すき焼き

あぁ、なんだろ。
姿勢悪く片肘ついたまま体重をかけた頬の肉は、拳によって大きく顔を歪ませている。
自分が里を出る前はこんなんじゃなかったはずだ。お互いを先生と呼び合い上下関係がちゃんと出来ていて。自分の見てた限りでは少しだってこの状況を想像すら出来ていなかった。
「お前、野菜食ってないだろ」
鍋から取られた白菜が自分の取り皿に入れられる。ネギも続いていれようとするカカシをじとりと睨んだ。
「いらねーってば」
それでなくとも下手物もみたいなメシを食わされてたって言うのに。修行中エロ仙人に与えられた料理の数々が頭に浮かび、ナルトは盛大にため息を吐き出した。続けて入れられナルトは思わずまた口を開く。
「うえ、きのこ。俺肉が食いたいんだってば」
自分の箸を掴むと牛肉を掴み、直接口に頬張ると、背後からイルカの笑い声がした。
「修行して余計野菜嫌いになったのか、お前は」
ビールを持ってナルトの横に座る。そのビールをカカシに手渡した。ありがと、と言って渡されたカカシはプルトップを開ける。
「だから子供だっていうのよ、お前は」
「カカシさん、ナルトだって頑張ったんですよ」
「イルカ先生は相変わらず甘いなぁ」
眉を下げて言うと、カカシはビールを喉を鳴らして呑む。カカシらしい変わらない穏やかな口調を聞きながら、また肉を頬張った。目線をカカシの表情から缶ビールへと移す。そのラベルは、イルカの家で見たことがなかった。
「先生、ビール変えたのか?」
「ん?あぁ、最近な」
そう言って缶ビールを呑むイルカの口元を眺めていると、視線を感じる。
カカシと目が合った。目を丸くすればカカシはまた自分の皿へと視線を動かす。
箸を置くとカカシは立ち上がった。
「カカシさん、どうしました?」
「うん。卵、欲しいかなって」
「あ、すみません」
立ち上がろうとするイルカをカカシは片手で制した。
「いいって。用意するから座ってて。今日買ったの、確か赤玉の方でしたよね」
少し屈んで冷蔵庫を開きながら訊く。その姿をナルトは箸を咥えながら見つめた。
(あ、まただ)
もやっとした気持ちにナルトは咥えていた箸を奥歯で噛んだ。
一緒に買い物に行ったと、それだけだってのに。
胡座をかいた足をゆらゆらと揺すって視線を外す。隣に座っていたイルカが立ち上がった。なに?と目を向けたカカシにイルカは口を開く。
「その卵の受け皿、俺出しますよ」
「あぁ、こっちで割ってっちゃおうかなって思ったんだけど」
「あ、そうします?」
狭い台所で2人が並んで卵を割り、受け皿に入れていく。今までどうだったろうか。2人の距離はあんな短かっただろうか。思い出そうとしても、思い出すイルカの隣は金髪で背の低い自分だ。
訊いちゃってもいいものか。訊いたらそれで終わってしまうような気がする。
とん、と生卵の入った皿が置かれ、顔を上げる。
「ほら、お前卵好きだったもんな」
出すの忘れてて悪かったな。目を細められ思わず目を逸らしていた。嬉しさをどう表現したらいいのか、素直に返事出来ない自分に腹が立つ。
カカシの優しさに素直に甘えているイルカにも。それを見せつけているように感じてしまうカカシにも。
自分が修行に行かなかったら。もっと早く生まれていたら。生徒じゃなかったら。
食事を3人で再開しても、高い肉だろう霜降りの肉が全然旨く感じない。
それとも、あと数年経てば、違う見方をしてくれるのだろうか。
「やめときなって」
カカシの声にナルトは顔を上げた。カカシは卵につけた春菊を頬張って。何を言ったのかと箸を止めたイルカには視線を送らず。
「お前には渡さないよ」
口の中にあった肉をごくんとナルトが飲み干すと、カカシが漸くこっちを見た。それは久しぶりに見たカカシの目。
カカシさん、肉ならまだありますよ。と言うイルカの声が遠くに聞こえた。
写輪眼じゃない青い目なのに。何もかも見透かされたようで、俯いてその目から逃れた。
どんぶりの白飯を掻き込む。
「お前は欲張りだね」
イルカがトイレに席を立った時、カカシは口を開いた。
「何がだよ」
ふてくされた声だと、自分でも思った。ふっとカカシは目を眇める。
「だってそうでしょ。どんだけ愛情をあの人からもらってると思ってるの」
いつだってすぐに思い出せるくらいにある、イルカとの思い出を。羨ましいと言うように、カカシはそんな顔をした。
「愛情なんかじゃねぇってば」
口を尖らせて言えば、カカシは眉を下げて笑った。
「愛情だよ。それはお前が一番分かってるんじゃないの?」
「俺が欲しいのはその愛情なんかじゃない」
「じゃあ、ナルト。お前はあの人とセックスできたらそれで満足?違うよね。全部欲しい、愛と言う名の感情は全部自分のものにしたい。でしょ?でもさ、それって不可能なのよ」
「どういう意味だよ」
カカシは眠そうな目をテーブルに落とした。暫くぼんやりとテーブルの中央に置かれたすき焼きを眺めて、また顔を上げた。
「あの人は俺たちを天秤にかけれないってこと」
そこでカカシは持っていた箸を置いて頭を掻き笑った。
「だってそれ俺がやろうとした事だもん。だからね、こればっかりはお前に譲れない」
イルカとの関係を、ハッキリと言わないカカシの言葉は余計に心に突き刺さる。なのに。決定打を間延びした口調で言うカカシは、息を吐くように小さく微笑んだ。
「悪いね、ナルト」
その言い方が酷く優しくて。ナルトの目に涙の膜が張る。
その時、奥でトイレからイルカが出てくる音がした。

<終>