手遅れ③
「お前何で追わねえ」
苛立ちを含んだ声がかかってカカシは振り返る。
「....俺?」
確認の様に自分を指させば、アスマの顔が思い切り不愉快と言わんばかりに歪む。
自分が発した言葉の責任も感じてか、ばつが悪そうにも見えるが、カカシは少し考えまたアスマに視線を戻した。
「俺待機だし」
「いいから、行け」
凄みは効かないと分かっているのに。
カカシは息を吐き出して、はいはいと手を上に向け待機所から出る事になった。
しかし、かといってイルカの行くあてなんて検討もつかない。
(....ラーメン屋、とか?)
知っている情報には限りがある。思ってみてもあり得ないだろうとため息が出た。
「...参ったね」
口から零れていた。
正直未だに信じられない。
あのイルカが自分を好き。
自分はそっちには疎い方だと思うが、いい加減あれは分かった。
次に浮かんだのは、何で?だ。
今までそこまで接点もなかったし。敢えて言えば知人だ。
どこに好きなる要素なんてあるのだろうか。
考えれば考えるほど分からなくなる。
それでも。
今知った事実を知れば知るほど思うのは、ここ数週間で彼を傷つけていたのは間違いがないと言うこと。
知らなかったとは言え、結構色々やらかしている事を思い出して、カカシは独り苦笑いを浮かべながら、イルカがいるかも分からないまま歩くことにした。
しばらく歩けば商店街にきていた。
さて、どうしようか思えば、
「カカシ」
声がかかって顔を上げれば、この前の女が立っている。
「どうしたの」
聞かれて首を傾げた。
「何が」
「珍しく真剣な顔で考え込んでたじゃない」
任務の事?
そんなつもりはなかったが、顔にでていたのだろうか。
同じ上忍として、同僚として少し真剣に聞かれ、カカシはふっと吹き出した。
そんなカカシに女は眉を寄せた。
「何で笑うのよ」
「いや、俺って仕事以外ではそんなイメージなんだね」
言われて気がつく。今まで確かに他人の事で思い悩んで考えた事は少ない。
「違うの?だったらどうしたのよ」
「あ」
と声が出たのは目の前にいたからだ。イルカが。
向こうもカカシを見て驚きに目を丸くさせている。が、ぐっと顔を顰める。名前を呼ぼうとすれば、イルカはくるりと背を向け。逃げ出した。
思わずその背を追おうとすると、腕を取られた。女がカカシを掴んでいる。
「待ってよ、どうしたのよ」
無意識に苛立っていた。
「離して」
低い声で言って手をふりほどく。元々紳士でもないが粗暴でもない。女は驚きに口を開けるが、カカシは無視して姿が見えなくなったイルカの後を追おうとして。
「もしかしてイルカ先生が関係あるの?」
名前を出され思わず足を止めていた。
「知ってるの?」
聞くと、勿論と答えながら笑った。
「受付の担当してる子でしょ?そりゃ知ってるわよ」
意外だった。彼女の性格から、そこまで関わりのない人間には感心がないとばかり思っていた。
「生真面目な感じで私のタイプじゃないのよ。でもいつも仕事熱心で気配りも出来るし細かい配慮があるじゃない?それに何よりいつも笑顔で受付で迎えてくれるから」
可愛いわよね。
黙って聞いているカカシの顔を見て、女が眉を寄せた。
「なに、その驚いたって顔。失礼ね」
「好きなの?」
聞かれ女は笑った。
「そうね。好き嫌いって言ったら好きね。上忍のくノ一から人気があるのよ。時間外で提出が遅くなっても嫌な顔一つしない。それでも相手が上忍だろうが無理な事はちゃんと断れるし」
珍しいって言えば珍しいけど、貴重よね、あのタイプは。
「そうなんだ」
「で、イルカ先生がどうしたの?」
「秘密」
カカシは笑顔でそれだけ答えるとイルカの後を追った。
残されている気配は十分あると言うのに。
たかが中忍されど中忍と言った所だろうか。
逃げ足の早いーー。
途中で見失った場所で、カカシは辺りを見渡した。
投げ出してもいいのかもしれない。そんな事を思ってみるが。
カカシは足をアカデミーへ向けた。
予想通り、イルカがいた。
アカデミーではない。その近くの空き地になっている場所で、生徒に何か言っている。
