Tiny

どうやらイルカ先生は俺の事が好きらしい。
そんな事を最初に言ったのはサクラだった。
例の如く集合時間に遅れてはいたが、ゆっくりした歩調で歩いていたカカシに聞こえてきたのはサクラの声だった。
三人で話している姿に珍しい事もあるもんだと思っていたら、
「私は絶対そんな事あるに1票!」
大きな声でサクラは人差し指をナルトとサスケに向かって突き出している。
んな事あるわけないってばよっ、と勢いよく否定したナルトが、自分に気が付いた。
「なあ、先生もそう思うだろ」
なんのこっちゃ分からないカカシは、三人の前まで来るとナルトに、はいはい、と答える。
仲良く話しているのは良いことだけど、なんだか聞くのは面倒くさい。
金色の頭に手をやったまま、ぽすぽす頭を数回叩いて、
「えーっとね、今日の任務は、」
と口を開いたら、サスケの舌打ちが聞こえた。
「聞いてくれます?」
その横からずいと前にきたサクラに目を向ける。
仲良かったのは気のせいで言い争ってたって訳ね。そうカカシは思って内心嘆息した。
それはほぼ毎日の事で、もっと言えば日常。正直面倒くさい。上忍師とは言え、これも自分の仕事だと分かってはいるけど。アカデミーの先生のように同じ目線でじゃあ、骨が折れる。カカシは小さく息を吐き出した。
「んじゃ、短くね。なに?」
聞いたカカシにサクラは言った。
「イルカ先生がカカシ先生の事を好きみたいなんです」
ああ、と心の中で相づちしていた。
要は女の子の好きな恋バナ。噂。その手の情報を入手してきたらしい。少しだけサクラの頬が赤いのは、気持ちに熱が入っている証拠で。
カカシを見上げるサクラに、カカシは表情も変えず、ふーんと答えた。そんなカカシにサクラは少し納得出来ていない表情を見せる。
「驚かないんですね」
「当たり前でしょ。みたいなんですって事は事実かどうかも分からないって事だよね。そんな嘘かホントか分からない情報に俺が驚くとでも思った?」
カカシは首を傾げてサクラを見つめた。
「それにさ、そんな信憑性が低い情報を鵜呑みにするなんてサクラらしくないじゃない」
言い返せないのか、サクラは困った顔を見せた。
「低くなんか、ないです」
「へえ、じゃあその根拠は?」
「それは.....」
サクラは唇をぐっと結ぶ。
「だよな、先生っ」
黙り込んでしまったサクラの沈黙を破ったのはナルトだった。
「イルカ先生がカカシ先生なんかを好きになるわけないんだってばよ!」
拳を作って喜ぶナルトにカカシは顔を向ける。
「...なんかって。お前それさあ、失礼だよ?俺に」
向けられたカカシの視線に、ナルトは否定するかのように、ぷーんと顔を背けた。
「イルカ先生にはもっとふさわしい人じゃなきゃ駄目なんだってば」
子供の屁理屈に正論なんてある訳ない。そうでなくともナルトにとってイルカは親代わりのようなものだ。恩師である以上に特別な存在で。三代目から聞いていた通り。純朴で真面目で感情豊かで人間味のある人間だと、カカシも認識していた。
自分と比べてしまうと、かけ離れた人だと思わざるを得ない。
だから、ナルトの言うことは最もだと思い直し、カカシは話を切り替えようと三人を見るように向き直ろうとした時、
「全くもって同感だ」
ぼそりと呟くナルトに同調するサスケの声に、視線を止めた。
「だよなっ、だよなっ」
ナルトは瞬時にサスケに反応して嬉しそうに声を上げる。
二人の意見が一致するのは珍しいとも思ったが、それより感じたのは、心情的に従えないものだった。
むっとして二人を見る。
「じゃあお前等が思うイルカ先生にふさわしい人ってどんなのよ」
聞けば、ナルトとサスケは少しだけ目を大きくさせた。まさかそんな事言われると思っていなかったような顔。それにも何故か腑に落ちないと思えば、サクラがカカシの前に顔を出した。
「私はカカシ先生がお似合いだなって思ってます」
別の方向に飛んだ。庇ってもらっても嬉しくない台詞に、内心呆れた気持ちが出来た。
「あぁ、うん」
