好きな人
運が悪かったと言うべきなのか。
その日は一日報告所だったが、たまたま休んだ同期の仕事もしていた。既に昨夜同期が作成し、まとめてあった任務依頼書の内容にイルカは目を通しながら、待機所に向かう。
待機所にいたのは紅だった。要点を伝えながら手短に説明し、いまここにいない上忍にはまた時間を見計らってくる必要があると思いながら退出しようとしたイルカに、紅が呼び止める。
何か説明に見落としがあったかと顔を向ければ、その名前の通り、朱い色の瞳がこっちに向けられていた。長く綺麗な指がこっちへ向けられる。
「それって、あれ？」
すごく曖昧な言葉を向けられ、イルカは一回瞬きをした。書類を持ったまま、考えようとしても、向こうが通じていると思いそんな表現を使っているのだろうが、分からない。あれとは、と言い掛けたイルカに、紅は小さく笑う。
「だから、それ。先生の彼女は随分と積極的なのね」
その言葉で、指された場所に、そこでようやく言っている意味を理解する。アンダーウェアから見えるその小さな痕。イルカは思わず書類を持っていないもう片方の手で隠すが、紅からしたら今更だった。
何でもないと、誤魔化す方法もあったはずなのに、こんな反応をすれば、認めているようなもので。後悔するもそれに追い打ちをかけるように、情けない事に、かあ、と顔が熱くなった。
痕を残す場所を気にするイルカに、大丈夫、見えないから。なんて言いながらしっかり見える場所に痕を残したカカシに怒りを向けたくなるも、今はそれどころじゃない。
それなのに、
「どんな彼女？同じ教員？」
今までそんな浮いた話が自分になかったからなのか、すばずばと聞かれて、イルカは言葉を詰まらせた。
適当に話を合わせるべきなのか、しかし嘘は苦手で、その嘘に嘘を重ねたら、どこかでボロが出るだろうし。なにより、カカシとつき合うことを敢えて誰かに話してはいないが、特に隠す必要もない気もする。教員である故に保護者や生徒には伏せるべきだろうが。なにより、紅はカカシと同じ上忍仲間で、自分も信頼している。
ぐるぐると思考が回り、迷うも、イルカは顔を上げる。違うんです、と言えば、紅は素直に不思議そうな顔をした。なにが？と聞かれる前にイルカはまた口を開く。
「俺、カカシさんとつき合っていて、」
そう言葉にしたイルカに、紅の顔から笑顔が消える。まさかおめでとう、なんて言われるとも思っていなかったが。その反応に何かまずいことを言ってしまったのかと思っていれば、紅は眉を顰めた。
「嘘でしょ？」
言われて首を横に振れば、紅はため息混じりに腕を組む。
「何でカカシなの？」
そう口にした。
紅の話を聞けば、それなりに理由があり、自分の知り合いや上忍仲間のくノ一がさんざん遊ばれた上に捨てられたらしく。
ただ、カカシが女に困っていないのは、噂でも聞いていたし、実際見たことがあり、知っていた。
しかし、惚れたのは自分で、カカシに遊ばれてもいいと思ってはいなかったが、そうなるのかもしれないし飽きられるなのかもしれない、と思っていた。
だが、女をとっかえひっかえすると聞いていた割には、自分には優しく、浮気している様子もない。
ただ、最初は不安だった。自分もそうだったが、カカシも男相手は初めてらしく、じゃあ、お試しね。なんて軽く言われたから。それなりに覚悟はしていた。少しでもつき合えたらそれでいい。そう思っていたのに。
なんだかんだでカカシは自分の家に顔を見せるし、休日も過ごせる時は、一緒に過ごしている。いわゆる、半同棲のような感じで。
この前は、家で持ち帰ったテストの答案の丸付けをしていれば、
俺、先生の事好きみたい。
縦肘つきながら、前触れなくそんな事を目を細めて言われ、今更だろう、と思いながらも、恥ずかしくなった事を思い出した。
だけど、
浮気する男はまたするもんなのよ。
そう紅に言われたら、確かにそうなのかもしれなくて。返す言葉はない。惚れた弱みもあるが、浮気されたら嫌だなあ。とぼんやり思っていれば、紅が心配そうにこっちをじっ見つめている。
「明日予定空けといて」
そう言われたら、頷かないわけにはいかなかった。
カカシは今日は里外で任務だと聞いていた。
合流した紅から聞けば、その通りで、アスマと同じ任務だと言う。
紅から呼び出されたのは夜で、紅が納得すればいいと思い素直にそれに従ってはいたが、紅が別の綺麗な女性に変化しているだけで、何を見せられるのか、大体予想がつく。
