スーパーセンチメンタル③

任務が終わってナルトは家に向かっていた。
チョウジ達の飯の誘いを断ったのはもちろん。
ーーイルカが家にいるからだ。
浮き沈みする気持ちがある反面、足取りが軽い自分が嫌にもなる。
イルカが自分の部屋で、きっと夕飯を作って待っているに違いない。いつもは誰もいないあの部屋に。今日は待っている人がいる。
しかもあのイルカが。
家に向かいながら、アカデミーの頃をふと思い出していた。
野菜持ってきたから、飯作ってやる。と、イルカが突然家に来たり。高熱で寝込んでいる時、おじやを作ってくれたり。
野菜は苦手だけど、どんな飯より旨かった。
思い出すだけで胸が暖かくなるし、苦しくなる。
小さく息を吐き出して家に急ごうと足に力を入れた。

ドアを開けて。ただいま、と言い掛けたナルトは、玄関で立ち止まった。
部屋は暗くしんと静まりかえっている。
想像していた夕飯の匂いもしない。
もしかして、もう帰ったのだろうか。
はやりカカシが恋しくなったのだろうか。
朝あんなに意地を張っていたくせに?
それとも、カカシが迎えにきたのか。
急にあふれてくるどろどろした気持ちに、拳にぎゅっと力を入れた時、その渦巻く気持ちを遮るように、後ろでドアが開いた。
驚き振り返ると、イルカが息を弾ませて立っていた。
「お、ナルト。もう帰ってたのか」
飯の用意してなくて、悪いな。と、そう言いながら部屋に上がり、ナルトもそれに続く。
「掃除もしようと思ってたのに」
そう続けるイルカをじっと見つめながら、
「先生、何かあったのかよ」
聞けば、イルカの動きがぴたと止まった。
「え、何が、」
「誤魔化すなって。だって、顔色悪いってば」
誰よりもイルカの背中を見てきたナルトは、はっきりと否定できた。昔なら、イルカは自分を簡単に誤魔化す事が出来たかもしれない。
だが、真っ直ぐ見つめるナルトの眼差しにイルカはそれを諦めたのか。少し苦しそうな顔で、床に視線を落とした。
「小鳥が」
そう言われて気が付く。そう言えば、あの小鳥の声もしないし、見あたらない。
部屋を見渡してみるが、鳥かごは部屋の隅に確認出来たが、小鳥がいない。
「鳥かごを掃除してた時、窓開けてたんだが、まさかそこから飛び出すなんて思わなくて」
「え、怪我してたのに飛べたんだ」
「いや、まだ治ってなかった。だから平行保てないまま落ちて、慌てて窓の外走ったんだが」
イルカはそこで言葉を切った。
「...死んだのか?」
「違う!怖いこと言うな!」
イルカに否定され、ナルトは口を尖らせた。
「じゃあなんだよ」
「だから、いなかったんだ」
「へえ、良かったじゃねえか」
「良くないだろ。あの怪我じゃまだ餌も十分に捕れないのに、」
心配そうな表情に変わったイルカは、飛んでいったであろう窓の外へ視線を向けた。
「もし野良猫に喰われたら」
「それはそん時だろ、だって、」
イルカの傷ついた顔に、ナルトは、その先の言葉を呑んだ。
忍びである故の絶つべきものと結ぶべきものがいかに紙一重で、残酷か。イルカがアカデミーで教えを説いているから、十分分かっているはずなのに。
黒く暖かくも悲しみを含むその眼差しに、自分で言っておきながらも、ナルトは胸が締め付けられた。
同時に感じる事は。
きっと、カカシも同じ気持ちを抱いたのだろう、と言う事。
それでも、違うのは。あんな余裕、俺には出来ない。
ナルトは息を吐き出して。金色の頭を掻いた。
「俺も...探すの手伝う」
カカシが選択しなかっただろう、言葉を、ナルトは選んだ。