どう答えたらいいのか面倒くさくなり、カカシは頭を掻きながらそう言って。
「...じゃあ今日の任務の説明するから」
任務の話へ切り替えた。


休憩の時間に、浅い眠りからふと目を覚ましたのは、三人の話が耳に聞こえてきたからだ。
外で短時間に浅い睡眠を取るのは癖のようなものだ。この癖がついていないと、里外で任務に出た時に体力が回復できない。
ここは里内で敵のいない昼下がりなのだから、警戒する事は何もないが、耳にする会話は頭に入ってきていた。
顔に伏せたままの本を少しだけ下にずらして、視線の先でわいわい話している部下を眺める。
この前もそうだったが。
あんな仲良かったかねぇ、と見つめながらそう思いたくなる。
「他にはない?」
サクラが口を開いた。
「んじゃあさ、肩叩き券ってのはどうだってばよ」
「何それだっさい。ぜっんぜん駄目」
サクラが呆れた声でため息を吐き出したのが聞こえた。
「あんた本気で考えてるの?」
サクラの強い口調がナルトを追いつめたのか。反論する声は聞こえない。
「ガキの発想だ」
「んだとっ!?」
案の定、そこはサスケの声にナルトが反応して声を荒げて。
カカシは、はあと息を吐き出すと顔に伏せた本を取りながらむくりと上半身を起こし頭を掻いた。
「うるさいねぇ、お前らは」
胡座をかいて三人を眺める。
「貴重な休憩時間にそんな言い争ってる暇があるんだったら、もっと他の事でもやったらどうなの?」
その中で、明らかにむくれているのはナルトだった。一人立ち上がったままだったが、口を尖らせたままその場にどすんと座り込む。
仕方がないと立ち上がり、カカシは三人との距離を詰めた。
「一体どうしたのよ」
カカシもしゃがみ込んで、大体同じ目線になったカカシは揃って不機嫌な顔をしている三人を見つめた。
「よくそんな毎日喧嘩するネタがあるね。まあ、喧嘩するほど仲が良いって言うけど、」
「イルカ先生の誕生日の事なんです」
サクラが口を開いて、カカシは言い掛けていた言葉を止めた。
「....イルカ先生?」
聞き返すと、ナルトがはあと息を吐き出して金色の髪を乱暴の掻いた。
「そうだってば。今度イルカ先生の誕生日だから、プレゼントは何にしたらいいかって、三人で話してたんだけどさ」
カカシは少し目を開いていた。
三人で。
その言葉はカカシを感心させた。
喧嘩だとばかり思っていたのに。場を設けて意見を交換し合うのは単純なコミュニケーションに他ならないが。この三人に欠けている事でもあった。
が、自分がそう勝手に思いこんでしまっていたらしい。
結果言い争う事になったのは仕方がないが、嬉しい成長には違いなく。カカシは覆面の下で口元を緩めた。
この三人が話し合う。ナルトやサクラ二人だけだったら合点するも、サスケを含むとなるとそうはいかない。そう思うと、改めて考えるとイルカの存在の大きさを考えさせられる。もし自分の事だったら、と考えざるを得ない。当たり前だが、この三人がそこまで自分の事を考える事は正直想像もできないし、きっとこうはならない。
素直に羨ましいと思っていると、ナルトがずいとカカシに顔を近づけた。
「カカシ先生はどう思うんだってばよ」
不意に話を振られ、カカシは少し戸惑った。まさか自分の意見を聞かれるとは思っても見なかった。
「俺?」
聞くとナルトが頷く。
「それは、...お前らが考える事でしょ。俺はそこまでイルカ先生の事を知らないじゃない」
「三人で話しても煮詰まっちゃって。カカシ先生の意見も聞かせてください」
サクラに言われカカシは眉を寄せた。
「じゃあ、ラーメン奢るとか?」
「ほらなっ」
ナルトが勢いよく立ち上がった。
「俺それ最初に言ったってばっ」
「だからっ、それじゃあひねりがないって言ってんのよっ」
立ち上がった二人をしゃがんだまま眺めて。カカシはため息混じりに口を開く。
「ひねりなんていらないでしょ」
え、と二人がカカシへ顔を向けた。
「イルカ先生だったら何をあげても喜ぶんじゃないの?ラーメン奢るでも、さっき言ってた肩叩き券でもさ」
