スター

エロ仙人と修行から里に帰ってきて。
自分では然程成長と言うものを実感出来ていなかったのだけれど。
商店街を歩いていて、ふと自分から見える目線の景色にナルトは足を止めていた。
買い物客で賑わうこの道を、走り回っていたあの頃の自分の景色と明らかに違って。
数年前の自分の記憶がふわりと浮き出て、変な気持ちになった。
ああ、自分は大きくなったんだな、とナルトは素直にそう思い、ゆっくりと瞬きした。
修行していた時は、それどころじゃなくて、背が伸びた事すら気が付いていなかった。
里に帰って、初めて実感した。
当たり前に里の仲間も同じように成長をしていて。まだ子供だけど、もう子供じゃないんだなあ、と思う。
里の忍びなんだと。強く思う。
ナルトは頭で組んでいた手を解いて、自分の掌を見つめた。

どれくらい追いついただろうか。

自分で見ても分からない、まだ大きいとは言えない自分の手を握ったり開いたりしていて、
「あ、ナルトくん。買い物?」
名前を呼ばれ顔を上げると、よく行くラーメン店の看板娘がナルトに笑顔を向けていた。
ここを離れて2年経っていたのを感じさせない。いつもの、変わらない元気で暖かい笑顔。
帰ってきたんだと、こんな事で再実感するのは、なんか自分らしくないと思いながらも、
「うん」
ナルトは笑顔でそう答えた。


入院していたカカシが退院したらしい。
そう言ったのはサクラだった。
「へえ、そうなんだ」
相づちをしたナルトに、サクラが微かに眉を寄せた。
「なに、その素っ気ない言い方」
どの仲間よりも鋭い感性があると思いながら、ナルトは、え?と聞き返した。
「何がだよ。普通だっての」
笑うナルトに、あ、そう。と多少納得したさくらは続ける。
「入院中はお見舞いにいけなかったからカカシ先生の家に行こうと思うんだけど。ナルトもどう?」
内心ぎょっとした。
「でも...俺、先生の家なんて知らねーし」
「私知ってる」
「でも急に行ったら迷惑だってばよ」
「....まあ、確かに。そうだけど、」
そこまで言って、サクラはナルトの顔をじっと見た。
「な、なんだってば」
裏葉色の目がナルトを映す。女性っぽさを増したサクラの目に、普通に。単純に心臓がドキッと鳴った。
「なんか、ナルトっぽくないなーって、思って」
そんなナルトの心を知ることがないサクラは。口にした台詞通り、本当にそう思っているから。サクラは不思議そうな眼差しを向けてくるのだが、それには胡乱な眼差しも含まれている気がして、ナルトは内心焦った。
「何言ってんだよサクラちゃん。俺は普通だってばよ」
数秒乾いた笑いを浮かべるナルトを見つめて、サクラは、まあね、と息を吐き出した。
「でも、折角だから一緒に行きましょ」
結局、決定事項としてサクラによって決められた。


あの時サクラに顔を近づけられ、迂闊にもドキッとした自分を思い出して、ナルトは悔しそうに唇を噛んだ。
自分がすごく嫌な生き物にも思える。
だって、自分はーーサクラではない、別の人を想っているのだから。
男と言う単純な身体のメカニズムについていけないナルトは、複雑な心境になり微かに苛立つ。
八百屋で買った林檎を持って、ナルトはカカシの家に向かっていた。
約束をした当の本人であるサクラの姿はない。
弟子入りし、師匠となった五代目の急用を頼まれたと、サクラはすまなそうに頭を下げられた。
ごめん。だから代わりにナルト一人でお願い出来る?今度ラーメン奢るから。
かつて、短い期間とは言え淡い恋心を抱いていた相手に両手を合わせられ、頭を下げられて嫌だと言える訳がない。
はあ、とナルトは一つため息を零した。
別にカカシに会いたくない訳じゃない。
自分の上忍師だったカカシに、尊敬と感謝しかない。
何を考えているか分からない時もあるが。カカシが自分達を想う気持ちは素直に暖かいと、そう感じていた。
見えない場所にいても見守られているような感覚。
それは、イルカ以外存在しないと思っていたのに。
またそこで、ナルトは息を吐き出した。
歩く度にガサリと林檎を入れた袋の音が鳴る。
ナルトは横目で袋の中で揺れる赤い林檎をじっと見つめた。


