Good‐by puppy love

絶対的な運命だとカカシは言った。

出会いは5年前。突然俺の前に現れた。
中忍に昇格したばかりだった。
アカデミーを卒業して5年。与えられた任務を誰よりも数多くこなし、自己鍛錬も時間の許す限り行った。
必死だった。木の葉で自分の存在意義を見出す為に。何よりもそれが全てだったから。
16歳で中忍になれやっと一人前になれたと高揚した。自分の能力を生かし木の葉の忍びとして全うしたい。
満ち溢れた情熱と自信は、見るからにか細そうな男が最も簡単に打ち砕いた。
俺を頭から押さえつけ、無理矢理に身体を奪った男が言った。

「オレの二番目になってよ」

忍びとして今まで我武者羅になって突っ走ってきた。子どもに毛が生えたぐらいの知識しかない俺は何が起きたか分からなかった。
生理的に流れた涙を腕で拭い、目の前にいる銀髪の男を睨む。
細い肉体には綺麗なほど均等に筋肉がついている。ガラス細工のような綺麗な顔は、ジッとイルカを見つめていた。
「誰がっ!!」
二番目の意味が分からないが、一番と言われようが同じだ。憎悪しか感じない男に吐き捨てる様に言えば、形の良い薄い唇の端が上がった。
「一番じゃなきゃ駄目なの?でもそれは無理。アンタは二番」
怒りに震える手でシーツを握りしめた。
「三番でも四番でも願い下げだ!!俺の前に二度と顔を見せるな!」
啖呵を切るイルカをキョトンとして眺め、薄っすら微笑んだ。
「ヤダよ。だって気に入ったんだから」
「…………………っ」
対峙している筈なのにこの男との温度差はどうだ。嫌味なほど整っている顔をマジマジと見れば、白い指がイルカの頬に触れ、びくりと身体を強張らせた。
「痛かったから怒ってるの?暴れなかったらもっと優しく出来るよ……?」
「ひっ…!やっ、嫌だ……っ」
脇腹をなぞられ声が喉に引っかかる。
細い腕は難なくイルカの両腕を掴み上げる。自分と歳は近いだろう、端整な顔の男の腕には、闇で暗躍する部隊の入墨がはっきりと月夜に浮かび上がっていた。
力の差は歴然だ。悔しさに唇を噛んで男を睨んだ。押さえつける物凄い力に抵抗もままならない。
黒く濡れた瞳に吸い込まれるように、男は唇を落とし目尻に溜まった涙を舌で掬い上げた。

写輪眼のカカシ。
名前を聞いた時は驚いた。
知らないはずがない。
自分より4つ歳上の上忍。
写輪眼でコピーした技は数えきれず、里外のビンゴブックに載っているほどだ。
尊敬さえしていた。忍びであれば誰もが憧れる。
俺は、その上忍に強姦された。
同意の上ではない。そうだ、あれは強姦だ。
一度や二度じゃない。
夜になると俺の家に現れた。俺が任務で疲れていようが、寝ていようが関係ない。
カカシが求めた時は無理でも脚を開かされた。
こんな関係絶対に認めない。毎回必ず拒否をしたが、どう嫌がろうにもあがらえない。
一方的に注がれる熱に必死に耐える。
カカシは最初性交する為だけにに俺の家に来ていた。やり終われば直ぐ帰る事もあるし一晩過ごす事もあった。
だが、徐々にカカシが俺の家で過ごす時間が増えてきていた。
それが俺を苛立たせる。
これ以上俺の中に入ってくるな。
やるだけだったら居なくてもいいだろう。
なんなんだ、この男は。





