多分これでいいはず
(どんな感じなんだろうか)
そうぼんやり思考を漂わせていたのは、任務からの帰っている途中だった。
夜が明ける前までには里に戻ってこれる予定だったけれど。思ったより手こずったのは、相手の数が思った以上に多かったから。
それに、敵が明らかに劣性だと見くびった仲間がいたから。
いやそれってただの言い訳でしょ。何年忍びやってんの?
もしあの人がここにいたら100%言われるだろう台詞が頭に浮かんで、テンゾウは微かに顔を顰めた。
案の数が少なすぎだしさ、里に出る前に考える事もあったよね。仲間を信用してないお前にも問題はあるんだよ。大体お前は忍具よりクルミの事ばっかりで、
(違うっ)
いもしない相手が頭の中で勝手にしゃべり始める。テンゾウは奥歯を強く噛んだ。足を置いた枝が、音を立て折れた。
敵も追っ手もいないが。
先頭に立ちながら里を目指す自分にあってはならない、初歩的なミスに、後ろの仲間の一人が首を傾げた。
スピードは緩まない。
この森を抜ければ阿吽の門まではもうすぐ。
星はすっかり消え、東の空は白く明るくなる。身体を飛ばしながらその空に目を向けた。
精神的に参ってるからだ。
自分にそう言い訳するのも嫌だけど、それは間違ってない。
報告を済ませて家に帰りながら。息を吐き出した。
あの人と一緒にいた時間が長すぎたからか。
いや、違う。
ふっと笑いを浮かべて目を伏せた。
考えないようにしてたって、何処でも人目を惹く人だ。カカシに恋人が出来たと、そんな噂は暗部にもすぐ聞こえてきたのは先日だった。
カカシの噂を話す仲間を横目にそんな輪に入ろうともしない自分は目立つのだろう。
お前はどう思うんだよ。
カカシの後輩として長い自分がどう感じているのか。そこにも興味があるのがありありと伝わってくる。
自分の今の心の中との温度差ったらない。
テンゾウは服を着込みながら、目もくれずに、さあ、と小さく返した。
本人が幸せなら、それでいいんじゃないのかな。
面白くも何ともない返答に、相手の目の色が一気に褪せていくのが見えて、心の中で鼻を鳴らした。
そんな事を思い出しながら。
頭の中は当初の言葉が蘇る。
ーー人を好きになるって、どんな感じなんだろうか。
昔から女には困っていなくて。
花街に高い女を囲い。
特定の誰かなんて。いらないとばかり思っていた。
黒い目が。あの人の心が。カカシに奪われた瞬間。
思い出しただけでぶるりと身体が震えた。
感情を露わに出したあの表情。
結局あの後、きっと今回の噂通りにカカシとあの男が恋人になったのだ。
受付で見せる無垢で健康的な笑顔のあの男と。
(...人は見かけによらぬものだ)
この目で見ても尚、恋をする感情がよく分からない。
直接本人に聞いてもいいんだけど。
聞いたことろで嫌な顔をされるがオチなんだと、自分でも分かっている。そこから愛読書を読めと、カカシに言われるのかもしれない。
顔を上げる。朝日が昇り、里が元気よくいつもの様に動き始める。
笑いながらアカデミーに向かう子供や仕事に向かう大人。
その反対方向に一人向かい歩きながら。
あくびを一つ零した。
火影に呼び出されたのはその翌朝だった。
思った通り、前回の任務から踏まえメンバーを変える必要がある。
取り戻す必要のあった巻物はまだ揃っていない。
時間も開けれない。
それも勿論分かっていた。
前回の任務から、自分に一任されているのだ。
「カカシを呼んでこい」
ため息が出た。
成るほど。それも正しい選択だ。
「しかし、」
「アイツの任務調整は出来ている。前回の任務はお前から説明しておけ」
それもごもっとも。
有無を言わせたくないのだろう。
テンゾウはそれ以上口を開くのを止め、頭を下げ執務室から出た。