確か俺を見て逃げ出したはずなのだが。イルカに見つからないよう離れた場所で見ていれば、見る限り生徒を叱っているようにも見える。いや、叱っていた。それを現すように怒られている生徒3人、ナルトがよく見せる顔と言えばいいのか。口を尖らせ、ふてくされている。
一人がイルカに言い返し、げんこつを頭に2回もらって、カカシはあーあ、と口にした。
そこからカカシはイルカに向かって歩き出す。
当然の事ながら普通に姿を現したカカシを見て、イルカはまた驚いた。まだ生徒に言いたい事があったのか、ぐっと子供らを睨んで、そこからまたカカシから逃げ出す。
予想していたが、逃げられた事にカカシはため息を吐き出した。
その場に残され呆然としたたままの子供の前に立つ。
ゆっくりとカカシに視線を向けた子供ににっこりと微笑んだ。
「怒られてたよね。何やったの?」
皆揃ってそこで気まずそうに口を結ぶ。
「もうお咎めは済んだんだからいいじゃない。教えてよ」
3人で顔を見合わせる。
警戒心を持ちながらも、一人が口を開いた。
「授業、抜け出したから」
ああそっか、とそこで気がつく。確かに今はアカデミーは授業中で。野外演習がない限りこの時間はアカデミー内にいるはずだ。
カカシは思わず笑っていた。
自分から逃げているのにも関わらず、放っておけなかったのだろう。
イルカの心境が目に浮かぶ。きっとあの人は無視なんかできっこない。
笑われてむっとする子供らにカカシは頭を掻いた。
「ああごめんね。こっちの話」
まだむっとしたままの子供を見つめる。
「もう行っていい?」
一人の子供に聞かれた。
「あ、うん」
言えば子供はアカデミーへ向かって歩き出す。
「ねえ」
カカシは呼び止めた。
「....イルカ先生の事をさ、どう思ってる?」
不意の質問だったのか。三人は驚く顔を見せるも、
「暴力教師」
三人揃って同じ言葉を言ったのでカカシは笑った。
「でもそりゃお前らが悪いんでしょ。授業抜け出したんだから。俺だったら火影岩に吊すよ?」
んでもって昼飯抜き。ひっと一人が怯えたのでカカシは笑って頭を掻いた。
「で、他は」
更に聞けば、子供らは考える間もなく直ぐに答える。
「直ぐ怒るし」
「怖い」
「そんでいつも怒鳴ってばっか」
ぽんぽん出てくる言葉にカカシは頷く。
「じゃあ嫌いって事?」
そのままのはずなのに。子供は言われて意外なように驚いた顔を見せた。
首を横に振る。三人とも。
「好き」
そこも三人揃う。今度はカカシが驚いていた。そこからカカシは微笑む。
「うん、分かった」
一人の子供の頭を撫でる。
「じゃあアカデミーに戻んなよ」
「分かってる」
頬を赤くさせた子供たちが嬉しそうに笑った子供に手を振って、カカシはイルカの逃げた方向へ身体を向けた。
追いかけようと思ったけど。やめた。
カカシは日の暮れ暗くなった外で一人、立っていた。
イルカのアパートの前。
この場所を以前ナルトに教えてもらった事があった。
俺はイルカ先生の家を知ってるんだってばよ。
それを知っているのは自分だけだと、言わんばかりの嬉しそうな顔で。
あの青いアパートがそうなんだと、任務帰りに河原を歩きながらナルトが指さした。
塗り替えられたばかりの青い色のアパート。何気なく聞き流していたんだけど。
覚えていた。
部屋に戻っていない所をみると、そのまま逃げながら仕事に戻ったのかもしれない。
自分が来たら逃げ出す算段を考えながら。
そう思ってカカシは小さく笑った。
でもここにいるとは思っていなかったらしい。
イルカはカカシを見て、ひゃ、と短い声を上げた。すかさず逃げ出そうとしたイルカをカカシは直ぐに捕まえた。
腕を掴まれ捕捉されイルカは怯えた顔をする。
「離してくださいっ」
「嫌ですよ。離したら逃げるじゃない」
う、と図星にイルカは唇を噛む。
「一日逃げ回って、まだ逃げるつもり?」
この状況で逃げられるとは到底思っていないのは確かだが。隙を作れば一目散に逃げ出すのが目に見えていた。
そんなことは、となどと言うイルカの目をじっと見つめれば、泣きそうな顔を作って俯かれる。
「すみません」
そう呟いた。
イルカの身体の力が抜けたのが分かって、カカシは腕から手を離した。