もうすぐ日が沈む。そしたらきっとイルカも諦めざるを得ないだろう。
飛んでいったであろう方向へナルトは辺りを見渡しながら、そう思った。
飛べないから、草むらの中や、物陰を見てみるが、鳴き声も聞こえない。あの小鳥は声だけは大きかったから、鳴けばすぐに分かりそうだが。
いや、野生である故に声を出すことは危険に晒す事になるのか。
(でもそれだったら...余計分からないってば...)
探しながら、ナルトは落胆した。
日が沈んだ時点で、もう諦めるべきだと、きっとイルカ自身分かっているだろう。
公園の反対側へ顔を向ければ、必死に探しているイルカを目にする。
暗くなってきた公園に電灯が灯った。
なんと声をかけようか。
イルカの背中を見つめてゆっくりと歩み寄る。
「探しもの?」
その声に、ナルトは振り返った。イルカも驚いて顔を上げた。
薄暗くなった公園を背に、カカシが立っていた。
タイミングが良くないんじゃないのかと、それはナルトにも感じた。喧嘩の原因だった小鳥を探してるなんて。イルカが言えるはずがない。
その通りなのか、イルカは何かを言おうとするが、唇を結んだまま黙ったままだ。
カカシの視線は自分に移され、思わずナルトは顔を顰めた。
「何でもないってば」
そう言い返すと、カカシは、へえ、と答える。そこからまたイルカを見つめて、一歩イルカに近づく。
「取り敢えずさ、家に来て?」
その言葉に、イルカは目を開くが。ふいと顔を背けた。
「いえ、帰りません」
そんなイルカにカカシは小さく笑いを零す。
「いいから、来なさいって」
そこからイルカの返事も待つわけでもなく、カカシは背を向け歩き出す。
「ナルトもだよ」
ついでのようにその背中で言われ。また内心ムっとするも。渋々イルカが歩き出したので、ナルトもその後について行く。
家とはイルカの家なのだろう。そこに二人で住んでるのだ。何でそこに来いと言ったのか。カカシの意図が掴めない。
(って言うか俺関係ないし。行きたくないし)
そう思ってもみるが。ここまでついてきて帰れるわけもない。
だが、その疑問は家に着いてすぐに分かった。
玄関を開けた途端、聞こえたのは。
あの小鳥の声だった。
イルカは思わず息を呑み、靴を脱いで部屋に上がる。
大きめの白い箱を開けると、そこにはタオルが敷かれ、小鳥が顔を見せた。
ピイピイと、イルカを見た途端、声が大きくなったのが分かった。
「お前、大丈夫だったのか!?」
甘えた声を出す小鳥の身体を、イルカが優しく手で撫でる。そこから、玄関から部屋に入ってきたカカシに向き直った。
「カカシさん、どうして」
「俺が忍犬散歩させたらね。その小鳥を忍犬が見つけたの」
あの公園のもう少し行った先の道でね。と、カカシが付け加える。
「どうしよっかなって、思ったんだけどさ」
そう言いながらカカシは小鳥をそっと両手で包むように持ち上げて、そのままあぐらを掻いて座る。
手の中で小鳥は、ピィ、と小さくカカシを見ながら鳴いた。
その小鳥の頭を、指で優しく触れる。小鳥が気持ちよさそうに目を細めたように見えた。そして、ピイ、と大きく鳴き嘴を開けた。
「ああ、はいはい」
カカシはそう言うと、小鳥を抱えたまま立ち上がり、台所に姿を消す。しばらくしてなにやら持ってきた。
そして、またあぐらを掻き、手の中にいる小鳥にの口に持っていけば、大きく嘴を開けた。そして食べる。
「食べた!」
イルカの上げた声に、カカシは顔を上げる。
「うん。食べるよ。すっごい食べる」
今までイルカの捕った虫は一切受け付けなかったのを、ナルトも知っている。関心して小鳥が餌を食べるのを眺めていた。
イルカはカカシに歩み寄って、カカシの手の中にいる小鳥を覗きこむ。
「...それって」
ん?と、カカシはイルカに目を向けた。
「これ?練り餌。ほら、これって水分も含んでるし。きっとこっちの方が食べやすいんだよ」
「練り餌....カカシさんが?」
「そう。これ拾った時、放って帰っても良かったんですがね。あまりにも腹減ったってぴーぴー鳴くし。仕方なしにね」
「仕方なしって、」
不満そうなイルカの目を見て、カカシはふわと目を細めた。
そこから、イルカやナルトが見守る中、カカシは背を丸くしながら小鳥に餌を与える。
こんな姿、見たことも想像したこともなかったからか。違和感を覚える。それに可愛くも見えて。
イルカは、そんなカカシの姿をジッと見つめていた。
「カカシさんは...鳥が嫌いなんだと思ってました」
「嫌いなんて言ってないでしょ。野生の鳥なんだから、その法則に従ってそのままにしておくのがいいって、言っただけじゃない」
「だって...、可愛くないとか、」
「そりゃあね。...だって最後は結局放さなきゃいけなくなるんだから。だったら、最初からそうしておきたいって思っただけ。こうやって世話しちゃったらさ、手放したくなくなっちゃうじゃない」
でしょ?
そう言いながら、カカシは愛おしげに小鳥の羽根を優しく撫でた。
小鳥は反応するように、ピイピイとカカシに口を開ける。
「はいはい、あげるから待ちなさいって」
カカシはそう言って、練り餌を小鳥に与えた。
「それに最初は俺の焼きもちだって、アンタだって知ってたくせに」
片眉を上げてそうカカシに言われ、イルカは頬を赤く染めた。