そこから三人とも無反応で。じっと見つめられ、カカシが訝しんだ視線を反対に向ける事になった。



七班の任務の合間を縫ってあるのは単独任務。調整されて埋められているが、休みがあってないような毎日に別に不満があるわけでもないが。
平和慣れしてるような感覚は、悪いことではないのに。
不安になるのはきっと自分が正規になった事に慣れていないからかもしれない。
そう思いながら、単独任務の報告を終えたカカシがぼんやり自宅に向かって歩いていると、少し前を歩いている人影に目を留めた。
ここでナルトがいたら。満面の笑みを浮かべてひとつ跳ねてイルカ先生、と名前を呼びながらイルカに駆け寄って行くに違いない。
目に浮かぶ部下の姿を思い浮かべながら、カカシは少しだけ歩みを早めた。
「こんばんは」
歩いていた後ろ姿に声をかけ、少し驚いた顔をしたイルカを見て、
「あぁ、まだこんにちはの時間でしたかね」
付け加えたら、イルカは苦笑いを浮かべ首を振った。
「どちらとも言えます」
「ならよかった」
立ち止まったイルカの片手には買い物袋。忍びが買い物袋を持って歩く姿こそ、平和そのもので。しかしこのイルカの違和感のない姿に、さっき感じた不安をイルカから感じることは出来ない事実に、カカシは安心感を覚えた。
「今日は七班は休みでしたよね?」
イルカはカカシの服装を見つめていた。
「あいつらはね」
少し汚れた忍服を払いながら言えば、イルカは申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません、任務お疲れさまでした」
「ああ、いや。まあ、..気にしないで」
カカシが声をかけると、気まずそうにイルカが頭を上げた。
なんでだろうか。
こんな時にサクラの言葉が頭に浮かぶ。
イルカが自分を好いていると言う噂。イルカにもそんな噂が耳に入っていたりするんだろう。
信憑性ゼロだから気にすることはないんだろうけど。
この通り真面目な性分のイルカは、きっと自分と違い困るのだろう。
子供や生徒から聞く噂でさえ素直に受け取り、困って、素直にそんな気持ちさえ簡単に顔に出したりするんだろう。
カカシ先生にも失礼だ、とか言って。
そこまで思って何故かカカシは苛立った。明らか様にそんな困った顔しなくてもいいじゃないだろうか。
「カカシ先生?」
名前を呼ばれてカカシは、はっとする。
「どうかしましたか?」
「いや、別に」
イルカに心配そうな顔で聞かれ、カカシは誤魔化すように笑って頭を掻いた。
そこでまたナルト達が言っていた別の事を思い出す。
「そういや、聞きましたよ。イルカ先生もうすぐ誕生日なんですよね?」
「え?」
何気ない会話の一端だったと思ったのに。聞き返すイルカの驚く表情に、カカシが驚く。
「あの...聞いたんですよ。あいつらに」
付け加えれば、イルカは丸くした目から力を抜きながら、恥ずかしそうに笑った。
「あいつらが...恥ずかしいなあ。もう誰かに祝ってもらうような歳じゃないですよね」
「でもあいつらは祝う気満々みたいでしたよ」
内緒ですけどね。と冗談めかした口調で言えば、恥ずかしそうに笑った。
嬉しそうに。
ほらやっぱり。とカカシはここにいないナルト達に向かって言う。
この人はこういう人だ。
サクラの言うようなひねりがあろうがなかろうが。きっとプレゼントをもらったら、それが何だろうと嬉しくて。ありがとうと素直に礼を言い、そしてきっとナルト達を前に涙ぐむのだ。
そう思いながらカカシの口が開く。
「そうだ先生」
「はい」
「よかったら今度一緒に飲みに行きましょうか。誕生日って事で」
奢りますよ。
そんな言葉が自分から出ていた。
誕生日なんて話題を出したのも自分だから、まあ、全く知らない間柄でもないし。
軽いノリみたいなものだった。
「ありがとうございます」
そう答えるイルカの顔を見て少し驚いた。
そこまでじゃないでしょ。と突っ込みたくなるくらいの嬉しそうな笑顔を向けられていた。
誘ったくせに同意されて驚く自分も可笑しいが。
