スタートライン

吹いた風がそこまで寒くも感じない午後、半分くらい開けられた窓の直ぐ下で、カカシは読んでいた目を止め顔を窓へ向けた。
胡座を掻いて読んでいた巻物を床に置くと、カカシは立ち上がる。カーテンの隙間から見える景色に人影は誰もいないが、足音がカカシの耳に聞こえてきた。それは確実に自分のアパートへ向かっている。
耳と鼻は昔から利く方で、たぶん相手が誰かと間違うはずもない。
壁にもたれ掛かって何気なく外を眺めていれば、微かにする足音と共に聞こえた音に、カカシはくふと思わず含み笑いを零した。
地面を踏みしめる足音と一緒に聞こえたのは、手に持ったビニールの袋が擦れる音と鼻歌。
途端心に暖かいものが沸き上がる。
いよいよ相手が誰なのか分かってしまったカカシは未だ微笑みながら、その訪問者を迎え入れる為片づけるべく、床に広げ転がったままの巻物へ手を伸ばした。

「いらっしゃい」
玄関の扉を開けたイルカはカカシの第一声を前にして、少し不思議そうに首を傾げた。
「どうしたんですか?カカシさん」
「ん?何が?」
入って、と部屋へ招き入れたカカシに促されるまま靴を脱いだイルカはカカシへ顔を向ける。
「だって嬉しそうだったので」
何か良い事でもあったんですか、と続けて聞かれまた小さく笑いを零すしかなかった。
「別に、何も」
薄く微笑みながら首を振るカカシに訝しむ表情を笑顔に含ませるも、イルカはお邪魔します、と部屋に上がった。特に何も答えないカカシの言葉をそのまま受け入れたイルカは、そのままキッチンへ向かう。買ってきた食材を冷蔵庫へ入れ始めた。
深夜遅くに帰還したカカシは、また今日の夜任務が入っていた。そんなきつきつのスケジュールに愚痴を零すカカシにイルカは、じゃあ俺が美味い飯を作ります、と意気揚々と言ってくれた事を思い出す。同じ忍びであり、深く知りはしないがある程度今まで生きていた中でも苦労があっただろうに。今までつき合ってきた他のくノ一にはない、すれていない所が気に入っていた。
食材を冷蔵庫にしまっていたイルカの背中を眺めていれば、聞こえてきたのはイルカの鼻歌だった。
さっきのここに向かう道中といい、今といい。上機嫌に歌うその鼻歌に、カカシはふっと笑った。
空気を漏らすような笑いにはっと気が付いたイルカは、振り返り頬を赤らめた。
「すみません」
無意識に発していたのだと言わんばかりの反応に、カカシは目を細めた。
「別にいいよ。謝ることないでしょ?」
何の歌なの?
恥ずかしがるイルカに質問をして切り替えれば、ああ、と視線をカカシからずらした。
「今学校で生徒に教えてる曲です。何回も繰り返してるから頭に残っちゃってて」
「へえ」
これから作る料理の食材だけを作業スペースに出したイルカは、キッチンの前に立つ。オープンキッチンの為、カウンター前にいるカカシは向かい合いながら相づちを打った。
「音楽って俺も苦手なんで、一緒に練習してる感じなんですけどね」
言いながらイルカは鼻頭をこりこりと掻いた。腕をまくって蛇口を捻ると水がシンクに静かに流れ始める。
アカデミーでも音楽を取り入れているのは音感を鍛える為だ。才能があるなし関係なく、ある程度耳を鍛える事は、忍びにとっては強みの一つになる。
最近は笛なども科目に入れたと聞く。それはイルカから聞いた情報だった。
浮かぶのは笛を吹くイルカの姿。今度吹いてみてよと言った時は、直ぐに首を振られた。下手なんでとてもじゃないけど聴かせられないと断られたが、イルカに笛を吹いてもらうところを想像しただけで気持ちが癒された気分になった。
何故だろう。知り合って何年も経っていないし、つき合ってまだ間もないのに、イルカには絶対的な信頼をカカシは持ち始めていた。
こんな風に他人が自分の部屋に上がり、ましてやキッチンで料理をさせる事を許せる人間はいなかった。
なのに、忙しいと知ったイルカは甲斐甲斐しく手料理を振る舞ってくれると申し出てた。その姿にカカシは可愛らしいとさえ思える。
今まで他人に感じたことのないそれは、相性がいいと言えばいいのか。
相性がいいといえば、あっちの方も思った以上に良かったんだよね。
そんな事を思い出しながらイルカが野菜を洗う姿を見つめていると、ふと香る匂い。それはイルカが部屋に入ってきた時からしていたが、イルカの鼻歌や会話に気を取られ、忘れかけていた。
直感的に分かる匂い。反応するようにカカシの心臓がとくんと鳴った。純粋な笑顔を見せながら生徒の話をしているイルカとはあまりにも裏腹な香り。
無意識にカカシは下唇を舐め上げたくなり、同時にイルカが罪深いと思った。
カカシはカウンターからキッチンへ回る。お茶か何かを取りに来たのだと、無防備な背中を見せたまま包丁を持っているイルカへ腕を伸ばした。
背中から抱き締めると、びくりとイルカの身体が跳ねた。
「ちょ、カカシさんっ、今俺包丁を持って、」
「ねえ先生。先生からいい匂いする」
「・・・・・・え?」
ゆっくり聞き返すイルカは、カカシの言っている意味に気が付いている。カカシはほくそ笑んだ。イルカの首もとへ鼻をつけわざとらしく息を吸い込むと、イルカの身体が微かに震えた。
「シャワー浴びてきたんだ」
押し当てた唇から、触れる肌が緊張してくるのが伝わる。同時に熱を持ち始めているのも。
「それは、朝に汗かいたからシャワーを浴びて、」
「嘘。だったらこんな匂い残ってるはずないでしょ」
厭らしい言い方だと我ながら思うが、分かりやすいくらいにこんな匂いをぷんぷんさせるイルカも悪い。
準備してきたと言わんばかりのボディソープの香り。それだけで下半身が疼いた。
表情は見えないが、首元から耳が真っ赤に染まっている。カカシはぺろりと項を舐めると、イルカが息を呑んだ。
「・・・・・・っ、駄目ですっ。今から、ご飯作るのに」
「後でいい。って言うかイルカがいい」
「っ、・・・・・・でも、今は、・・・・・・」
単純明快な答えにイルカは答えを詰まらせる。どんな顔をしてるのか、想像出来るも背後から見えないのが残念だとカカシは思った。
それに、準備してきているくせに。それなのに嫌だとイルカは言う。カカシは密かに苦笑いを浮かべた。
後ろからイルカの上着の中へ手をもぐり込ませると、イルカは片手で自分の口を押さえくぐもった声を漏らす。往生際悪くもう片方の手は包丁を持ったまま。カカシは口の端を上げた。
「ねえ先生、こんな風にいい匂いさせてきてさ。こういうのが据え膳って言うんだけど。分かってる?」
「え?」
カカシの手が与える刺激に徐々に呼吸を上げ始めながら。首を捻ってカカシへ顔を向けた。
間近でカカシの視線とぶつかり、流されるままに頬を赤らめながら。でも分かっていないのか、聞き返すイルカにカカシは笑いを零した。
「まあいいや。いいから手伝って?」
カカシはイルカのズボンへ手を伸ばした。


