがそんな事言うなんて、おも、わなくて」
苦しそうに言葉を詰まらせながらイルカが口を開いた。
手の甲で涙を拭いて、小さく体を震わせている。
恐る恐る、カカシは手を伸ばしてイルカの肩に触れた。
ビクと、イルカの体がはねる。
「あなたが何を考えてるのかか・・・分からなかった。すごく・・・・怖かったんです」
そのイルカの言葉を聞いた途端、きゅうと胸が苦しくなった。
こんな事は初めてで、カカシは両肩を包み込みようにしてイルカを胸に抱き込んだ。
「ごめんね、イルカ先生。泣かないでください」
ゆっくりとイルカの背中を撫でても、すぐに涙が止まるわけでもなく。
カカシに抱き込まれたまま、しゃっくりをして鼻をすすって。
「・・・俺も正直不安だったんです。あなたは俺以外の人ともこうやって関係をもつのかと思って」
その言葉にイルカの体がピクリと動いた。
「あなたは誰にでも優しいから」
「そ、そんな優しいだけで・・・っ、他の人となんか・・・」
「でも分からなかったでんです。あなたの気持ちも分からなかった。お互いに苦しんでいた。・・・でしょう?」
ぐずぐずと鼻を煤って、イルカは黙って聞いている。
暖かいイルカを抱きしめながら、自分の心がすごく溶けていくのが分かった。
人にこんなに優しく出来るなんて、思わなかった。
でも、それがすごく心地良い。
自分の事で泣いている。いけない事だと思うのに、すごく嬉しい。
「今日家に寄ってもいいですか?」
頭を優しく撫でながら問いかけると、少し間をおいて微かにイルカは頷いた。
イルカの両肩を掴んでゆっくりと自分の胸から離す。
濡れている瞼、頬に唇で触れて。まだ少し震えている唇を塞いだ。
柔らかい唇をお互いに貪って。

唇を離すと、イルカがはにかむ様に微笑んだ。
その顔は初めてみた笑顔で。
生徒にも、他のイルカの同僚にも、きっと誰にも見せた事のない表情。

自分にだけ。
そう思うとなんだか悔しくなる。
何で早くこうしなかったんだろう。
そしたらこの人の笑顔をもっと先から独り占めできたのに。

もう一度その想いを確かめるように、カカシはゆっくりと愛おしい人を抱きしめた。

<終>
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