イルカは逃げないで、うなだれている。
「イルカ先生の好きな人って、俺なの?」
カカシは聞きたかった事をようやくイルカに聞いた。
正直聞き間違えなんじゃないのかと、イルカを追いかけている間にそう思えてきたからだ。
イルカを目の前にしてもイマイチ信じられない。
でもイルカは黙ったまま。
それは、カカシの質問を認めているようなもので。
うーん、とカカシはため息混じりに頭を掻いてイルカを見つめた。
「どうして、俺?」
聞きたかった別の質問をしてみる。
「あなたは色んな人に愛されているのにさ」
「え?」
聞き返すイルカは本当に分かっていないという風で。だからなんだろうとカカシは変に納得した。
そして嬉しいと思った。
イルカに言う事ではないので、カカシは頭を掻いて微笑む。
「くノ一にも人気があるみたいじゃないですか」
「いや、そんなことは、」
「あるみたいよ。知らないだけで、生徒だけじゃない。色んな人に好かれてる。それなのに、何で俺なの?」
その件になると貝のように口が堅くなるイルカを見て、カカシは大きく息を吐き出した。
「俺にだけには素直になってくれないんだね」
カカシの拗ねるような言い方にイルカは顔を上げる。
「正直驚いたのは事実ですよ。でもさ、逃げる事ないじゃない。人を化け物見るみたいにさ」
「違いますっ」
口を挟んだイルカは、ただ、混乱してしまって、と申し訳なさそうに付け加えた。
「悪いと思ってるならちゃんと答えて」
どうして俺なの
当初の質問を口にされ、カカシの視線に耐えきれなくなったのか、また視線を外した。
「一目惚れです」
消えそうな声で言った。驚きに目を開くカカシに、イルカの顔はじわじわと赤みを帯びてくる。が、小さく笑った。
「馬鹿みたいな理由ですよね。自分でもそう思います。でも、何度打ち消しても思いは強くなる一方で。でも、報われない恋だって分かってます。俺みたいなやつがあなたと恋人になろうなんて思ってません。でも好きになるだけだったらカカシさんに迷惑はかけない。だからこの思いは持ってていいんだって。自分の中で決めたんです」
「俺なんかそんな価値ないと思うけど」
「あります」
強い口調でイルカはカカシの言葉を遮って、また恥ずかしそうに唇をかんだ。
「ありがとう」
言われてはっとして、イルカはカカシへ目を向ける。
カカシは笑った。
「すごいよね、恋って。こうしてあなたから直接聞いててもまだ恋愛小説の一部分みたいって思ってる自分がいるの。んな事あるわけないって冷めた自分もね。でも一番不思議なのがさ」
カカシは頭を掻くと、じっと息を殺すように見守っているイルカへ視線を向ける。
心の中に浮き上がった、しかし確実な事実。カカシはイルカを瞳に映しながら口を開いた。
「俺はどうやらあなたが好きみたい」
イルカの目が丸く見開かれた。
「いや、好きになってきてる...かな」
「.....はぇ!?」
イルカの間抜けな聞き返しにカカシは笑った。
「ナルトの告白から始まって、俺の今までなかった世界が見えてきたって言うか、モノクロだった世界が色づいたって言うの?今思っても考えるのはイルカ先生のことばっかりなんだよね。...聞いてる?」
ぽかんとしたままのイルカに問いかけると、イルカは眉根をぐっと寄せた。
「そんなのは、嘘です」
「何であなたに嘘を言わなきゃいけないわけ?」
「...でも俺の気持ちを知ってカカシさん自身少し混乱してるからって言うのもありますよ」
それはカカシも思っていた。色々な状況がイルカに気持ちを向けさせる原因なのかもしれない。
しかし違う。カカシは首を振った。
「きっかけは確かにナルトのあの告白だったかもしれない。あれがなかったら、今こうして俺はイルカ先生と向き合ってここで好きだの気になるだのそんな恋愛の話しなんてする事はなかったと思うもん」
「だから気のせいなんですよ」
「それでもいいじゃない。それにさ、先生が一番分かってるじゃない。手遅れなんだって。気が付いた時にはね」
悔しそうな顔をするのは合ってるからだ。カカシは嬉しそうに微笑んだ。
「取り敢えずはさ、つき合ってみようよ」
ね?