同時に感じるのは、やっぱりな、と納得する部分。自分がナルト達に言った通り、この人はどんなものでも喜んでくれる。
そして、ナルト達だけにじゃない。
誰にでも。
これが自分じゃなくてもイルカはきっと、満面の笑みをこうして浮かべて喜ぶのだ。
そう思ったらカカシはその笑顔に小さな憤りを感じた。同時に意地悪な考えがカカシに浮かぶ。
「それならよかった」
カカシは微笑んだ。
「そういえば聞きました?」
「え?」
「いやね、イルカ先生が俺の事好きだって噂」
深い意味はあるわけでもなく。イルカのその黒い瞳が多少の動揺で揺れるのを見たかっただけだった。
他人から言われるのではなく、本人から言われたらどんな反応をするか、それも興味はあった。
顔を真っ赤にして、違いますよと否定するとか。
ただ、困らせたかっただけなのに。
イルカは真顔で突っ立っている。
そう。想像していたあの感情豊かなイルカはここにはいない。
「参ったな....」
イルカの口から出た言葉に、ん?と思った。
自分をじっと見つめるイルカの視線に気が付く。感じた事のない空気に、緊張感漂うイルカの表情。
さっきと明らかに違う。変に張りつめた空気はイルカが作り出しているのは明らかだった。
真剣な表情のイルカから目が離せない。
カカシはイルカが作り出した空気に気圧されるように、覆面の下でこくりと喉を鳴らした。
「カカシさん。俺は....」
え、え。ちょっと待って。
その先にイルカが何を言うのか。
カカシの鼓動が次第に駆け足になる。
イルカの、買い物袋を持っていない左手が、ぎゅうっと拳を握ったのが見えた。
その先を聞きたくないと思うのに、聞きたい自分が、確かにいた。
それがまた心音をさらに早くさせる。
いや、違う違う。カカシは心の中で否定した。
自分が想像している事にはならない。
知人程度の間柄から一体何が生まれると言うのか。
身体の体温が上昇するのが分かる。それを抑えるのは簡単なのに、そっちに意識が向けられない。
緊張が高まった意識の中で、すごい早さで浮かんできたのはあの三人だった。
滅多に見ない、三人で輪になるようして話をしている。そこからサクラが頬を赤らめてカカシに話しかける。
 イルカ先生がカカシ先生の事を好きみたいなんです
自分に訴えかけるような眼差しで。
サスケの舌打ち
ナルトらしくない、計算したかのような間合いに入ってきたタイミング。
光のような糸が記憶の中に浮かぶ三人を一つに結んでいく。
場面は飛び、任務の昼休憩に記憶が切り替わる。
三人で輪になって、大きな声で話している。
そう、今まで見たことがなかったのに。この前も、その時も。仲良く輪になって。
休憩時間の時はいつもはばらばらで、自分からももっと距離を取るのに。
三人で固まって自分の近くに陣取ったのは、ーー俺に聞こえる為?
 イルカ先生の誕生日の事なんです
俺の話してる途中に割って入れたサクラの台詞。
イルカ先生の自分なりの考えを言った時の三人のあの表情。
カカシの中で三人の思惑が今、この瞬間に分かってしまった。
ーーやられた。
イルカから目をそらせないまま、見つめるだけで精一杯なのに。心音だけが激しく苦しいくらいに動いている。
今思えば。すべてらしくないちぐはぐな三人の言動は、自分に何を期待してやったのか。
あの三人の言動を、全て無意識で気にも留めず流していたはずの自分の中に、ちゃんと痕跡を残している。
それを証拠に。
イルカと話しながら、想像上のイルカに勝手に嫉妬して。そのよく分からない嫉妬心から、自分からイルカに言わなくてもいい噂話を聞かせ。
それが事実だったと分かったら、今まで感じたことがないくらいに。恥ずかしいくらいに、動揺している。
カカシは乾いた唇を覆面の下で舐めた。
イルカの唇がゆっくりと動く。
「ーー俺は、あなたの事が、」
待って。
心の中でカカシは叫ぶ。
だって。これを聞いたら。

ーー俺は、きっと。


<終>



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