いるべき場所は上忍待機室だと思っていた。
正面から顔を出したテンゾウを見て、アスマが素直に驚いた顔を見せた。一言も発さないで会釈だけして辺りを見渡しているテンゾウに、短くなった煙草をもみ消しながら口を開いた。
「カカシか」
「あ、はい」
でもまあ、見ての通りいないのだから、他を探すべきか。
「七班と一緒って事はないですよね」
自分が口にした七班と言う言葉にもまた興味を示すように、片眉を上げたアスマは、すぐに笑った。
何が面白いのか分からない。内心ムっとする。
「今日はうちの班もカカシの班も休みだ」
新しい煙草に火をつけながら、アスマの目がまたこっちを見る。
「急ぎか?」
じゃなかったら暗部がここに顔を出すはずがないだろう。
分かり切った質問にうんざりするが、そこは素直に頷いた。
「ええ、まあ」
「さっきまではいたんだよなあ。まあ、受付に行ってみたらどうだ」
受付。
はっきりとした答え。
額に手を当てたくなった、が、表情を崩さないまま、また頷く事を選択するしかなかった。
まあいい。受付でもどこにいてもいい。とにかくカカシを呼び出してさっさと任務の事を伝えなければ。
テンゾウは重くなった気持ちを切り替えるように一呼吸置くと、すぐ近くにある建物へ向かった。
受付には誰もいなかった。いや、受付当番である男は勿論数名座っていて、既に報告を終えた者だろうか。受付に座っている男と無駄話をしているだけだ。
まだ午前中だと言うのに。自分の視界に入る、このだらけきったような空気にため息が出た。
緊張感のかけらもない。
苛立つものの、ここに座っているイルカを何度か見かけたが。そんな苛立ちを感じた事がないのを、テンゾウは思い出していた。
真面目で。
普通で。
愛嬌は良いけど。
野暮ったい。
ヒヨコのペンが正にそう。
良い歳した男が持つものじゃないだろう。
飲み会で頬を赤く染めたイルカが浮かぶ。
そう、ここと同じ。ーー緊張感がない。
とにかく、ここにもいない。
背を向け扉に向かおうとして、テンゾウは顔をぴくりと動かして足を止めた。
感じ慣れた気配。それが、微かだが残っている。
と言うことは。
アスマが言った通り、カカシはここに来ていた。
だが受付にイルカはいない。
ふう、と息を吐き出して頭を掻く。
不本意だが、仕方ない。火影の命令だ。
テンゾウはその残ったカカシの気配を探った。建物から出る。
普段からあまり気配すら残さない人だと思ったけど。
正規にくればまたそれも関係ないのか。
思ったより簡単に残してくれているその気配に、中ば呆れもするが今回は有り難い。
辿った先はアカデミーの裏庭。そこから急に気配が薄くなっていた。
それに焦りながら、集中力を高める。研ぎ澄ませて、匂いを探る。
関知した方向に顔を上げ、身体を向けた。
来たことのない場所。それもそう。たぶんここはアカデミー敷地内。
テンゾウは舌打ちした。
裏庭から回ってきたから仕方ないとはいえ、外側から入り口のない部屋。どうしたものかと思いながら、天井から光を入れる天窓に気が付く。
この部屋だと思うけど。
建物の中から回ってみてもいいが、いなかったら嫌だし、面倒くさい。
都合良くある大木に身を移し、そこから窓まで延びた枝を伝って。
身体が硬直した。
反射的と言えばいいだろうか。瞬時に気配を消し息を殺していた。
「ぁっ、...や....っ、カカシさ、」
声を漏らしたイルカは苦しそうにカカシの名前を呼んだ。
心臓が激しく高ぶった。一気に身体が熱くなる。
(何やってんだ、こんな場所で)
何をしているかなんて。一目瞭然だった。
二人から漏れるのは荒々しい呼吸と、身体が擦れる音。
目を逸らしたいのに。離せない。