20歳を過ぎたある日、カカシは部屋で寛いでいた。
「俺さあ」
熱心に本を読んでいたカカシが本に目を落としながらふと口にした。
カカシはあまり会話をしない。甘えるように肌に触れながら一つ二つ話す事はあったが、熱心に何かを話す事は無かった。
物静かなのは好都合だった。寝るか本を読むか、その程度ならと彼を好き勝手させ、一人でやりたい事をするようにしていた。
「…何ですか」
教員の試験が迫っている。
ノートから目を離さずにカカシに答えた。
「恋人がいたんだよね」
驚いた。
顔を上げるが、カカシは本から目を離していない。その表情からは何も伺えない。
直ぐに目を伏せイルカはペンを動かす。答えるか迷ったが、それ以上にカカシの言葉の先を聞きたいと思った。
「そうですか」
カカシはイルカの相槌を確認したかのように、続ける。
「彼女とはさ、暗部に入ったばっかだった時に出会ってね。一つ歳上。俺より強くなかったけど、術は長けてるし頭は良かった。俺が好きになって、付き合うようになって」
彼女。
成る程。御丁寧に二番目の俺に一番目の話をしてる訳か。
カカシは本を閉じ、頬杖を付きイルカを見た。
「惚れた弱みってやつ?仕事一筋で俺に全然構ってくれなかったけど、それでも良かった」
思い出すように、うっとりとした顔つきで言った。
ふざけてるなあ。
ずれた感覚は相変わらずだと思う。
「だったらその彼女一本に絞ったらどうですか」
「言うと思った」
ふふ、と笑いを漏らした。
「でもさ、死んじゃったんだよね」
顔を上げればカカシと目が合った。
口にした言葉とは裏腹に感情の揺るぎがない静かな瞳は、薄っすらと三日月がかる。出会った頃は幼さが多少残っていた顔も、今や凜とした大人の美しさを持っていた。
「あ、死んだか定かじゃない、が正しいか。任務に出てから消息を絶って今に至ってるから。生死不明で消息不明」
でも、俺はまだ彼女が好きなの。
微笑みながら言った。
恋人が突然任務中に事故か別の任務に巻き込まれたか。兎も角彼女はカカシの前から消えた。
話からして五年は経っている。誰もが生きてないないだろうと考えてる中、カカシだけはもしかしたら、と恋人を消せないでいる。
彼女は生きていて自分のところに帰ってくると思っているのではないか。
彼女がいなくなり寂しい時に俺を見つけた。理由なく俺に惹かれたが、相手は男で当たり前の様に抵抗した。どうしても手に入れたいカカシは、自分の能力をフルに活用し力尽くで自分のものにした。
自己陶酔もいいところで、俺に至っては迷惑甚だしい。
しかもその恋人が帰って来ないお陰で、俺との関係は4年目に突入した。
勿論20歳を過ぎた今も彼女なんて出来ない。
中忍試験に合格した時の志は今も変わらないが、とうに夢は手放した。
任務で戦地へ行くたびに自身の能力には限界がある事を痛感した。
分かっている。上忍にはなれない。
身近にこんな良いお手本がいれば尚更だ。
生まれ持った才能が如何にすごいかを知っている。人間としては最低最悪の男だが、やはり忍びとしては天の才能を持っているのだ。
嫌でもカカシの話は耳に入った。
闇でしか動いていないはずのカカシの噂は絶える事がない。ランクの高い任務はカカシを中心に動き、木の葉はカカシでもっているとまで言われたのを聞いた時は驚きもしたが納得した。
そう、平凡すぎる自分とこの男の天才的な能力には圧倒的過ぎる程差があった。
潔く今までの夢は切り捨て、新しい夢を持った。三代目からの薦めと元々子ども好きなのもありアカデミーの教員の試験を受ける事にした。
「先生になったらイルカの事イルカ先生って呼んでもいい?」
無邪気な問いをカカシが投げかけた。
「……好きに呼んでください」
目を細め嬉しそうな顔をした。
「イルカ先生…」
写輪眼のカカシとは思えないくらいの甘い声を耳元で囁いた。他に誰がこんな姿を知っているのだろう。
反応しないイルカを煽る様に耳朶を舐める。ペンを持つ手をカカシが塞ぐ様に掴んだ。
「イルカ、しよ…?」
女の代わりだと言った後によく言えるな。
無神経過ぎるんだよ。
それとも代わりの俺には神経が通ってないとでも思ってんのか。
それか、代わりだからどうでもいいのか。
誘う様に唇を啄ばまれ舌で舐め上げる。
抗うように力を入れれば、顎に手を添えられ上を向かされる。カカシの赤い舌が生き物のように蠢きイルカの口内を荒らした。
「っふ……ん……」
背中を走る甘い痺れは徐々に身体を侵していく。緩くなった口元を思うがままに貪り、舌を吸い上げた。
「…今日はいっぱいしたい。…いいよね」
ベットに押し倒すと首元をやんわりと舐め、きつく吸い上げ赤い跡を残す。その微かな痛みにイルカは声を上げた。
その声に誘われるようにイルカの上衣を乱暴に捲し上げ唇胸に這わせた。胸の突起を潰すように擦りあげ、もう片方を舐めて甘く齧る。
「はぁ…あっ……ん…っ」
堪えるも漏れる声を必死で飲み込む。それを解放するかの様に、硬くなった赤い突起を爪で引っ掻く。イルカは身体を震わせ思わず銀髪を掴んだ。
胸元から腹筋へ舌を這わせながら動く。
快楽に慣れてしまった身体は簡単にこの男の手によって堕ちていく。
途中からどうでもよくなった。