サクラに教えられたアパートに着いたナルトは、ここだよな、と確認するように独りごちりながらドアの前で立ち、ドアを見つめた。
腕を上げ、数回ノックをすると、開いてるよ、とカカシの声が扉の向こうから聞こえる。
扉を開けると、広い部屋のその奥の部屋に続く扉は開け放たれ、その奥の部屋にあるベットにカカシがいた。
上半身は起きあがったまま。読んでいる途中だったのか、片手に開いたままの本を持っている。
「よ」
その反対の手を挙げたカカシの、いつもと変わらない。いつもの短い挨拶。
それに、ナルトも、ん、と短く答えた。ドアを閉めた所で、
「あ、玄関鍵かけなくてもいいから」
言われて、それにも短く答えて部屋にあがる。
「元気そうじゃん」
見たままのカカシにそう口を開くと、微かに目を開いた後。眉を下げてカカシは微笑んだ。
「まあね」
目立つ外傷もなく、チャクラ切れが主に倒れた原因なのも知っていた。でも今回は少し入院期間が長かった。
もう少し自分の事を考えて欲しいのに、と、怒りながら。でも悲しそうな表情で言ったサクラを思い出した。
どうあっても、自分が一番無理をするべきなんだと。カカシは思っていると感じる。部下にも厳しいけど、自分にも厳しい。
裏返すと、カカシに守られているという事実は、自分やサクラの心を簡単に痛める。
(...なんでカカシ先生なんだってば、)
「サクラは?」
カカシの声に思考を中断され、ナルトは顔を上げた。
「あ、うん。綱手のばーちゃんが、」
「火影様ね」
言い直され、ナルトは苦笑いを浮かべた。
「急に用事頼まれたからって、謝ってた」
「そうなんだ」
想像出来るのか。カカシは少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべる。その視線はナルトの持つ袋に移った。
「林檎?」
「ああ、そう。一応。サクラちゃんが、何か買ってけって」
色々細切れに口にする言葉をくみ取ったカカシは、また小さく笑いならが、らしいね、と呟いた。
「じゃあ後で食べるからそこ置いといてよ」
指をさされ、ナルトは言われるままにテーブルの上に置く。
このまま帰りたい衝動に駆られるも、そう思えない自分も心の奥にいる。
一言で言えば。
気まずい。
それを誤魔化すように、
「なあ先生」
ナルトの声に、んー?、といつもの間延びした声が返ってくる。
「林檎。俺切っていい?」
にひ、と笑って袋から取り出した林檎をカカシに見せる。
その言葉にまた、カカシは少し驚いた顔をしたが。
「じゃあお願い」
嬉しそうにそう言った。
ナルトは林檎を持ってカカシの部屋のキッチンに立つ。
家で料理をするのだろう。見たことのない調味料や器具がたくさあんあるが、あるべき場所にきちんと置かれている。
きちんと掃除もされたそのキッチンにまな板を置き、包丁を持った。
キッチンからカカシのいる部屋へ目を向けると。
カカシは既に読んでいる途中だった小冊子に、目を落としている。
そこからナルトはゆっくりまな板の上に置かれた林檎に視線を戻した。
ーー気まずいと思うのは。たぶん自分だけ。
その気まずさを決定的にしたのは、カカシが入院している時だった。
実はカカシが入院したと聞いてすぐ、病院に行っていた。
だが、病室にはカカシはおらず。仕方なく部屋をでて歩いていた時に、突き当たりにある小規模のベランダ。そこのガラスの扉越しに見えた後ろ姿に、自分の心が一気に弾んだ。高い位置で一つで括った黒い髪。見間違えるはずがない。
イルカだ。
ここにいるとは思わなかった。
だからだろうか。
本当、自分は単純だと思う。
わっと嬉しい感情が自分からあふれ出ているのも分かる。
イルカの事を好きなんだと気が付いたのは、里を出てすぐだった。
見送ってくれたのはイルカだけじゃない、他の仲間もいたはずなのに。
でもぽっかり穴が開いたのは、イルカを想う所だけだった。
それがそどうしてか分からなかったけど。
好きと言う感情があると気が付いた時、その穴が消えた。
その時酷く昂揚した事を覚えている。イルカの温もりや匂いが恋しくなり、同時に恥ずかしさも覚えた。
それに混乱しながらも、実感する。
これが、「好き」なんだと。
いつか、これをイルカに伝える事が出来るだろうか。
そして、イルカもまた、自分に同じ感情を抱いてくれるだろうか。
しかし淡い恋心は、里に帰ってすぐ壊れた。
壊された、と言った方が正しいのかもしれない。
病院で見かけたイルカに駆け寄ろうとしたナルトの目に飛び込んできたのは、カカシだった。
元々カカシに見舞いにきたのだから、いてもおかしくはない。
でも。
イルカと一緒にカカシはベンチに座って、外の景色を眺めている。
その間に飛び込もうと思って。そうしたいのに。
でも、何故か出来なかった。
ただ、突っ立ったまま、ガラス越しに2人を見る事しか出来ない。
近いのに。遠く感じた2人との距離に、足を動かす事が出来ない。
何を話しているのか。知りたいと思うのに。後ろ姿の2人からはなにも得る事は出来ない。
ただ、見えたのは。
ベンチに置かれた包帯に巻かれたカカシの手に、イルカが手を重ねた所。
それだけで、十分だった。