ぎゅう、と自分の握った拳に力が入った。
アカデミーの忍具や用品がある部屋で、普段生徒が使うだろう物の中で。
(本当に...何をやってるんだ)
場違いだと罵しりたくなるも、それを覗いているのは自分で。
その上で組み敷いている二人を、テンゾウは窓から覗いていた。
覗きたくて覗いた訳じゃないが、ここにいてはまずいと分かっているが。
壁にイルカを押しつけたカカシは耳たぶの後ろを強く吸った。
それだけで鼻にかかったイルカの声が甘く漏れる。
後ろからカカシのもので何度も奥を突き上げる。
悲鳴に近い声を出しながら、黒い目を更に潤ませた。浮かんだ涙でその目が輝いているようにも見える。
「...っ、好き...せんせ、...大好き...」
イルカの身体に染み込ませるように。耳元で低い声で囁きながら、少し荒くなった言葉を、カカシが口にした。
かあ、とまた身体が熱を持つ。
好き
大好き
カカシの口にしているその言葉が。
ただの性欲処理行為だと言うのに。
その最中に、譫言のようにカカシが言うその言葉は、テンゾウの頭を沸騰させた。
そのカカシを受け止めるかのように、イルカが身体を揺すられながら苦しそうに、でも目元を緩ませている。
嬉しそうに。
男同士のこんな光景に。
何があると言うのか。
どくどくと血がテンゾウの身体を勢いよく巡る。
この場から離れなくては。
こんな所を見ているなんて、ーーもしカカシに見つかったら。
でも、任務が。
めまぐるしく思考が回り続けるのに、ほぼ真っ白に近い頭に、身体が動かせない。
中の光景とは場違いな爽やかな風が吹き、木の上で縫いつけられたように固まったままの、テンゾウの黒い髪を揺らした。
イルカの腰に回っていたカカシの手が、壁で必死に身体を支えていたイルカの手に触れる。
「イルカ先生、...指が...血が出ちゃうよ」
何もない冷たいコンクリの壁に爪を立てていたその指を優しく取り、カカシの唇がキスを落とした。
ズルリと陰茎を抜くと、カカシはイルカを膝の裏に腕を通し、軽々抱き上げる。
何をされるのかと目を回すイルカに構わず広げられた際奥に、再びカカシの堅い陰茎が差し込まれた。
「はっ...ぁっ...あっ」
目を中に漂わせながら潤んだ目を閉じ、カカシの首に腕を回した。
今度は背中をコンクリに押しつけられながら、カカシが腰を動かす。閉じた目が敏感に反応し、薄く開き、零れた涙が頬を濡らした。
ぐちゅぐちゅと、濡れた音が部屋に響く。
「...先生、...っ、...好き..だよ」
突き上げる激しい動きとは裏腹に優しく漏らす。
「ん、ふ...ぅ、...俺、も」
応えたイルカ言葉。カカシの露わになっている口元が、幸せそうに微笑んだのが見えた。再び心臓が激しく脈打つ。カカシが動きを早めた。
瞬きがあまり出来ていないのか、目の痛みを感じるも。カカシがイルカを愛する様を目に映していた。
カカシが愛を囁き、イルカがそれに応える。
「う...っん、あっ」
息を乱しながらイルカを追い立てるように、カカシが身体を揺する。
二人がほぼ同時に達したのが、分かった。
息が詰まったように口を開いたまま、顔を上に上げたイルカ。
苦しそうに閉じていたその瞼が開いた。
その黒い目に映ったのは。ーー自分だった。
瞬時に消えれば、気のせいだったと、イルカは思うかもしれないが。
今動いたら。
完全にカカシが気が付く。
それを思ったら、足が動かなかった。
息を、気配を消しきっても、その姿を目に映されたのだから、もう言い訳もクソもない、最悪なそのままの状態。
顔を赤くしたテンゾウを目に映したイルカは、目を丸くさせた。
テンゾウは眉間に皺を寄せる。
ーー終わった。