何回目の射精で頭がぼんやりとする。
「…っ、イルカ……ここ?…ここがいいんだよね…?」
「はっ…ぁっ……も….やっ」
未だ熱く猛った肉棒を、感じる場所へ的確に打ち付ける。荒くなった息を吐きながら反る身体を愛おしそうに指で滑らせた。
「イヤじゃないでょ……っ、ね…いいって…言ってよ」
カカシの先から溢れた先走りで擦る度に水っぽい音が部屋に響く。
容赦なく突き上げられ眩暈がするほど脳がくらくらした。
「あ!……っは……あぁう…!!」
2人の腹にあるイルカの性器も限界とばかりに赤く熟れ先はとろりと液体を零していた。
「もっと…鳴いて…俺を欲しがって……」
イルカの張り詰めた熱を激しく扱き出し、激しく腰を動かす。
「はあっ、あっ!あ!……んっ…」
カカシを心の奥から押し出せば押し出す程鮮明に、カカシの存在は主張をするかのようにねじ込んでくる。
見えないカカシの欲望に頭が沸騰しそうだ。
揺らぐ視界の中でカカシの目が笑う。
幸せそうに。
カカシは肉棒を遠慮なく突き上げイルカを高みへと向かわせる。
イルカの恍惚とした顔に魘されカカシは額に汗を浮かばせ、強い快感に顔を歪ませた。
「っ……イルカの中…凄くいい…」
「あぅう…!!あぅあっ…ああ!!」
高い声を上げ、イルカが大きく身体を震わせながら白濁を撒き散らす。
「ーー……っ」
同時に中を締め付け、カカシが苦しげに息を吐くと、イルカの再奥へ叩き上げ熱を断続的に吐き出した。
熱い……。
カカシの熱を受け止めた身体は力なくベットに沈む。
「イルカに俺の匂いが染みつけばいいのに…」
独り言の様に熱っぽく囁き最後を出し切って尚抜こうとはしなかった。

