鳥②
火影の話が長いのは昔からだ。
自分が眠たくなるのは当たり前だと思うし。隣の仲間に至ってはそろそろ煙草を吸いにいきたいのか、立っている利き足を苛立ち気に組み替えているのが横目からでも分かった。
召集を受け、最後の説明でもあるが。長ったらしい説明に欠伸がでる。面の下で欠伸を噛み殺しながら顔を上げ、目に入ったのは黒い髪。
前列には正規の忍びがいるのだが、一番後ろで聞いていたカカシは視界に入ったソレを確かめるために、少しだけ顔を横へずらす。
髪が黒い奴なんてこの里には珍しくはない。だから、確かめたかっただけだった。なんとなく。
高く髪を括った忍び。
間違いない。
イルカだった。
見間違えるはずがない。
まさか同じ任務に就くなんて。
信じられない気持ちが沸き上がるのは、当然だった。今回の任務もまあランクは高い。そこに今まで名前も聞いたことがないような(とは言っても今まで関わった忍びの名前を、覚えてもいないが)、それでいて中忍のあれがなんで。
カカシはイルカの後ろ姿を目に映しながら眉を微かに顰めていた。
もしかして、特殊な能力があるのだろうか。
いや、ないない。
カカシは心の中で直ぐに首を振った時、一番奥で話を続けていた人物、ーー火影がふと顔を上げる。
周りの仲間は特に気がついてもいなかったが、火影からしたら珍しい行動だったのだろうか。前に立っている仲間の横から顔を覗かせているカカシに目を止めた。
やべ、と思ってもいないが直ぐに体勢を戻したカカシに胡乱な目を向けるが、火影は任務に関する話を続ける。
小さく息を吐き出しながら。仕方なくカカシは、そこから大人しく火影の話に耳を傾けるフリをした。
盗まれた巻物を奪還し、任務があっけなく終わる。
カカシは首を傾げていた。
あの黒い髪がどこにもいなかった。
後援部隊にいたカカシからは、動いている味方が終始確認出来た。
元々目がいいし、あの黒髪は見逃すはずがない。そう思っていただけに、肩透かしを食らったような気分になる。
カカシは仲間と別れて花街へ足を向けた。
夜見世に並ぶ女を横目に歩けば、甘い匂いと共にかけられる誘惑を含んだ艶っぽい声。両手をポケットに入れながら猫背で歩くカカシにも、他の客と同じようにまた声が聞こえたが、カカシは反応を示さない。
カカシの指名する女はいつも決まっていた。
ちょっと派手だけど面倒くさくない女。そんな女は金でしか買えないと分かっていた。
恋情が混じる事のない場所。
「お客さん、寄っていかない?」
たまたまふと視線を向けていたのは、その女が黒い髪だったから。艶やかな黒い髪を緩やかに結っていた。
薄く反応を見せたカカシに甘い声を出す。何気なくその声に足を止めたカカシは、青い目を女がいる方向へ向けたまま、奥にいる黄色の着物に目を止めた。
すぐに視線を逸らす。
そのまま目的の女のところへ行こうかと躊躇い一歩足を進めたが、カカシは止めた。
「ねえ親父」
店の入り口にいる男に声をかける。
「あれがいいんだけど」
両手を擦るようにカカシに歩み寄った店主に、ポケットから手を出し、指をさした。
「はい、ありがとうございます。朝雲でよろしいですね」
「違う」
直ぐに否定され戸惑う店主には顔を向けず、カカシはまた指をさす。
「その女じゃない、あれ。一番奥の女」
遊女の陰に隠れている、黄色の着物に黒い髪に黒い目。じっとカカシを見つめ返している、怪訝な顔を必死に隠そうとしていた。
「ああ、すみません旦那、あれは売り物じゃないんですよ」
「売り物だから出してるんでしょ。いいから。呼んで」
直ぐ済むから。付け加えられた言葉をどうとらえるべきか。戸惑いを見せながら、店主は困ったようにはい、とカカシに頷いた。
「どういうつもりでしょうか」
部屋に姿を見せて言われた言葉に、カカシは笑いを零した。
「なに、随分他人行儀な言葉じゃない」
胡座を掻きながらくすくすと笑うカカシに、イルカは不愉快そうな顔を隠さなかった。
「他人だからそう言ったまでだ」
「えー、俺あんたを介抱してあげたのに?」
その恩を忘れたって言うの?