現時点でカカシに見つかっていなくとも、イルカに見られたのだから同じだ。
それに、向こうも同じはずだ。
誰にも見られたくない光景を。見られたのだ。
取り乱すのか。
カカシに伝えるのか。
心臓が激しく波打ち続ける。平常心を装いながら、イルカをただ、注視する事しかできない自分を。
頬を上気させながら、口で息を整えながら。イルカはじっとテンゾウを見つめ。
立てた人差し指を唇に添えた。
「……っ」
驚きに息を詰める。
目を見張りながらも、イルカの意図は明白だった。
背中で息をしているカカシはまだ自分には気が付いていない。
チャイムが鳴り始めた。
この真上に時計があるのだろう。
大きな音に、遠くで動き出す生徒の気配に。
紛れるようにテンゾウはその場から姿を消した。
(…しってされた)
された。
笑いが口から漏れる。額当てに手を当てた。
見くびっていたと言えばいいのか。
心の中で認めていなかったのは確かで。
テンゾウはそのまま上忍待機所の前でカカシを待った。予想通りしばらくして現れたカカシに、任務の要請を伝え、説明をする。
カカシと共に執務室に向かった。
内緒と言ったあの時のイルカの顔が脳裏から離れない。
この感じ。
なんて言ったらいいのだろうか。
テンゾウは思わず口元に手を当てる。
「...なあに、どーしたの」
隣で聞いてくるカカシに目を向ける。涼しげな顔。変わらない、青い目。
さっきまで逢瀬をしていたなんて微塵も感じさせない。
好き
大好き
イルカに囁いた甘い声。
何と表現したらいいのか、分からないけど。
ーー少しだけ分かった気がする
でも。
テンゾウは深く息を吐き出した。
これは僕が墓まで持ってくパターン、ってことで。
そう。多分これでいいはず。
聞いてる?と再び口を開くカカシを横目で見つめながら、心でそう呟いた。
<終>
そうぼんやり思考を漂わせていたのは、任務からの帰っている途中だった。
夜が明ける前までには里に戻ってこれる予定だったけれど。思ったより手こずったのは、相手の数が思った以上に多かったから。
それに、敵が明らかに劣性だと見くびった仲間がいたから。
いやそれってただの言い訳でしょ。何年忍びやってんの?
もしあの人がここにいたら100%言われるだろう台詞が頭に浮かんで、テンゾウは微かに顔を顰めた。
案の数が少なすぎだしさ、里に出る前に考える事もあったよね。仲間を信用してないお前にも問題はあるんだよ。大体お前は忍具よりクルミの事ばっかりで、
(違うっ)
いもしない相手が頭の中で勝手にしゃべり始める。テンゾウは奥歯を強く噛んだ。足を置いた枝が、音を立て折れた。
敵も追っ手もいないが。
先頭に立ちながら里を目指す自分にあってはならない、初歩的なミスに、後ろの仲間の一人が首を傾げた。
スピードは緩まない。
この森を抜ければ阿吽の門まではもうすぐ。
星はすっかり消え、東の空は白く明るくなる。身体を飛ばしながらその空に目を向けた。
精神的に参ってるからだ。
自分にそう言い訳するのも嫌だけど、それは間違ってない。
報告を済ませて家に帰りながら。息を吐き出した。
あの人と一緒にいた時間が長すぎたからか。
いや、違う。
ふっと笑いを浮かべて目を伏せた。
考えないようにしてたって、何処でも人目を惹く人だ。カカシに恋人が出来たと、そんな噂は暗部にもすぐ聞こえてきたのは先日だった。
カカシの噂を話す仲間を横目にそんな輪に入ろうともしない自分は目立つのだろう。
お前はどう思うんだよ。
カカシの後輩として長い自分がどう感じているのか。そこにも興味があるのがありありと伝わってくる。
自分の今の心の中との温度差ったらない。
テンゾウは服を着込みながら、目もくれずに、さあ、と小さく返した。
