月とカカシ

上弦の月が頭上で輝く夜、カカシは阿吽の門をくぐり里に入った。
報告を済ませるべく緩やかなスピードで里の中心に向かう。
昨日まではしとしとと雨が降っていたが、今日は朝から天候も良く予定より早く里に着いていた。数日かかった任務だったが元々荷物は少なく、身軽に身体を飛ばし報告所の建物に近づいた時、普段ある場所にない物がある事に気がつきカカシは音もなく足を止めた。
それは建物の下から上に伸びるように出ていて、足の踏み場としていた屋根と屋根の間からにょきっと出ている。闇の中ではぱっと見黒い塊でしかないが、よく見たら竹だった。普段そこにはないものだから誰かがここに置いたのだろうが、それが何故か当然検討もつかない。近づいたカカシは屋根の上でしゃがみ込み、下を覗くような形でその大きな竹を見つめ、笹の葉の特に下の方に付けられたたくさんの紙を見て、ようやくこれが何なのか気がついた。
短期任務で出かける前に、イルカが部屋で何やら紙を切っていた。持ち帰った仕事でもなければ、テストの答案用紙でもない、あまり見慣れない色紙をせっせと切るイルカを見つめ、それが何なのかと問えば、イルカは七夕に使う短冊だと、そう返した。
七夕自体全く知らないわけではない。ただ、幼い頃からあまりにもかけ離れた生活を送った自分にはピンとこない。
へえ、とぼんやりとした言葉を口にすれば、自分の願い事を書くものだと、イルカにそう説明され、なんとなく理解し、子供相手の仕事は大変だと感じた。
あれが、これか。
カカシは屋根の上から竹を覗き、そしてふと近くにある短冊に目を向けた。
アカデミーの子供が付けたにしては高すぎる位置にある。この屋根に登れば付けれるのかもしれないが、わざわざそんな事をしてまでする願いとは一体何なのだろう。
普段だったら湧かない興味が湧いたのは、アカデミーの教師であり恋人であるイルカの存在の影響が大きい。だから、カカシは腕を伸ばし、水色の短冊をひょいとめくり、息を呑んだのは、それがイルカの筆跡だと気がついたからだ。
カカシさんに早く会えますように
イルカが書いた短冊だとも思わなかったし、何より自分の名が出てくると思わなくて、指でつまんだまま、唖然としてその短冊をカカシは見つめた。
数日前、短期任務に出た日、イルカには会ってなかった。イルカが夜勤だったからだ。ただ、その前日顔を合わせた時は、いつもと変わらない笑顔で、見送られて。
友人の関係だった時は勿論、付き合い出してからも、イルカは常に笑顔で寂しいとも心配とも、口にしないし、甘える言葉も態度も取らないから。そう言う人なんだと、そう思っていた。
惚れた弱みではないが、好きになったのは自分からで、付き合って欲しいと言ったのも自分だ。
だから、受け入れてくれただけで嬉しいが、物足りなさもあったのは確かだった。
でも、ーー早く会いたい、だなんて。
イルカは一体どんな顔でこれを書いたのだろうか。
月夜の下、カカシの顔がじわじわと熱くなる。じっとイルカの書いた短冊を見つめ、そしてゆっくりと顔を上げた。視線の先には向かうべき報告所があり、そこには夜勤中であるイルカが、いる。
明かりが灯る部屋を見つめながら、カカシは眉を寄せた。
今自分はどんな顔をしているのだろう。
ただ、どうしようもないくらいに込み上げてくるのは幸せな気持ちで、それを誤魔化すつもりはない。
カカシは指先から短冊を離すとゆっくりと立ち上がる。
静かに息を吐き出すと、そこからイルカが待つ報告所へとカカシは足を向けた。

<終>
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