顔をのぞき込まれ、イルカはまだこの状況を飲み込めないような顔のまま。泣きそうな顔のまま。
「それが一番いい案だと俺は思うんだけど?」
もう答えは一つしかないはずなのに、ぬぐぐ、と悔しそうな顔を見せる。
可愛いな、とカカシは初めてイルカに思った。
手をイルカに差し出す。
「よろしくね。イルカ先生」
それでもまだ何かを考え込むような顔で、赤い顔のまま、動かない。一抹の不安がカカシを襲う。が、少し間をおいて、ようやくイルカの手がゆっくりあがったのを見て、嬉しさが簡単にこみ上げてくる。
触れるイルカの手は温かい。カカシはその手を引いてイルカを抱き込み、わ、と声を上げたイルカに構わず、自分の腕の内に入れ抱きしめた。
急に、止めてください。
拒んでいるつもりなのか、ぐにぐにと動くイルカに抱きしめる腕に力を入れる。
イルカは、恥ずかしいんで止めてくださいとまだ言いながら、耳まで赤くしながらもじもじ動き続ける。
やっぱり、この人は暖かい。
最初に感じたイルカへの思いを思い出して、カカシさん苦しいですと言うイルカを抱き締めたままカカシは密かに笑った。
<終>
苛立ちを含んだ声がかかってカカシは振り返る。
「....俺?」
確認の様に自分を指させば、アスマの顔が思い切り不愉快と言わんばかりに歪む。
自分が発した言葉の責任も感じてか、ばつが悪そうにも見えるが、カカシは少し考えまたアスマに視線を戻した。
「俺待機だし」
「いいから、行け」
凄みは効かないと分かっているのに。
カカシは息を吐き出して、はいはいと手を上に向け待機所から出る事になった。
しかし、かといってイルカの行くあてなんて検討もつかない。
(....ラーメン屋、とか?)
知っている情報には限りがある。思ってみてもあり得ないだろうとため息が出た。
「...参ったね」
口から零れていた。
正直未だに信じられない。
あのイルカが自分を好き。
自分はそっちには疎い方だと思うが、いい加減あれは分かった。
次に浮かんだのは、何で?だ。
今までそこまで接点もなかったし。敢えて言えば知人だ。
どこに好きなる要素なんてあるのだろうか。
考えれば考えるほど分からなくなる。
それでも。
今知った事実を知れば知るほど思うのは、ここ数週間で彼を傷つけていたのは間違いがないと言うこと。
知らなかったとは言え、結構色々やらかしている事を思い出して、カカシは独り苦笑いを浮かべながら、イルカがいるかも分からないまま歩くことにした。
しばらく歩けば商店街にきていた。
さて、どうしようか思えば、
「カカシ」
声がかかって顔を上げれば、この前の女が立っている。
「どうしたの」
聞かれて首を傾げた。
「何が」
「珍しく真剣な顔で考え込んでたじゃない」
任務の事?