本人が幸せなら、それでいいんじゃないのかな。
面白くも何ともない返答に、相手の目の色が一気に褪せていくのが見えて、心の中で鼻を鳴らした。
そんな事を思い出しながら。
頭の中は当初の言葉が蘇る。
ーー人を好きになるって、どんな感じなんだろうか。
昔から女には困っていなくて。
花街に高い女を囲い。
特定の誰かなんて。いらないとばかり思っていた。
黒い目が。あの人の心が。カカシに奪われた瞬間。
思い出しただけでぶるりと身体が震えた。
感情を露わに出したあの表情。
結局あの後、きっと今回の噂通りにカカシとあの男が恋人になったのだ。
受付で見せる無垢で健康的な笑顔のあの男と。
(...人は見かけによらぬものだ)
この目で見ても尚、恋をする感情がよく分からない。
直接本人に聞いてもいいんだけど。
聞いたことろで嫌な顔をされるがオチなんだと、自分でも分かっている。そこから愛読書を読めと、カカシに言われるのかもしれない。
顔を上げる。朝日が昇り、里が元気よくいつもの様に動き始める。
笑いながらアカデミーに向かう子供や仕事に向かう大人。
その反対方向に一人向かい歩きながら。
あくびを一つ零した。
火影に呼び出されたのはその翌朝だった。
思った通り、前回の任務から踏まえメンバーを変える必要がある。
取り戻す必要のあった巻物はまだ揃っていない。
時間も開けれない。
それも勿論分かっていた。
前回の任務から、自分に一任されているのだ。
「カカシを呼んでこい」
ため息が出た。
成るほど。それも正しい選択だ。
「しかし、」
「アイツの任務調整は出来ている。前回の任務はお前から説明しておけ」
それもごもっとも。
有無を言わせたくないのだろう。
テンゾウはそれ以上口を開くのを止め、頭を下げ執務室から出た。
いるべき場所は上忍待機室だと思っていた。
正面から顔を出したテンゾウを見て、アスマが素直に驚いた顔を見せた。一言も発さないで会釈だけして辺りを見渡しているテンゾウに、短くなった煙草をもみ消しながら口を開いた。
「カカシか」
「あ、はい」
でもまあ、見ての通りいないのだから、他を探すべきか。
「七班と一緒って事はないですよね」
自分が口にした七班と言う言葉にもまた興味を示すように、片眉を上げたアスマは、すぐに笑った。
何が面白いのか分からない。内心ムっとする。
「今日はうちの班もカカシの班も休みだ」
新しい煙草に火をつけながら、アスマの目がまたこっちを見る。
「急ぎか?」
じゃなかったら暗部がここに顔を出すはずがないだろう。
分かり切った質問にうんざりするが、そこは素直に頷いた。
「ええ、まあ」
「さっきまではいたんだよなあ。まあ、受付に行ってみたらどうだ」
受付。
はっきりとした答え。
額に手を当てたくなった、が、表情を崩さないまま、また頷く事を選択するしかなかった。
まあいい。受付でもどこにいてもいい。とにかくカカシを呼び出してさっさと任務の事を伝えなければ。
テンゾウは重くなった気持ちを切り替えるように一呼吸置くと、すぐ近くにある建物へ向かった。
受付には誰もいなかった。いや、受付当番である男は勿論数名座っていて、既に報告を終えた者だろうか。受付に座っている男と無駄話をしているだけだ。
まだ午前中だと言うのに。自分の視界に入る、このだらけきったような空気にため息が出た。
緊張感のかけらもない。
苛立つものの、ここに座っているイルカを何度か見かけたが。そんな苛立ちを感じた事がないのを、テンゾウは思い出していた。
真面目で。
普通で。
愛嬌は良いけど。
野暮ったい。
ヒヨコのペンが正にそう。
良い歳した男が持つものじゃないだろう。
飲み会で頬を赤く染めたイルカが浮かぶ。