きっと、修行に出る前の自分だったらならだったら気が付かなかっただろう。
2人が並んで座っていても。
イルカのあの横顔も。
ーー手の触れ合いも。
何もないものだと、気が付かなかったに違いない。
脳天気に。だた。イルカ先生が好きだったあの頃だったら。
恋愛感情に変わった途端、普段抱くことがなく気が付くこともなかった感情が簡単に自分にわき出てくる。
でも、それがどんな感情なのか分からない。
怒りと、嫉妬。悲しさに、絶望。
色んな色の絵の具を全部入れて混ぜたように。
名前のない色と同じように。この気持ちを言葉で表現は出来そうにない。
ただ、あの2人を見た瞬間浮かんだのは。
イルカ先生を取られた。
と言う何とも子供じみた言葉だった。
でも、その言葉以外に何があると言うのか。
カカシが自分の上忍師にならなきゃ、イルカとカカシはそこまで接点がなかったはずだ。
緊張しながら自己紹介をしてカカシに頭を下げた、イルカの姿を思い出す。
だから、ーーカカシが自分の上忍師にさえならなかったら。
その考えは。自分自身を傷つけた。

ぼんやりと林檎から外され、宙を浮かんでいたままの自分の視線が、本を持つカカシの手を捉える。
まだ包帯に巻かれたままの、痛々しい手。
悔しい。
その思いのままに包丁に力を入れ林檎に切っ先を突き入れた。
カカシに悔しいと、そう思うのに。
どうしてだろう。
仲間は絶対殺させないと言った、あの任務の時のカカシの言葉が覆い被さるように自分を包むように自分の中に浮かび上がった。
なんで。
(...何でカカシ先生なんだってばよ)
イルカの選んだ相手が。もっと、自分の知らない。名前も顔も知らない女だったら。
簡単に諦めがついたのに。
なんでカカシなのか。
「......」
真っ赤に熟れて甘酸っぱい匂いのする、大きい林檎を見下ろしていた。
その林檎に突き刺していた包丁を、ナルトはゆっくりと引き抜く。
林檎の向きを変えると、ナルトは再び包丁をしっかりと握り、ざくりと音を立てて切った。