その晩、ナルトの家で二人。イルカはご飯を食べていた。
イルカはカカシの元に帰る事を選択しなかった。小鳥に餌を食べさせた後、カカシに、どうするの?
と、そう問われて。自分がいた手前なのか。
「取り敢えず、荷物もあるんで。ナルトの家に帰ります」
そうイルカは言った。
イルカが少しだけ泣きそうになっていたのは、カカシはもちろん気が付いていただろう。イルカの意地とその選択に、カカシはニコと微笑み、うん。とだけ答えた。

適わない。
さっきのカカシを思い出しただけで、ナルトはそう思った。
カカシとイルカがキスをする場面とか、想像したくもないけど、まだそっちを見せられるほうがまだ良かった、とさえ思えてきた。
カカシのどこがよくってイルカが選んだのか、分からなかったのに。
それが簡単に分かってしまった気がしたからだ。
「先生、明日帰るよな?」
味噌汁を啜りながら。ナルトはイルカを見れば、イルカは、んー、と濁した返事しか返してこない。
豚肉とピーマンの味噌炒めを箸で摘んで、イルカは、
「旨いな」
と、自分の作ったご飯を一人ゴチる。ナルトもそれに箸を伸ばした。
口に頬張り白飯も食べる。
咀嚼して、飲み込んでから。ナルトは口を開いた。
「先生の飯は旨いよ」
「え?」
聞き返したイルカに、ナルトは茶碗からイルカへ目を向けた。
「先生の作った料理は旨い...でもさ。旨いことと居て欲しいことは別なんだよ」
「ナルト...」
名前を呟かれ、思わずナルトは唇を噛む。一回落とした視線をまたイルカに向けた。
「だから帰れってば」

一人になった部屋で。ナルトは床に寝ころんでいた。
キリキリと痛む胸が、どうしようもなく憎らしい。
泣きたくなくて。ぐっと歯を食いしばる。
あの小鳥のように、自分はずっとイルカやカカシの掌の中に包まれたままのようで。

早く羽ばたいて空を飛び、強くなって。
目を閉じたまま空高く舞い上がる鳥と自分を重ねて。
幼い頃から夢みた事を頭に思い浮かべる。
「負けねえってば...」
ナルトは小さく微笑みながら、そのまま眠りに落ちた。

<終>



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