そう、ここと同じ。ーー緊張感がない。
とにかく、ここにもいない。
背を向け扉に向かおうとして、テンゾウは顔をぴくりと動かして足を止めた。
感じ慣れた気配。それが、微かだが残っている。
と言うことは。
アスマが言った通り、カカシはここに来ていた。
だが受付にイルカはいない。
ふう、と息を吐き出して頭を掻く。
不本意だが、仕方ない。火影の命令だ。
テンゾウはその残ったカカシの気配を探った。建物から出る。
普段からあまり気配すら残さない人だと思ったけど。
正規にくればまたそれも関係ないのか。
思ったより簡単に残してくれているその気配に、中ば呆れもするが今回は有り難い。
辿った先はアカデミーの裏庭。そこから急に気配が薄くなっていた。
それに焦りながら、集中力を高める。研ぎ澄ませて、匂いを探る。
関知した方向に顔を上げ、身体を向けた。
来たことのない場所。それもそう。たぶんここはアカデミー敷地内。
テンゾウは舌打ちした。
裏庭から回ってきたから仕方ないとはいえ、外側から入り口のない部屋。どうしたものかと思いながら、天井から光を入れる天窓に気が付く。
この部屋だと思うけど。
建物の中から回ってみてもいいが、いなかったら嫌だし、面倒くさい。
都合良くある大木に身を移し、そこから窓まで延びた枝を伝って。
身体が硬直した。
反射的と言えばいいだろうか。瞬時に気配を消し息を殺していた。
「ぁっ、...や....っ、カカシさ、」
声を漏らしたイルカは苦しそうにカカシの名前を呼んだ。
心臓が激しく高ぶった。一気に身体が熱くなる。
(何やってんだ、こんな場所で)
何をしているかなんて。一目瞭然だった。
二人から漏れるのは荒々しい呼吸と、身体が擦れる音。
目を逸らしたいのに。離せない。
ぎゅう、と自分の握った拳に力が入った。
アカデミーの忍具や用品がある部屋で、普段生徒が使うだろう物の中で。
(本当に...何をやってるんだ)
場違いだと罵しりたくなるも、それを覗いているのは自分で。
その上で組み敷いている二人を、テンゾウは窓から覗いていた。
覗きたくて覗いた訳じゃないが、ここにいてはまずいと分かっているが。
壁にイルカを押しつけたカカシは耳たぶの後ろを強く吸った。
それだけで鼻にかかったイルカの声が甘く漏れる。
後ろからカカシのもので何度も奥を突き上げる。
悲鳴に近い声を出しながら、黒い目を更に潤ませた。浮かんだ涙でその目が輝いているようにも見える。
「...っ、好き...せんせ、...大好き...」
イルカの身体に染み込ませるように。耳元で低い声で囁きながら、少し荒くなった言葉を、カカシが口にした。
かあ、とまた身体が熱を持つ。
好き
大好き
カカシの口にしているその言葉が。
ただの性欲処理行為だと言うのに。
その最中に、譫言のようにカカシが言うその言葉は、テンゾウの頭を沸騰させた。
そのカカシを受け止めるかのように、イルカが身体を揺すられながら苦しそうに、でも目元を緩ませている。
嬉しそうに。
男同士のこんな光景に。
何があると言うのか。
どくどくと血がテンゾウの身体を勢いよく巡る。
この場から離れなくては。
こんな所を見ているなんて、ーーもしカカシに見つかったら。
でも、任務が。
めまぐるしく思考が回り続けるのに、ほぼ真っ白に近い頭に、身体が動かせない。
中の光景とは場違いな爽やかな風が吹き、木の上で縫いつけられたように固まったままの、テンゾウの黒い髪を揺らした。
イルカの腰に回っていたカカシの手が、壁で必死に身体を支えていたイルカの手に触れる。
「イルカ先生、...指が...血が出ちゃうよ」
何もない冷たいコンクリの壁に爪を立てていたその指を優しく取り、カカシの唇がキスを落とした。