そんなつもりはなかったが、顔にでていたのだろうか。
同じ上忍として、同僚として少し真剣に聞かれ、カカシはふっと吹き出した。
そんなカカシに女は眉を寄せた。
「何で笑うのよ」
「いや、俺って仕事以外ではそんなイメージなんだね」
言われて気がつく。今まで確かに他人の事で思い悩んで考えた事は少ない。
「違うの?だったらどうしたのよ」
「あ」
と声が出たのは目の前にいたからだ。イルカが。
向こうもカカシを見て驚きに目を丸くさせている。が、ぐっと顔を顰める。名前を呼ぼうとすれば、イルカはくるりと背を向け。逃げ出した。
思わずその背を追おうとすると、腕を取られた。女がカカシを掴んでいる。
「待ってよ、どうしたのよ」
無意識に苛立っていた。
「離して」
低い声で言って手をふりほどく。元々紳士でもないが粗暴でもない。女は驚きに口を開けるが、カカシは無視して姿が見えなくなったイルカの後を追おうとして。
「もしかしてイルカ先生が関係あるの?」
名前を出され思わず足を止めていた。
「知ってるの?」
聞くと、勿論と答えながら笑った。
「受付の担当してる子でしょ?そりゃ知ってるわよ」
意外だった。彼女の性格から、そこまで関わりのない人間には感心がないとばかり思っていた。
「生真面目な感じで私のタイプじゃないのよ。でもいつも仕事熱心で気配りも出来るし細かい配慮があるじゃない?それに何よりいつも笑顔で受付で迎えてくれるから」
可愛いわよね。
黙って聞いているカカシの顔を見て、女が眉を寄せた。
「なに、その驚いたって顔。失礼ね」
「好きなの?」
聞かれ女は笑った。
「そうね。好き嫌いって言ったら好きね。上忍のくノ一から人気があるのよ。時間外で提出が遅くなっても嫌な顔一つしない。それでも相手が上忍だろうが無理な事はちゃんと断れるし」
珍しいって言えば珍しいけど、貴重よね、あのタイプは。
「そうなんだ」
「で、イルカ先生がどうしたの?」
「秘密」
カカシは笑顔でそれだけ答えるとイルカの後を追った。
残されている気配は十分あると言うのに。
たかが中忍されど中忍と言った所だろうか。
逃げ足の早いーー。
途中で見失った場所で、カカシは辺りを見渡した。
投げ出してもいいのかもしれない。そんな事を思ってみるが。
カカシは足をアカデミーへ向けた。
予想通り、イルカがいた。
アカデミーではない。その近くの空き地になっている場所で、生徒に何か言っている。
確か俺を見て逃げ出したはずなのだが。イルカに見つからないよう離れた場所で見ていれば、見る限り生徒を叱っているようにも見える。いや、叱っていた。それを現すように怒られている生徒3人、ナルトがよく見せる顔と言えばいいのか。口を尖らせ、ふてくされている。
一人がイルカに言い返し、げんこつを頭に2回もらって、カカシはあーあ、と口にした。
そこからカカシはイルカに向かって歩き出す。
当然の事ながら普通に姿を現したカカシを見て、イルカはまた驚いた。まだ生徒に言いたい事があったのか、ぐっと子供らを睨んで、そこからまたカカシから逃げ出す。
予想していたが、逃げられた事にカカシはため息を吐き出した。
その場に残され呆然としたたままの子供の前に立つ。
ゆっくりとカカシに視線を向けた子供ににっこりと微笑んだ。
「怒られてたよね。何やったの?」
皆揃ってそこで気まずそうに口を結ぶ。
「もうお咎めは済んだんだからいいじゃない。教えてよ」
3人で顔を見合わせる。
警戒心を持ちながらも、一人が口を開いた。
「授業、抜け出したから」
ああそっか、とそこで気がつく。確かに今はアカデミーは授業中で。野外演習がない限りこの時間はアカデミー内にいるはずだ。
カカシは思わず笑っていた。
自分から逃げているのにも関わらず、放っておけなかったのだろう。
イルカの心境が目に浮かぶ。きっとあの人は無視なんかできっこない。
笑われてむっとする子供らにカカシは頭を掻いた。
「ああごめんね。こっちの話」
まだむっとしたままの子供を見つめる。