熱くて溶けそうだ。
この熱で俺の頭も溶けてしまったのだろうか。
溶けたら、この身体はどうなるんだろう。
溶けてしまいたい。
何もかも。このまま。








「ツグミが生きてた」
昼間、突然窓から入ってきたカカシが、呆然としたまま呟いた。
一瞬誰の事か分からず顔を顰めれば、カカシは視線をイルカに向けた。片手に持っていた獣の面を手から離すと、カン、と弾いた音と共に床に落ち、円を描く様に転がった。
イルカはその転がる様を目で追っていた。カカシの漏らした息にふと視線を上げる。
カカシの淡い青色の瞳がイルカをぼんやりと見た。
「両目を負傷して別の里の村にいた。ごめん、イルカ。俺ツグミの側に居たい。いいよね?」
一番目の彼女が生きていた。
カカシの信じていた通りに。
しかしーー面白い事を言う。
自ずから来たのなら、自ずから去ればいい。
俺に何の為に許可を求める。
棘で覆われた毒を含む果実を、無邪気な子どもが食べてとせがんでいるように。
カカシの純真な眼差しが、俺の考えを場違いであるかのような錯覚を生み出した。
こみ上げる感情。
「…ふっ……ははっ」
可笑しくて堪らなくなった。
「…何で笑うの?」
カカシは不思議そうな顔をした。
「だって…、そんな事どうして俺に聞くんですか?…どうでもいい事ですよ」
「どうでもいい?」
訳がわからないと聞き返す。
笑いを切り、カカシを睨んだ。
「今まで好き勝手に決めて来たのは誰だよ。笑わせんな」
可笑し過ぎて、心が激昂する。
「俺に聞くな」
カカシは気まずそうに頭を掻いた。
「…また来るから」
「来るなよ」
「来るよ。イルカに会いたいから」
被せるように強い口調でカカシが言い切った。
何処までも馬鹿にするんだな。
「そんなの知るかよ。戻ってくるな」
「イルカはそれでいいの?」
「………………」
「イルカは俺の事好きだよね」

スキダヨネ

心が戦慄した。
詰め寄って肩を掴まれる。カカシの目の奥に灯る不安げな光をみた瞬間、自分の揺れる気持ちに気が付き怖くなった。
気がついたらカカシの頬を叩いていた。
乾いた音が部屋に響き渡る。
「あんたなんか好きでも何でもない」
叩かれた白い頬がうっすら赤くなる。カカシの唇が少し歪んだ。
「出てけ」
床に転がる面を取ると、入って来た窓からカカシは立ち去った。






戻って来ないと思っていたから驚いた。
カカシが出て行ってから5日後、扉を叩かれた。
布団に潜っていたイルカは眉を寄せて、枕元にある目覚まし時計を手に取った。
夜中の2時を過ぎている。
こんな時間にくる相手なんて決まっている。
つい最近出て行ったはずの男だ。
来るとは言っていたが、この時間かよ。
やりきれないとイルカは頭を抱えた。
溜息さえ溢れる。
もし仮にのこのこと顔を出されたら蹴り出すつもりでいたが。
ーー仕方がない
のそりと身体を起こして扉を開ければ、予想通りにカカシが立っていた。

罰が悪い顔をする訳でもない。
開き直ってる顔でもない。
扉を開けた先にいるカカシは、言い表せないような、不思議な顔をして立っていた。

「ねえ、聞いて」
任務を終えたままのカカシからは微かに血の匂いがした。いつもの様にカカシの身体を確認した。怪我はしてない。
「……とりあえず家に入ってください」
「いい。ここで、いい」
顔を顰めた。そんな事一度でもあったか。いや、無い。
鍵をかけてあろうが自分勝手に入り、窓から入る事だってあった。
それが今目の前にいるカカシは丸で他人行儀だ。
いや、他人だけど。と、意味なく一人思えば、カカシは未だ視線は空を見たままだ。
このままカカシをを蹴り出す訳にいかないか、と諦め顔を作り相手が口を開くのを待った。
「ちょっとね、自分でもよく分からなくなっちゃって」
カカシは本当に困っていると、そんな目をした。