素直に受け止めたイルカはばつが悪そうな顔に変わる。そんなイルカを、カカシはじっと見つめた。黄色い着物を羽織り、黒い髪を斜めに結い上げてある。
「で、今日はどっち?」
かあ、とイルカの顔が赤く染まった。
「いい加減にしろっ・・・・・・俺が今は任務中だって分かってるくせに」
口布の下で口元を緩ませているのが分かっているのだろう、意地が悪いカカシを恨めしそうに睨んだ。
睨まれようが当たり前だが動じる事はない。胡座を掻いたカカシは、だよね、と悪びれる事なく頭を掻いた。
「話しようよ」
「話?話って・・・・・・この任務についての?」
「はは、冗談」
カカシは笑った。
「あんたのだよ」
イルカは面を食らった顔をした。そこからゆっくりと眉を寄せる。
「俺の話?」
「いいでしょ。今回あんたを買ったんだから、そのくらい」
不愉快そうにまたイルカは眉根を寄せた。
「俺は売りもんじゃない」
カカシは肩をすくめる。
「知ってるよ。でも買ったのは事実。俺が客」
「そんな事言われても・・・・・・」
イルカは困ったのか、素直に言葉を濁した。正座をしているその膝の上に乗せた拳を、微かにぎゅっと握ったのが分かり、その手に目を向けた。
そこからカカシは体勢を崩し、隣にあるテーブルに縦肘をつく。
イルカを眺めた。
女体化していなくとも髪をおろしたイルカは身体の線がそこまで太くないがしっとりと着物が身体のラインを見せている。
真面目なんだろうが、さっきの夜見世でも奥で正座をしていたのを思い出す。
下から上へ上げ首もとへ視線を移動させれば、緩く纏った着物から健康的な色を覗かせていた。そこからさらに上へ向けると、不機嫌な色を含んだイルカの黒い瞳がカカシに向けられていた。
部屋の澄みにともっている明かりは暖かい色で、イルカのその黒い目をゆらゆらと輝かせている。
夜見世にいた遊女よりも遙かに色気も艶やかさもないはずなのに、黄色の着物に横に纏めた黒髪のイルカは、どの女よりもカカシの目を引いていた。
男だと分かっているのに。
場所が場所だからだろうかと勝手に理由付けしてみるも、そんな状況で簡単に流されるタイプじゃないと、自分が一番よく知っている。
むくりと沸き上がるのは、明らかにこの場所に似合ったものだった。
自然とカカシの眉が寄る。
ーーやらしいな。
カカシは軽く頭を振った。当初の自分の目的はそこじゃない。訝しい目を向けているイルカへもう一度顔を向けた。
「あのさあ・・・・・・相手が誰か知らないけど、忍びだったら直ぐにばれるんじゃない?大体さあ、恥ずかしくないの?」
「任務を選んでなんかいられないし、それに窃盗犯を捕まえる為だから気にしてない」
苛立ちを隠さずそう口にするイルカを見て、へえ、と内心関心する。
「でも、この前はランク高い任務の中にあんたいたじゃない。なんで今回はこんな内容受けてるの?」
「・・・・・・この前って、」
「この前はこの前。先週執務室にいたよね」
何の話だと、イルカは片眉を上げた。
「火影が任務の説明してる時、あんたをそこで見かけたんだけど」
黒い目がふと宙を彷徨うように動く。
「・・・・・・それは、たぶんたまたまです。俺は火影様の雑務を受け付けてるので」
「へえ、雑務」
それは正直驚く。
あの爺は昔から知ってはいるが。あれでもこの里の火影。機密な
イルカの表情と目を見つめる。嘘はついていないようだ。実際に任務にはいなかったのだから、その通りなのだろう。
黙ったカカシにイルカは、じゃあ、と言って背中を見せた。
「ああ、待ってよ」
カカシは腕を伸ばしてイルカの手を掴んだ。驚きながらイルカは不機嫌そうに振り返る。
「・・・・・・まだ何か」
「その格好、やめなよ。ぜんぜん女郎っぽくないし」
あとさ、とカカシは付け加える。
「せっかくだから、ここでちょっと遊んでかない?」
一瞬何を言ってるのかと、きょとんとしたイルカの目が徐々に丸くなる。勢いよくカカシの手を振り払った。
「あんた馬鹿だろう?」
そう言い切ると赤い顔のまま部屋を出ていく。
残されたカカシは、驚きにしばらく目を見開いていた。そこから笑いがこみ上げてきた。
(・・・・・・馬鹿なんて、初めて言われたかも)
イルカ以外の奴に言われたら苛立ちしか覚えない、きっと。