「もう行っていい?」
一人の子供に聞かれた。
「あ、うん」
言えば子供はアカデミーへ向かって歩き出す。
「ねえ」
カカシは呼び止めた。
「....イルカ先生の事をさ、どう思ってる?」
不意の質問だったのか。三人は驚く顔を見せるも、
「暴力教師」
三人揃って同じ言葉を言ったのでカカシは笑った。
「でもそりゃお前らが悪いんでしょ。授業抜け出したんだから。俺だったら火影岩に吊すよ?」
んでもって昼飯抜き。ひっと一人が怯えたのでカカシは笑って頭を掻いた。
「で、他は」
更に聞けば、子供らは考える間もなく直ぐに答える。
「直ぐ怒るし」
「怖い」
「そんでいつも怒鳴ってばっか」
ぽんぽん出てくる言葉にカカシは頷く。
「じゃあ嫌いって事?」
そのままのはずなのに。子供は言われて意外なように驚いた顔を見せた。
首を横に振る。三人とも。
「好き」
そこも三人揃う。今度はカカシが驚いていた。そこからカカシは微笑む。
「うん、分かった」
一人の子供の頭を撫でる。
「じゃあアカデミーに戻んなよ」
「分かってる」
頬を赤くさせた子供たちが嬉しそうに笑った子供に手を振って、カカシはイルカの逃げた方向へ身体を向けた。
追いかけようと思ったけど。やめた。
カカシは日の暮れ暗くなった外で一人、立っていた。
イルカのアパートの前。
この場所を以前ナルトに教えてもらった事があった。
俺はイルカ先生の家を知ってるんだってばよ。
それを知っているのは自分だけだと、言わんばかりの嬉しそうな顔で。
あの青いアパートがそうなんだと、任務帰りに河原を歩きながらナルトが指さした。
塗り替えられたばかりの青い色のアパート。何気なく聞き流していたんだけど。
覚えていた。
部屋に戻っていない所をみると、そのまま逃げながら仕事に戻ったのかもしれない。
自分が来たら逃げ出す算段を考えながら。
そう思ってカカシは小さく笑った。
でもここにいるとは思っていなかったらしい。
イルカはカカシを見て、ひゃ、と短い声を上げた。すかさず逃げ出そうとしたイルカをカカシは直ぐに捕まえた。
腕を掴まれ捕捉されイルカは怯えた顔をする。
「離してくださいっ」
「嫌ですよ。離したら逃げるじゃない」
う、と図星にイルカは唇を噛む。
「一日逃げ回って、まだ逃げるつもり?」
この状況で逃げられるとは到底思っていないのは確かだが。隙を作れば一目散に逃げ出すのが目に見えていた。
そんなことは、となどと言うイルカの目をじっと見つめれば、泣きそうな顔を作って俯かれる。
「すみません」
そう呟いた。
イルカの身体の力が抜けたのが分かって、カカシは腕から手を離した。
イルカは逃げないで、うなだれている。
「イルカ先生の好きな人って、俺なの?」
カカシは聞きたかった事をようやくイルカに聞いた。
正直聞き間違えなんじゃないのかと、イルカを追いかけている間にそう思えてきたからだ。
イルカを目の前にしてもイマイチ信じられない。
でもイルカは黙ったまま。
それは、カカシの質問を認めているようなもので。
うーん、とカカシはため息混じりに頭を掻いてイルカを見つめた。
「どうして、俺?」
聞きたかった別の質問をしてみる。
「あなたは色んな人に愛されているのにさ」
「え?」
聞き返すイルカは本当に分かっていないという風で。だからなんだろうとカカシは変に納得した。
そして嬉しいと思った。
イルカに言う事ではないので、カカシは頭を掻いて微笑む。
「くノ一にも人気があるみたいじゃないですか」
「いや、そんなことは、」
「あるみたいよ。知らないだけで、生徒だけじゃない。色んな人に好かれてる。それなのに、何で俺なの?」
その件になると貝のように口が堅くなるイルカを見て、カカシは大きく息を吐き出した。
「俺にだけには素直になってくれないんだね」
カカシの拗ねるような言い方にイルカは顔を上げる。
「正直驚いたのは事実ですよ。でもさ、逃げる事ないじゃない。人を化け物見るみたいにさ」
「違いますっ」
