楽しいこと

 全ての任務を終えて里に着いたのは夕暮れ時だった。一つの任務を終えて里に帰還する前に別の任務が下ったのは今朝の事。せめて一息つかせて欲しいとは思うが、こればかりは仕方がない。帰る前に立て続けに三つ目の任務が下りなかっただけ良かった。
 任務の報告を終えると、その足でカカシは家に向かおうとしたが、その前に商店街へ足を向けたのは、少しでも食べるものが欲しかったから。
 たまたま時間的に買い物客で賑わい始めた商店街で、一人ぼんやり何を買おうか眺めていれば、そこに見えたのは見慣れた顔だった。いつものように黒い髪を高く結んだイルカは支給服の姿で買い物袋を下げ歩いている。声をかけようか迷ったのは、ここ最近イルカと顔を合わせていなかったから。
 ナルトが里を出てから木の葉を含め、周りの情勢が不安定になる一方で、任務が急激に増え、上忍師をしていた時と比べたら、里にいる時間がほとんどない。忍び寄る戦の空気を薄々感じながらも、自分の仕事を淡々にこなしていく他なく。里に帰っても身体を休ませる意外に、特にやりたい事は何もなかった。
 そんな中見かけたイルカは、知り合った当初と何ら変わらない、仕事帰りに商店街で買い物をしている姿で。任務で疲れ、汚れた支給服のままここにいる自分と比べたら、ひどく違うものを感じるものの、そこに何故か安心感を覚えていた。
 ぼんやりと視線を向けていれば、イルカがふとこっちへ顔を向け、カカシに気がつく。笑顔を浮かべた。歩み寄ったイルカに、こんにちは、と声をかけられ、カカシも同じように、どーも、と軽く頭を下げる。
「帰還されたんですね」
 任務お疲れさまでした。
 労いの言葉にカカシは同じ様な調子で、ええ、と答えた。
「それで、買い物ですか」
 歩き出しながら問うイルカに合わせるようにカカシも歩きながら、まあ、何か家で適当に食べれるものをね、と素直に答える。イルカはその答えに何か返すわけでもなく、カカシの言葉を理解するように、頷いた。
 手に持つ買い物袋を見る限り、イルカは自炊をするのだろう。以前、ナルトがイルカの作った焼きそばの野菜がデカいと文句を言っていたのを懐かしく思い出す。まあ、一人暮らしの男の手料理なんてそんなもので、そこに不満を口にするナルトを咎めた事も思い出しながら、自分は今日は何を買って帰ろうか。イルカと並んで歩きながら目を店の方へ向けた時、
「あれ」
 そう口にしたイルカが足を止め顔を向けたのは八百屋の前だった。雑踏とは別に、八百屋の奥から聞こえるのは赤子の鳴き声で。そこにカカシは特に関心がなかったが、
「産まれたんですか」
 イルカが八百屋の店主へ声をかけると、その店主が、そうだんだよ、と嬉しそうに答えた。その店主が店の奥へ向かい、奥の座敷で寝かされていた赤ん坊を、慣れてない手つきで抱え戻ってくる。
「初孫だよ、可愛いだろ」
 顔を緩めた店主がそう口にした。
 店主と話しているイルカ越しに見えるのは、産まれたばかりで首が座っていないその赤ん坊だった。
 誰かの助けがないと生きていけない、まだ小さなその赤ん坊は、力一杯泣いていて。その小さな身体や、手足、真っ赤になった泣き顔を、カカシが静かに見つめていれば、
「良かったな」
 そうイルカが赤ん坊に声をかける。カカシにはその意味が分からなかった。だから、イルカへ目を向ければ、店主の抱く赤ん坊の小さな手へ自分の無骨な手を伸ばす。優しく触れながら、
「お前はこれから楽しいことがいっぱいだな」
 嬉しそうに目を細める。
 カカシは内心驚いた。
 自分から言わせたら、非常かもしれないが、情勢が不安定になってきたこの時期に産まれてきた赤ん坊は、可哀想としか思えない。きっとこの里でそんな風に思う人間は少なくないのに。
 でも。
 イルカの言葉に嘘は見えなかった。
 赤ん坊に優しい眼差しを向けるイルカを見ていたら、胸が暖かくなる。と同時にとくとくと胸が弾むような音を立てた。

 八百屋を後にして、可愛かったなあ、と思い出す様に、イルカは呟く。そんなイルカの嬉しそうな顔を横目で見つめていれば、視線を感じたのか、こっちへ顔を向けた。
「何ですか?」
 意識していなかったが、自分が、緩んだ目でじっとイルカを見つめていたのは間違いがないものの、いや別に、と答えれば、本当ですか?とイルカが疑いの眼差しを向けるから。カカシは息を吐き出すように笑った。
 そんなカカシに、ほらやっぱり、とイルカは指摘する。カカシは諦めるように笑いながらイルカを見た。
「イルカ先生って、すごいなあって」
 そう白状すれば、意味が分からないのか、微かに眉を寄せ、首を傾げる。
「すごい、ですか」
「うん」
「・・・・・・なんか馬鹿にしてません?」
「してないよ」
 カカシは微笑みながら、さてと、と足を止めた。
「俺こっちだから」
 そう言えば、イルカはさっきまでの砕けた表情を引き締める。はい、と答えた。
 じゃあね、と背を向けかけたカカシは、そうそう、とイルカへまた向き直った。
「また任務調整、頼むね」
 ここ最近の自分の任務の調整は全てイルカがしているのを知っている。
 昨日の追加の任務はけっこうきつかったが、それでも、そこまで無理ではなく、自分がこなせたの事実だ。そこを買ってるんだと言わんばかりのカカシの言い方に、イルカはそれが分かったのか。少し恥ずかしそうに一回口を結び、開く。
「俺なんかでよければ、」
 そう言われカカシは笑った。
「先生の事信じてるんだから、当たり前でしょ」
 カカシが僅かに目を細めると、イルカは少しだけ驚いた顔をするが、直ぐに、はい、と白い歯を見せる。
 その笑顔を確認したカカシは、イルカに背を向け歩き出した。
 少しの間、イルカが自分の後ろ姿を見つめていたのが分かったが、その視線も外される。イルカの気配が遠のいていくのを感じながら、カカシは嬉しそうに目を伏せた。


<終>
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