俺と別れた後、恋人に会いに行ったのだとカカシは話した。

彼女はカカシを見て喜んでくれた。しかし、恋人として関係を続けたいとカカシが告げると、彼女は難色を示した。
「なんで?気持ち冷めちゃったから?」
カカシにはあり得ない態度だった。
彼女は問いに間を空け、大きく綺麗な目はカカシを見上げた。魅力的な褐色の瞳は変わっていない。
「私を待っててくれたのは嬉しいわよ」
手元にあるリュックに目を落とした。
荷物をリュックに詰め込む姿をカカシは眺めていた。
ようやく里に帰りはしたが、5年もの間帰らなかったのは記憶が曖昧だったからだった。木の葉で治療を受け、記憶も戻った今、自己鍛錬の為に遠征の任務を希望した。再び里を出る彼女は勇ましささえ感じた。
「冷めてないなら別れる必要なんてないじゃない。もしかして他に男が出来た?ならそう言ってよ」
ため息混じりに首をゆっくり横に振った。
「……ねえ、カカシ。あなた私になんて言ったか覚えてる?」
「……何が?」
素直に口にすれば、彼女は意味深とも取れる笑みを浮かべた。
「もし私が死んだら後を追うって、そう言ったわよ」
直ぐに思い当たった。それぐらい惚れてた。
「言ったね、覚えてるよ」
「……私が死んだと思わなかったの?」
「思ったよ。でも、帰ってくるとも思った」
「でも心の中では諦めてたんじゃない?」
「……………………」
直球な台詞はカカシの口を閉ざした。そんな事はないと言えばいい所だが、それは余りにも不実で口に出来なかった。
「…ねえ、カカシ。私の前に現れたあなたは5年前と変わらない。しかも暗部で名を馳せ今も木の葉で忍びをしてる」
淡々と赤い唇は続けた。
「それは何故?」
「は?」
カカシにとって不可解な質問だった。
「何故って……」
「あの時のカカシの言葉は嘘じゃなかった。でもあなたはこうして生きてる。その意味を考えたら?」