口を挟んだイルカは、ただ、混乱してしまって、と申し訳なさそうに付け加えた。
「悪いと思ってるならちゃんと答えて」
どうして俺なの
当初の質問を口にされ、カカシの視線に耐えきれなくなったのか、また視線を外した。
「一目惚れです」
消えそうな声で言った。驚きに目を開くカカシに、イルカの顔はじわじわと赤みを帯びてくる。が、小さく笑った。
「馬鹿みたいな理由ですよね。自分でもそう思います。でも、何度打ち消しても思いは強くなる一方で。でも、報われない恋だって分かってます。俺みたいなやつがあなたと恋人になろうなんて思ってません。でも好きになるだけだったらカカシさんに迷惑はかけない。だからこの思いは持ってていいんだって。自分の中で決めたんです」
「俺なんかそんな価値ないと思うけど」
「あります」
強い口調でイルカはカカシの言葉を遮って、また恥ずかしそうに唇をかんだ。
「ありがとう」
言われてはっとして、イルカはカカシへ目を向ける。
カカシは笑った。
「すごいよね、恋って。こうしてあなたから直接聞いててもまだ恋愛小説の一部分みたいって思ってる自分がいるの。んな事あるわけないって冷めた自分もね。でも一番不思議なのがさ」
カカシは頭を掻くと、じっと息を殺すように見守っているイルカへ視線を向ける。
心の中に浮き上がった、しかし確実な事実。カカシはイルカを瞳に映しながら口を開いた。
「俺はどうやらあなたが好きみたい」
イルカの目が丸く見開かれた。
「いや、好きになってきてる...かな」
「.....はぇ!?」
イルカの間抜けな聞き返しにカカシは笑った。
「ナルトの告白から始まって、俺の今までなかった世界が見えてきたって言うか、モノクロだった世界が色づいたって言うの?今思っても考えるのはイルカ先生のことばっかりなんだよね。...聞いてる?」
ぽかんとしたままのイルカに問いかけると、イルカは眉根をぐっと寄せた。
「そんなのは、嘘です」
「何であなたに嘘を言わなきゃいけないわけ?」
「...でも俺の気持ちを知ってカカシさん自身少し混乱してるからって言うのもありますよ」
それはカカシも思っていた。色々な状況がイルカに気持ちを向けさせる原因なのかもしれない。
しかし違う。カカシは首を振った。
「きっかけは確かにナルトのあの告白だったかもしれない。あれがなかったら、今こうして俺はイルカ先生と向き合ってここで好きだの気になるだのそんな恋愛の話しなんてする事はなかったと思うもん」
「だから気のせいなんですよ」
「それでもいいじゃない。それにさ、先生が一番分かってるじゃない。手遅れなんだって。気が付いた時にはね」
悔しそうな顔をするのは合ってるからだ。カカシは嬉しそうに微笑んだ。
「取り敢えずはさ、つき合ってみようよ」
ね?
顔をのぞき込まれ、イルカはまだこの状況を飲み込めないような顔のまま。泣きそうな顔のまま。
「それが一番いい案だと俺は思うんだけど?」
もう答えは一つしかないはずなのに、ぬぐぐ、と悔しそうな顔を見せる。
可愛いな、とカカシは初めてイルカに思った。
手をイルカに差し出す。
「よろしくね。イルカ先生」
それでもまだ何かを考え込むような顔で、赤い顔のまま、動かない。一抹の不安がカカシを襲う。が、少し間をおいて、ようやくイルカの手がゆっくりあがったのを見て、嬉しさが簡単にこみ上げてくる。
触れるイルカの手は温かい。カカシはその手を引いてイルカを抱き込み、わ、と声を上げたイルカに構わず、自分の腕の内に入れ抱きしめた。
急に、止めてください。
拒んでいるつもりなのか、ぐにぐにと動くイルカに抱きしめる腕に力を入れる。
イルカは、恥ずかしいんで止めてくださいとまだ言いながら、耳まで赤くしながらもじもじ動き続ける。
やっぱり、この人は暖かい。
最初に感じたイルカへの思いを思い出して、カカシさん苦しいですと言うイルカを抱き締めたままカカシは密かに笑った。
<終>
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