ズルリと陰茎を抜くと、カカシはイルカを膝の裏に腕を通し、軽々抱き上げる。
何をされるのかと目を回すイルカに構わず広げられた際奥に、再びカカシの堅い陰茎が差し込まれた。
「はっ...ぁっ...あっ」
目を中に漂わせながら潤んだ目を閉じ、カカシの首に腕を回した。
今度は背中をコンクリに押しつけられながら、カカシが腰を動かす。閉じた目が敏感に反応し、薄く開き、零れた涙が頬を濡らした。
ぐちゅぐちゅと、濡れた音が部屋に響く。
「...先生、...っ、...好き..だよ」
突き上げる激しい動きとは裏腹に優しく漏らす。
「ん、ふ...ぅ、...俺、も」
応えたイルカ言葉。カカシの露わになっている口元が、幸せそうに微笑んだのが見えた。再び心臓が激しく脈打つ。カカシが動きを早めた。
瞬きがあまり出来ていないのか、目の痛みを感じるも。カカシがイルカを愛する様を目に映していた。
カカシが愛を囁き、イルカがそれに応える。
「う...っん、あっ」
息を乱しながらイルカを追い立てるように、カカシが身体を揺する。
二人がほぼ同時に達したのが、分かった。
息が詰まったように口を開いたまま、顔を上に上げたイルカ。
苦しそうに閉じていたその瞼が開いた。
その黒い目に映ったのは。ーー自分だった。
瞬時に消えれば、気のせいだったと、イルカは思うかもしれないが。
今動いたら。
完全にカカシが気が付く。
それを思ったら、足が動かなかった。
息を、気配を消しきっても、その姿を目に映されたのだから、もう言い訳もクソもない、最悪なそのままの状態。
顔を赤くしたテンゾウを目に映したイルカは、目を丸くさせた。
テンゾウは眉間に皺を寄せる。
ーー終わった。
現時点でカカシに見つかっていなくとも、イルカに見られたのだから同じだ。
それに、向こうも同じはずだ。
誰にも見られたくない光景を。見られたのだ。
取り乱すのか。
カカシに伝えるのか。
心臓が激しく波打ち続ける。平常心を装いながら、イルカをただ、注視する事しかできない自分を。
頬を上気させながら、口で息を整えながら。イルカはじっとテンゾウを見つめ。
立てた人差し指を唇に添えた。
「……っ」
驚きに息を詰める。
目を見張りながらも、イルカの意図は明白だった。
背中で息をしているカカシはまだ自分には気が付いていない。
チャイムが鳴り始めた。
この真上に時計があるのだろう。
大きな音に、遠くで動き出す生徒の気配に。
紛れるようにテンゾウはその場から姿を消した。
(…しってされた)
された。
笑いが口から漏れる。額当てに手を当てた。
見くびっていたと言えばいいのか。
心の中で認めていなかったのは確かで。
テンゾウはそのまま上忍待機所の前でカカシを待った。予想通りしばらくして現れたカカシに、任務の要請を伝え、説明をする。
カカシと共に執務室に向かった。
内緒と言ったあの時のイルカの顔が脳裏から離れない。
この感じ。
なんて言ったらいいのだろうか。
テンゾウは思わず口元に手を当てる。
「...なあに、どーしたの」
隣で聞いてくるカカシに目を向ける。涼しげな顔。変わらない、青い目。
さっきまで逢瀬をしていたなんて微塵も感じさせない。
好き
大好き
イルカに囁いた甘い声。
何と表現したらいいのか、分からないけど。
ーー少しだけ分かった気がする
でも。
テンゾウは深く息を吐き出した。
これは僕が墓まで持ってくパターン、ってことで。
そう。多分これでいいはず。
聞いてる?と再び口を開くカカシを横目で見つめながら、心でそう呟いた。
<終>
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