「でね、まあ…俺は任務だったからそのまま出かけたんだけど」
相変わらずぼんやりとした口調のカカシを見た。
「……はあ」
「あまりに考えすぎて、危うく死にかけたよ」
から笑いに顔を顰め改めてカカシの全身を見た。かすり傷はちらほらあるが、怪我という怪我は見当たらず、息を吐き出した。
「……で、その意味は分かったんですか」
「…………」
再びカカシは沈黙を選んだ。
どうも煮え切らない態度に、イルカは溜息をついた。
『帰って考えたらどうですか。俺は明日任務があるんですよ』
と、口に出せば帰るだろうか。もう試験を間近に控えて、勉強の為に睡眠を削っている。
カカシの迷走に付き合っている暇などない。
そう思ったが言えなかった。ただ単にその言葉で帰るとは思わなかったし、何よりカカシを突き放す言葉を避けたいと思った。
「俺に一緒になって考えろって言ってるんですか?」
改めて思い直した台詞を口にすれば、強い視線を感じて、イルカは思わず眉を寄せた。
今日会ってから、初めてカカシはしっかりとイルカを目に写していた。
妙な違和感を感じた。
心音が高鳴った。
思えば今日のカカシはカカシらしくない。それが、先程から自分の思考の邪魔をしている気がする。
その考えを肯定するかのように心臓がせわしなく脈打つ。
嫌な予感がすると、丸で警告音のように早打つ鼓動に、呼吸が息苦しくなった。
これはーー怖いのか。
短絡的にそう思った。
怖いと思ったのはカカシが分からなくて悩んでいたと言う「答え」を見つけていると思ったから。
数日前、カカシが初めて自分に対する感情をぶつけられた。
反射的に現れたのは怒りだった。
それは自分でも抑えきれないくらいの波だった。
結果カカシを初めて叩いた。
ただ、そこには怒りと恐怖と呼ぶには浅はかな感情が入り混じっていた。
それを今、思い出してしまった。
目の前にいる男には、何の感情も含まない、ただの怒りだけでいいはずだ。
「ねえ、イルカ」
銀色の睫毛を伏せ、やがてゆっくりと青い目を開けた。
「何度も考えた。ツグミの言った意味をずっと考えてた。心の中では死んだと思ってた。…なのにどうして、俺はツグミの後を追えなかったのか」
眉間に皺を作ったままカカシを見る事しか出来なかった。握る拳に力が入る。
「俺の一番はイルカみたい」
「……冗談言わないでください」
「冗談だと思う?」
立ち尽くしたままのカカシが初めて動き、真っ直ぐに俺を覗き込む。
「彼女がいるじゃないですか」
「ううん。あんたがいい」
ぶるっと身体が震えた。それが分かったかのようにカカシは柔らかい笑みを見せた。
都合いいって受け取ってもいいよ、でも俺は気がついちゃった。
その場にそぐわないような砕けた口調でカカシは笑った。
「ツグミの後は追わなかったけど、もしイルカが死んだら俺生きてられない」
木の葉屈指の忍びが言う。
「イルカがいない世界に興味なんてない」
地軸男だった筈なのに。
「イルカが息をしてない世界なんていらない」
「もういいです」
言う度に真顔になっていくカカシに笑ってしまった。それだけで負けた気がする。
「勝手に俺を殺さないでください」
カカシはイルカが笑った事に気が付いていないように、苦しい表情のままイルカを見た。
「だってね、…そこまで考えなきゃ分からなかった」
そこで視線を下げる。
「異常だよね、異常だって分かってたけど、考えたら怖いぐらい答えが見えた」
それが異常だなんて、どの面下げて言ってるんだこの男は。
呆れてカカシを見た。
俺が死んだ後の世界なんて何も然程変わらないじゃないか。
そこまで俺は立派な忍びじゃないですよ、もしそうなったら高い線香の一つでもあげてください、と言えばカカシはこの世の終わりみたいな顔をした。
「なにそれ、ふざけた冗談やめてよ」
深刻そうな表情を浮かべる。
これだ。どうしてこう俺が場違いみたいな方向に持っていくんだ。
気持ちを切り替えるようにイルカは深く息を吐き出した。
「いい加減部屋に入ってください。立ち話するような内容じゃないですよ」
招き入れる様に身体を動かせば、カカシは遠慮がちに頭を掻いた。
「入ったら蹴られると思ったから」
見抜かれてるなあ、と内心笑った。
「蹴っていいなら、蹴りますよ」
眉を上げてカカシを見る。
カカシはまだ玄関から動こうとしなかった。茶化すような表情を戻して、まだ何か、と口に出しそうになりそれを口内で留めた。
どうしてかと尋ねるのは簡単だが、無理に聞く気にはなれなかった。言えるのならとっくに口にしているだろう。
そう言う人だ。
躊躇いがちにイルカを見た。
「イルカは、俺の事好きだよね?」
それが一番聞きたかったのか。
身体の力が抜けていく。
子どもが母親に尋ねるように、カカシの瞳には不安な光が揺れていた。

そもそも俺が教員になりたいと思ったのは、この人がいたからなんだよな。
でもそれは考えない様にしていた事だ。
忍びとしては揺るぎない実力を持っているのに。俺の前で無理強いを敷いて我が儘で自分勝手で、そう、只々子どもだ。
子どもに弱いのを大概にしないとって分かってるけど。
4年もの間それでもカカシから離れなかったのはーー

「好きですよ、カカシさん」

それが心にずっとあったからだ。



翌日、初恋なんて儚いものだよねとカカシが笑った。
あれだけ好きだと思っていた恋人に何の未練も持たないなんて。と、不思議そうに首を捻るカカシは丸で夢から覚めたようにスッキリとした顔をしている。
俺の初恋がカカシだなんて言ったら、また場違い以上にカカシは考え込むんだろうと、小さな子どもを見守るようにイルカはそうですね、と笑った。


初恋とはその人にとって最初にする恋であり

初恋とは少しばかりの愚かさと、あり余る好奇心のこと。

それ以外何物でもない

<終>
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