真っ赤になって怒ったイルカの顔を思い出しただけで可笑しくなり、ふっと吐くように息を漏らした。
たぶん、ーーいや、たぶんではく。
俺は、あれが欲しい。
自分が眠たくなるのは当たり前だと思うし。隣の仲間に至ってはそろそろ煙草を吸いにいきたいのか、立っている利き足を苛立ち気に組み替えているのが横目からでも分かった。
召集を受け、最後の説明でもあるが。長ったらしい説明に欠伸がでる。面の下で欠伸を噛み殺しながら顔を上げ、目に入ったのは黒い髪。
前列には正規の忍びがいるのだが、一番後ろで聞いていたカカシは視界に入ったソレを確かめるために、少しだけ顔を横へずらす。
髪が黒い奴なんてこの里には珍しくはない。だから、確かめたかっただけだった。なんとなく。
高く髪を括った忍び。
間違いない。
イルカだった。
見間違えるはずがない。
まさか同じ任務に就くなんて。
信じられない気持ちが沸き上がるのは、当然だった。今回の任務もまあランクは高い。そこに今まで名前も聞いたことがないような(とは言っても今まで関わった忍びの名前を、覚えてもいないが)、それでいて中忍のあれがなんで。
カカシはイルカの後ろ姿を目に映しながら眉を微かに顰めていた。
もしかして、特殊な能力があるのだろうか。
いや、ないない。
カカシは心の中で直ぐに首を振った時、一番奥で話を続けていた人物、ーー火影がふと顔を上げる。
周りの仲間は特に気がついてもいなかったが、火影からしたら珍しい行動だったのだろうか。前に立っている仲間の横から顔を覗かせているカカシに目を止めた。
やべ、と思ってもいないが直ぐに体勢を戻したカカシに胡乱な目を向けるが、火影は任務に関する話を続ける。
小さく息を吐き出しながら。仕方なくカカシは、そこから大人しく火影の話に耳を傾けるフリをした。
盗まれた巻物を奪還し、任務があっけなく終わる。
カカシは首を傾げていた。
あの黒い髪がどこにもいなかった。
後援部隊にいたカカシからは、動いている味方が終始確認出来た。
元々目がいいし、あの黒髪は見逃すはずがない。そう思っていただけに、肩透かしを食らったような気分になる。
カカシは仲間と別れて花街へ足を向けた。
夜見世に並ぶ女を横目に歩けば、甘い匂いと共にかけられる誘惑を含んだ艶っぽい声。両手をポケットに入れながら猫背で歩くカカシにも、他の客と同じようにまた声が聞こえたが、カカシは反応を示さない。
カカシの指名する女はいつも決まっていた。
ちょっと派手だけど面倒くさくない女。そんな女は金でしか買えないと分かっていた。
恋情が混じる事のない場所。
「お客さん、寄っていかない?」
たまたまふと視線を向けていたのは、その女が黒い髪だったから。艶やかな黒い髪を緩やかに結っていた。
薄く反応を見せたカカシに甘い声を出す。何気なくその声に足を止めたカカシは、青い目を女がいる方向へ向けたまま、奥にいる黄色の着物に目を止めた。
すぐに視線を逸らす。
そのまま目的の女のところへ行こうかと躊躇い一歩足を進めたが、カカシは止めた。
「ねえ親父」
店の入り口にいる男に声をかける。
「あれがいいんだけど」
両手を擦るようにカカシに歩み寄った店主に、ポケットから手を出し、指をさした。
「はい、ありがとうございます。朝雲でよろしいですね」
「違う」
直ぐに否定され戸惑う店主には顔を向けず、カカシはまた指をさす。
「その女じゃない、あれ。一番奥の女」
遊女の陰に隠れている、黄色の着物に黒い髪に黒い目。じっとカカシを見つめ返している、怪訝な顔を必死に隠そうとしていた。
「ああ、すみません旦那、あれは売り物じゃないんですよ」
「売り物だから出してるんでしょ。いいから。呼んで」
直ぐ済むから。付け加えられた言葉をどうとらえるべきか。戸惑いを見せながら、店主は困ったようにはい、とカカシに頷いた。
「どういうつもりでしょうか」
部屋に姿を見せて言われた言葉に、カカシは笑いを零した。
「なに、随分他人行儀な言葉じゃない」
胡座を掻きながらくすくすと笑うカカシに、イルカは不愉快そうな顔を隠さなかった。
「他人だからそう言ったまでだ」
「えー、俺あんたを介抱してあげたのに?」
その恩を忘れたって言うの?