「切れた?」
聞こえた足音に、キッチンから歩いてくるナルトにカカシは視線を向けた。
「なんか遅かったからさ、もしかして切った事なかったんじゃないかって思ったんだけど、」
カカシの言葉に、ナルトは鼻で笑った。
「林檎ぐらい切れるっつーの」
ずい、と持っていた皿をカカシの前に差し出す。
その皿に並べられた林檎を見て。カカシが真顔になった。
ナルトの予想では、何これ、と笑うか。茶化すか。
とにかく、カカシのその顔は予想していなかった。内心拍子抜けしたナルトを前に、カカシは言葉を直ぐに発せず、ただじっと林檎を見つめて。
ゆっくりと視線をナルトに向けた。
「お前、...前からこの切り方だったっけ」
じっとナルトの持つ皿を見つめながらそう言った。
ナルトは首を横に振る。
それを確認して。またカカシは口を開いた。
「じゃあなんでこんな切り方なの」
冷静に問うカカシが指さす皿の上の林檎。
それは、皮も切らずに輪切りにされただけの林檎。
ナルトがカカシの反応に少し驚いたのに気が付いたのか。そこからカカシはようやく笑った。
「あー、えっと...何て言うか...原始的?」
この台詞は最初に聞くはずだったのに。
そう思うが、ようやく予想した通りのカカシの言葉に、ナルトは少しむくれて見せる。
「ちげーよ」
睨むナルトに、カカシは誤魔化すように笑って、銀色の頭に手を当てた。
「いや、別にそう言うんじゃないんだけど、」
「スターカットって言うんだってば」
え?と聞き返すカカシに、ナルトは輪切りにした林檎に視線を向けながら続ける。
「エロ仙人の受け売りなんだけど。合理的でちゃんとした切り方だからさ」
自来也が修行の最中、教えてくれた切り方だった。
体調を崩した時、輪切りの林檎を自来也から渡された。いつもは丸ごと1個そのままかじれと言うくせに。
 くし形は邪道だ、邪道。
そう言った自来也の言葉を思い出す。
 適当なように見えるかもしれんがな、栄養をそのまま取れるこの切り方は愛があるんだ。いいか。お前だけに教える特別な切り方だからな。覚えておいていつかお前も大切な相手が出来たら切ってやれ。
いつもはどこかふざけた調子なのに。こんな事言う時だけ大まじめだったのも、覚えている。
だけど。それを何でカカシ相手に切ってしまったのか。
本当は。最初包丁を持った時は普通の、いつものじゃがいものようなでこぼこの、くし形切りにするつもりだったのに。
正直自分でも分からない。
(俺ってば...すっげー馬鹿)
自分で自分を罵る。
本当はイルカに切ってあげると、心に決めていたはずなのに。
イルカしかいないって。
そう。思っていたのに。
イルカを自分から奪ったカカシに。
切っている事実。
「ああ、なるほどね。自来也様」
輪切りにされた林檎をカカシは見つめて呟いたカカシに、ナルトは一回頷いた。
「うん。だから...大切な人にはこの切り方をしれやれって」
ゆっくりと、敢えてその言葉だけを口にした。じっとカカシを見つめる。
カカシは。
「...じゃあ、師匠直伝ってことね」
ナルトの台詞に触れる事なく、カカシはにこりと微笑むと、輪切りにされた林檎を手にとり、口布を下ろす。
ナルトの前で顔が露わになった事に構うことなく、カカシは口に入れた。
しゃり、と林檎を歯で噛む音がナルトの耳にも聞こえる。
ぼんやり食べるのを見つめているナルトに、カカシの目が向けられる。
「うまいね」
嬉しそうに、カカシは微笑んだ。




火影の使いで里を出たイルカが負傷して帰ってきたと報せを持ってきたのはサクラだった。
当たり前のように驚いたナルトを前に、サクラは冷静にイルカの状況を説明した。
「だから、同行していた仲間を庇って左腕を負傷だけ。外傷はそれだけだから」
「でもよ、入院って、」
その言葉にサクラは、ええ、と相づちをする。
「一応ね、頭を強く打った可能性もあるから検査入院してもらう事にしたの。意識もはっきりしてるし、まずは大丈夫よ。...もう、心配だったら今からお見舞いにでも行ったら?」
強い力でサクラに背中を叩かれた。