こんな事までしなくても、と思うイルカの腕を紅が引き、つれてこられたのは、居酒屋だった。週末で、当たり前に込み合っている。カカシは一人、奥のカウンターで座っていた。アスマと飲んでいたのだろう。日本酒を口にしている。アスマと飲む時は大抵普段は飲まないが、日本酒を飲んでいた。白い頬を赤くさせ、任務で疲れたのか、酔っているからなのか、頬杖をついている。
その端正な横顔を見つめていれば、紅は自分をカカシの死角になっている近くの席に座らせると、そのまま一人でカカシへ歩み寄った。
その紅が変化した姿はカカシの好みなのだろうか、細身の綺麗な女性で。色気が漂うその後ろ姿を目で追う。
紅に言われるがままついてきたものの、複雑な気持ちになった。友人思いなのか、友人が辛い思いをしたからなのか。たぶんどっちもだろう。悪気がない事には変わりはない。
もし、カカシが誘いに乗ったら、それは紅の言った通りになるだろうし、だったらこの場についてこなければ良かったと言えばそれまでだが、もし見ていない場所で誘いに乗っていたら、それはやっぱり浮気だ。
だが、もしそうなったらそうなったらで、どうしようもない。
嫌な緊張が自分に走るイルカを余所に、躊躇いもなく紅がカカシへ声をかける。カカシは変化した綺麗な女性へ顔を向けた。
「今から一緒にどう？」
慣れたように誘う言葉を口にする相手を見つめるカカシは、その表情から少し酔っているのが分かった。
過去女遊びをしていて。
任務の後で。そして程良く酒が入っていて。目の前には綺麗な女性。
自分だったら。そんな状況に出会った事がないが。
男としては普通、揺らぐ。
自分のような特徴もない男と比べたら、尚更で。酷く虚しい気持ちに包まれる。今更ながらに逃げ出したくなった。
カカシは。
妖艶な容姿や台詞を口にした女性を見つめながら、その表情を少しだけ和らげ、口布を下ろしたままの、綺麗な口元を開く。
「俺もう好きな人としかヤらないから」
だからごめんね。
微笑みながら優しく口にするその言葉に。
予想すらしていなかったし、出来なかったけど。
好きな人。
それは誰を指しているのか明らかで。
予想外の言葉に。
目の前にいる紅以上に、イルカが驚き、息を呑む。
（･･････わ、･･････）
心臓が忙しなく動き出し、それが聞こえるはずのないカカシに聞こえてしまいそうで。
真っ赤な顔のまま、イルカは口元を手で押さえた。
<終>
その日は一日報告所だったが、たまたま休んだ同期の仕事もしていた。既に昨夜同期が作成し、まとめてあった任務依頼書の内容にイルカは目を通しながら、待機所に向かう。
待機所にいたのは紅だった。要点を伝えながら手短に説明し、いまここにいない上忍にはまた時間を見計らってくる必要があると思いながら退出しようとしたイルカに、紅が呼び止める。
何か説明に見落としがあったかと顔を向ければ、その名前の通り、朱い色の瞳がこっちに向けられていた。長く綺麗な指がこっちへ向けられる。
「それって、あれ？」
すごく曖昧な言葉を向けられ、イルカは一回瞬きをした。書類を持ったまま、考えようとしても、向こうが通じていると思いそんな表現を使っているのだろうが、分からない。あれとは、と言い掛けたイルカに、紅は小さく笑う。
「だから、それ。先生の彼女は随分と積極的なのね」
その言葉で、指された場所に、そこでようやく言っている意味を理解する。アンダーウェアから見えるその小さな痕。イルカは思わず書類を持っていないもう片方の手で隠すが、紅からしたら今更だった。
何でもないと、誤魔化す方法もあったはずなのに、こんな反応をすれば、認めているようなもので。後悔するもそれに追い打ちをかけるように、情けない事に、かあ、と顔が熱くなった。
痕を残す場所を気にするイルカに、大丈夫、見えないから。なんて言いながらしっかり見える場所に痕を残したカカシに怒りを向けたくなるも、今はそれどころじゃない。
それなのに、
「どんな彼女？同じ教員？」
今までそんな浮いた話が自分になかったからなのか、すばずばと聞かれて、イルカは言葉を詰まらせた。
適当に話を合わせるべきなのか、しかし嘘は苦手で、その嘘に嘘を重ねたら、どこかでボロが出るだろうし。なにより、カカシとつき合うことを敢えて誰かに話してはいないが、特に隠す必要もない気もする。教員である故に保護者や生徒には伏せるべきだろうが。なにより、紅はカカシと同じ上忍仲間で、自分も信頼している。
ぐるぐると思考が回り、迷うも、イルカは顔を上げる。違うんです、と言えば、紅は素直に不思議そうな顔をした。なにが？と聞かれる前にイルカはまた口を開く。
「俺、カカシさんとつき合っていて、」