素直に受け止めたイルカはばつが悪そうな顔に変わる。そんなイルカを、カカシはじっと見つめた。黄色い着物を羽織り、黒い髪を斜めに結い上げてある。
「で、今日はどっち?」
かあ、とイルカの顔が赤く染まった。
「いい加減にしろっ・・・・・・俺が今は任務中だって分かってるくせに」
口布の下で口元を緩ませているのが分かっているのだろう、意地が悪いカカシを恨めしそうに睨んだ。
睨まれようが当たり前だが動じる事はない。胡座を掻いたカカシは、だよね、と悪びれる事なく頭を掻いた。
「話しようよ」
「話?話って・・・・・・この任務についての?」
「はは、冗談」
カカシは笑った。
「あんたのだよ」
イルカは面を食らった顔をした。そこからゆっくりと眉を寄せる。
「俺の話?」
「いいでしょ。今回あんたを買ったんだから、そのくらい」
不愉快そうにまたイルカは眉根を寄せた。
「俺は売りもんじゃない」
カカシは肩をすくめる。
「知ってるよ。でも買ったのは事実。俺が客」
「そんな事言われても・・・・・・」
イルカは困ったのか、素直に言葉を濁した。正座をしているその膝の上に乗せた拳を、微かにぎゅっと握ったのが分かり、その手に目を向けた。
そこからカカシは体勢を崩し、隣にあるテーブルに縦肘をつく。
イルカを眺めた。
女体化していなくとも髪をおろしたイルカは身体の線がそこまで太くないがしっとりと着物が身体のラインを見せている。
真面目なんだろうが、さっきの夜見世でも奥で正座をしていたのを思い出す。
下から上へ上げ首もとへ視線を移動させれば、緩く纏った着物から健康的な色を覗かせていた。そこからさらに上へ向けると、不機嫌な色を含んだイルカの黒い瞳がカカシに向けられていた。
部屋の澄みにともっている明かりは暖かい色で、イルカのその黒い目をゆらゆらと輝かせている。
夜見世にいた遊女よりも遙かに色気も艶やかさもないはずなのに、黄色の着物に横に纏めた黒髪のイルカは、どの女よりもカカシの目を引いていた。
男だと分かっているのに。
場所が場所だからだろうかと勝手に理由付けしてみるも、そんな状況で簡単に流されるタイプじゃないと、自分が一番よく知っている。
むくりと沸き上がるのは、明らかにこの場所に似合ったものだった。
自然とカカシの眉が寄る。
ーーやらしいな。
カカシは軽く頭を振った。当初の自分の目的はそこじゃない。訝しい目を向けているイルカへもう一度顔を向けた。
「あのさあ・・・・・・相手が誰か知らないけど、忍びだったら直ぐにばれるんじゃない?大体さあ、恥ずかしくないの?」
「任務を選んでなんかいられないし、それに窃盗犯を捕まえる為だから気にしてない」
苛立ちを隠さずそう口にするイルカを見て、へえ、と内心関心する。
「でも、この前はランク高い任務の中にあんたいたじゃない。なんで今回はこんな内容受けてるの?」
「・・・・・・この前って、」
「この前はこの前。先週執務室にいたよね」
何の話だと、イルカは片眉を上げた。
「火影が任務の説明してる時、あんたをそこで見かけたんだけど」
黒い目がふと宙を彷徨うように動く。
「・・・・・・それは、たぶんたまたまです。俺は火影様の雑務を受け付けてるので」
「へえ、雑務」
それは正直驚く。
あの爺は昔から知ってはいるが。あれでもこの里の火影。機密な
イルカの表情と目を見つめる。嘘はついていないようだ。実際に任務にはいなかったのだから、その通りなのだろう。
黙ったカカシにイルカは、じゃあ、と言って背中を見せた。
「ああ、待ってよ」
カカシは腕を伸ばしてイルカの手を掴んだ。驚きながらイルカは不機嫌そうに振り返る。
「・・・・・・まだ何か」
「その格好、やめなよ。ぜんぜん女郎っぽくないし」
あとさ、とカカシは付け加える。
「せっかくだから、ここでちょっと遊んでかない?」
一瞬何を言ってるのかと、きょとんとしたイルカの目が徐々に丸くなる。勢いよくカカシの手を振り払った。
「あんた馬鹿だろう?」
そう言い切ると赤い顔のまま部屋を出ていく。
残されたカカシは、驚きにしばらく目を見開いていた。そこから笑いがこみ上げてきた。
(・・・・・・馬鹿なんて、初めて言われたかも)
イルカ以外の奴に言われたら苛立ちしか覚えない、きっと。
真っ赤になって怒ったイルカの顔を思い出しただけで可笑しくなり、ふっと吐くように息を漏らした。
たぶん、ーーいや、たぶんではく。
俺は、あれが欲しい。
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