「はっ・・・・・・ぁあっ・・・・・・んっ」
肉のぶつかる音と、じゅぶじゅぶと繋がった箇所から水っぽい音が漏れる。腰を揺すり上げながらイルカの丸出しになった尻へ肉棒を打ち付ける度に、イルカから甘い嬌声も漏れる。
うっとりと聞きながらカカシは満足そうに目を細めた。
シンクの縁をしっかりと掴んだまま、イルカはカカシに尻を向けている。昼間から獣のように繋がっている事に、自嘲する気持ちは微塵もない。後ろからちらと見えるイルカの頬は上気し耳は真っ赤に染まっている。その黒い目に涙の幕が張っている事も知っている。悲しいわけじゃない。気持ちがたまらなく高ぶって、目が潤んでいるのだ。それを証拠にイルカ自身もまた固く濡れそぼっていた。
それでもイルカの中にはまだ羞恥が消えていない。
ぐっと奥まで押しつけると、上半身を屈めイルカの首もとへ唇を押しつける。薄い皮膚をきつく吸い上げ赤い痕を残した。
「まだ明るいのに、こんな場所でセックスって。男なら堪らないよね」
でしょ?アダルトビデオのような台詞を囁きながら愛撫をすると、イルカからまた熱い声が漏れた。
「そ、んな・・・・・・っ、」
「嘘ばっかり」
薄い笑みを浮かべたままイルカの答えを否定すると、カカシはイルカの腰を掴み直し深く繋がったままその最奥を突いた。
「あ・・・・・・っ、ぁ、んっ」
イルカは頬を赤らめながら呻き声を漏らした。
「俺は・・・・・・堪んない」
そこからイルカの返事を待たずして激しく何度も腰を打ちつけ始める。気持ちよさにカカシは眉を寄せた。イルカの声も大きさを増す。ここがイルカのアパートだったら。間違いなく隣の人に声が聞こえている大きさだ。ここはそこよりは壁が厚いとはいえここは上忍専用のアパートで、少し注意深い人間なら気が付くだろう。自分はこんな軽率な人間だっただろうか。でもそれよりイルカを前にしたら本能が簡単に凌駕した。
イルカと繋がっている箇所を視界に入れながら荒く息を繰り返し、腰を何度も振る。角度を変えて一番いいことろを続けて突くと、イルカは身体をしならせる。
「ん、ふっ、あっ・・・・・・ぁあっ、あっ」
そこから突き上げただけでイルカは達した。カカシはその後もすごい勢いで追い立て、うごめく内壁を容赦なく擦る。そこから直ぐにカカシも絶頂を迎え、イルカの最奥に飛沫を放った。