そう言葉にしたイルカに、紅の顔から笑顔が消える。まさかおめでとう、なんて言われるとも思っていなかったが。その反応に何かまずいことを言ってしまったのかと思っていれば、紅は眉を顰めた。
「嘘でしょ？」
言われて首を横に振れば、紅はため息混じりに腕を組む。
「何でカカシなの？」
そう口にした。
紅の話を聞けば、それなりに理由があり、自分の知り合いや上忍仲間のくノ一がさんざん遊ばれた上に捨てられたらしく。
ただ、カカシが女に困っていないのは、噂でも聞いていたし、実際見たことがあり、知っていた。
しかし、惚れたのは自分で、カカシに遊ばれてもいいと思ってはいなかったが、そうなるのかもしれないし飽きられるなのかもしれない、と思っていた。
だが、女をとっかえひっかえすると聞いていた割には、自分には優しく、浮気している様子もない。
ただ、最初は不安だった。自分もそうだったが、カカシも男相手は初めてらしく、じゃあ、お試しね。なんて軽く言われたから。それなりに覚悟はしていた。少しでもつき合えたらそれでいい。そう思っていたのに。
なんだかんだでカカシは自分の家に顔を見せるし、休日も過ごせる時は、一緒に過ごしている。いわゆる、半同棲のような感じで。
この前は、家で持ち帰ったテストの答案の丸付けをしていれば、
俺、先生の事好きみたい。
縦肘つきながら、前触れなくそんな事を目を細めて言われ、今更だろう、と思いながらも、恥ずかしくなった事を思い出した。
だけど、
浮気する男はまたするもんなのよ。
そう紅に言われたら、確かにそうなのかもしれなくて。返す言葉はない。惚れた弱みもあるが、浮気されたら嫌だなあ。とぼんやり思っていれば、紅が心配そうにこっちをじっ見つめている。
「明日予定空けといて」
そう言われたら、頷かないわけにはいかなかった。
カカシは今日は里外で任務だと聞いていた。
合流した紅から聞けば、その通りで、アスマと同じ任務だと言う。
紅から呼び出されたのは夜で、紅が納得すればいいと思い素直にそれに従ってはいたが、紅が別の綺麗な女性に変化しているだけで、何を見せられるのか、大体予想がつく。
こんな事までしなくても、と思うイルカの腕を紅が引き、つれてこられたのは、居酒屋だった。週末で、当たり前に込み合っている。カカシは一人、奥のカウンターで座っていた。アスマと飲んでいたのだろう。日本酒を口にしている。アスマと飲む時は大抵普段は飲まないが、日本酒を飲んでいた。白い頬を赤くさせ、任務で疲れたのか、酔っているからなのか、頬杖をついている。
その端正な横顔を見つめていれば、紅は自分をカカシの死角になっている近くの席に座らせると、そのまま一人でカカシへ歩み寄った。
その紅が変化した姿はカカシの好みなのだろうか、細身の綺麗な女性で。色気が漂うその後ろ姿を目で追う。
紅に言われるがままついてきたものの、複雑な気持ちになった。友人思いなのか、友人が辛い思いをしたからなのか。たぶんどっちもだろう。悪気がない事には変わりはない。
もし、カカシが誘いに乗ったら、それは紅の言った通りになるだろうし、だったらこの場についてこなければ良かったと言えばそれまでだが、もし見ていない場所で誘いに乗っていたら、それはやっぱり浮気だ。
だが、もしそうなったらそうなったらで、どうしようもない。
嫌な緊張が自分に走るイルカを余所に、躊躇いもなく紅がカカシへ声をかける。カカシは変化した綺麗な女性へ顔を向けた。
「今から一緒にどう？」
慣れたように誘う言葉を口にする相手を見つめるカカシは、その表情から少し酔っているのが分かった。
過去女遊びをしていて。
任務の後で。そして程良く酒が入っていて。目の前には綺麗な女性。
自分だったら。そんな状況に出会った事がないが。
男としては普通、揺らぐ。
自分のような特徴もない男と比べたら、尚更で。酷く虚しい気持ちに包まれる。今更ながらに逃げ出したくなった。
カカシは。
妖艶な容姿や台詞を口にした女性を見つめながら、その表情を少しだけ和らげ、口布を下ろしたままの、綺麗な口元を開く。
「俺もう好きな人としかヤらないから」
だからごめんね。
微笑みながら優しく口にするその言葉に。
予想すらしていなかったし、出来なかったけど。
好きな人。
それは誰を指しているのか明らかで。
予想外の言葉に。
目の前にいる紅以上に、イルカが驚き、息を呑む。
（･･････わ、･･････）
心臓が忙しなく動き出し、それが聞こえるはずのないカカシに聞こえてしまいそうで。
真っ赤な顔のまま、イルカは口元を手で押さえた。
<終>
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