(行かねえ)
口を尖らせてそう心で呟いて見ても。
入院しているイルカの姿を思い浮かべただけで。足が病院へと向かっていた。
病室を受付で聞いて階段を上がる。イルカのいる部屋までゆっくりと歩みを進めた。
イルカの顔を見たいのは本当の気持ちだ。
元気な顔を見て安心したい。
そこまで思ってナルトは、足を止める。
自分が安心したいだけ。それってイルカを思っての事でもなんでもない。
ただのエゴに感じて。
(最低だってば俺...)
拳をぎゅっと握りしめた時、少し先でドアが開いた音が聞こえ、ナルトは顔を上げた。
カカシが、奥の病室から出てくるのが見えて。
ああ、やっぱり。
ナルトは心で呟いていた。
そう、きっと当たり前にカカシはイルカの見舞いにくる。
それはわかっていた。
だって。
イルカとそんな関係だから。
正直、見たくなかった。だから来たくない気持ちがあった。
ドアを閉めた所で、カカシは廊下に立っているナルトに気が付く。
「...よ」
片手をあげるカカシに、複雑な気持ちが入り交じり、ナルトは逃げるように視線を廊下に落とした。
「イルカ先生の見舞い?」
「....」
うんともすんとも言わないナルトの前まで歩いたカカシに顔をのぞき込まれ、思わず顔を背けていた。
息を漏らすようにカカシは笑う。それに反応して視線をカカシに向けると、思った通り、カカシは微笑んでいた。
「何が可笑しいんだよ」
悔しそうに口を開いたナルトに、カカシは首を傾げた。
「別に、可笑しくて笑ったわけじゃないよ」
「じゃあなんで、」
「お前が羨ましいなあって、思ったから」
「はあ?なんだそれ。それってやっぱり馬鹿にしてんじゃねーかっ」
言い切ったナルトの前で、カカシは困ったように笑いながら銀色の頭を掻いた。
「いーや、本当にそう思ってるのよ。お前のその真っ直ぐでスケスケな気持ちをね、俺は真似出来ない人間だからさ」
そこまで言って、はは、とカカシは笑う。
「...訳わかんねー」
「だよね。..ま、イルカ先生の所行ってきな?きっと喜ぶよ」
眉を下げたカカシは右手をナルトの頭にぽんと一回だけ置く。そこから廊下を歩き出した。
その後ろ姿を横目でちらっと見て、ナルトはイルカの病室へ向かった。
カカシが出てきたドアを、ノックもせずに開けたのは。やはり早く会いたかったから。
「お、ナルト。来てくれたのか」
自分が想像した、いつものイルカの嬉しそうな笑顔が、ナルトを迎えた。
サクラから聞いていた通り、左腕に包帯を巻いたイルカが病室のベットに寝ていた。確かに、それ以外に怪我はなく元気そうで。
ナルトは安堵して息を吐き出した。
「...先生に病室は似合わねえってば」
「サクラにも言われたよ。ここはイルカ先生のいる場所じゃないってな」
イルカは笑いながら起きあがった。
「俺のいるべき場所は、アカデミーの教壇だからな」
その笑顔に胸が締め付けられた。
まだ生徒だった頃の自分に戻った気持ちになって。その頃の過ぎ去った記憶が浮かび上がり。ナルトの胸をいっぱいにさせる。
本当、そうだってばよ、とナルトはその気持ちに耐えるように俯き視線を下に動かし、イルカのベット脇にあるサイドテーブルが目に入った。
そこにあるのは。
綺麗なくし形に切られた林檎。
たぶん。絶対に。カカシが切った。林檎だった。
それを見た途端、ナルトはイルカに背を向けていた。勢いよく病室から飛び出すように出て行くナルトに、イルカの声がかかるが。
ナルトは振り返らなかった。
廊下を走り階段を数段飛ばして降りていく。
病院の外に出たところで銀色の髪が見える。そこからスピードを上げ近づくナルトに、カカシが振り返った。
さっき見た時と変わらない。ぽけっとに片手を入れたままのカカシの前まできたナルトが足を止める。
「何でだよ!」
そう叫んでいた。
「....何でって。何が」
当たり前のようにカカシが問う。
肩で息をしながらナルトはカカシを睨んだ。
「あの林檎...カカシ先生が切ったんだろ。何であの切り方なんだよ...何であの切り方じゃねえんだってばよっ。...大切な人じゃ、ねえのかよ」
語尾に悔しさを含めて。言いながら。気が付く。
自分がカカシを試していた事を。
そう、自分はカカシを試していた。
大切な人だったら、きっとそうすると。
イルカにも同じ切り方をするんだと。
そう信じた。
そんなナルトをカカシはじっと見つめていた。
「うん。大切な人だよ」
当たり前のように言い切られて、ナルトは眉を寄せた。
「だったらなんで、...っ」
そこで言葉を飲み込んだナルトに、カカシはしばらく黙り。ゆっくりと頭を掻いた。
「それとこれとは別だからだよ」
「別...?」
眉を寄せるナルトには、意味が分からない。
イルカを大切な相手じゃないと。そう思ったから切らなかった。その事実しかナルトには理解出来なかった。
「別に自来也様を疑ってるわけでも、お前の言った意味を分かってないわけじゃないよ」
「だから、だったら、」
「お前が切るべきだと思ったから、切らなかったの」
「...え?」
聞き返すとカカシは笑った。
「ああ、勘違いしないでね。あの人をお前に譲るとか、そんなんじゃないから」
口に出していなかった自分の気持ちを露にされ、ナルトの顔がかあと赤くなった。
カカシは眉を下げてナルトを見る。
「ま、とにかく。今度イルカ先生にあの切り方で切ってあげる機会があったら、そうしなさい」
「.....はあ!?だから何だよそれ、どういう意味だってば」
カカシはそれ以上答える事がなかった。
そこから直ぐに始まった大戦に。その事は頭から消えかけて。

ーーそして。

エロ仙人の教えてくれた林檎の切り方、スターカットは。俺の母ちゃんが考え、父ちゃんに切ってあげていたと知ったのは、第四次忍界大戦が終わってしばらくした後だった。

その事実を知って泣いた俺を、微笑みながらヒナタが頭を撫でてくれたのは、内緒の話だってばよ。

<終>




スターカットって何?と思った方はこちらに写真がありますので、見ていただけたら嬉しいです。
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