ゆっくりと繋がっている部分を引き抜くと、鼻にかかった声をイルカが漏らした。余韻に震えているイルカの手を握ると、そこでようやくイルカがカカシへ振り返る。体重を預けるように胸にカカシに飛び込む形になり、カカシは支えるように抱き締めた。
少し無理をさせたかな、と思いながらイルカの顔をのぞき込むと案の定、イルカは黒い目を向けカカシを睨んだ。
「駄目だって、言ったじゃないですか・・・・・・っ」
怒っているはずだったのに、イルカの顔が徐々に悲しそうな表情に変わる。訴えるような眼差しに、カカシは内心驚いた。そんなに嫌だったのだろうか。もともと準備してきているのだから、そのつもりだったはずなのに。腕の中で自分を非難するイルカの視線に、この行為自体を否定された気分になり胸が痛む。
「・・・・・・無理させたとは思うけど。だって、あなたがあまりにも可愛いかったから」
選ぶ言葉を間違えたのだろうか。イルカの眉間にぐっと皺がより、またカカシは慌てた。
「でも好きな人とこんな風に場所関係なく出来るのってよくない?」
腕の中のイルカがぴくりと反応を示した。その反応は良いのか悪いのか。伏せてしまったイルカの顔を伺うようにのぞき込むと。さっきと同じ眉間に皺をよせたまま、難しい顔をしていた。
「えっと・・・・・・」
もっと良い言葉があればいいのだが。不機嫌になっているイルカに、ただどうしたものかと焦りだけが自分の中で広がって空回りしてしまっている。
言葉を詰まらせるカカシにイルカは固い表情のまま。しばらくして、身体の力を抜くようにふっと息を漏らした。
「好きな人って、・・・・・・それって本当ですか?」
聞き返されて、カカシは瞬きをした。聞かれたその質問が自分の論点とズレていると感じたからだ。だがカカシは間を置くことなく答える。
「・・・・・・当たり前でしょ」
何を言い出したのかと口にすると、途端イルカの顔が泣きそうになりぎょっとした。
「イ、イルカ先生?」
のぞき込むカカシに、ぐっと眉を寄せたイルカは俯く。
「だって・・・・・・だってあなたは何も言ってくれないから」
イルカの目には涙が浮かんでいた。さっきより驚きを露わにしたカカシは、動揺したままイルカを見る事しか出来なかった。ゆっくりとイルカの口が開く。
「俺は・・・・・・あなたを好きだけど。あなたはどう思っているのか。分からなくて、だから・・・・・・」
声を震わすそのイルカの言葉に、緩やかにカカシの緊張が解れていく。同時に胸を締め付ける。眉を下げてイルカをじっと見つめた。
今まで誰に対してもそうだったが。何も伝えなくてもいいんだと、勝手に思っていた。イルカは自分を好いてくれていて。それに応えればそれでいいとばかり。
でも、違った。
今までの自分のイルカに対する態度は、こんなにイルカを不安にさせ、傷つけていたんだと。
その事実に後悔がカカシを襲う。
「ごめん」
咄嗟に出た言葉がそれだった。
心からそう思った。
ただそこからの言葉が続かない。カカシはがしがしと頭を掻いた。
「それだけですか?」
じっとカカシの目を見つめながらイルカは問う。涙のせいか、黒く輝くその目を見つめ返して。カカシは一回閉じた唇をゆっくり開いた。
「たぶんあなたが思ってるよりもずっと・・・・・・好きなんだと思う」
そこで、イルカの潤んだ黒い目が微かに揺れた。それは安堵を含む色だった。そして、気持ちを吐き出した事により分かったのは。今やっとスタートラインに立ったのだという事。不思議と気持ちが軽くなった。
「だから、もう怒らないで?」
自分でも甘えたような声だったと思う。イルカは驚きに目を見開き、ふっと吹き出した。
「何で笑うの?」
大真面目に気持ちを口にしたのに笑われ怪訝そうにすると、イルカはくすくすと笑いながら目尻に浮かんだ涙を手の甲で拭う。
「だって、そんなカカシさん初めて見たから」
今度はカカシが眉を寄せた。
「だってイルカ先生すっごい怖いんだもん」
「怖くなんかないですよ」
「怖いよ。目なんかこーんなにつり上がって」
手で表すと、またイルカが可笑しそうに笑った。可愛い笑顔を見せられてカカシの顔も一気に緩む。
ああよかった。カカシは心底安堵した。このままイルカとの関係がなくなってしまったら、それこそ自分が一番考えたくない事だと痛感する。
そんなカカシに、イルカは心外だと言わんばかりに口を尖らせる。その唇をカカシは塞いだ。ん、と驚き声を漏らすイルカに構わず唇を奪い、ゆっくりと離したカカシは優しくイルカを見つめる。
「ね、今度はベットで続きしよーよ」
「え、何言ってるんですか。夕飯は?」
きょとんとして聞き返されカカシはにっこりと微笑んだ。
「二度も同じ事言わせないでよね」
言い終わらないうちにカカシはイルカを抱き上げ、驚きに声を上げたイルカの声が聞こえたのは、一瞬だった。


<終>
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